『突如として登場した深層級を単独撃破する謎の探索者』
『異世界帰りだという彼の真相』
それ一色というほどではないが、世間が静かに、それでいて熱く注目している空気を感じる。
そんな中、政府から彼に関する発表があるとして記者会見が開かれるという報せが各種メディアに入る。
全国紙の記者である大石も、当然その場に集まっていた。
会見が始まるまで周囲に座る他紙の記者たちと情報交換をする。
『単独撃破は国内最強では?』
『異世界ってのは流石に盛りすぎだろう』
『EXランク認定もあり得るのでは?』
等々
誰もが少し調べればわかることと、ネットに書き込まれるのと大差ない推測しか話さない。
何か情報を伏せているのか、単に何も掴めていないのかすらもわからない。
────
「それでは、定刻となりましたので、ただいまより記者会見を開始いたします」
その進行の声とともに沼沢官房長官と、動画で見た青年が入場してくる。
各社が一斉にカメラのフラッシュを焚く。
「まずは私の方から、経緯を説明させていただきます」
そう言った官房長官の背後にプレゼン資料が投影される。
その概要は以下のとおりである。
・京都京極超自然災害構造体──京極ダンジョン──において、超自然災害構造体調査従事者A──探索者の某──が通常ではみられない超自然災害生物──魔物──と遭遇
・守月青平氏がこれを撃破、Aを伴い京極支部まで帰還
・京極支部職員及び特殊災害対策省──ダンジョン省──による調査を実施
・健康面を含めた様々な検査を実施後、守月氏が50年前に行方不明となっていた『守月青平』氏と同一人物であることを確認、市民番号を付与
・本人の精神状態を考慮し、静養後に再度調査を実施
・聴取の結果、超自然災害構造体──ダンジョン──の踏破及び異世界の存在を正式に認定
口頭での説明に併せて資料が表示されていくに連れ、各所から唸るような声とシャッター音が聞こえてくる。
それはそうだ。
あのダンジョン配信者の動画の真偽も含め、世で様々な議論を呼んでいる内容に、国から正式な裁定がくだされたのだから。
その中でも『深層級イレギュラーの単独撃破』と『ダンジョン踏破』『異世界の実在』『時間軸のズレ』は、こうして記者会見で正式に発表されてなお現実感の伴わない出来事である。
そうして会場、そして恐らく画面の向こうに大きな波紋を広げつつも、会見自体は淡々と進行し、記者からの質疑応答の時間となった。
各紙が発表内容のエビデンスやら、事実確認やらの質問を投げかけ、それに対して官房長官が淀みなく、そして明確な論理で回答していく。
また、中には守月氏の個人情報に関する質問もあった。
件の動画が公開されてから数週間、各紙は彼に関する情報を血眼になって集めていた。
その結果として、日比谷高校出身であるとか、東大に合格していただとか、横にいる官房長官とは同級生だっただとか、そういった情報が集まりつつあった。
事前に守月氏の個人情報に関しては答えることはできないと言われていても、そうした手札を持った記者たちは質問を抑えられなかった。
そして大石もまたその内の一人であった。
「守月氏に質問です。現在、特殊災害対策省中部方面統括管理局長であり、過去に『美しすぎる探索者』として話題になりました守月奈緒氏のご親族であるという情報があるのですが、これは真実なのでしょうか?」
この情報は他紙では掴んでいなかったのか、ざわめきが広がっていく。
質問された守月の反応はというと、先ほどまでと同様に官房長官が『守月氏の個人情報に関する質問にはお答えできません』と返そうとするのを押し留め、マイクを握った。
「質問に質問を返すようで恐縮ですが、それを知ってどうしようというのですか。妹のところに取材にでも行くつもりですか?」
「それは肯定と捉えてもよろしいでしょうか?」
「よろしくないです。先ほどから私の交友関係等に関する質問が多いですが、それで彼らに迷惑がかかるのであれば……」
そこで言葉を切った守月氏は、彼の個人情報に関する質問をしていた記者たちを順繰りに眺めた。
次の瞬間、まるで眼前に
呼吸すらできないような圧迫感、次の瞬間には自分の頭と胴が泣き別れするのではないかという圧倒的な死の予感。
それも瞬きひとつする間で霧散し、後には全身が吹き出した冷や汗に濡れた身体のみが残った。
「私は今後、誰からも、一切の質問にお答えすることはできなくなります」
周りを見れば、幾人か──先ほど守月氏に見つめられた記者たち──を除けば平常どおりといった様子である。
この感覚には覚えがあった。
国内最高峰と呼ばれる探索者の取材中に、ダンジョン内で彼らが戦闘する際に発していた気配に似ているのだ。
それを何百倍、何万倍にも凝縮すればというただし書きが付くが。
「……失礼いたしました。質問を撤回させていただきます」
ともあれ、今後彼が何も話さなくなる──国内外問わずダンジョン探索に有用であるかもしれない情報が、自分の責任で失われるという状況に耐えきれず、質問を取り下げざるを得なかった。
「他に何かございますか」
司会が促すが、先ほどのやり取りを見て後込みしたのか、なかなか手は挙がらない。
「ではそろそろ……」
「あ、はい。あります、質問」
そんな空気を気にせず、ひとりの記者が挙手する。
日本人離れした顔つきに、全体的に色素の薄い若い女性だ。
「えーっと『週刊世界のダンジョン』です。守月氏に質問です」
その誌名を聞いて、周囲の記者たちも、司会の人間も鼻白んだ様子だ。
「守月氏は異世界帰還者にしてダンジョンを踏破者ということですが、ダンジョンの最奥には何がありましたか?」
そしてその質問を聞いて、悔しそうにする者もいる。
それこそ、この会見を見ている人間が期待する核心のひとつである。
まずは突飛な経緯の裏付けからと思って後回しにしていたことを後悔しているのだろう。
「まず、私は今回の京極ダンジョンと、それに繋がっていた向こうの世界のダンジョンのことしかわかりません。そうした前提の話となりますが、ダンジョンの最奥にはダンジョンコアと、異界の扉が存在しています」
その回答を受けて手元で何かを書きつけつつ、続けざまに質問を重ねる。
「異界の扉というのは、その異世界とこの世界を繋ぐものでしょうか。またダンジョンコアとはどういうものなのでしょうか?」
「異界の扉に関する認識は、概ねそうだと思います。他の扉がどこに繋がっているのかはわかりませんが、ふたつの界を繋ぐものだと私は聞いています。ダンジョンコアはその名の通りダンジョンの核ともいうべきもので、それを破壊なりすればダンジョンが崩壊すると言われていました」
「それらの知識は異世界で手に入れられたものということでよろしいでしょうか?」
「はい。向こうの世界ではダンジョンが登場して少なくとも数千年は経っています、なのでダンジョンに関する知見もこちらより多いと言えます。とはいえ、その情報の確度については私が保証できるものではありませんので、そこはご了承願います」
「なるほど。今回の件では京極ダンジョンはそのまま存続していますが、ダンジョンコアの破壊はしなかったということですか?」
「そのとおりです。異界の扉を開き京極ダンジョンの最奥部に出ましたが、そこが元の世界──ややこしいので地球世界と呼びますが──地球世界だという確信もなく、また界を渡った直後にダンジョンコアを破壊して、どこに飛び出すかも不明な状況だったので、逆順に踏破する形で外に出ようと考えました」
「そうして上がってくる中で件の探索者さんと遭遇したというわけですね」
「はい。その方の服装を見て、ここは地球世界なのではないかという気持ちが強まりました。だからその方を助け、話を聞こうと思ったら、配信……というのでしたか、それをしていたらしく、こんなに大事になってしまいました」
「わかりました。ありがとうございます」
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こうして終了し、テレビ中継や号外、翌日の各紙の一面を飾った会見の内容は様々な議論を呼んだ。
しかし会見以前と比べその真偽を疑う声は鳴りを潜めた。
少なくとも、日本政府はそれを真実であると発表したのだから。