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30勝手目 新撰組でしょ?(3)


 遠野で言い方を間違えていなければこうはならなかったのに。

 喧嘩をして時間が経っても謝って済むのは、せいぜい学生までだ。大人になれば無理して付き合うか、自然に会わないようにするかのどちらかを取る。


 洋斗とネリーは気まずそうに並ぶ。静寂に耐えきれない洋斗がどうしようと焦りながら、落ち着きのない小動物のように動いている。


 それに見かねたのか、沖田の肩を抱いたままの伊東は洋斗の名を呼んだ。


「洋斗、ネリー。アレを」

「う、うん……」


 指示を受けた洋斗はまた車に戻ってシルバーの箱を持ち、伊東にこれだよねと言って確認を取る。


 ネリーがアルミでできたアタッシュケースを開けると、中にはカラフルな折りたたみ携帯が8つ並んでいた。長方形で角が丸く、可愛らしい見た目はどこか懐かしさを感じさせる。


「ガラケー?」

「えっと、色が決まってて。オレンジがボクで、青緑がネリーで……あ、黒がボスかな」


 色と人を繋げていく。ネリーは自分の言われた色のガラケーを手にすると、残り5個はと洋斗に尋ねた。


「赤は近藤さんだね。緑は山崎さんで、ピンクは山南さんかな? 黄色は洋さん、青は土方くんだ! 当たった!?」

「正解です」

「やったぁ! ……でもボス。何に使うの、コレ?」


 渡されたところで使い道には疑問が残る。しかもガラケーなんて、今時同年代で使ってる奴見たことないぞ。


「遠野の禁忌時、学さんは過去から守に電話出来ましたよね」

「あぁ。一か八かでかけたら掛かったわ。おれ文字書けねぇ代わりに記憶力バチクソいいの。すごくね?」

「ハイハイ、すごいすごい」


 祈はガラケーをいじりながら、めんどくさそうに受け流す。電話番号を覚えていたら気持ち悪いなと思っていたが、本当に覚えてたのか。気持ち悪い。


「……学さんがあの電話を使えば過去と現代で通信が出来る。その内容が皆に共有されれば、現代に残った側も、過去に行った側も不安が解消されると思ったんです。変な食い違いもないし、誰が今どんな状況だとかわかるじゃないですか」


 と、晴太。


「それで、その携帯を皆さんにお配りしました。山崎さんが誰かにかければ、全員がその会話を聞けるしくみにしてます。全員で会話が出来るトランシーバーみたいなものですね」


 と伊東が付け加える。晴太が伊東に頼んだのか? 

 携帯を開くと、電話帳には個人の番号も予め登録されていた。

 他には神霊庁に纏わる番号や伊東の父親の連絡先まで入っている。何故父親のまで……。


「それからね、これからは過去に戻って物を壊そうが何しようが構わないから。物なんて壊れるんだしさ。あ、でも歴史的価値のあるものはやめてよ? ああいうのは僕と伊東さんでもどうしようも出来ないんだ。下手したらお縄だから、気をつけて」


 晴太は何を言ってるんだ? さっきは沖田に冷たい態度を取ったと思えば、今度はまるでこれからも禁忌を冒すととも取れる発言をする。


 晴太はそれとね、と言ってオレに免許証のようなカードを差し出した。

 名前と生年月日、そして大きく書かれた――神霊庁職員証?


「守。君はこれからうんと忙しくなるよ。大学もちゃんと卒業して、でも神霊庁の仕事もしておくれよ? 僕も忙しいんだからさ」


 所属に宮城支部と記載された職員証の横には、さらに驚く名称がある。

 晴太から学や祈、そして経理部の3人にまでそれが配られた。


「いいかい? 今までの禁忌は個人的なだった。けどね、これからは違うよ。僕らの禁忌は仕事になった。今日ここに集まったのも、僕らの初仕事のためだからね」


 白地の職員証は黒文字が並ぶ。しかし、その中で一際目立つ名称は浅葱色で書かれている。


神霊庁しんれいちょう東北地域とうほくちいき災厄対処さいやくたいしょ超常現象ちょうじょうげんしょう調査鎮圧ちょうさちんあつ新撰組しんせんぐみ……?」

「長っ……」


 祈が短く、そして嬉しそうに呟く。


「長ぇ……けど、なんかかっこいいじゃん!」

「うぇえ、ボクとネリーも!?」

「強ソウ」


 学ははしゃぎ、洋斗は驚き、ネリーはのほほんと職員証を眺めている。


「勿論。まぁ……洋斗なんて、ですよ」

「えぇ? 何だよぉ……すごい気になる言い方するじゃんかぁ……」


 洋斗は何も知らないのにいいのかなと不安がるが、上司である伊東の命令となれば仕方がないと太い眉毛を困らせながら受け入れた。


 正直俺もついて行けてない。が、いつの間にか神霊庁の職員になっている。学や祈がアレだけ苦労していたのに、何もしていない俺が何故? と疑問は尽きない。


 名称の続きは役職で、絶対に苗字のせいで「副長」とある。


 晴太が局長なのはわかるが、何も持たない俺がこのポジションは身の丈が合わなさ過ぎないか?


「じゃあこれ。が渡してね」

「は……?」


 晴太がわざとらしく副長と呼ぶ。そして手には沖田の職員証。それを俺に渡せと言うのだ。


「晴太が渡せばいいだろ。俺はどうして職員になれたのかもわからないのに」

「野暮だね。君が副長になる理由なんてひとつしかないじゃないか。この新撰組は誰の為のものだか察しはつくよね?」

「沖田……だろ?」

「そ。悔しいけど、洋の事で君には敵わないからさ。それにね、洋だけじゃなくて僕のサポート役にもなって欲しいんだ。なんせ北東北の統括部長になっちゃってさぁ。宮城の事まで手が回らないよね」


 だからさ――と、晴太は笑う。迷った時に導くのも上司の仕事だとドヤる姿も頼もしく感じる。

 忙しかったのはこの為だったのかとわかると、一層その優しさが沁みる。


 1人で立つのがやっとだという、沖田の目の前に立ってみる。


 沖田は表情を変えず、青白くなった肌に紫色の深いクマは呪いを表すようだ。

 少し呼吸が荒い。ずっと寝てないからだろうな。昔は眠ければ、不機嫌にグズったのに。


 先祖っていうのは子孫を大切にしないんだろうな。敬えってそればかりで、だから沖田を苦しめる。救え救えと強制された沖田を救うのは誰なんだろうって考えたら、きっと俺達しかいないんだ。


 この一カ月、幼馴染だから言葉を端折っても平気だとか、もう自分の気持ちを偽るのは辞めようだとか、いろんな事を誓ってきた。


 けど――いざ沖田を目の前にしたら、そんな誓いなんてなかった事にしたくなる。


 好きじゃないってツンケンして、冷静沈着な常識人ぶってすかして、嫌々沖田の隣にいるような素振りをして。

 今更優しく、真っ直ぐに気持ちを伝えるなんて出来るか? 出来ないよ。だって沖田はこんな俺だから我儘を言ってくれるんだろ。


 なら俺だってずっと驕っておく。沖田は俺に見下していると言ったが、お前だって俺を財布だとしか思ってないだろ。


 だから謝ってなんかやらない。どうせお前だって謝らないんだから。沖田はそういう奴なんだ。


 沖田の左手を掴んで、掌に職員証を置いた。


「おかえり」


 沖田は上目遣いで俺を見る。近くに居るだけで嬉しいとか、ホッとするとか、そんな事は絶対に言わない。

 けれどまた、ポロっと目から涙が出てしまう。違う、これは雰囲気に飲まれただけだ。


「……ただいま」


 ボソボソと力無い返答だ。いつもの威勢は、寝ないと取り戻せないようだ。


「晴太、兄貴。禁忌を冒してくれないか」


 禁忌を冒して魂を救う。でなければ沖田は眠れない。

 それを理解しているからこそ、2人は満面の笑みを浮かべながらも渋々感を演じる。


「仕方ねぇなぁ」

「仕事だからね、仕事」


 そうこなくちゃと伊東が沖田を俺に渡すと、洋斗とネリー、そして学を呼んだ。

 車から運ばれてきたのは俺が家具量販店で買った物とは比べ物にならない、大きくて大変ご立派な鏡である。


「あんな安っぽいのじゃ頼りないですからね。洋にはちゃんと帰って来てもらいたいですから」

「安っぽくて悪かったな……!」


 伊東はどうしようも出来ないマウントを取ってくる。お前は御曹司、俺は庶民。悪いやつでは無さそうなのに、何故が癪に障る。


 というかなんかコイツ、雰囲気変わった?

 わざとらしいくらいネクタイを触って何のアピールかと思ったら、黒ネクタイに黄色い線でチェックが入っている。


 そして左腕にはスマートウォッチ。このバンドも黒と黄色のストライプ。で、さっきのガラケーは黒。なんだ……このあからさまな黄色アピールは。


 そういえば沖田のガラケー、黄色じゃなかったか?

 ピースがカチっとハマる音がした。この2ヶ月の間に何かあったんだ。


 伊東と沖田に絶対何かあったんだ。神霊庁で保護されてるは嘘だったんだ――!


「お前……お前ッ……お前――!」

「察しがいいですね。でも美味しいところは持って行ったんですからいいでしょう?」


 人の愛飲しているコーヒーを不味いといい、鏡を安っぽいとディスり、どこかいけ好かないと思っていたら――あぁ、そういう事。


 また以前のように笑い合うことは出来るかもしれない。


 けれど俺には天敵が出来た。晴太なら大丈夫だろうと、表には出さまいとしていた不器用な気持ち。

 それを嫌でも、剥き出しにしなければならないかもしれない。


 新撰組で仲間内の喧嘩は御法度だが、な。


-3我儘目 そこへ集えや新撰組〈了〉-


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