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7 受付

伊東=カレン=あきら、25歳で探索者ギルドの京極支部で務める受付嬢である。

こんな名前をしているが日本生まれ日本育ちの純日本人である。

血筋的には外国由来であるだけで、自己認識は完全に日本人であった。

そんな彼女であるからか、昔から将来は公務員になりたいどいう想いが強かった。

だからこそ探索者ギルドの就職試験を受けたわけだ。

そんな彼女にとってこの職場は天国であった。

高卒の18歳からここで勤務しているためキャリア7年目であるが、どこか抜けていてたまにポカをやらかす。

それでも煙たがられていないのは彼女の人徳か、はたまた憎めないキャラクター故か。


伊東はその日も変わらぬルーティンワークをこなしていた。

大お局の市ノ瀬や、ハゲの佐久良課長などは、昔はもっと大変だったと飲み会の度に言っている。


──マジうるさい。


現在はインターネット越しに済ませられる様々な手続きが、昔は紙媒体で、しかも対面でしかできなかったというのだ。

それは大変だろうと思う。

探索者はたとえ一層で最弱の魔物を狩って、魔石を獲ってくるだけであっても、その旨を記した計画書を提出しなければならないという制度がある。

探索者がダンジョンへ入る前に、目的・探索予定地・期間・同行者・装備内容等を記載し、ギルドは提出された計画書を審査し、許可を出すまで探索者はダンジョンに入ることができないという内容だ。

探索者本人やギルド職員の誰も得をしない、誰もが嫌う制度を導入させた某左派政党を支持する自称市民団体は、まるで功績であるかのように語っているらしい。


そもそも探索者ギルドは探索者の管理を謳う国の組織である。

当然、ダンジョンへの出入りはギルドを通して行われる。

であれば、法的にも世論的にもいかに探索における諸々が自己責任であるとはいえ、その結果として探索者に何かあれば、国の責任を問う声も出てくる。

たとえ、それがいかに非論理的な主張であったとしても、出てくるものなのだ。

そうした声にしっかりと応えたというのが彼らの主張である。

そういう政治的なことはわからないが、お上が面倒なことをするという構図は伊東にもなんとなく理解できた。


さらに当時は探索者カードが単なるプラのカードで、探索者の基礎情報──最高到達階層・使用装備(任意)・確保済み保険契約(任意)・血液型等を含めた健康診断や精神鑑定の最新結果・パーティ情報等々──が紐づいて居なかったと言うのだ。

それでどうやって計画書の適格性を審査するというのか。

まさか探索者一人ひとりの情報をすべて把握した上で、この人の計画は無茶だからだめなどと判断していけというのだろうか。


──無理じゃね?

──普通に働いてたらそんなのどうやって実現するんだよって疑問に思うよね、もしかしてだけど今まで一度も働いたことがない連中が考えてるんですか?


そういったことを市ノ瀬や佐久良に問いかけると、そこまでは言ってないのだけどと苦笑されたことがあったがどういうことだろうか。


そんな状況であったのだが、自身も元探索者であったという何某という議員先生が登場し、探索者ギルドの様々な不便を感じるところを改革していったという。

現在の探索者カードは基礎情報を電子化して紐づけられているし、様々な申請書はネットで提出できるし、AIによる初期審査を噛ませることで、情報と申請の齟齬がある場合のみ職員による対応という形になっている。

それに入場時のみならず、退場時にも色々と不便があったらしい。

今では探索者がダンジョン出口に設置された「自動成果物スキャナー」に戦利品をセットし、AIが素材の種類・大きさ・重さ・品質を瞬時に解析し、登録データと照合、スキャン結果をもとに買取金額をその場で表示して、探索者はギルド登録口座への即時振込を選択可能で、現金希望の場合のみ窓口で手続きをする形である。

それが以前は鑑定スキル持ちや、自前で鑑定できる人材が常駐し、すべての成果物を目視で確認して買取価格を算出していたという。

先述のとおり、ゲート付近のごく狭い範囲はスキル使用可能となっているため、スキル持ちはそこ──もしくは極端に範囲が狭いギルドではダンジョン内で──鑑定を行う場合もあったのだとか。


──鑑定できる人材がそんなにいるわけないだろって思うんだけど、それで回ってたってことはどうにかやってたんだろう。

──マジで謎。


ちなみに現在は、スキルとして鑑定できる人材は都道府県本部や統括管理局に所属していて、AIでスキャンできないものや新発見の物資などがあった際のみ派遣される形だ。

しかし年々増えていく探索者──その多くは一層探索者である──に対応しきれないとなった時に件の何某先生が色々と良くしてくれて、今の形になったのだとか。

そういうことを飲み会の度に教えてくれる。

大お局だのハゲだの言いつつ、伊東は彼らのことを好いているのであった。


そんな伊東の最近の関心事といえば、例に漏れず異世界帰還者にしてダンジョン踏破者である守月青平のことであった。

しかも彼が帰還・踏破したのはこの京極ダンジョンである。

気にならないという方が嘘である。

彼が登場してからは、ネットでパブリックサーチをする日々である。

検索する度に龍ヶ崎ティアの動画がヒットし、同い年でありギルド職員と探索者としてそれなりに交流のある彼女の動画を、今さらながら初めて視聴し始めた伊東である。

ちなみに普段は真奈美ちゃんと呼んでいる。

だって探索者カードには本名しか載ってないから。

さらにちなむと、探索者が提出する計画書には、配信の有無を記載する欄もあるのだが、これも市ノ瀬や佐久良に言わせると、今どきだねということらしい。

ダンジョン内のITインフラも、撮影用ドローンの開発も、ダンジョン開発のために半官半民で行われたものだし、その情報は原則的に国際機関に集積されるのだから当然だと思うのだが、まあそういうことらしい。

そんなわけで青平の追っかけをしつつも、いつもどおり働いている伊東の眼が、本日の探索予定者の中に青平の名前を見つけたのは必然といえる。

沙塔真奈美をパーティリーダーとして、浅層の探索を主とした計画書を見つけた。

本来であれば浅層探索の実績がある真奈美──浅層探索実績しかないとも言う──であれば、AI審査によってそのまま素通しで探索に入れるはずである。

しかし、対面による審査の必要性ありとして、入場時に受付に案内するよう手続きをした。


──守月くんに会えるのやば~。


完全なる公私混同であった。


「あきらちゃーん。なんで『対面による審査の必要性あり』なんだよ~?」

「あ、真奈美ちゃんやっほー」


そうして件の守月を引き連れて、真奈美がやってきた。

非常に緩い雰囲気での会話に、遠くから大お局の視線を感じるがまるっきり無視して話す伊東であった。


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