はい、という事で私達は仮面を着け、再び祝いの会場に戻りました……と。
賑やかしい会場をよく見ると、招待客に変装した近衛兵らしき存在がいたるところに散見される。
「流石強国、動きが早いわね」
「そうじゃな」
私達は各々の手にワイングラスを持ち、それを確認しながら談話していく。
(警備の配置はあらかたすんでるようだし、私達は出来る事をやるしかないか)
「怪しい人物を探す為にこれから分業して聞き込みといきましょうか」
「了解じゃ……」
小次狼さんは手早く近くにいた貴婦人に軽い挨拶をして、楽しそうに談話していく。
(流石、小次狼さん。他人の懐に飛び込むのがお上手……。私も負けないようにしなくちゃね……)
私も会話する対手を探す為に周囲を見回していくと……。
「おや? お姉さん?」
「えっ!」
後ろから急に声をかけられ、驚き急いでそちらを振り向く私。
見ると銀と黒が半々になった装飾仮面をつけているスタイルの良い青年が立っているではないか。
更によく観察すると、漆黒の燕尾服に銀髪のショートカット、彫刻の様に整った顔立ちと白い肌なのが分る。
「こんにちわお姉さん」
「あっ、どうも……」
青年は透き通ったコバルトブルーの瞳に、はにかんだ自然な笑みをし、こちらを見つめている。
(このやり取りとこの青年の姿、何処かで?)
「……ほら、また会えた」
「……あ、貴方はもしや⁈」
そう、この声間違いない! ラウヌ美術館で会ったあの青年だ。
「えっと、貴方はここで何を?」
(時間も惜しいし、申し訳ないが単刀直入に問いただせていただく!)
「私はこの国の弱小貴族、イハール=ブラッド。今日は祝いの席に呼ばれこちらに伺った次第です」
「……イハール家?」
聞いた事が無い……。
だからか、私は多分この時眉を思いっきりひそめていたんだと思う。
「貴方が不審に思うのも無理がありません。最近商人から成り上がったものなのでね……」
「あ、聞いた事がある……」
そう、彼の言う通り、イハールという名には聞き覚えがあった。
なんでも1代で世界的な豪商に成りあがったやり手の宝石商がいると。
(まさかその商人がこの国で貴族になっているとは……)
「実は仕事柄希少品を扱う関係で、美術館でインスピレーションを得ようとしてあそこにいたんですよね」
恥ずかしそうに笑い、こちらを見つめるブラッド青年。
「あ、そうなんですか? 実は私達も同じ理由であそこに行った次第です」
正直者のブラッド青年につられ、思わず私も本当の事を喋ってしまう。
「そうですか……。では貴方達が今回王族に依頼され指輪を作られた方々か……ふむ」
「えっ! なんでそんな事分るんですか?」
「私はここの貴族であるし、ある程度の情報網は持っているんでね。それを色々逆算したらそうなるんですよ」
「あ、なるほど……」
ブラッド青年も商人なので、そこらへんの情報網と嗅覚は鋭い模様。
「という事は、もしや貴方達がブリガン産の魔石を取り扱っている方々、とか?」
「う、よくご存じで……」
「はは……先程説明した通り、私も貴族の仮面を被った商い人なんでですね」
ブラッド青年は自身の仮面を軽く指さし、こちらに向かって優雅に笑みを浮かべる。
(成程、この仮面と同じ2つの顔があると言いたいわけね……。この人、年の割りにはかなりのやり手だわ……)
「もし良ければ私も商売相手としてお付き合いしていただければと……」
「えっ! う、うーん……」
イッカ国とのコネクション、しかも世界的に有名な商人と商売出来るのはとても美味しい話である。
(ただ、相手が有名すぎて私達の名前もすぐ広がってしまうのが致命傷なのよね。今回の指輪の依頼は内々に引き受けたものだし、さてどうしたものか……)
「すいませんが自分だけじゃ判断は難しいので相談して、後日改めてお返事させて頂いてもよろしいでしょうか?」
(正直、相手が相手なので小次狼さんと相談して決めたしね)
「分かりました。ところで貴方のお名前は……?」
この時、私は自身の名を正直に話すか迷った。
けど……。
「私はレイシャ。ドラクル=レイシャよ……」
私はブラッド青年の胸にかけられたブルーダイヤのペンダントを見ながらそれを正直に話してしまう。
「ドラクル……? その名、何処かで……」
「えっ!」
私は色々と驚いてしまっていた。
1つは自分の名を正直に言ってしまった事。
2つ目は青年がドラクルの名に反応した事で……だ。
(この人もしかして……)
「あのっ、つかぬことをお聞きしますが貴方が胸に付けているそのブルーダイヤのペンダント、『ガリウスキングブラッド』ではありませんか?」
「えっ!」
私は青年の前に一歩歩み寄り、食い入るように質問してしまう。
この私の名を知りうるもの、更にはブルーダイヤのペンダント『ガリウスキングブラッド』らしきペンダントを付けている者の正体。
エターナルアザーの組織の人間、もしくは関係者である可能性が濃厚なのだ。
「……このペンダントの名はわかりませんが、これは私が生まれた20年前から身に着けていたものと聞いております」
何故か私からふいっと少し視線を外し、窓の外の青空を眺めるブラッド青年?
(だとしたら、長の関係者でない? 仮に関係者だったとしても長があれを譲るわけはないし。じ、じゃあ、イミテーションか類似品かな?)
「そうですか、これは失礼しました。ところでそのドラクルの名は何処で……?」
理由は私のフルネームは組織の幹部と小次狼さんなど一部の関係者しか知らないはずだから。
(もしかしたら、この人私の両親や家族の事を何か知ってるのかも……?)
そんな事を考え、少しの期待に胸を膨らませる私。
「ああ、実は私が最近知り合った知人にドラクル嬢の話を聞いたものでね」
「……え?」
嫌な予感がし、顔を思わずしかめてしまう私。
「なんでも世界的怪盗組織エターナルアザーに君臨したno.2で剣の腕の立つ美女だったとか……」
「そ、そうなんだ……」
今度は私がふいっと窓の外の青空を見つめてしまう。
(そっか、私は組織にいる時、長以外の関係者にはドラクルの名前で呼ばせていたからか……)
「まあ、100年以上も前の話らしいですが」
「あ、ああ、じゃあその人もう死んでるでしょうね! うーん残念!」
私は再び青年に視線を戻しながら、思いっきりおどけてみせる。
「ところがですね。ドラクル嬢は生きている可能性が高いらしいのですよ」
「え? ど、どうして?」
(こ、この人まさか私の昔の正体を知って⁈ それでイミテーションのペンダントまで……?)
「はい皆さん! それでは準備が整いましたのでこちらにご注目を!」
その時、わっと周囲から大歓声が上がりまるで叩きつける大雨が降っているかのような拍手が聴こえてくる!
「あ、式始まっちゃいましたね」
「そ、そうですね! あ、私知人を待たせているので、では失礼します! 仕事のお返事はまた後日、では!」
私は早口でまくしたて、そそくさとその場を離れようとするが……。
「ではまた後日。また会いましょうドラクル嬢いや『レッドニードル』」
私はそのコードネームを聞き、一瞬駆け足を止めてしまう……!
「……にとても似ている容姿のレイシャ嬢。まあ、また聞き情報ですけどね」
「……あ、あはは、また聞きだけにまたねー。なんちゃって……」
私は内心、心臓をバクバクさせ、一瞬だけ振り返り手を思いっきり振って応える。
よく見ると無邪気な笑顔で、私に手を振っている彼。
それを見て自身のコードネームよろしく真っ赤になった私は、そのまま全力ダッシュでその場をあっという間に走り去る。
(ま、まずい! というよりあの人私の事をどこまで知っているんだろう? それかもしかして会話でカマかけられた? それに、それになんか色々負けた気がする。く、悔しいっ!)
なんにせよ若くして一代で豪商に成りあがり、大国の貴族にまでなった男、ただ者であるはずがない……。
ヘタすると長や小次狼さんと同等、もしくはそれ以上の実力者。
私は先程の会話内容で、そう感じざるを得なかったのだ。