本名は
高校卒業後、進学先の専門学校で周囲と馴染めず自主退学。
学費を出してもらっていた両親にも話せず、勢いでダンジョン配信者を始めた。
探索者としてそこそこの適正があり、容姿も特別美人というわけではないが、決して不美人ではなかったため、生活する程度の収入は割とすぐ得ることができた。
それでも生来の臆病さから探索者としても配信者としても冒険することができず、行き詰まりを感じていた。
そんな彼女に転機が訪れた。
いつものように浅層にてだらだらと配信をしていたところ、深層級のイレギュラーと遭遇してしまった。
『もうあかん』と思っていたら突如として現れた青年にあっという間に助けられた。
その彼は世界初の異世界帰還者にしてダンジョン踏破者としてあれよあれよという間に一躍時の人となった。
──展開がジェットコースターすぎるやろ。
それに併せて自身の配信アーカイブの視聴数があり得ない勢いで回りだし、ここまで6年以上をかけて積み重ねてきた総視聴回数を余裕で抜き去った。
そんな現実を前にして『乗るしかない、このビッグウェーブに!』とばかりに意地汚く──否、不屈の精神で、彼──守月青平くんというらしい──の情報をネット上から拾い集めて来ては動画にして、『真実はあなたの目で確かめてください』と予防線を張りつつ配信してきた。
本人曰く『目を惹く見出しにちっちゃくでも「!?」つけといたら、なに言ってもええんやろ?』とのことであるがそんなわけはなく、視聴者からは『平成に取り残された女』『出来の悪い週刊誌』等散々に言われている。
閑話休題。
そんな真奈美が最近企画しているのは、件の守月とのコラボ配信である。
例の記者会見後、守月がソーシャルメディアのアカウントを作成した際に──普段からストーカーばりに彼の情報を集めていたのが幸いして──真っ先に発見し、即座にフォローした。
その甲斐あってか向こうからもフォローを返され、相互フォローとなっていたのだ。
そしてそのソーシャルメディアのメッセージ機能を介して彼とコンタクトを取ったところ、なんと配信への出演を快諾してもらえた。
どんな企画にしようと頭をひねったが、これまでもグダグダと配信を続けてきただけの彼女から突然良いアイデアが生まれてくるはずもなく、視聴者から質問を集めて色々と聞いてみようという安易な企画と相成った。
──そもそも配信として盛り上げようとかじゃなくて、助けてもらってありがとうと、配信に載せちゃったせいで大事になっちゃってごめんなさいを伝えるのがメインだから……
と自分を慰めつつ、気づけばコラボ配信当日である。
撮影場所は彼と出会った京極ダンジョンの浅層、京極支部で待ち合わせして、一緒にここまで降りてきた。
彼の格好はごく普通の街着といった様子。
初対面時の、異世界風ではあるが明らかにハイグレードな装備でも、現代風の探索者らしい装備でもない、オシャレではあるがただの洋服である。
半ば配信上のトレードマークとなっているとはいえ、ガチガチの探索者装備に身を包む自身が浮いているように感じられ、なんとなく気恥ずかしくもある。
「はい。始まりました龍ヶ崎ティアのgdgdダンジョン探索記~!」
さらに、先ほどまで普通に──典型的陰キャ女性といった様子で──話していたのに、突然配信用のハイテンションで喋るのも恥ずかしい。
「今日はなんとね。あのハイパー有名人の守月青平サンにお越しいただきました!」
「どうも。ハイパー有名人の守月青平です」
──苦笑しながらも乗ってくれう……神か?
そんなしょうもないことを考えつつも、口は別の生き物かのように喋り、配信を進行していく。
「……というわけでですね、守月サンは現在、探索者として活動されているわけです。
と、紹介はこれくらいにしてですね。まずはひとつ、いや、ふたつ言わせてください」
「はい?」
「この度は助けていただき、ありがとうございました! それと、配信に映ったせいで大事になってしもて、本当に申し訳ございませんでした!」
「ああ、良いですよ。気にしないでください」
コメントでは『いい人』『良かったな沙塔』『関西弁漏れてるぞ』といった言葉が流れていく。
そのコメントの数も、彼と出会う前とは雲泥の差であり、それについても礼を言いたいところだが、流石にそれはどうかと思い踏みとどまった。
「沙塔……?」
「あ、すんません。それアタシの本名っす」
本名バレしている。
沙塔真奈美は迂闊な女であった。
「僕が拾ったせいで余計に広まっちゃいましたよね。申し訳ない。カットしておいてください」
両手でハサミのポーズをする守月。
「あのあの、これ生配信っす……」
『草』『意外とおちゃめな守月くん』といったコメントを横目に見つつ、話を進めることにする。
「まあ、前フリはこんくらいにしといてですね。早速質問の方をしていきたいと思うんですけど大丈夫ですか?」
「それは良いんですけど、配信のコメントってこちらでも確認できますか?」
「あ、アタシは配信アプリで確認できるんですけど、守月サンは直接配信開いてもらって、音声をミュートにしてもらえれば大丈夫っす」
「なるほど。実は最近スマホも買ったんですよ。すごいですよねこれ……で、これでどうやって観るんですか?」
「あ、あーなるほど。説明しますね」
彼が浦島太郎状態なのを思い出し、取り出した端末を受け取って、画面を見せながら説明していく。
その様子を見てコメント欄では『おじいちゃんかな?』『携帯ショップでよく見る光景』などと言われる。
中にはめざとく『じゃあさっきはどうやって本名ネタ拾ったの?』というコメントがあるが、勢いの良いコメント欄に埋もれてしまった。
実を言えば守月は真奈美の目に映るコメントを読むという、人外じみた真似をしていたのだが、そこまで把握できる人間はいなかった。
「ありがとうございます。えー誰がおじいちゃんか!」
「うちのリスナーがすんません!」
そんなやり取りにまたコメント欄が盛り上がる。
「はい。ツカミはオッケーということで、そろそろ企画を進めていきましょう」
「あれ、ここアタシのチャンネルやんな……? まあええわ。マジで進まなくなるんで質問していきますね。
えっと、まずですね、この企画を発表してから、ものすごい数の質問が来たんです。今まで見たことないくらいの数がね……。それで、どれを選んでも後から『なんで自分の質問を選ばなかったんだ』って言われそうなんで、完全ランダムで決めていきたいと思います!
というわけで最初の質問はっと……
『本当に異世界に行ってたんですか? どうやって政府に認めさせたんですか?』
ということなんですけど……。あのー今さらなんですけど、国に関わることとか、聞いたら消されるみたいなことは話さなくて大丈夫なんで、ハイ」
「ははは、大丈夫ですよ。事前にマッチ……官房長官に許可とって出演してるんで」
「ひえー官房長官……なんかようわからんすけど恐いっすね……?」
「心配しなくてもただのジジイですよ」
『ジジイ呼ばわりは草』
『同級生ってマジなんか』
「えーとそれでマジで異世界に行ってたのかってことですけど、マジですね。証明方法はまだこっちで見つかってない異世界のものを持ってたとか、そういう感じです」
「おー。それってものすごい価値なんじゃないですか?」
「うーん。異世界の存在を証明するってだけで、別にそれ自体がすごいものってわけじゃないですから。あ、値段とかについては伏せるように言われているので申し訳ないですけど」
「あ、全然全然! むしろ知るのが恐いので大丈夫っす!
えーと次は、
『好きな食べ物はなんですか』
ってことなんですけど……
『なんでこんな質問してんだ』
『もっと良い質問あっただろ』
『せっかくのチャンスをドブに捨てる女』
ええいやかましいわ! ランダムやねんからしゃあないやろ!」
「えーと好きな食べ物ですか……うーん、モツ煮とか」
「ええ、結構渋いというかなんというか。アタシ飲み屋のメニュー以外で食べたことないっすね。流石に守月サンは違いますよね?」
「はい。まだ飲み屋には行ったことないですね」
苦笑しながら答える守月。
「質問でも来てたんですけど、そもそも守月サンっていま何歳ってことになるんですか?」
「一応、僕の主観年齢を採用するってことで23歳になりますね。まあもし生年月日からの換算で68歳にしたら、何歳まで生きるんだってことになりますし、今まで税金を納めてないのに、色々と控除されたりしちゃいますからね」
「ほあー。なんかようわからんっすけど、すごいっすね」
『馬鹿の感想やめて』
『٩( ᐛ )و<ナンカスゴイ』
「まあ話を戻しますけど、モツ煮を食べたのは異世界でなんですよ」
「へえ~。日本以外でもモツ煮ってあるんや」
「モツ煮はわかりませんけど、内臓を食べるのはこちらでも割とメジャーな食文化ですよ。フォアグラとか有名ですよね。それに言ってしまえばソーセージとかの腸詰めだって、似たようなもんですし」
『たしかに』
『好き嫌いが分かれるってだけで、ゲテモノ扱いとまではいかない』
「えっと次は……
『装備を見せてください!!!!!!』
ってことなんですけど。嫌だったら断ってもらっても大丈夫です」
探索者は様々な事情から、他人から詮索されるのを嫌う。
自ら公表するならともかく、装備やスキルの情報は一般的に秘匿されるものである。
「ああ、別に大丈夫ですよ。武器を出すのでちょっと離れますね」
真奈美と対面に座っていた守月が立ち上がり、少し離れる。
それを撮影ドローンが自動で追尾する。
そして守月が腕を身体の前に掲げると、その手にはいつの間にか拵えの美しい柄が握られていた。
『柄だけ?』
『あれ?』
コメント欄と同様に困惑している沙塔が尋ねる。
「剣の柄だけ……じゃないっすよね?」
「ちょっとわかりづらいですよね。これならどうでしょう」
そう言って、再びいつの間にか握っていたペットボトルの水を、本来刀身があるであろう場所にかけると、その姿を現した。
「透明な剣……?」
「そうです。神霊銀っていう、目に見えない金属で出来た剣なんですよ」
『はえーすっごい』
『神霊銀!?』
『かっちょえ~!』
「はえーすっごい」
沙塔がIQ3くらいの薄っすい感想を返すのに構わず、軽く剣を振って水気を切ってから出した時と同じように忽然と消す。
これに誰も反応しないのは、先述のとおり探索者であれば誰でもアイテムボックスのスキルを持つからである。
そして先ほどまで座っていた椅子に再び腰掛ける。
「まあ、こんな感じです」
「今のがメイン武器ですか? ということは剣士系ですか?」
「メイン武器というか……そもそも武器自体が消耗品じゃないですか。いくつもある中のひとつですね。使えるということであれば、武芸十八般じゃないですけど、槍でも弓でも使えます。たださっきの剣もそうですけど、使いやすくてどこでも手に入ったから剣はよく使っていました」
消耗品と言いつつも、先ほどの神霊銀の剣は不壊であり再生もするのだが、守月はそこまで説明するつもりはなかった。
先ほどコメント欄にもいた神霊銀を知っている人物であれば、気づくかもしれない。
神霊銀とはその名のとおり霊魂に近い性質を有しており、反物質ならぬ半物質とでも呼ぶべき性質があり、物質であるため干渉力を持ちながら、物質でないが故に不壊である。
この地球世界でも、既にダンジョンから僅かばかり持ち帰られている。
ただしそれは、かなり強力なゴーレム系の魔物から稀に得られる精霊銀に、さらに稀に含まれる現代の技術では不可分な成分として確認されているに留まるというただし書きがつくのであるが。
だが沙塔は、そんなことにはまったく気づかず話を進める。
「じゃあ次の質問はこれっす!
『好きな異性のタイプは?』」
『これっすじゃないのよ』
『それじゃないです』
『沙塔そこ代われ!』