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尾ノ崎玲那は今年30歳になる探索者だ。

30の大台を何かと気にする人間もいるが、自分は気にならない。

そして、この年齢であるということは、ダンジョン登場後の第……何次かのベビーブームで生まれた子どもであるということである。


世界で初めてダンジョン災害が発生し、命知らずたちが勝手に探索を始め、政府がそれを追認してから数年後。

時の首相は本気の少子化対策、子育て支援を打ち出した。

大学卒業までの学費及び医療費の免除、妊娠から出産までの完全無料化、産休・育休の取得義務化及び給付金の支給、各種手当の充実、税制優遇、待機児童ゼロ。

さらに子どもを産み育てることを推奨するようなテレビドラマや映画作品などが作られるなど、物心両面から背中をグイグイ押していた。

それまでの腰の重さはなんだったのかというくらい、各種施策は速やかに実行された。

この動きには、ダンジョンによる人的被害と、ダンジョンが齎す利益は決して無関係ではないだろう。


そして、当然のごとくそれに反発する層も出てくる。

高齢者の一部、独身及び子なし世帯の一部、既婚者の一部、自称リベラル派論客、自称環境保護団体などである。

高齢者の一部は、高齢者向けの医療や介護への予算が削減される懸念や、子育て支援の優先度を低く見る価値観を持っていたり、そもそも少子化対策を若い世代の問題と捉え、関心が薄かったりした故にだ。

独身及び子なし世帯の一部はそのまま、自分たちに無関係な政策にリソースを割かれることへの不満、要は自分以外が優遇されることへの不公平感からである。

既婚者の一部は厄介である、既婚で子育てもしてきた自分たちが十分な恩恵を受けられなかったのに、今さら支援を拡充するのは不公平だと言い出したのだ。

また、支援を通じて国家が個人の選択に干渉しているだとか、人口減少は自然な流れであり、環境負荷を減らすために人口を抑制すべきだとか、そういった思想を持つ者たちは大きな声を上げた。


それらすべてを跳ね除け、国家存亡の危機であるとして強行した当時の首相は、現在ネットの一部で神格化されているが、ここでは割愛する。


とはいえ、財源もなく実行するのは難しい。

逆に言えば、財源が確保できたので実行したのである。

それこそが、ダンジョン資源であった。

魔物が持つ魔石が新たなエネルギー資源として活用されているのは先述のとおりであるが、魔石以外にも様々な利益を齎したのだ。

魔物から得られる生体資源の他、各種鉱物資源や植物資源など、既存のそれらと完全に置換することは難しかったが、一定以上の価値を生み出したのは間違いない。

また、ダンジョンから持ち帰られる多くの物資は、ダンジョンの探索において非常に有用であった。

各種探索用の装備や、いわゆるポーションと呼ばれる薬品を始めとして、従来の素材では補えない部分に、まるでパズルのようにピッタリと嵌まったのだ。

そこからは経済の話だ。

ダンジョンの探索が進めば進むほど、ダンジョン資源の需要は高まり、その価値は上昇していき、それがまた人々をダンジョン探索に向かわせる。

世界中でダンジョン探索はひとつの潮流となり、まるでうねるように需要と、唸るほどの金を生み出した。

金が動けば経済が動く。

それまでずっと低空飛行を続けていた国内経済も、右肩上がりで上昇し、上記の施策の財源として使って余りあるほどとなった。

そうしたことから、国内ではダンジョン登場以降、何度もベビーブームと呼ばれる現象が巻き起こったのである。


そのうちのどれかのタイミングで玲那は生まれた。

両親は探索者であり、自分を含め4人の子どもを養育するくらいには稼いでいた実力者であった。

そんな両親から生まれ、自然と自分も探索者になるのだと思って生きてきた。

しかし兄弟たちはそうではなかったようで、結局探索者になったのは自分ひとりだけであった。

なんなら両親すら、探索者にはなってほしくないと思っていたのだが、玲那にはそれを読み取ることができなかったようだ。

ともあれ、彼女は探索者資格が取得可能な18歳になってすぐ、無事に探索者となったのであった。

通常Gランクから始まる探索者の階級だが、探索者向けの高専を卒業していたためEランクからのスタートとなった。


探索者向けの教育機関はいくつかある。

従来の技術系の高専や、自衛隊工科学校と同じように中学校卒業者を対象にしつつ、3年間というそれらよりも短期間で卒業できる探索者向けの高等専門学校。

同じく従来の専門学校と同じように高校卒業者を対象に、2~3年の期間で卒業する探索者向けの専門学校などである。

玲那はその高専を首席で卒業し、両親もそれなりに有名な探索者であったことから鳴り物入りで業界入りしたのであった。


言わば探索者としてはサラブレッドである彼女であったが、流石に初探索は緊張した。

初めて命のやり取りをすることに、ではない。

これまで自身の努力によって優秀な成績を修めてきた彼女であっても、探索者としての適性は如何ともしがたいからである。


探索者は初めて魔物を斃した時、つまりは初めてレベルが上がった時にいくつかのスキルを取得する。

その取得したスキルの種類によって、その後の成長傾向──つまりは探索者としての適性──クラスとも呼ばれるそれが判断できるのである。

例えば、剣術スキルを中心にした近接物理スキル群を取得したなら『ソードマン』などといった具合である。

これはいわゆる過去のフィクション作品に登場する『職業』や『ジョブ』のように、ステータスの成長率や、スキルの取得まで完全に固定化されたものではなく、あくまでも傾向としての話だ。

たとえソードマンであっても、他の領域のスキルを取得することは可能であるし、ステータスの成長率とスキルの取得傾向は、完全なる相関関係にないとされている。

しかし、パーティを組む上ではこのクラスが重要視されており、バランス良く組むことが理想とされている。

ただしゲームやフィクションのそれほど極端ではなく、それぞれが基礎的な能力は持った上での話だ。

極振りや特化型など──それが任意に選択できないということは一旦置いておくにしても──生存する上ではマイナスでしかないからである。

どれだけ攻撃力があろうとも、ほぼ一撃で死ぬなにをかいわんやである。

最低限必要な生存能力を持った上で、それぞれのストロングポイントをバラけさせることにより、パーティとしての対応力を向上させるというメソッドが現在の主流となっている。

そういったわけで、探索者としての初討伐、初レベルアップは一部で洗礼などと呼び習わされている。


そんな洗礼によって玲那が得たクラスは『レンジャー』であった。

ここでいうレンジャーとは、フィクション内のそれのような斥候特化型のクラスではない。

イメージとしては、自衛隊のレンジャー部隊のそれに近い。

遠近対応の各種武器術、索敵に加え罠の発見や解除も含む斥候系スキル、単純な身体能力強化、加えていくらかの魔法など、全体としてみればやや物理寄りではあるものの、万能型と呼んで差し支えないクラスである。

特出したスキル成長率がない代わりに多くのスキルに適性を持つ、玲那の求めていたクラスであった。

ちなみに、もう少し魔法寄りのクラスに『マジックナイト』という人気のクラスがあるが、そちらは斥候系スキルが弱いため、彼女の希望とは合致しなかった。


彼女はそのストイックさ故か、集団に馴染むのが苦手であった。

集団行動ができないわけではなく、リーダーとしてもメンバーとしても間違いなく活躍できる能力を持っているが、単純にひとりで居ることを好んだ。


つまり、彼女はボッチ気質なのであった。


目的のためにパーティを組むのはやぶさかでないが、固定でずっと一緒にというのは避けたい。

なので、単独で完結しているスキル群を持つレンジャーというクラスは、彼女にとって天職と言えた。

成長率の低さは、自分が頑張ればどうにかできる。

しかし集団行動のストレスはそうはいかない。


そんなことを考え、自分のスキルを磨きつつ探索を続けていたら、いつの間にか国内最高峰の探索者に数えられるようになっていた。

たったの10年と少しでそれである。

間違いなく玲那は天才であった。

現在は関東を拠点にして普段はソロで探索し、時にその万能性を見込まれて各地へと遠征するというスタイルである。


そんな彼女にとある配信者から連絡があった。

鷹橋夏海という──苗字が強そうで名前は可愛い(玲那談)──その配信者は、最近何かと話題の守月青平を招いて、その実力を見せてもらうという配信を行うらしい。

自分はその実力を見定める見届人、的な立場だろうと読み取った。

両親の希望は読み取れなかったが、最近は成長しているのだ(当社比)。

こっちそこまで成長しなかった胸を張りつつ、参加の旨を返信した。


そして撮影当日。

テレビやソーシャルメディアで何度も見かけた守月青平をガン見する玲那。

それに気づいているのかいないのか、青平はほんのりと微笑を浮かべて鷹橋夏海と談笑している。

一見すると普通の男の子にしか見えない。

なんなら装備も着けてない。

でもどこか底知れなさを感じるのは、彼がダンジョン踏破者だという前情報のせいだろうか。

そんなことを思っている内に移動することになっていた。

移動速度は普通。

玲那の気持ち的には小走り程度の速度である。

先述の通り、その速度は毎時20キロメートル、ダンジョン登場以前のマラソン選手並みである。

その速度で駆けることしばらく、前方にオークの集団を発見したとクラス『ハンター』の青年が声を上げる。

──ちゃんと聞いてなかったけど、多分ハンターのはず。

その青年も地元ではかなり、全国的にもそれなりに知られた探索者であるし、なんなら玲那は過去に彼とパーティを組んで探索しているのだが。

それはともかく、ようやく守月青平の実力を見ることができる。

一挙手一投足まで見逃すまいと、それまでに増して彼をガン見する。


しかし、何も見えなかった。


気づけばオークはどこにもおらず、そのまま何もなかったかのように走り抜ける。

──???

彼女の頭の中は疑問符でいっぱいである。

レンジャーは──他に特性のあるクラスが限られているということもあるが──に回ればそうそう見逃すことはない。

各種斥候スキルに加え、身体能力強化スキルにより視力が──単純な視力も動体視力も含めて──強化されている。

そんな彼女をして、まったく見えなかった。


──武器による攻撃じゃない。魔法かな。流石に弾速が速すぎるから投射系じゃない。設置型?

──風か光……いや、音も光もない。どっちも痕跡がないのはおかしい。視認できないのはそういうスキルか。

──範囲は自分中心……地面は変化ないから半球……後方にも影響がなかったから前方扇形?

──魔力の残滓すらない高速発動と魔力制御……それか異世界の何か?


それでも、たったの10年でトップまで上り詰めた天才である。

見えずとも見る。

まるでパズルを解くかのごとく、ひとつずつ条件を絞り込んでいく。


──異世界の何かは考えてもしかたない。

──今ある情報をしっかり見よう。

──もっと見たいな。早く次の魔物出てこないかな。


脳のリソースの大部分を先ほどの戦闘──と呼べるのかは疑問であるが──の検証に割きつつも、速度を倍ほども上げた青平に難なく追従し、その視線は青平に釘付けとなっていた。

後にこの配信の映像を検証していた視聴者から『ガン見越えてガンギマリ見くらい見てて草ァ!』と言われることになるとは、この時の玲那には予想もつかなかった。


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