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31勝手目 過去戻りの禁忌:宮城県栗原市(4)

 ボクは昨日まで経理部だったんだ。パソコンや伝票と睨めっこして、椅子に座って仕事していたんだよ。

 それが突然、禁忌を犯すのが仕事ですなんて受け入れられっこない。怖いのも痛いのも苦手なんだ。


 本当は神霊庁にだって怯えながら在籍している。心霊とか昔の物とか、人の気持ちが乗ってそうな古い物が苦手だし。

 でも育ててくれた祖父母が信仰に熱い人だったから、お祈りはしなくちゃいけないし、いろんな神社仏閣に連れて行かれた。


 2人が亡くなってからは神霊庁の運営する養護施設でお世話になって、その借りを返す形で在籍している。

 神社とお寺の空気は得意じゃないけれど、神霊庁の本部は人の多い都心にあるからまだ平気なだけだった。


 でも皆は全部平気なんだね。仕事だと割り切っている訳じゃないだろうし、全く怖くない訳じゃないんだ。


 洋さんのためなんだろうな。洋さんの事助けてあげたくて部署も立ち上げたんだもんね。

 呪われて可哀想だよね。両親とも酷い別れ方をしたんだし……ボクも両親の事よく知らないけど、可哀想だなと思ったから気になって。


 そして何よりボクと洋さんは見た目がそっくりだったし、両親がいないって共通点が人事だと思えなかった。

 勝手に親近感を持っていたのはボクだ。嫌われているけど、きっと何かあると思っていた。


 じゃあ洋さんが戻って来なかったらボクはどう思うの? この得体の知れない"何かある"はどこへ行くんだろう。


 そう言えば新しい職員証を受け取った時、ボスが「洋斗なんて特に」って言ってたよね。

 あれどういう意味なんだろう。ボクが新撰組に居なきゃいけない理由があるって事?


 特別経理部だから、とかじゃなくて?


 ここで1人で逃げたらボクはどうなるんだろう。他の部署に行かされたりするのかな。でもボスやネリーと仕事してたから楽しかったんだし、離れ離れは嫌だな。


 ボクってとってもだ。あれもこれもって言う割に嫌だって声まで大きい。

 洋さんとそんなところまで似てるんだって言ったら、怒るだろうなぁ。


 車を降りて、3人が入った鏡に近づいてみた。なんの変哲のない鏡だ。映った姿はあの人によく似ている。だから入れるんじゃないかなって思ったりしてね。

 人差し指でツンと表面を突くと、鏡に水に触れた様な波紋が浮かぶ。


「あ……」


 呼ばれている気がした。入ってしまえば最後、ボクの命だって保障はない。あの3人に会えるかもわからない。

 やっぱり見なかった事にしようと、眼を瞑る。


 すると瞼の裏に薄らと、洋さんがどこかの木に引っかかっているのが浮かぶ。

 ボクがそうだといいなと思っているからだろうか。

 それなら助けられるかもって思っちゃうのは、勇気だとは言わないのかな。


「兄貴を連れて戻って来い! 晴太まで動けなくなったらどうにもならんぞ、」

「洋の事見捨てる訳じゃないのよ!」


 ガラケーを耳に当ててなくても、状況は理解出来た。近藤さんが無茶をしようとしているんだ。

 洋さんを探すために、山崎さんを背負いながら1人で――。


 せめてあと1人行けたらいいのに。誰もがそう思ってると思う。本当は皆助けに行きたいんだ。


 ボクは静かに手を挙げた。目線がボクに集まると、さっきの事が恥ずかしくなって下を向いてしまう。


「ボク、行くよ……ほら、行けちゃうみたいなんだ……」


 鏡に触れて見せる。静かに驚く声が聞こえた。言ってしまったから行かなくてはと、自分のめちゃくちゃな言動や思考についていけなくなる。

 パニックになった勢いだと思いたい。


「デモ、怖いって言っタよ」


 ネリーの言う通りだ。けれど瞼に映った洋さんの姿が本当だったらと思うとね、後悔はしたくないって肩に力が入るんだ。


「怖いよ! でもボクが行かなきゃじゃんか! だって何も出来ないんだもん! じゃあ捨てたくなくても捨てられるものを賭けるしかないじゃないか!」


 ポケットに入れていたガラケーを耳に当てる。もう勢いに任せてしまおう。


「近藤さん!」

『えっと、藤堂さっ……ん?』


 息も絶え絶えに、ザクザクと山道を歩く音と山の騒めきが不安にさせる。


「ボクが洋さんを探しに行きます! だから近藤さんは土方くん達に従ってください!」


 近藤さんは上司に当たるけど、いいんだ。もう全部勢い。言っちゃった、やっちゃった。だからやるしかないんだもん!


「待て! 探すって言っても何処にいるかわからないんだ。勢いだけで行くのは危ない!」


 土方くんに腕を掴まれた。彼の目は真剣で、山中は冷え込んでいるのに酷く汗をかいている。

 今犯している事がどれだけ危ないのは百も承知だ。

 鏡の左右の縁に両手を添える手はまだ怯えている。


「ずっと危ないんだから今更だいっ! ボクの気が変わる前に背中押してくれぇ!」

「洋斗、本当に沖田を助けてくれるんだな?」

「わかんないよぉ! ……わかった! 必ず……やっぱわかんない!」


 土方くんは背中を押してくれようとしているけど、ボクの反応に困惑した様子だ。

 山は何度も唸りを上げるし、強い意志がある訳じゃないから口と体は相違する。


「洋の事心配してるなら行け!」


 だけど背中にグイっと容赦ない力がかかり、ボクはあっという間に鏡の中へと入れられてしまう。


「酷いよボスゥ!」


 姿は見てないけれど、あの声は絶対にボスだ。いつも作り笑顔で何事も深くは関わらなかった人なのに、この数ヶ月で人が変わりすぎだよ。



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