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第2話 花屋の名はエターナル

 そんなわけで私とマーガレットはテラスから移動し、私の花屋の入り口のドアの前で足を止め、真上の看板をじっと見つめる。


 それは木目模様をしており、『エターナル』と紫色のペンキで描かれていた。


 更にその斜め上を見つめると、この木造りの建物が二階建てであることが理解出来る。


(見ての通り、一階が花屋、そして二階が私の住まいなんだよね)


 そんな事を考えながら空を見上げると、太陽が真上で眩しく輝いており、丁度お昼の時間になっていることが分かる。


 私は木製のドアノブに手をあて、「私の花屋エターナルへ、ようこそ!」と彼女を建物の中に招き入れる。


「うん! ありがとうお姉ちゃん!」


 部屋の中に入ったその瞬間、爽快な香りがふわっと立ち込める。


「うわあ……。リフレッシュできるいい香り!」


 それは入り口に置いてあったハーブの香り。


「そうね、お客様にはリラックスしてもらわないといけないからね!」

「うん! じゃ、今日も色々見させてね、レイシャ!」


「はいはい、聞きたいことがあったら遠慮なく言ってね!」

「はーい!」


 元気よく小走りし、室内に置いてある植物を物色していくマーガレット。


 その様子はまるでリスなどの小動物に類似しており、その可愛らしさに思わず私の頬はにやけ緩んでしまう。


「ねえ、このおへや、太陽の光がいっぱいであったかいね!」

「そうね、光が沢山入るように窓口を長くしてるからかな?」


 実はそれだけではなく、魔石を使ったマジックアイテムで各小部屋ごとに植物に最適な温度調整を加えていたりする。


(そう、マジックアイテムは凄い便利なアイテムなんだよね)   


 あ、そうそう! 話は変わるんだけど、「私が何故花屋をしてるのか?」というと、「趣味と実益そして、今までの経験を兼ねてやりたかった事」だから!


 それにね……。


「う、うわあ……。何これ綺麗……!」


 マーガレットが感嘆を漏らして見ている物。


 それは『真紅に淡く光輝く、子供の握りこぶし大ほどある大きさの結晶のような花』であった。


 そう、この魔石で出来た花弁は通称『ブリガンレイン』と呼ばれ、不思議な事にその花弁らも全て真紅の魔石で出来ていた。


 この『ブリガンレイン』は世界でも希少な奇跡のマナの結晶体でもあり、私の主な収入源になっていたりする。


 私がここブリガンに流れ着いた数年後のある日。


 今住んでいる場所の割と近くで偶然発見できたのだ。


(深夜に光り輝くそれを偶然発見した時は、目を疑ったわ……。昔いた組織ですら、『魔石の花』とか眉唾ものだったしね) 


 で、この稀有な花はここブリガンでしか生息出来ない代物らしく、「この世界の消えた神々に関係している」んだとか、「火山地帯だから」だとか、色んな諸説が流れている。


 が、その理由については残念ながらまだ解明されていないのである。


「ねえねえ、お姉ちゃん! この花おいくら?」


 無垢な瞳を輝かせ、私の顔をひょいと覗き込むマーガレット。


「う、うーん、そうね……?」 


(流石にそれ一つで、今建っているこの花屋が数十件くらいは余裕で買えるとか言えないし……。けれど、実はこの花を見つけれたのは彼女のお陰でもあったしね……) 


 というのも、マーガレットの母親が亡くなったその日、私が彼女の母親を助けられず嘆いていた帰宅途中に偶然発見したものだったからだ。


 しかも、此処に漂流した私を極寒の海から救い出してくれたのは漁師だったマーガレットの父親なのだ。


「……ねえ、マーガレット? ……その花欲しい?」

「うん!」


 間髪入れず、元気よく頷くマーガレット。


(うん、どうやら彼女の決心は固いようだし、なら仕方ないか……)


「じゃ、それあげるわ! 私からのシスターへの誕生日プレゼントということでね!」

「え? いいの⁈」


「いいのよ! でね、後日その花を持って私の所に来るように!」 


(じゃないとアクセサリーとして加工出来ないからね) 


「わーい、ありがとうお姉ちゃん! 大好き!」


 嬉しかったのか、彼女は私の足元に抱き着いてきますが……。


「……ンメェー!」 


 外から何かを訴えるような悲痛な鳴き声が聴こえてきた。


「あ、いけない! モコのことすっかり忘れてた!」


 マーガレットは外のテラスに向かって元気よく走って行き、私もそれに習う。


 ちなみに『モコ』とは彼女が世話している可愛い子羊のことだ。


 ちょいと話がそれるんだけど、実はここブリガンで羊毛は冬着の材料になるため必需品となっていたりする。


(だからマーガレットのいる孤児院では実益を兼ねて羊を飼っているんだよね) 


 なおその他の用途に、乳、肉ラム・マトン、それを加工したチーズなどがある。


 またまた話は逸れますが、私は柔らかくクセの無いラム肉の串焼きが好物なんですよね。


(けど、マーガレットの前ではその話は当然禁句だし、内緒!) 


 モコはそんな私の考えを知らずに、すっかりテラス周辺の雑草を食べつくし、ご満悦な表情をしている。


 これには私も思わずニッコリ!


「モコえらいえらい!」


(うん、確かにえらいえらい!) 


 マーガレットはモコのモコモコした柔らかそうな体毛を両腕で撫で繰り回す。


「ンンメェー!」


 モコはその愛情を感じて取っているのか、私には何だかとても嬉しそうに見えてしまう。


 だからか私も、ついつられてモコの体毛を撫でまわしてしまう。


(うわあ……。もこサラで、とってもふわっふわっで、それになんて温かい……) 


 この温かい日差しの中、この魅力的な感触になんだかほわほわしてしまう私でした。


 そんなこんなで、しばらく私達はモフモフタイムを満喫し、バケットに入っている料理を一緒にご馳走になることにした。


 暫くして、二人でテラスにある椅子に座り、白丸のテーブルにバケットを置く。


 中を開くと、なんと中身はふわふわのサンドイッチ!


(うーん、これはとても美味しそう!) 


 駆け足で2階に上がり、取ってきた蜂蜜レモン水ととても相性が良さそうである。


 私達は「いただきまーす!」の掛け声と共に、そのサンドイッチを元気よく口に入れる。


 ……柔らかいふわふわとしたパンの食感。


 それに合わせるように魚のふわふわとした食感と噛むとホロホロと崩れ、ホワイトソースの甘い風味が口の中に広がるこの感じ……。


(これは、タラのホイル焼きだ!) 


「美味しーい!」

「ね!」

「メェー!」


 私達はその上手さに思わず夢中でサンドイッチを食べていく。


(流石シスターリン、料理がお上手みんなのお母さんだ……。それに白ワインととってもあいそう)   


 けど、流石にお昼だし、マーガレットもいるので私はそれを断念した。


 で、あまりの美味しさに私達はあっという間に料理を平らげてしまい、食後にスコッティー島名産の本場の紅茶とクッキーを食べながら楽しくおしゃべりをし、スローライフを満喫していくのでした。


「あ、ところでシスターリンは、明日でいくつになるんだっけ?」


「んー……20歳!」

「メェー!」


「……まだ若いわねえ……」

「うん! リンおねえちゃんはもてるからねえ……。 多分明日も村の男の人達がプレゼントを沢山持ってくるよ」


(ま、まあ、料理も上手いし、気が利くし、器量も良しだしねえ……)


「あらー……。シスターはそろそろ身を固める気はないのかしら?」


「んー……。リンおねえちゃんは相変わらず、『この身は神に捧げます』の一点張りなんだよねー」

「メェー!」


 私はマーガレットの言葉に苦笑しながら、紅茶を口元にそっと運ぶ。


「……頑固ねー」


「そうだねー……。でも、私達としてはそうなったら、お母さんが取られるみたいな気がして複雑なんだよね」

「……メェー……」


 マーガレットはその複雑な気持ちをぶつけるかのごとく、サクサクと音をたて、クッキーを食べていく。


(まあ、それもそうよねえ……) 


「で、レイシャおねえちゃんは?」


 ニシシと笑い意地悪な顔で私を見つめるマーガレット。


(くっ、痛いところをついて来る。というかね、思考がおませさんすぎ……) 


 かくなる上は……。


「……め、めえー?」


 私は目を細め、迫真の物まねをする。


「!こ、こらー、モコの真似して誤魔化そうたって、駄目だからねっ!」

「メッメエエエエー!」


 2人いや、一人と一匹から抗議を受ける私。


(うう、許されなかったようだ……) 


「わっ、私は……」


 私は胸に付けているペンダントに目を向け、それをそっと握りしめる……。


(私はあの日彼と決別したんだけど……。でも、まだ気持ちは……まだ……) 


 私のその様子を見て、何かを察したマーガレットは静かに紅茶を飲む……。


「……大丈夫レイシャおねえちゃんなら、きっといい人が見つかるよ」

「メェー!」


 ドヤ顔した五歳児と子羊に慰なぐさめられる私……。


(うう、複雑な気分……) 


 ……そんなこんなで、しばらくして。


「じゃーねー、お花ありがとー! また来るねー」

「ンメェ――――――!」


 ぶんぶんと元気よく手を振り、子羊のモコと共に元気よく本島の教会へ帰っていくマーガレット。


「ふふ、またね!」


 私も元気な彼女につられて、思わず手を振ってしまう。


 往復船に乗った彼女達が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。


 そう、蒸気船の煙が見えなくなるまで……。

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