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29勝手目 お金で買えないけれど(2)


「……複雑だね。呪いが人間関係のもつれだけでは済まないから厄介だ」

「一応、病院にも罹りましたが無意味でした」

「神霊庁がもっと呪いの解決に積極的になればいいのにな。それとも、永遠に神霊庁で面倒見るつもりなのかね」

「……そこまで考えていないと思いますよ」


 神霊庁からすれば禁忌中にさっさと死んでくれたら楽なのに――が本音でしょう。本当は金も人も割きたくない。


 晴太が裏で暗躍し、禁忌を何処で犯しても文句を言われないために頭を下げて回っているのも知っている。神霊庁は晴太を買っていたし、洋達に会わなくてもキャリアを約束された才能があった。


 洋はその若き天才の可能性を奪った厄災としても恨まれている。

 だから積極的に呪いを解こうと思われていない。父親も察したようで、神霊庁の悪い所だよねと呆れながらため息を吐いた。


「そうねぇ。神霊庁がお金を出さないならウチが出すしかないか」

「今とは別に、ですか?」

「そ。なんせ十数年間ろくすっぽ口を聞いてくれなかった息子を、たった数日で変えた女の子だもんね。お金じゃどうしようも出来ない事をやってくれた。これはお金持ちなおじさんに出来る恩返しだな」


 金や人を恨んで生きてきたのに、金や人がいなければ人が救われない事を知る。皮肉だけど、それが真実だ。

 神霊庁が金を出し渋り、経費を使うなと決まりを作ろうが、父親は自分の金で洋を全面的に支えると言うのだ。


 何かの役に立ちそうな人脈は紹介、形成してくれるのだというのだから父親は本気だ。


 話しているうちに実家前に着くと、父親はここでいいからと言ってそそくさと車を降りた。

 久々に見る実家は自分がいた頃とは大きく変わり、富を象徴するかのように家の外観を覆うほどの門壁が建てられていた。


 ドアウィンドウをノックされ、開けると父親が顔だけを車内に入れて窓の淵に肘をつく。


「秀喜、最後に一個ね。親が言うことじゃないと理解はしてるがね」


 この人があんなに嫌いだったのに、洋のおかげで沈黙でも待てるくらいの距離へ戻ってこれた。

 親として何か伝えてくれるのだろうと身構える。


 さっきまで大袈裟に感じるくらいふざけていた顔は、嘘を一切許さぬような真剣な表情に変わっていた。


「呪いを解くより、一緒に呪われた方が愛は深いよ」


 訳は自分で見つけてみてと扉を閉めるよう、再度サイドドアを2度ノックした。そしてセキュリティのかかった門を開ける。


 父親の言いたい事はすぐにわかった。


 けれど、それは洋と一緒に望んでくれないと独り寂しく呪われるだけなんですけどね。



 自宅に戻ると、洋はリビングのフローリングに座って携帯を眺めていた。

 ぶつぶつと独り言を話すのは、聞こえてくる声に対しての返答。何も知らない人間からすれば異常だ。


 声を掛けても聴こえないのか、返事はない。携帯の画面をスライドさせて写真を見ている。

 縁を切ったと言っても、守や晴太、祈、学と撮った写真を消せない理由は明確だ。


「本当は会いたいんじゃないんですか」


 隣に座ると、ようやく帰宅した事に気付いてくれた。驚いたと肩を跳ね、噛みついてくる。


「消してやろうと思ってたの!」

「嘘が下手ですね」


 消すのは一瞬。消してしまったら本当に終わる。それが怖いから消せないんでしょうに。

 さっきもあんなに楽しそうに4人の話をして、5人揃えば新撰組なんだとニコニコしていたでしょう。


 もう1ヶ月以上時間が経つのにまだムキになっている。けれど眠れない事も影響し、精神的には不安定になって来た。

 泣けない体に死なない体、そして行き場がここしかないという八方塞がりな状態。


「今日も眠れなさそうですか?」

「寝れない。昼寝も出来なかった」


 不機嫌に言い捨てる。苦しいとも言わないし、辛いとも言わない。父親には機嫌が悪いようには見えなかったかもしれないが、洋はイライラしている。


 直接愚痴を吐くことはなくても、眠れないとストレスを抱えている事はわかる。何度も寝返りを打って、頭を強く掻きむしったりする。


 父親の前でそれを見せなかったのは、金を請求される怖さから逃れるためだ。

 そうでなければ、興味がない人をもてなしたりはしないでしょうしね。


「目を瞑る事は出来ますか? ただ寝転がるとか、それも辛い?」


 こんな時、守ならどうするのだろう。悔しいけれど、あの人なら何か策を出せるんだろうなと嫉妬する。けれど、今はその守の代わりにならなければならない。


 外に連れ出す? 眠れていない体をさらに痛ぶるだけだ。

 何か気を紛らわせるような事、眠気の覚めるような事。痛い思いはさせたくない。


 思いつく事を提案すると、洋は「もういいって」と、苛立ちを強めて話を止めた。


「毎日うるさいんだろ。そろそろ出て行こうと思ってた。一万円もらったし、明日出て行く」

「どうして急に」

「さっき伊東父に話してた時に思ったんだよ、結局禁忌を頑張っても、いつかは自分独りでなんとかしなきゃいけない日がくるんだって。今は良くしてくれててもさ、伊東もいつか死ぬじゃん。無駄なんだよ、この時間」


 ぶっきらぼうな言葉なのに、我慢するように喉を詰まらせながら話す。

 画面には遠野に行った時に6人で撮った写真が表示されていて、皆笑顔だった。


 人の気持ちはわからなくても、自分の気持ちは見てみぬふりを出来ない。寂しいと言えば目から涙が溢れるだろうし、会いたいと言えば負けを認めるようなものになる。


 けれどいつか死ぬ。いつか来てしまう孤独を先延ばしにするよりも、思い出にして独りを生き慣れた方がいいと、洋は言う。


 ―― 呪いを解くより、一緒に呪われた方が愛は深いよ。


 父親からくれた言葉が背中を押してくれる。きっと伝えるなら今だから。頭で言葉を探しながら、確かめるように一言ずつ吐いていく。


「もしも、オレも、永遠に生きるって、言ったら、どうします?」

「生きれないくせに」


 膝を丸めて体を小さくする。揶揄われたと思われたのだろうか、両耳を塞いで、興味ないから聞きたくないと無感情を演じるんだ。


 本当は寂しくてたまらない。オレの父親に楽しく話してしまったばかりに、その感情が溢れ出したんでしょう。


 いつか必ず来てしまう別れを想像すれば、今別れていた方が苦しくないと意地を張る。

 独りが楽だと嘘をつく。だって、誰も永遠に生きてくれないから。


 でも――きっと、生きれたら話は別、なんですよね?


「なら、永遠に生きれたら永遠に一緒に居てくれますか?」


 自分は守達のように呪いを解く事を探すより、呪われて生き続ける方法を探す方が向いている。たまには親の言う事聞いてみるものだ。

 嫌いだった家族や金が味方になるなんて、昔の自分が知ったらどう思うだろうか。


 しかし。思い切って放った言葉は、ただの綺麗な文章にしかならない。


「……そういうの、ちゃんとした相手に言いなよ。アタシは御伽話の中で生きてるわけじゃないから。この世にずっと一緒なんてないんだ」


 洋が顔を膝に埋めると、耳についたピアスが光る。見覚えがあると思ったら、守が色違いの物をしていたっけ。縁を切りきれない理由は、こういうところに出る。


 嫉妬。


 そして、どうにかして自分のものにしたい独占欲が混ざり合って、体が勝手に動いてしまう。


 顔と肩に空いた隙間に手を入れて、そっと顔をこちらに向けさせる。言葉で伝わらないなら、きっとこうするしかないんです。


 初めて知る、他人の唇の感触。洋は初めてだろうか。初めてならいいのに。


 惜しみながら唇を離す。洋は顔を赤らめる事もなく、無表情のままオレを見た。こっちは身が砕けそうなくらい心臓の鼓動を早めているのに、きっと何も響いてないんでしょうね。


「大切な人には、出来ない事でも、どうにかしてやりたいと思うのがなんです。少しだけオレに期待してもらえませんか」


 ――あの4人と、写真の時のような関係に戻る。


 それが彼女の願いで、眠る為の方法で、呪いを軽くする為の最善ルート。

 禁忌を冒し続けるにも協力は必要不可欠。あの4人の代わりは誰にも出来ない。


 山崎学がいる事で過去と現在の仲間を繋ぐ禁忌が可能になり、山南祈がいる事で怪我をしても平気だと笑い飛ばせる。


 近藤晴太がいるから皆が沖田洋を過去へと安心して行かせられる。

 そして――土方守がいるから、幸災楽禍洋は沖田洋で居られる。


 どうしたって、洋には過去に戻らねばならない理由がある。また皆と一緒にを望むのであれば、そのパイプは必要だ。

 人の気持ちは金では買えないけれど、金を駆使して人を繋げることは出来る筈。


 彼女の望みをかなえれば、嫉妬も羨望もグロテスクも感じるような依存性のある愛だけど。


 自分に与えられた環境を駆使して、洋の望みも我儘も、出来る限り現実にして行きたいんです。


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