(さてと、そろそろもう一つの仕事に取り掛からなきゃね……)
私はそんな事を考えながら玄関まで移動する。
『エターナル』の看板を『閉店』が見えるように裏返し、ドアに鍵を掛け、そのまま二階の個室に移動し静かに椅子に腰かける。
更には正面の木机の一番下の引き出しの鍵を外し、両手に持てる程度の大きさの木箱を二つ取り出す。
さらにさらに、その二つの木箱の鍵を外し開ける。
その中にはルビーの花いや、花だった原石が大量に入っており、淡い赤色の魅力的な光を放っていた。
(うーん……! これを見るとわくわくしてくるし、自分のテンションが上がってくる!)
ちなみに、一つ目の木箱は『未鑑定』のもの。
二つ目の木箱は魔石の等級別に振り分けられている、即ち『鑑定済み』のものだ。
私はルーペで『未鑑定』の原石をじっくりと鑑定していき、慣れた手つきで『鑑定済み』の箱に仕分けしていく。
そうなのだ、花屋と兼業で行っているもう一つの私の仕事は『目利きの腕を活かした魔石商』なのだ。
その作業を始めてから数時間後……。
ドアを軽くノックする小気味いい音が聞こえてくるではないか。
(あら? もう、そんな時間だっけ?)
私はそんな事を考えながら、右斜めの木製壁時計にちらりと目を向ける。
時計の針を見ると時間は丁度夕方の19時。
(……時間的に多分あの人かな? しからば)
「……鑑定」
私はいつも通り、合言葉をドアの外に聞こえるように言う。
「加工」
間髪入れずに、力強い合言葉がドアの外から聞こえてきた。
(うん、間違いないとは思うけど保険をかけておくかな)
「今日の差し入れは何?」
「……前回は『三色団子』だったじゃろ? 今日は約束通り、儂の手作りの『おはぎ』じゃよ? レイシャ嬢」
「ちょっと待っててね」
手早くドアを開けると、真正面には初老と分かる短髪白髪に白い顎鬚、それでいて体格の良い男が立っていた。
年齢に似合わない、覇気のある鋭い眼光からは他のものを寄せ付けない歴戦の猛者であることが感じられる。
(服装はいつも通り、禅国の忍と呼ばれる暗殺者集団が着る独特の黒装束を纏っているし、うん、間違いない小次狼さんだわ)
彼は良く見ると右手には緑色の風呂敷を持ち、背中には革リュックを背負っていた。
「小次狼さん、お疲れ様……」
「ふー、ほんと疲れたわい」
小次狼さんはため息と共に黒かむりをそっと外すと部屋の中央にあるテーブル席に向かい、静かに椅子に腰かける。
安心したからか、先ほどの鋭い眼光は消え失せ、にこやかな笑顔になる小次狼さん。
更には手際よく風呂敷から木箱に入った『おはぎ』と竹筒の水筒を取り出す。
(準備のいい小次狼の事だから、水筒の中身はお茶とみた!)
そして、何やら重そうな物が入ったリュックを床に置く。
(うーん、『おはぎ』甘い香りがして、みずみずしいライスの光沢も食欲をそそる……)
私は引き出しから、ティーカップを取り出し、それをテーブルに置きお茶を注いでゆく。
ちなみにこの小次狼さんは、私と同じ流れ者。
世界地図の中央に位置する島国、『禅(ぜん)国の元住人』であり、国お抱えの忍の元頭領だった。
早い話、元一流の暗殺者だったってわけ。
何でも頭領を引退し、余生を静かに暮らすべくここブリガンに来たそうな。
数年前、顔合わせした私達は同じような境遇に感銘し、仲良くなったってわけ!
元々手先が器用だった小次狼さんは宝石などの加工が得意なのもあり、お互いのビジネスパートナーとして組むことになったのよね。
私達は『おはぎ』を食べながら楽しく談話していく
「ん、甘くてモチモチしてて美味しい!」
それは噛むと、水分を多く含み、モチモチとした不思議な食感のライス、そしてとても甘い風味が口の中に広がる。
(うーん? これはツブ状の豆のようだけど?)
中に入っている黒い甘味料を玩味し、ガン見する私。
で、そのまま二つ目も美味しくペロリといただく。
「どうじゃ?」
「うん、おいひいれす」
「はっはっはっ、喜んでもらえたようじゃの……」
「ふぁい!」
「まあ、落ち着いて食べなされ」
私は黙々とおはぎを食べながらリュックに目をやり、「あの中身はなんだろう?」と考えるのだ。
「あー美味しかった……」
満面の笑顔と共に、お茶を飲み干す私。
「ふふ、満足したようじゃな?」
「ええ……」
「はっはっは、満足するのはまだ早いぞ!」
小次狼さんは不敵な笑みを浮かべ、床に置いていたリュックをテーブルの上に静かに置き、その中身を忙しく取り出していく。
(それらは私が委託していた、魔石のカットが済んだのだろうけど)
「……っ!」
次々と置かれていくそれらを見て、私は思わず椅子から立ち上がってしまう!