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最終話 氷の悪夢、太陽の温もり

 目を開けた時、マールは外に立っていた。周囲には木が並んでいて、振り返ればその地は斜面となっている。ここは、山の上だ。そう気付いた時、マールはふと自身の感覚に違和感を持った。

 何も感じない。いや、正確に言えば感じはする。肌にはしっかりと冷気が伝わり、それが自身の魔力だと分かった。しかし、何と言うべきだろうか。この身にあるのは寒いはただの「感覚」に過ぎず、何かが欠けている気がした。寒さが引き起る「感情」が、この心の中に無かったのだ。

 何をしたいとも思わずただそこに立っていると、山を登って来た弟の姿が目に映る。

 まだ幼さが勝る小さな少年。弟は、顔を上げ震える声を漏らす。

「にい、さん……」

「兄さん、僕だよ。リール。迎えに来たんだ」

 伸ばしてきた手は見るからに弱く、縋るかのようなモノだった。兄として、抱くべき感情は色々あったのだろう。こんな山奥に一人で足を運んできた事への心配やら、そんな事をさせた申し訳なさやら、とにかくたくさんあったはずだ。しかしマールには、それらの一切が湧いてこず、ただ無感情に弟を目に映す。

 弟は、そんな兄の瞳に気が付き目を見開く。それは、絶望にも似ていた。

「兄さん……」

「僕っ、ずっと言ったじゃん! なんで分からないの! なんで、なんで気付かなかったの! ねぇ、兄さん!」

「なんで、『心情氷結』なんか……っ」

 泣き崩れた弟。しかし、痛む心は既に凍って動かなくなっている。

 ここではっきりと分かった。これは、自身の三年前の記憶だ。

 覚えていない訳ではない、魔法を使ったその直後、リールは少し遅れて追って来たのだ。

「兄さん。僕がもう少しはやく着いていれば、兄さんは……」

 後悔を口にするが、「可愛い弟」はそれで終わらない。徐に立ち上がり、膝に付いた土を掃う。

「分かったよ、兄さん。それなら僕にも考えはあるさ。兄さん、僕と勝負してよ! 僕が勝ったら、一緒に帰ってもらうよ!」

「お前が、僕に勝てるとでも?」

 マールは、ここで初めて声を発した。煽りの類ではない、ただそう思ったから言ったのだ。感情の伴わない疑問はとても淡白で、リールは体の横で手を握り締める。

「勝つよ。きっと、勝ってみせる!」

 リールの目は強く、固い決意を見せている。

 この時マールは、何が彼をそこまでさせるのか今一理解出来なかった。人の心を理解できる思考も、丸ごと凍っていたのかもしれない。しかし、元より分かっていなかったのだから、同じ事だ。

 互いに粗末な戦闘だったが、年齢を考えればこれでも上出来だろう。魔力覚醒が普通より大分早かった兄弟が、人知れぬ場所で本気の戦いを繰り広げていた。

 結果は、言うまでもない。

「っ――」

 突き飛ばされたリールは、背を強くぶつけ短く唸る。改めて目にするとあちこちに怪我をしていて、かなり痛ましい姿だった。

 回復までに魔力を回していなかったのだ。それ程、勝つことに必死だったのだろう。当時の自分はそれに気付いても尚、思う所は無かった。

「ははっ……あはは! やっぱ兄さんはすごいや。すっごい、強くて、かっこよくて……」

「僕の、大好きな兄さんだ……」

 地面に倒れたまま天を仰ぐ。魔力は先の戦闘で使い切り、彼の中には地力のみ残っている。

 マールは、彼の魔力が残ってない事を感じると、彼の身を家の傍まで転移させる。

 こんな事があれど、凍った心では驚くほどに何も感じなかった。


 ハッと体を起こす。するとどうだ、直ぐ横ではリールが呑気な顔をして寝ているのだ。

「だからか……」

 通りであんな夢を見るわけだ。

『主、大丈夫か?』

「あぁ……少し、嫌な夢を見ただけだ」

 頭を押さえながら、己の使い魔に答える。弟と一緒に寝たのは何年ぶりだろうか。それでこそ、物も知らぬ幼子の時くらいだ。

 枕を抱えて、「にいしゃん、ねんね!」と笑う弟。それでこそ、本当の可愛い弟だ。

 マールとて弟対して一ミリの情すらない訳ではなく、それなりに好く思っていた時期も無かったわけではない。今となっては、あまり認めたくないが。

「……昔は、可愛かったんだけどな」

 なんとなく口から漏れた一言。自分位しか聞こえなさそうな小さな声であったが、その次の瞬間、リールはぱっちりと目を開け、兄の手首を掴む。

「それは僕のセリフだよ。兄さんこそ、昔はもっと可愛かったさ」

 忘れていた、この可愛い弟は狸寝入りが得意なのだった。マールは、リールのセリフを完全に無視してベッドから降りる。

「パデラ。夕飯は?」

「ん、今日はな、ホイコーローだ! 結構うまく出来たぜ?」

 美味しそうな香りを漂わせるのは、鍋で炒められた豚肉とキャベツやピーマン等の緑の野菜達だ。様々な調味料が混ざった茶色い液体と絡み合い、もう直ぐに出来る所だろう。あとはワカメの入った何かしらのスープがある。

 また野菜か。マールは声にせずにぼやく。しかしまぁ、肉も入っているのだからそっちを食べればいい話だ。

 伊達に山暮らししていない、このくらいの肉と白米、スープがあれば十二分だ。そもそも、一食魚一匹で足りていた。まぁ、今もそれで行けるのかと聞かれれば、即答は出来ないが。

 椅子に座ろうと身を引いた時、パデラがニコリと笑みを浮かべて言った。

「今日はちゃんと食べろよ、お兄ちゃん」

 その一言で、諸々察しが付いてしまった。横目で弟を伺えば、彼はベッドでうつ伏せに両手で頬杖を突き、ニマニマしている。もう、それが答えだ。

 一体誰の差し金か。いや、この場においてはほぼ一択だろう。こんな事、バカは思いつかない。

「ディータ。お前か?」

『なっ……なんの事だか。我は分からないな』

 なんとも分かりやすい事だろうか。誤魔化すのが下手過ぎではないかと顔を顰めたマールは、自分にブーメランが刺さっている事など気付く訳もない。

 しかし、それでもホイコーローにしたのはパデラの良心だろう。三人分の皿に盛ったそれらを並べ、二匹の分はランチョンマットを敷いた床の上に置く。

「ご飯出来たぞー」

『わぁい! 食べる食べる!』

「ふふ、パデラさんのご飯楽しみだなぁ」

 食卓に集まると、いただきますと食べ始める。

 濃い味がよく味の絡んだ肉と野菜は白米に良く合い、箸がどんどん進む。そんな料理を、ピピルはいつも通り美味い美味いと声に出しながら顔が膨れる程頬張っている。

 そしてリールも、素直な称賛を口にした。

「さすが兄さんの胃袋掴んだ人の手料理だ、とっても美味しいです!」

「お、そりゃよかった!」

 大層嬉しそうに声を弾ませると、視線をマールに向ける。今の所、普通に食べている。まぁ肉だけなのだが。

 食べられない訳ではないはずだ。これは確実に、実際、マールはこういった味ならまんま野菜でも普通に食べていた。

 パデラの視線に気づき、彼は何かを思ってスープの方を飲む。

 誤魔化して逃げ切るつもりなのかもしれないが、それは無理だ。何せ今日は、客人がいるという名分から人数分個別で盛っているのだ。誰がどのくらい食べたかは一目瞭然。

「マール」

 呼びかけた時、マールはほんの少し体をびくつかせ、何事も無かったように「なんだ」と返してくる。若干不機嫌そうにも見えるのは、この先の展開を察しているからだろうか。

 リールはちらっと兄の皿を目にしてから、口角を浮かせずいっと体を寄せる。

「あれれぇー、兄さんまだ野菜食べられなかったのー?!」

「は? 別に、今食べて無かっただけだ。食べられない訳じゃない」

「そう? 僕てっきりー、兄さんまだ子ども舌なのかとっ! 小さい頃それで母さん困らせてたもんねー! 今度はパデラさん困らせてるんじゃないのー?」

 兄を煽る時のリールは、なんだかこれ以上もなさそうな程愉しそうで、今回は特にそうだ。

「違う」

 マールはパデラに視線を向け、余計な事は言うなよと釘を刺してくる。

「嘘つけよぉ、俺結構困ってるぜ? しっかり食べてくれないの」

 だが、バカだから分からなかったという事にした。しっかりと睨まれたが、バカだから(以下略)

「やっぱりそうなんじゃん! あはは、兄さんんってばもう、子どもぉー!」

「うっさい!」

 遂に大きな声を上げて反論しだした。しかも反論にすらなっていない。こうなるともう負け確だろう。

『主、墓穴を掘る前に大人しく食べた方がいいぞ。結局、普通に食べられるのだから……』

『そうだよな? やっぱマールいつも食べてたよな? なんで最近は食べないんだ?』

 いらぬ意地を張るからこういう事になる。

 マールは小さく咳払いをし、しれっと顔を逸らしたまま言う。

「たまたま、ここ最近は気分じゃなかっただけだ。他意はない」

 ついに彼は、キャベツを食した。

 野菜を食べる気分でなかっただけ、別にそれ以外の意思はないと。分かりやすい言い訳だ。

「じゃあこれからは、食べる気分になってくれるかぁ?」

 わざとらしく口角を上げ、挑発するように笑みを浮かべる。

「分かった分かった。食べてやるから」

 これ以上は詰めてくるなと言わんばかりに手を払い、適当な返事を返してくるマール。箸で肉と野菜を一緒に摘まみ、そのまま口に入れる。

 やはり食べられるのだ。生野菜は本当にダメでも、こういうのなら行ける奴は多い。

 子どもはカレーに入れとけば大体食べると、母から教わった事だ。つまり、野菜からでも好きな味がすれば食べられるという事だろう。

「んで、どうだ? 美味しいか?」

「……普通」

「出たお前のそれ! 素直に美味いって言えよなぁ、もー」

 呆れ半分で小さく笑う。マールの言う「普通」が、要に「美味しい」という意味である事は共に過ごした一ヵ月でよく分かっている。

「わぁー、今僕すっごく見せつけられた気分。それってノロケ?」

 あまり面白くなさそうに笑うリール。いちゃつくカップルを目の当たりにしたような気分だ。

『仲良き事は美しきと言うくらいだ。いい事であるぞ、リール』

「だからって弟に見せつけていいもんじゃないよ。パデラさん、何度だって言いますけど、兄さんは僕の兄さんですし、兄さんの弟は僕だけなんですからね。パデラさんが兄さんの彼氏なのは認めますけどー」

 頬杖を突き、わざとらしくも拗ねたような

仕草を見せてくるリール。そのセリフに、パデラは目を丸くした。

「ぅえ? 彼氏? そうだったの?」

「リール、適当言うな。んな関係になった覚えはないし、なる予定もない」

 その時、ピピルの純粋無垢な疑問が飛び出る。

『んだけどアサナトとエテルノは、って言っちゃダメなんだったこれ、忘れて! 今のすっげぇ忘れて!』

 必死なピピルに、マールは頭を突きため息交じりに頷く。

「……聞かなかった事にしてやる」

 これは、ピピルの為ではなく自分の為だ。こういう時、バカがほんの少し羨ましい。実際、パデラはこんなにも分かりやすい答えに気付いていなさそうだ。

『あざす! っぶねぇ。アレックとエテルノに締められるとこだったぁ……』

『今のはほとんどアウトだったと思うぞ』

『バレなきゃ犯罪じゃない! って、お前チクるなよ! 頼むっ、一生のお願い!』

 平伏した上で切り札の一生のお願いを使うなんて、余程切実のようだ。

 まぁ想像に難くない。この事がバレたら、両方面から強大な魔法が飛んでくるだろう。

 そんなピピルの様子から、とにかくそれが他言無用である事なのは察しが付いたパデラ。しかし肝心の内容まで読み取る事が出来ず、気になりだした彼は前のめりになって尋ねる。

「なぁマール、エテルノとアサナトがなんなんだ? 何が言っちゃダメな事なんだ?」

「本人に訊け。場合によりゃ教えてくれるだろ」

「分かった。後で訊いてみるぜ、アサナトに」

「エテルノに訊け」

 即に返された訂正に首を傾げる。

『いやダメだぜ! オレが口滑ったのバレちゃう! アイツに怒られるのヤダぁ!』

 足にしがみ付いて訴えてくるその様は、本当に怒られるのを怖がるちびっ子のようだ。

「分かった分かった、訊かないしバラさないぜ」

 微笑みながら、ポンポンと頭を撫でる。

『わぁい! パデラサイコー!』

 泣きそうになっていたと思ったら、にぱぁっと笑顔になり元気よく食事に戻る。

「ははっ、やっぱりパデラさんの使い魔は凄く愉快なヤモリだ。僕もこういう使い魔だったらいいなぁ」

「正気か?」

 笑う弟に、マールは間接的に失礼な問いを訝しげに返す。

「けどやっぱ、使い魔は主に似るんだし、僕にそっくりなカワイイ猫ちゃんだと思うんだっ!」

 両頬を人差し指で指し、きゃぴっと笑う。なんというか、自称可愛い弟なだけある。その時マールが彼に向けていた目は、ドン引きもいい所であったのは、まぁ言うまでもない。

「兄さんってば酷ーい、そんな反応するなんて!」

「前から思ってたが、そのキャラは何だ。やめろ、かなり気色悪い」

「なんでそんな事言うのさっ! 可愛い弟が可愛く振る舞って何が悪いのさぁ?」

 兄が嫌がるのを分かって、ぶりっ子の素振りで身を寄せるリール。マールは軽く体を横にすらしてそれを避け、そんな兄弟を前にパデラは小さく笑う。

「ははっ、仲良しで何よりだぜ。だけど、ご飯の時間はしっかりご飯食べろよ? せっかくの出来立てが冷めちゃうからな」

 柔く注意され、リールは置いていた箸を手に取る。

「もう、兄さんのせいで怒られた」

「僕は悪くない。絡んで来たのはお前だ」

 擦り付けてきた責任をいなし、食事に戻る。自分が怒られるのは理不尽だと、そんな内情が顔に出ている。しかし、パデラに叱られるのは不服だから、それ以上何も言わなかった。

 やがてご飯を食べ終わり、ゆっくりしてからリールは帰って行った。八時までには家に戻る約束のようだが、転移魔法を使えば一瞬だからとギリギリまで居座っていた。

 その後風呂を済ませたマールとパデラは、濡れた髪を拭きながら雑談の続きをする。

「しっかし、リールは本当にお前が好きなんだなぁ。可愛らしいぜ」

「鬱陶しいだけだ」

 淡白に答えながら、水分を吸ったバスタオルを籠に投げ入れる。魔力でコントロールされたそれは見事にその中に入り、ついでにほんの少し水気が飛んだ。

 なんて事ない顔でやっているが、歳を考えれば少し難しい芸当だ。勿論、この程度ならパデラも同じ事が出来る。パデラはほんの少しそこに手を向けると、籠の真下に魔法陣が展開され、次の一瞬には洗濯が終わった綺麗な状態のバスタオルになった。

 その後、マールの視線に気づき、おっと短い声を漏らしながら彼に顔を向ける。

 何か言いたそうな表情。大方、いつも魔力無しに拘っていると言うのになぜこういう時は使うんだと思っているのだろう。自分とて何が何でも魔力を使わない訳ではないと言った事はあるはずだが、どうにも中途半端なのが理解しがたいようだ。

 その意は分かったが、彼の中でからかいたいという気持ちが勝った。口角を浮かせ、伸ばした手をマールの頭に添える。

「安心しろ、お前も可愛いぜ」

 少しの間黙って撫でられたマールだったが、ハッとしてその手を弾く。

「そういう話じゃない。大体、褒め言葉になってない。僕は男だぞ」

「ははっ、そう照れんなって」

「違う」

「えー、今の絶対そうだろ? そんな感じだったぜ」

「うるさい」

 突っかかって来る言葉を一言でいなしながらパジャマを着て、脱衣所を去る。パデラはその後を追い、ベッドに腰を下ろすマールの隣に座る。

「なぁマール。ぶっちゃけ、俺の事結構好きだろ?」

 ついさっきとは変わって、そんな問いかけをしてきた彼は落ち着いていた。らしくなく目を細め、ほんの少し大人びた雰囲気を感じる。

 どうしてそんな顔をしているのか。マールはふんとそっぽを向き、ベッドに寝転ぶ。

 少しの間、パデラは膝に頬杖を突き、直ぐに眠った相棒を見ていた。徐に立ち上がり、本来自分が使うベッドに移った。



 これが夢だと、直ぐに分かったのは偏に経験だろう。マールは見知った感覚に身を震わせ、目を開いた。

 暗い部屋、まるで独房だ。そんな所に入った事は一切ないが、四畳ほどの狭い部屋に扉一つ、そしてこうも暗いと来ればそれくらいしか例えは見つからないだろう。

 心の中で舌打ちをし、マールは目の前のドアノブに手を掛ける。扉は少し重そうだが、魔力を使えばなんて事ない。

 ドアノブを握った手に魔力を向かわせようとする。しかし、体内の力はそれに答えず、そこでようやっと、魔力が使えない状況だと勘付いた。

 押してみるが開かない。では引き戸だったかと引いてみれど、それはハズレだ。

 魔力が使えないとなれば、当然蹴破る事も出来ない。強行突破は不可能だ。

 マールは面倒くさいとため息を突く。

――魔力が無ければ、一人で外に出る事すら出来ない。

 来ると分かっていた「自分」の声。身構えていれど、いざそれが耳に届くと途端に心臓が跳ねる。そんな彼に、複数の自分が背後で囁いた。

――『天性の才能』なんてな。僕は、それ以外何も出来ない。

――天性の才能じゃない僕に、一体何の価値がある? リールみたいに愛嬌がある訳でもない。

 しかし、そこには誰もいない。いる訳がない。そんな事は分かりきっている、振り返って確認するまでもない。

 添えられたままの手に力が籠る。しかし、そこに魔力が伴わない。この体にある地力の精一杯で、これ程の力しか入らない。

――覚えているだろ? あのどこの誰だか分からない大人が言っていた事。「リールくんはこんなに幼いのに魔力を持って、皆に優しくて愛想もある。友達もたくさんいて、強いだけの兄とは大違いだ」……ハッ、全くその通りだな! 僕にあるのは魔力だけだ! 僕の価値は、この力にしかない!

 その言葉に、マールの目が大きく見開き、一つ鼓動の音が耳の奥底にまで響いた。

――素直に欲しいモノすら口に出来ない。意地ばかり張って、そんな奴に誰が構う?

 しかし、構わず自分は話し続けた。自分が漏らした自分への嗤い、確かな自嘲を耳に手を横に降ろす。

――寂しい思いも独りになるのも僕の自業自得だ。口にしないで伝わる訳がないだろ。伝えもしないのに与えられず、落ち込むのか? 自分は独りなんだと寂しがるのか?

――じゃあリールみたいに素直に甘えてみるか、それが出来るならこんなに苦しむ事はない!

 分かっている。これは自分自身の感情だ。コイツ等のいう事は、全て自分の思いの代弁だ。

 自業自得、そんなのは分かっている。しかし、分かっているからなんだと言うのか。世の中の全ては「理解している=出来る」ではない。

 苦しい。この感情が鬱陶しい。自分の中でとやかく騒ぎ立てる、「自分」がうるさい。

「僕は。僕は……」

 視界に写した手は、微かに震えていた。

 何を怖がっているのだろうか、これは夢だ。理性はそう言うが、感情はずっと訴えていた。

 寂寥、自嘲、劣等感、羨望、全部が全部入り混じったこの苦しみ。呼吸が上手く出来ず、縋る相手もいない。

「ぱで、ら……パデラ。パデラ……っ」

 そこには誰もいないのに、手は何かを求めるように宙へ伸び、彼を呼ぶ。そうした時、ぬくもりを持ったモノがその手を優しく握り込んだ。

「大丈夫、俺はここにいるぜ」

 手を引かれ、そのまま彼の胸に抱かれる。

「あはは……嬉しいぜ、マール。俺を呼んでくれて。やっぱり、『太陽の光』は役得だ」

 この態勢では、パデラの表情は伺えない。しかし、触れ合った体から伝わってくる魔力は、心の中に渦巻いた感情を融かし、慈しむようにその心を包み込んでいる。

「さ、今度こそ寝ようかマール。俺が寝かしつけてやるからな、安心して眠れ」

 マールは夢現に頷き、相手の表情すら確認できないまま意識を堕とした。


 その夜、二人の少年は同じ布団で穏やかに眠っている。

 同じ部屋の床に置かれた大きなクッション、使い魔が寝るために用意されたベッド代わりのそれに丸くなっていたディータは、ゆっくりと目を開け、声を出す。

『なぁ、ピピル』

『んー、どしたんディータ?』

 彼の声に目を覚ましたピピルは顔を上げ、こてんと首を傾げる。

『思った事があるんだ。もし、「私」の傍に太陽の光がいたら、「私」の結末は変わっていたのだろうかと。少し、主が羨ましかった』

『しかし、「私」の太陽はなくて良かったのかもしれない。最近、そう思えた』

『んぁー……それまた、何でだ?』

『心を凍らせた者が選べる結末は一つしかない。しかし、太陽に好かれた者の結末もまた一つだろう。どちらが良いかを考えた時、私は前者だと思えた。存外、我もプライドが高い方なのだ』

『……? オレ、バカだからよくわかんねぇや』

『いや、分からないで良い。寝言とでも思ってくれ。我としては、主が幸せならそれでいいのだ』

『おう、そうだな! オレもそう思うぜ』

 彼の言葉は、ピピルには少し難しい。だが、ピピルはそれでも無邪気な笑みを返し、のそのそとディータと同じクッションに踏み入れた。

 そうして今日も、月夜の加護の下で、温かい夜が過ぎて行ったのだ。




 ここは魔力のクニ。黒き鱗と赤い瞳を持つ竜が神として君臨する、孤島のクニだ。

 地に芽生えた最初の命、今も尚生き、民として今も尚世を見守り続ける「最初の民」。

 強大なる強さで多くの人間を魅了し、遊戯に革命をもたらした二人の「最強の魔法使い」。

 報われない愛情に揺れ動く感情を苦しみ、やがては自身の心を凍らせた「心優しき魔法使い」。

 数多の伝説が存在する暗竜様のクニに、新たな伝説が紡がれ始めた。

 途絶えた伝説をその魂に生き写した、二つの命。後に世は、彼等をこう称した。

 「伝説の後継者」と――




【暗竜伝説魔法論】



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