華やかなりし探索者生活。
それに憧れてこの業界に入ってくる人間は多い。
しかしどの業界もそうであるように、輝かしい生活を送っているのはほんの一握りの上澄みだけである。
『一層探索者』
いつでも撤退できるダンジョンの一層で、弱い魔物を狩って生活している探索者が俗にこう呼ばれる。
どんな魔物からも必ず獲られる魔石と呼ばれる石。
今のところ環境負荷の一切ない完全なクリーンエネルギー。
現代のインフラを支える、なくてはならない物資である。
確実に需要が見込め、値崩れも起きにくい。
だからこそ『一層探索者』の生活が成り立つのだ。
聞いたところによれば、現場仕事をしている職人さんの日当が25、000円、まだ専門技術を持たない手許工さんが10、000円~15、000円くらいだという。
元の魔物により魔石の等級は異なるが、一層で狩れる魔物から獲られるのはどれも最低等級のものだ。
その単価が約500円として、1時間に5体狩れば時給2、500円である。
4時間働けば手許工さんの最低額くらい、2勤1休で月20日働いたら20万円、年間で240万、そこから諸々が引かれて、ギリギリ生活はできるくらい。
半日じゃなくてフルタイムなら480万円、額面上なら平均年収くらいではある。
長期休暇はないが年休約120日でそれなら、未経験の業種への転職としてはちょっと条件の良い求人というくらいではあるか。
そんな算盤を弾いて脱サラ探索者となったのがこの
残業も自分の裁量次第であるし、なによりもあのクソな上司と顔を合わせずに済むという個人的にして最大のメリットがあるこの仕事、それなりに満足はしているが、もし知人が探索者になると言い出したら一旦止めると思う。
先の試算は皮算用ではなく、実際にそれくらいは──なんならドロップアイテムという稀に出るボーナスによってもう少し上乗せしたくらいは稼げている。
しかし、そこから装備の更新費用を捻出しようと思ったら、なかなか厳しいものがある。
決して安い買い物じゃない上に、ローンも組めないし、しかも消耗品なのである。
それならば最低レベルの装備でコストを軽く、いつでも逃げられる行き慣れた場所で戦うことでリスクも軽くして探索する方が良いというのが彼なりの結論だ。
根拠地となるダンジョンを選べばもう少し条件は良くなるだろう。
一層を抜け二層まで行けば魔石の等級が上がる。
潜れば潜るほど一概には言えなくなっていくのだが、単価が約750円として、先ほどの計算でいけば720万円だ。
ただし、同種の魔物でも一層違えば体感できるほどに強くなる。
しかもここ──彼の根拠地とするダンジョンだと一層下でいきなり複数出現がデフォルトとなる。
──せめて、ちょっと強くなるけど単体で出現っていうならチャレンジしようかという気にもなるんだけど。
ならば他のダンジョンに行くかといっても、ここと隣接する中で二層が良い具合なのは二箇所あるが、どちらも僻地で移動がネックだ。
そんな、いわゆるド田舎に引っ越したら生活単価は下がるが、車が必須で結局は変わらないという。
そういう世知辛い事情もあって一層探索者ってのはそれなりに頑張って働いているわけなのだが、どういうわけか探索者じゃない人間からあれこれ言われるのだ。
『一層探索者』というのも、半ば侮蔑的なニュアンスでそう呼ばれることの方が多い。
──まあ、どの業界でも下層にいる人間を悪く言うのはよその人間なんだよな。
業界内では、それぞれが自分の仕事をしてそれぞれが違うニーズに応えているし、もし居なくなったらその仕事を自分がしなければならなくなるのもあって、そこまで見下すような風潮はなかったりするものである。
そういうことをなにも知らない人間が、ただ他人を貶めたいだけの連中が、底辺だのなんだのと言いだす。
そういう諸々を含めて一層探索者としてやっていくっていうのなら、止めはしないからお好きにどうぞという感じである。
しかし、世間が持て囃すトップ層の探索者に憧れてということであれば確実に止める。
意外と縦横のつながりのある探索者稼業で、実際に自分もトップ層と呼ばれる人間と交流があるが、アレは正直同じ生物と思ってはいけない。
単純に能力が化け物じみているとか、そういう話ではないのだ。
なによりも恐ろしいのは、その精神性だ。
一層探索者として、3日に1回休みながら活動している自分ですら、それなりにキツイものがあるのだ。
それだけ命のやりとりというのは重い。
探索者になって初めにぶつかる壁は、命を奪うことへの躊躇いであるなんてよく言われている。
実際にそこで躓いてドロップアウトする人間も一定数いる。
探索者資格を取得できるのが各都道府県に設置されたダンジョン省の支部であることもあって、同時期に資格を取得した人間は根拠地がおなじであるため、自然とダンジョンでも顔を合わせたりして、薄らとした連帯感のようなものがある。
同期などと呼ぶ人間もいるくらいだ。
そんな同期の中でも、未だに活動を続けている人間はそこまで多くない。
もちろんそこには死亡を含む事故で活動を辞めた者も含まれるが。
たとえ一層であったとしても、ちょっとしたミスで命を落とし得るのが探索者という仕事なのだ。
サラリーマンの頃であれば、たとえどんなミスをしようが──クソ上司にクソほど詰められはするが──取り返しがつかないということはなかった。
正確にいえば、そのミスがもたらす損失を企業が吸収してくれるのだ。
しかし探索者は個人事業主、守ってくれる企業はいない。
そして探索者のミスがもたらす損失は、命をもってしか補填することができない。
そんな活動の中で、精神を病んで辞めていく人間は少なくないのだ。
だからこそトップ層の異常性が際立つ。
彼らは常に自分の命をベットして大勝負に繰り出す。
当然ながら、事前の準備はしているのだろう。
少しでも情報を集め、装備を整え、時には仲間を集めと、持てるリソースを最大限に活用して探索に赴いているのだろう。
そこまでしてもなお斃れていく同業者を横目に、平気で突っ走っていくのが彼らだ。
とてもじゃないが真似はできない。
そんなトップ層の探索者がパーティを組んでようやく倒せるような深層級の魔物を、単独で、なおかつお荷物を抱えた状態で、軽々と討伐した人間がいる。
──震えたね。
ソーシャルメディアじゃ『転移特典』やら『チートスキル』やらの存在を疑う声があった。
あまり詳しくはないが、最近のフィクション作品によくある設定らしく、レベルアップに必要な経験値が下がるだとか、取得経験値自体が倍増するだとか、それであの異常なほどの強さを得たのではないかということだった。
だが、そんなことは枝葉末節だ。
たとえどれだけの力があったとしても、自分の命を賭けた戦いにあれほど軽々と挑むそのメンタリティこそが異常なのだ。
強くなれば命の危機すら感じない?
またよその人間が頓珍漢なことを言っているとしか思えない。
どれだけ強くなろうが、人は死ぬ。
水深2.5cmで死ぬ、血を失っても死ぬ、空気が薄くても死ぬ。
死を恐れない人間は異常だ。
たとえ死を望む人間であろうと、死に対する恐怖は変わらないと思う。
その恐怖を乗り越えて一歩踏み出してしまうほどに強い願望を持っているだけで。
なのに彼にはそれすらなかった。
願望も、高揚も、信念も、信仰も。
それら恐怖を紛らわせるものなどなにひとつ持たずに。
まるで慣れているとでも言うかのように飛び込んだ。
一体、どれだけの経験をすれば、敵の、味方の、そして自分の死に慣れるというのだろうか。
そんな人間が普通に笑っている配信の映像が、下手なホラーよりも恐ろしく感じた。