私の問いに対し、小次狼さんは「そうじゃ」と言わんばかりに静かに首を縦に振る。
それから月日が流れ、数か月後のこと……。
私と小次狼さんはイッカ国ご用達の豪華王族船に乗り、イッカ国都市にある城内入り口に来ていた。
船首に装飾された純銀のサーベルタイガーヘッドが陽光を浴び光り輝く様はとても凛々しく思える。
「嬢ちゃん、足元に気を付けてな?」
「うん! ありがとう!」
私達は優雅な動作でその船から降り、城の入り口の門まで軽やかに歩いていく。
だからか涼し気な潮風に揺られ、私の薄紫の髪の毛と白いドレスのスカートが静かになびく……。
ちな、隣にいる小次狼さんは今日は灰色のコタルディに茶色の革靴を履き、ビシッときめこんでいる。
(……うーん、天気がいいし、歩いていても潮風が気持ちいい)
そんな事を考えながら、ゆっくりと周囲を見渡していく私。
このイッカ国はガリアス大陸3強国の中でも、芸術の国と言われる程オシャレな場所なのだ。
そのせいか、実際に城下町のいたるところに様々な銅像が散見される。
「へー……ここが噂のアスティス城ね……」
そう、この城の入り口には存在感のある巨大な左右の門があり、それを支柱としたこれまた巨大な銅像対になって立っていた!
それはこの国のシンボルであるホワイトタイガーであった。
口を大きく開き、獰猛で鋭利な牙を向きだして威嚇しているその様は、まるで城を護衛する生きた門番のように見えた。
「……ねえねえ、あの像なんか今にも襲い掛かってきそうじゃない?」
私はそのあまりの迫力に、思わず少し身構えてしまう。
「ふむ、そうじゃのお……。一説によると、あのホワイトタイガーはこの国に危機が訪れた時、生きた守護者となり国を救うらしいからの……」
「えっ……! そうなんだ……」
「はるか昔に西側の隣接した武術のリャン国がこの城に攻めてきた時に城を守護して滅亡から免れた逸話があるらしいしの……」
「ええっ……。その話を聞いた後だと、この門凄く通りにくいんですけど……」
私は思わず少し後ずさりしてしまう。
「はっはっはっ……。害をなさない者には襲ってこないから安心じゃよ! レイシャ嬢も案外臆病じゃな?」
「いや、まあ……。ホラ、私しばらくの間、孤島に引きこもってたし久しぶりの海外だしねえ?」
私は肩をすくませ、少しおどけてみせる。
「冗談じゃよ、冗談! ではそろそろ城内に行こうかの……」
「はーい! じゃ観光案内よろしくお願いしまーす!」
私は久しぶりの解放された気分で浮足立ち、思わず軽やかにスキップしてしまう。
「はっはっは……。あまりはしゃぐと転んでしまいますよ? レイシャ姫殿?」
その私の様子を見た小次狼さんはなにやら冗談を述べてますが?
「姫君……。門を越え真正面に見えます噴水の像は、三又の矛を持っている海神アクエスの像になり申す……」
「あははは、やだもう小次狼さんったら!」
悪ノリした小次狼さんは、そのまま忠臣風にかしこまり、観光案内を私にしてくれている。
(うん! まあ楽しいからいいかな?)
「右手に見えますのが、この国最大の規模を誇るラウヌ美術館になり申す……」
「わあ凄い……! じゃ、早速その美術館に行こ! ホラ、魔石のカッティングのインスピレーションにも影響されるだろうし……ね? 仕事みたいなもんよね!」
こうして私達はゆるりと城下町を観光気分で探索しながら、ラウヌ美術館に寄ることになる。
美術館内の磨き抜かれた大理石の広い廊下を私達はしばらく進んでいくのだけど、その中には黄金の林檎を握った逞しい青年の像などインスピレーションを刺激される多数のものが展示されていた。
「流石ラウヌ美術館ね」
「そうじゃの、おそらく大陸一じゃろうしの」
そんな事を考えながら足を止めると、目の前には翼を大きく広げた女神様の白い像があった。
が、何故か不思議な事にその女神増には両手が無いのだ。
「わあ見てこれ!」
「うむ。両手が無いのが不思議じゃが、だからこそ翼が映えるし不思議と色々なポーズを想像出来て面白いのかのお……」
「あ、確かにね……」
私はその時、小次狼さんが言ったその一言に納得してしまっていた。
(あえて不完全にさせることにより色々想像させるアクセサリー……。うん! これ面白いかも!)
「小次狼さん、私早速インスピレーションを受けたわ!」
「おお! 良かったの! じゃ次はアクセサリーブースに行こうかの!」
小次狼さんとそんな会話していると目の前に、まるで真っ白い彫刻の様な肌の青年が立っているのに気が付く。
その青年が漆黒の燕尾服を着ているからか、更にその白さが際立って見えてしまっていたからだ。
まるで銀糸のような髪はショートカットであるからか更にスタイルの良さが際立って見えた。
そんな青年と目が合ってしまい、思わず軽く会釈する私。
「こんにちわお姉さん」
「あっ、どうも……」
透き通ったコバルトブルーの瞳に、はにかんだ自然な笑みを浮かべる青年につられ、私も思わず顔がほころびてしまう。
そう! なんというか、その無邪気さに思わずつられてしまったのだ。
(うーんと、青年の肌艶と声色などから推測すると18歳前後という感じかな?)
「あの、お姉さんたちはどちらからこられたんですか?」
「え? よく外から来たのが分かるね?」
「はは、お姉さんの様な透き通った金色の瞳に綺麗な紫の柳髪は中々見れませんから……」
「まあ、お世辞がお上手ですね」
と言っても、私は女性の身であるため、自慢の髪の毛を褒められてまんざらでもない気分だった。
「……ところで、貴方こそ何処から来たの?」
というのも、この青年は見ての通り、銀髪だからだ。
というのも、このガリア大陸出身者は遺伝子からして金髪と黒髪と赤髪しかいないはずなのだ。
更には、この大陸では混血種は忌み嫌われる風習がある。
で、この青年の燕尾服は金糸の装飾や胸元のペンダントと贅沢品を纏っているし、彼の優雅さや漂う気品などから情報をくみ取った感じ、おそらく貴族だろう。
しかもかなり身分が高いと私は予想している。
「私はここではない遠いところから来ました。おそらく貴方達もでは?」
「ふふ、そうね……」
この感じ、彼は「お互い余計な詮索はよしましょう」とでも言いたいのだろうか?
(なんにせよ、余計な詮索はよした方がいいわね)
「では、また会いましょう……。いや、きっとまた私達は会えるでしょう。そう、きっとね……」
「予言めいた事を言うのね……」
「……確信があるからですね。……では、また……」
銀髪の青年は私の胸元のペンダントを一瞬だけ見つめると、私達に軽く会釈し、颯爽とその場を去って行った。