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31勝手目 過去戻りの禁忌:宮城県栗原市(1)

「いいね、これは仕事だ。洋とは関係のない地震まで起きてるんじゃあ、もう僕らだけの問題じゃない。禁忌を犯した代償なら、僕はその責任を取る義務がある。そのための新部署だから!」

「って言ってもよぉ、何で洋と関係ないってわかんだよ」


 鏡を前にして、多発している群発地震と沖田の因果関係がないと言い切る晴太に学は疑問を投げかけた。


 晴太は全く関係ないとは言わないけどと言いながら、登山の大きなリュックから小さなノートを取り出して中身を見せた。


「最近、学さんに来る電話の内容をもう一度教えてください。しょっちゅう掛けてくる方のです」

「山にいるから助けに来いって奴か?」

「そうです。どこの山、でしたっけ」

「岩手と宮城の県境って言ってたな。んで、山の中にある旅館の近くに居たら地震が来て……そっから救助要請しても来てもらえないって。旦那と2人って言ってたぜ。ちょい若めの女の声よ」


 ヒアリングの仕方次第ではもう少し聞き出せただろと思うが、学曰く電話口の相手はこちらの話を殆ど聞かないらしい。


 学の電話に掛かってくる電話は、もうこの世には居ない人間からだ。助けに来いと言っても、すでに死んでいる。死んだことがわからないから救いを求めているのだろう。


「調べたけど、多分この人達かな。何年か前にこの辺で大きな地震があったよね」

「内陸地震のこと? 震源地ってこの辺なのね。秋田も少し揺れたわ」


 栗駒山内陸地震。そこまで遠い記憶ではないが、確かに大きな揺れだった。

 あの日は土曜日だったから栗原市から少し離れた場所へ沖田とバラを見に行っていたっけ。

 そこも山の近くだったのもあって、地鳴りと揺れが大きくてビビった沖田がバラにつっ込んで棘だらけになってたな……。


「まあ大きな地震だったからね。守、パソコン持ってる?」

「持ってるが、こんな山の中で電波繋がるのか?」

「繋がりますけど」


 伊東は晴太と打ち合わせしたかのように無線ルーターを取り出した。パソコンは持っているのに電波が繋がらないなんて、何の為の箱ですかね? と言いたげなオッドアイ。


 しれっと沖田の隣にいるのも気に食わないし、沖田もずっとは立ってられないからと伊東に寄りかかってるし。

 晴太が内陸地震について調べろと言うので、俺は検索エンジンに「栗駒山内陸地震 行方不明者 死者」と入れた。


 読み込みに時間がかかると思っていたら、ムカつくくらい電波がいい。


「確か行方不明者が2人いるんだよね。女性と男性、苗字が同じだから夫婦だよね。死亡者もリストも見て年齢とか調べたけど、年配の方が多かった。学さんの話とも辻褄が合うし、多分奥さんの方が電話をくれたんじゃないかな」

「これか……不動産投資家の永倉夫妻、行方不明……」


 サイトの見出しをクリックすると、行方不明者である"永倉夫妻"について書かれた記事が表示された。

 8人で見るには画面が小さすぎるので文字を辿りながら音読していく。


 ――永倉夫妻は都内に住む不動産投資家、代々続く地主家系に育った根っからの富裕層。

 嫌味がなくあっさりとした人柄が人気な永倉新樺ながくらちかげは、メディアにも度々出演する売れっ子資産家だった。


 しかし彼に悲劇が起きる。家族旅行で出掛けた宮城県栗原市にて発生した大地震によって行方不明となり、夫婦揃って未だ発見されていない。

 当時4歳だった愛娘も同行していたものと見られるが、所在がわかっていない――


 いないばかりの曖昧な記事。しかし、電話では娘の事を言っていないのが不思議だ。家族で行ったのなら一言あるはずだろう。


「娘はどこに行ったのよ。同行していたものって」

「定かかわからんが、夫婦だけで旅行に行くこともしばしばあったみたいだな」

「ちゃんと連れて行ったって書きなさいよね! 可哀想じゃない!」


 祈が過去のネット記事に怒りを露わにし、近くにあった枝を掴んで力任せに折った。

 ネリーは面白がって祈に枝を数本渡して、顔スゴイ、もっとヤレと無邪気に煽る。確かに力んでえらい顔してたな。


「えっと、つまり、そのご夫婦を見つけてあげればいいって事かな? 白骨化してたらわかんないし……どうやって探すの?」


 洋斗の言葉にネリー以外は何を言ってるんだという顔をしたが、伊東が過去戻りの禁忌について簡単に説明した。洋斗は表示をコロコロ変え、一通り話し終えるとげっそりしている。


「洋さんが可哀想じゃないかぁ! 元気な人が行けばいいんだよぉ!」


 洋斗は沖田の前に立ち、極悪非道! ひとでなし! と、俺達に叫ぶ。コイツなにも理解してないな?


「だから誰彼行けるわけじゃないんだ。俺だって行けない。沖田と晴太それから兄貴……じゃない、学だけ。気持ちはわかるが沖田が居なきゃ禁忌は冒せないし、沖田も眠れないままなんだよ」

「なら近藤さんと山崎さんが行けばいいんだ!」

「優しいのは伝わったけど、話まるで理解してないわね……」


 祈も呆れて頭を抱え、喚く洋斗にため息をつく。何も伊東の説明がわかりにくかった訳ではない。洋斗の理解力というか――そう、それが無いだけだ。


「洋さん、行きたく無いなら行きたく無いって言わなきゃだよ! ボクは君が心配なんだもん!」

「洋斗ズット洋のコト不安がってタ。ウチのオカンみたいだヨ」

「だってボクと洋さんそっくりなんだもん! ボクは反対だっ!」


 確かにそっくり過ぎる。強く意見を言う時の「もん」が、沖田で言う「だかんね」に近しいものがある。血縁関係がないのが不思議だ。


 洋斗に沖田が反応すると、よろよろと立ち上がろうとする。まるで戦後の戦士のように、疲れた体を立たせる姿は痛々しい。


「うるさ……別に行けるんですけど。そっちが勝手にビビってるだけでしょ。アタシは行くかんね」

「ダメだよ! 土方くんも止めなきゃ!」


 俺だって行って欲しくない。出来るなら快適な部屋に布団を敷き、自然に目が覚めるまで寝かせてやりたいさ。


 けれどそれが出来ないからこうなっているんだ。心配する洋斗には申し訳ないが、ここは心を鬼しよう。

 パソコンを閉じると、晴太や学も動き出す。


 沖田は支えてくれる伊東の手をそっと振り解いて、海中のわかめのようにふらふらと鏡の前に立った。


 鏡、蝋燭、梓弓――久々の光景にざわざわと喜びが胸をくすぐるのはあまり良くない事だ。 

 が、この感情を持つのは俺だけじゃない。


 各々が自分のなすべき事をやり遂げるために、ここに集う。それは沖田の為でもあり、自分自身の為でもある。


「今回の禁忌の目的は永倉夫妻の救済。娘さんの事は詳細不明だから一旦保留。今日はとにかく洋の体調を優先にしよう」

「洋、おれらから離れんなよ? 山ん中で遭難とかシャレんなんねぇから」

「うん」


 晴太と学が夏のような登山向きの軽装にリュックを背負い込む。沖田は伊東が用意した暖かそうなゴアテックスジャケットを脱いだ。しかし、いちいち高そうな物ばっかりで癪に触る。


 禁忌先の日付は6月だから熱いだろうといつものパーカーだけになるが、禁忌を冒す3人は山の気温に体を震わせた。


 そして祈は沖田に持参したピンク色のタオルを握らせて、恐る恐る体を寄せた。


「洋、いってらっしゃい。帰って来たら、唐揚げ作るからね」

「うん」

「無理しちゃダメよ」

「うん」


 沖田の返答は素っ気なくも感じるが、恐らく今の精一杯だろう。喧嘩したからなどではなく、眠れない拷問を受けている最中なのだから言葉が出てこないのだ。

 それでも返事はする。沖田も祈の抱擁に顔を埋めるんだから、きっとそうだ。


 晴太がそろそろ行こうと声をかける。鏡の中へ入ったら、いつ出てこれるかはわからない。それなら早く行った方がいい。そして早く帰って来てほしい。


 しかし沖田はすぐに行こうとはせず、俺の目の前に来て何か言いたげに見上げて来たのだ。


「なんだ?」

「行ってくる」


 と言って倒れ込むように抱きついて来た。こんな人がいる前で何してんだと。突き放した方がいいと思う――が、嬉しさが勝ってそんな事は出来なかった。


「何してんだよ」


 平常心、平常心。ポーカーフェイスで耐えろ、上がるな口角!


「ハグにはリラックス効果があるって土方が言ったんだろ。久々の禁忌だから怖いんだよ」


 そう言って無表情に離れ、次はネリーにも抱きつきに行く。ネリーはニコニコしながら沖田の頭を撫でて、「怪我シテモ、ネコチャンバンソコーある」と帰りを待つ約束をする。


 洋斗は無視、伊東にもするのかと思いきやどちらもスルー。


「あの2人にはしないのか? あ、あいつら男だもんな。そりゃしねぇか……」

「僕行くの辞めようかな」

「ほらぁ! 洋、晴太にもやってやれ! な!」


 沖田は不貞腐れた晴太の尻を一度だけ叩く。晴太はまんざらでも無さそうな顔。あれが上司だと思うとちょっと落ち込むな。


洋斗あの人嫌いだし、伊東は車の中でずっとくっついて来てたからいいや」

「おっと……ぉ?」


 学が沖田の爆弾を拾おうとしたが、沖田は日付の書いた紙を燃やし「ダメだ! 眠い!」と言って鏡の中入っていってしまった。

 学と晴太も慌てて続けば、残された現代側はおかしな空気になる。


「オレは何も知りません」

「嘘つくんじゃないわよ! この2ヶ月間の事を綺麗さっぱり吐きな!」


 伊東は顔を赤くして、祈から逃げるようにアウトドアチェアに座りアイマスクをつけた。


 2ヶ月間のことは気になるものの、逆に沖田に引きこもっていた事を知られたくないので黙ることにした。

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