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第11話 紫色のヘリオトロープ

 ……しばらく会話して分かった事がある。


 第一王子のラデーニはこのイッカ国の正式な跡取りで、絵に描いたような若き王であるという事。


 IQ・EQ等能力などは他の世界の王と比較すると、平均よりちょい上と言ったとこだろう。


 性格は温和そうではあるんで、国の民視点としては安泰といったところか。


 対して王妃はずっと黙っているので情報はくみ取れず、性格等正直よく分からない。


(分かっているのは辛抱強いという事、それにもの凄く賢しこそう)


 理由としてはなんというか温和そうで気品があるし、ベラベラ余計な事を喋ったりしないから。


 更には一国の王女となると、権力持ちになり多少なりとも気が大きくなるもの。


 が、この方からはそんな気配は微塵とも感じとれないのだ。 


 ちなみに王女のラグシカの姓、このイッカ国の弱小貴族らしいので事前に耳に入れておいた政略結婚説は濃厚である。


(この方、もしかしたら誰か別に好きな人がいるんじゃ?)


 というのも、やや悲壮感漂う雰囲気がアレニー王妃から見え隠れしている。


(小次狼さんはどう思う?)


 私は、出入口付近で静かに立ったまま佇んでいる小次狼さんに、静かに秘密のジェスチャーとアイコンタクトを送る。


 すると、小次狼さんはそうだと言わんばかりに深く頷く。


 ちな、今回は小次狼さんは私のサポート役なんで、見張りも含めて出入口付近に待機して貰っているわけです。


 これらの役割なんだけど会話の相性次第で当然変わるわけです、ハイ。


「あ、では頼まれていたアクセサリーをお渡ししたいのですが、よろしいでしょうか?」 

「ああ、これは気が付かなくて申し訳ない。えっと、出来たら詳しい説明を含めよろしくお願いしたいかな」


「ええ、かしこまりました……」


 私は営業スマイルと共に軽く会釈し、懐から取り出した宝石入れの装飾小箱をテーブルにそっと置く。


 対してラデーニ王子も説明を聞く為に、私の対面に移動し腰かける。


「ええっ! なにこれ……。凄い……」


 すると驚いた事に、今まで反応が薄かったアレニー王妃が急ぎ足でこちらに向い、ラデーニ王子の横に腰かけたのだ。


(ええ? なにこの反応? うーん、ま、まあ女性だからね?)


 うっとりとした恍惚の表情で宝石入れの装飾小箱を見つめるアレニー王妃……。


 ちなみにこの宝石入れの小箱、片手で掴める大きさでかつ金の装飾が施されている。


 装飾はたまたまアデニーの葉にしてあるけど。


 なお宝石箱の天井は透明なガラスにしており、中が見える仕様にしてある。 


 その中には真紅の絹の布地の上に、そっと指輪が仲良く並んでいるのが見えるオシャレ仕様だ。


 私はこの時、この指輪を見つめるアレニー王妃の目線を素早く追っていた。


(……宝石箱、特にアデニーの葉の装飾を見ている……? しかも何故かとても嬉しそう?)


「あの、この宝石箱のデザインはどちらがされたんですか?」

「私です。丁度この城内に飾っているアデニーと同じだったので今喜んでいるところですね」


 何にせよ、王妃がこれだけ指輪に、いやアデニーに興味を示しているのは気になる。


 だからこそ、私は慎重に言葉を選びながら王妃に向かって次の言葉を放つのだ。


「あの少し気になったので教えて欲しいのですが、この城内に沢山飾ってあったアデニーはどなたが頼まれたんですか?」 

「えっ? あ、頼んだのはシュレンダー第二王子です!」


 今までとはうって変わり、向日葵が作が如くの明るい表情になるアレニー王妃。


 その嬉しさが分るように、声のトーンが数段上がっているのも分かるくらいだ。


(ああ、私の嫌な予感が的中してしまった……)


 私はそんな事を考えながら、先程と同じジェスチャーを小次狼さんに送る。


 それに対し小次狼さんは、自然体で腕組みし静かに目を閉じていた。


 この小次狼さんの様子、実は私達の隠しサインになっていて、【確信をついていることに賛同する】という内容になる。


 商談相手に知られたくないときに使う、隠しサインだ。


 この感じだと、アレニー王妃が好きな相手はシュレンダー第二王子が濃厚だ。


(で、でもまだ予想の段階なので、色々と会話を詰める必要がありそうね) 


「こ、これは見事な真紅の魔石! 早速だけど手に取ってもいいかな?」 

「勿論ですとも、どうぞどうぞ……」


 私の考えをよそに嬉しそうに二つの指輪を眺めていくラデーニ第一王子。


(……正直、良心が痛い)


 何故なら、ラデーニ第一王子の王妃に対する思い対し、アレニー王妃の心はここには無いのだから……。


「……これ、もしかしてシュレンダー第二王子からの贈り物ですか?」


 対してアレニー王妃は、何故か心底嬉しそうにその指輪を見つめ私に話かける。


「そうですね……。ところで王妃は何故そうお考えに……?」  

「え? いや、デザインの頼み方があの方らしいなって……」


(ああ、これはもう、ほぼ確定かな)


 とても楽しそうに笑うアレニー王妃、更には変わらず自然体で腕組みし目を閉じている小次狼さんの姿を見て、私は流石に少し頬を緩めてしまうのでした……。


 そんなこんなで、私はすっかり打ち解けた王妃と積極的に会話を続けていき、リングのサイズやら、保存の仕方などなど聞かれた事に対し柔軟な対応をしていく。


「この指輪の魔石に刻まれた印章はもしかして?」

「ええ、このイッカ国のシンボルであるサーベルタイガーになります。なお魔石である為、当然マジックリングになっておりまして……」


 そう、イッカ国では王族が婚姻する時、必ずこのサーベルタイガーの印章が刻まれた宝石の指輪をつける習わしがある。


 純銀の装飾リングの中央で真紅の眩い輝きを放つ4カラットの大粒の魔石。


 楕円形状の魔石の天井であるファーブルファセットの部分に刻まれたサーベルタイガーの印章は光輝なる王族が身に着けるのに相応しい。


「そうですか、説明ありがとうございます! 効果は知っているので大丈夫です!」


 王妃はそのリングを片手に乗せ軽く転ばせながら、何故だか嬉しそうに微笑んでいる。


(……あ、あれ? この結婚乗り気じゃないと思ってたのだけど?)


 私は先程とは全く違う反応を示すその王妃の態度に心の中では首を思いっきり捻っている状態でした。 


(え、ええと、小次狼さんの考えはどうなんだろうか?)


 小次狼さんの姿を見ると、少し眉を潜めかつ自身の首に手を当てその首を捻っていた。


 これは第三者から見たら、首のストレッチをしているように見える。


 が、実はこれも私達の隠しサインで【自分はそうは思わない】というジェスチャーになる。


(えっと、じゃあ小次狼さんは王妃が第二王子と愛し合っていると?)


 私は再びジェスチャーを送りそれを確認する。


 すると再び自然体で腕組みし、目を閉じる小次狼さん。


(ええっ! う、うーん? じゃあ少し整理してみようかな。先程王妃が喜んでいたのは、マジックリングそのものではなく、あっ!)


 私はリングを見ていた王妃の目線を再び追う。


 そしてある事に気が付いてしまい、顔が真っ青になるのが自分でも分ってしまう。


(それにこの部屋に飾っている紫の花……! こ、こうしてはいられない!)


「あ、あのすいません、あらかた説明も終わりましたが、もうよろしいでしょうか?」


 私はあえて若干もじもじする。


「あっ、ああ! すいません気が付かなくて! もう説明は十分ですよ」

「あ、ありがとうございます! では失礼します! 出来れば今後とも御贔屓に!」


 私達は脱兎のごとく逃げるように、王子達の控え部屋を出ていく。


「こちらこそ、あ、お手洗いは部屋から出てすぐ右の部屋ですよ!」

「す、すいません、助かります!」


 そう、私は「お手洗いに行きたいから敢えてもじもじした」のだ。


 多少演技は入っているものの、先程頂いた白ワインで若干催してきた事実がある。


 王妃様は聡い方なので、申し訳ないが逆にそれを利用させてもらった。


 とても恥ずかしい演技ではあるが、緊急にあの部屋を出る必要があったので止む無しである。


 私はお手洗いを終え、回廊を歩きながら小次狼さんと小声で話していく。


「小次狼さん!」

「うむ、困ったことになったのお……」


「ごめんね、巻き込んでしまって」

「いや、まあこの依頼を受けたのはそもそも儂じゃしのお……」


 何故こんな話をしているのか?


 それはあの部屋に飾っている花が【紫色のヘリオトロープ】だった事に私達が気が付いてしまったから。

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