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30勝手目 新撰組でしょ?(2)



「あーはいはい? またあんたかよ。あのねぇ、おたくね、おれ達も事情があってすぐには行かれないのよ。わかる? アンダスタン?」


 遠野の一件を境に、学の電話がよく鳴るようになった。沖田が居なくなってから禁忌を冒さずとも、学の電話には助けて欲しいという救いを求める声が絶えずに来る。


 俺達には呼び鈴すら聞こえないが、学も日を追うごとに回数が増えたとやつれ気味。


 沖田の影響があるのかはわからないが、異変はこれだけに限らない。


 その異変に一瞬期待したのだが、世間的にはノーセンキューな群発地震の発生だ。


 何の前触れもなく地面が唸りを上げて足元を大きく回す。立っていられるものの、地鳴りの大きさがさらなる地震を予感させる。


「また地震? 洋は宮城にいないんじゃないの?」

「居ない……と思う。神霊庁に保護されてるならこんな山の中じゃないだろうしな」

「そうよね……どこかで泣いてるのかしら」


 沖田が泣くと地震が来る。俺達の中では当たり前だが、沖田とは2ヶ月近く会っていない。

 引きこもっていた時期を学と祈のおかげで乗り越え、地震のあった地域や居そうな場所を駆け回った。


 だけど何処にも居ない。だからこの群発地震は沖田とは関係のないモノなのだろう。


 しかし俺も、祈の事は言えない。不謹慎だが、ここに来るまでは沖田が呼んでくれていると思って少し浮かれていたしな。


「震源地ぜってぇココだし。でも洋は居ねぇし。もしかして、おれ達も地震起こすようになったのか? つか、めっちゃ寒ぃ!」


 学は着て来たマウンテンパーカーを高速で摩り、体温を上げようとする。寒いのは無理もない。ここは宮城、秋田、岩手に跨る"栗駒山"の登山口付近にある駐車場だ。


 最早11月になる今頃は季節の変わり目ともあって、体は山の気温に順応してくれない。


 しかし、この栗駒山には「神の絨毯」と呼ばれる紅葉の絶景スポットがある。この時期には観光客や登山者がこぞって集まり、山に活気をもたらしていた。


 けれど今年はその人影がない。先程のような地震が連続的に発生し、山崩れや被害が出るのを防ぐために入山規制が設けられたのだ。


「しっかしよぉ、なぁんで山に入んなって言われてんのにおれ達は入れんだよ。めちゃくちゃデカい地震くんのに、怖ぇえよ」

「兄貴が1番わかってるだろ」


 沖田とは関係のない地震だが、考えられる原因はもう一つあった。

 学が理由を知っているが、今は少し顔を赤てニヤニヤしながら肩を組んでくる。


「えへへ、兄貴って照れるな。なっ、なっ!」

「また何かやらかしたら呼んでやらないからな」

「へぇへぇ」


 わかってなさそうな気のない返事。学を兄貴と呼び始めたのはつい最近だ。一応、学には恩がある。昔のようにお兄ちゃんと呼んで欲しいとしつこいから、仕方なく呼んでやっている。


 ――さて、この山に何をしに来たのか。


 俺達は晴太に集められた。

 学と祈には「上長命令だから」と言い放ち、その赤い目を巧みに利用して我の強い2人を制圧する。


 晴太は駐車場の入り口を見つめたまま。久々に会って話したいのだが、晴太の口数は少ない。

 沖田が居ないと話さないのかと思ったが、晴太が骨折した右腕をかいたので、チャンスのばかりに声をかける。


「晴太は大丈夫なのか、怪我とか……」

「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね。骨の痛みを忘れるくらい忙しくってさ、いつの間にか治ってたや」

「そうか……」


 晴太の声は明るい。しかし、顔は険しい。怒っているようにも見える。

 何かを感じ取っているのか、何か来るのか。何も知らされていないからわからない。


 わかることと言えば、学の電話には「栗駒山にいるの、助けて」と、何度も繰り返し掛けてくる電話がある事だけだ。


 もしかして沖田が来るのか、なんて思ったりもした。そうであれば、晴太が黙ってるとは思えず、一縷の望みをかけて訪ねることも怖くて出来なかった。 


 そして会話から間も無く、キャンピングカーが入って来る。入山規制されているのを知らないのかと学が近づくと、運転席から身長の低い男性がぴょっこり顔を出した。


 少し顔を青くしているのは、神霊庁の特別経理部に勤める藤堂洋斗だ。


「うぅ……入山規制って看板壊して来ちゃったや……」

「あんた、なんかすげぇ洋に似てね!?」

「ふぇ……あっ、アッ――!」


 洋斗は運転席近くにいた学を見て大袈裟だと呆れたくなるほど驚くと、運転席からずり落ちるように降りて来た。

 そして助手席からはブロンズの髪の女性が目を擦りながら降りてくる。ネリーか。


 いや、なんで2人が居るんだ?


「あっ、あっ! 初めまして、神霊庁特別経理部の藤堂洋斗です! えっ、山崎学さん……ですよね!? えっ、あっ、芸能人だぁ! ボスの言ってた事は本当なんだねぇ! 握手いいですか!?」

「あ、うん。いいけど……」


 洋斗は右手をズボンに思い切り擦り付けて、手汗がすごいんですぅと照れくさそうに言いながら学に差し出し、ぎこちない握手を交わす。


「うひゃあ! すごいや! 芸能人に触っちゃった! ネリー! すごいよぉ!」

「ヨカタね」


 握手した手を天に翳しながら、今日はこの手を洗わないと幸せそうな笑顔を見せる。

 ネリーは今まで寝ていたのか、欠伸ばかりで反応が薄い。

 学も照れくさそうに「まだおれも捨てたもんじゃねぇじゃん」と、後頭部を掻きながら喜んだ。


「藤堂さん」


 そして、空気をピリつかせるような低音で洋斗に近づいたのは晴太。洋斗は背筋を伸ばして、引き攣った顔をした。


「す、すみません……ちょっとはしゃいじゃいました……」

「……伊東さんは?」

「後ろに居ますよ! 呼んできますね!」


 晴太以外はハテナが止まらない。神霊庁の特別経理部が山に何のようがある。晴太の顔つきはますます険しくなった。


「ア。そうだ。お前らに金渡さないト。コウツウヒとか、今までのヤツ。やまみなみいのり、ダレ?」

「さんなん、ですけど……」

「ハイ、ゴクロー!」


 洋斗が居ないうちにと、ネリーは鍵付きのバッグから3つ茶封筒を取り出した。祈だけではなく、晴太と俺もそれを受け取る。


 今まで禁忌を冒すのにかかった金の精算だ。中を確認してとネリーが言うので見てみると、結構な額が入っている。


 もともとは自分の金なのに臨時収入が入った気分だ。


「守、ナンカ細いナッタね。ゼッショク?」

「いろいろ……な」


 まさか一カ月引きこもってましたとは言えない。居酒屋の記憶もぼんやりとはあるが、いらん事ばかり言っていた気がする。

 あの時のことを学と祈に問われる事があるが、記憶にないとシラを切った。

 今だって2人はジト目で、フゥン……と意味深に呟くんだ。


 そこに洋斗が1人で戻ってきた。けれど怯えた顔で、何か不味いものを見たと慌てている。


「……えっと……あの……ボクもわからなかったんだけどさ……東京から一緒だったってこと……?」

「何が? 秀喜ナラずっと居たデショ」

「ボスじゃないよ!」


 話すか話さまいか。洋斗は俺達を見て何かに気づいたようだった。

 そしてまた、やっぱり放っておけないよと言って走っていく。


 そしてキャンピングカーの後部へ戻り、誰かの体調を心配するような声と共に、何かを支えるのを手伝っていた。


 やがて伊東の半身が見え、浅葱色のパーカーを羽織った誰かの肩を抱きながらゆっくりと数段しかない階段を降りてくる。


 パーカーを羽織ったその人は、俺が買ったブーツを履いていて、長く伸びた髪の毛を白いリボンのついたバレッタで束ねていた。


「沖田……」


 口は勝手に名前を呼ぶ。それに反応し、俯いていた顔を上げる。


「土方……」


 目が充血し、目の下にアザのようなクマを作り、酷く疲れ切った体を引き摺るように歩く。

 どんなにやつれていても、喧嘩したってなんだって、近くに沖田が居るってだけで体が熱くなる。


 黄色い目が俺を見てくれている。視線が合うだけなのに、涙がボロボロ溢れてくる。

 何か言いたいのに、息が詰まって嗚咽すら出て来ない。


「久しぶりだね、洋」


 晴太の声色は厳しい。沖田は目線を晴太に変える。


「寝れなくなって、苦しいかい?」


 今まで、沖田のためならなんだってすると盲目的な行動をしてきた晴太が煽る。

 祈が晴太に、体調悪そうなのに何言ってんのと詰め寄るが、学が止めた。


 重たい空気は、紅葉の彩りをモノクロに映す。


「自分の家にも帰れなくて、行き場が無くて辛かったかい?」


 晴太が一歩踏み出した。沖田は声が届いているのかいないのか、表情を変えずに口を少し開けてなんとか起きているようだ。


「……君が1番、呪いを理解してないよ」


 呆れと怒りの混じった、秋の終わりの寂しさを感じさせる突き離す言い方。


 ここに集められたのは、そういう事なのかと胸がどうしようもなく痛む。

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