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10 反応

某所。

明るいオフィスの一室で男が報告を受けている。


「それで、異世界の存在は真実なのか?」


「さて。それは日本政府が公式に発表したということ以外には、まだ何とも言えませんね」


彼の執務机の前に置かれた応接用のソファとテーブル。

そのソファに足を組んで腰掛け、優雅にコーヒーを飲みながら報告する男。


「外交ルートでの確認は?」


「今のところ返答が来たという報告はありません」


「それでは何もわかっていないのと、同じではないか」


報告を受ける男は苛立たしげにしているが、逆に報告している男は飄々と、どこか楽しげですらある。


「そんなことはないですよ。幸か不幸か、彼が深層級を単独撃破した映像はあります」


「世界中に公開されているだろう」


他国より抜きん出なければ意味がないではないかという言うまでもなく省かれた前提は、過たず伝わったようだ。

報告者が答えて曰く。


「同じ情報から、どれだけ真相に近づけるかこそ、腕の見せどころでしょう。我が国には優秀な人員と優れた技術が揃っている」


「何かわかったのか?」


自信ありげに告げる男に、つい身を乗り出して確認する。


「ええ」


「もったいぶらずにさっさと言いたまえ」


「もちろんです。彼の戦闘映像の解析、及び我が国の最高レベルの探索者への聞き取り調査等の結果、彼の戦闘能力が判明しています」


「その結果は?」


「解析不能です」


一瞬、言われたことの意味がわからず、フリーズしてしまった。


「ふざけているのか?」


「とんでもない。我が国の最高レベルの調査を行って、なお解析不能であるという結果こそが、重要な結果なのです」


「どういうことだ」


「現在世界中で活動を確認されているすべての探索者。特にの意味でEXクラスの探索者たちであっても、我が国の調査の前では裸も同然です。対応可能かどうかは別にして、その能力に関しては解析可能なレベルに留まっているのです」


「ふむ。では解析不能であるということは」


「そう。彼ショウヘイ=スヅキは現状世界最強と呼んで差し支えないかと」


報告する男は最後まで悠々とした態度を崩さず、そう結論づけた。


────


某所。

同じような明るいオフィスだが、こちらは会議用の部屋であるようだ。

議題は当然のごとく、突如日本に現れた異世界からの帰還者のことについてである。


「以上が一連の流れとなります」


司会の人間が告げるのに合わせ、上座にいる人間が声をかける。


「ありがとう。さて、諸君。これで情報は共有できたと思うが、それぞれの意見を聞こうか」


上座の人間の言葉に、各人はそれぞれ微妙な反応を返す。


「意見と言いましても、我々にできることが何かありますか?」


「そうですね。通常どおりの対応以外で、ということであれば特に何も」


「彼から得られる情報は、貴重なものとなるでしょう。日本政府にはよく言っておくべきかと思いますが。果たしてどこまで叶えられることか」


そんな中、おもむろにひとりの青年が発言を求める。

自信に溢れた顔つきの彼に対し、周囲から薄っすらとした期待が寄せられる。


「何かあるかね?」


「はい。結論から申し上げると、早急に彼をEX認定してしまおうということです」


その意見に、周囲はにわかにざわつき出す。

上座からその様子を眺めていた男性が、場を鎮める。


「静粛に。さて、その意見について、色々と反対意見があるだろうことは予想しているだろうが、反論も用意してあるのだろう?」


「もちろんです。まず初めに彼が未だ探索者登録をしていない一般人であるという点についてですが、こちらは先ほどの説明を受けている間に登録されたという報告が来ております。といっても、ほぼ名前や年齢だけの最低限の情報しか登録されていませんが。次に、実績のない探索者をEX認定することの是非ですが、未登録状態での深層級撃破及びダンジョン踏破を実績に含めないとしても、これはメリットとの相殺が見込めます。そもそも我々にとっての永遠の課題ですが、国際機関としてEX認定をしたところで、無視はできないが強制力はまったくないというのが現状です。所詮は名誉称号程度の扱いでしかないのならば、さっさと認定してしまって、少しでも本人と繋がりを作った方が良いという判断です」


彼のその説明に、周囲の人間は再びざわつき出す。

一理あると納得する者、判断がつかず唸る者、デメリットの方が大きいと考える者。


「繋がりを作ったとて、その後はどうする。日本政府は間違いなく彼の情報を制限するだろう」


「ここはそれを話し合うこと場なのでは?」


「……」


「何もせず、今までどおりにしていても、何も変わりませんよ。結果がどうなるにせよ、行動した分だけ得られることもあるのでは?」


青年の言葉は波紋となり、議論は波のように踊りだす。


────


「見た、アレ?」


「どれだよ」


「アレだよアレ。記者会見!」


「ああ、見たよ」


関東近郊の大学構内。

昼休みにとある教室の中で、ふたりの男子学生が話している。


「異世界ってマジにあるんだな~」


「いや、それもだけど、単独でダンジョン踏破ってヤバすぎ」


「あー夏海的にはそっちか。やっぱヤベーの?」


「そりゃヤベーよ。あの尾ノ崎さんたちがパーティ組んでやっとこ倒せる深層級が、わんさか出てくるって言われてる深層を、ひとりで抜けて来てるんだぞ?」


「そう言われると、ヤベーな」


ヤベーなヤベーよと言いつつ、食事の手は止めない。

男子大学生など──ましてや探索者であればなおさら──20年落ちの外車みたいなものだ。

燃費的に。

頭の片隅ではそんなことが浮かびつつ、鷹橋夏海たかはしなつみは件の守月について考えている。


「コラボとかしねーの?」


そうすると、まさに今考えていた内容を学友から訊かれた。


「んーーーーー。守月さんがどういう人かわかんないけど、俺とコラボするメリットがなくね?」


「いや、そんなことないだろー。ダイナの御曹司で、この歳でCランクで、配信も結構人気じゃん」


国内トップシェアのダンジョン関連総合企業ダイナ・サポート株式会社。

創業当初は小規模な装備品店だったが、現在では装備品の製造・販売、消耗品の供給、医療サポート、さらには探索者向けの生命保険やファイナンスまで手掛ける総合企業として成長している。

創業者でもある現会長は、ゴールドラッシュならぬダンジョンラッシュで財を成した人物として有名であるが、彼の持つ起業家精神と、探索者たちから後方支援の礎と呼ばれるほどの献身的な姿勢が、多くの探索者に支持されている。

その孫というネームバリューを活かしつつも、配信者としてだけではなくCランクまで上がるほど探索者としても活躍している。


「それは自分でもなかなかすげーと思ってるよ」


「うぜー」


笑いながら小突いてくる学友をいなしつつも答える。


「でも、異世界帰還者で、深層級単独撃破で、ダンジョン踏破者で、そんな人相手にしたら比較になんねーレベルじゃん」


「それはたしかに」


「やるとしたら尾ノ崎さんたちも巻き込んで、ダンジョン踏破者の実力を見せてもらう……みたいな企画とか?」


「何それ超おもしろそーじゃん!」


そんなことを言い合っている間に、昼休憩の終わりを告げる予鈴のチャイムが鳴る。


「チャイ語だり~」


「お前、課題やってきたん?」


「…………神様仏様夏海様”~!」


「しーらね」


────


都内某所。

ダンジョン災害後に高まった土地開発の波に伴って、それまでよりもさらに高騰している都内の地価。

そんな情勢などどこ吹く風とばかりに広がる、悠然とした日本庭園を有する邸宅。

その一室にて、この家の主である男が側近に告げる。


「ふうむ。守月青平か……良いな」


男──大調玄司おおつきげんじは和装に身を包み、手元にある古刀の手入れに精を出している。

矯めつ眇めつしつつ、隅から隅まで磨き上げる。

目線は手元に向けたまま続ける。


「儂の見立てでは、あのマティアス=チャールストンを抜いて、世界最強と呼ばれるに相応しいと見るが」


「僭越ながら私も同じ考えです」


その応えを聞いてか否か、刀を傍らに置き、背もたれに身体を預けて天井に視線をやる。


「価値のあるものは、相応しい持ち主の手に収まってこそだと思わんか?」


「はい。仰るとおりかと」


「よろしい。ならばそのように」


「はい。仰せのままに」


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