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二十一 野菜食べたくない子ども舌vs野菜食べさせたい健康志向

 この日、パデラは悩んでいた。それはもう、途轍もなく悩んでいる。何に悩んでいるかと言うと、マールの偏食にだ。

「なぁマール、ピーマンも食べろって。美味しいぞー?」

 レシピ本には「ピーマン嫌いなお子様でも食べられる!」書かれていたピーマンの肉味噌。甘辛い味付けはピーマンまで行き渡っていて、苦味はそんなないはずなのだが、マールは器用にピーマンだけを避けて肉だけを食べている。

「美味しくないから食べないんだ」

「むー……野菜嫌いでも食えるってメニューだったんだけどなぁ……」

「子ども騙しだろ。嫌いなもんは嫌いだ」

 そんな事を言って食べたい分だけを食べ、ごちそうさまと立ち上がる。

 少し前まで母直伝隠し野菜レシピや味付けで騙せたのだが、ある日マールにその事がバレたのか、そうしてもあまり食べなくなったのだ。隠し野菜は気づかねば食べているが、なんでか分からないが、食べようとした途端、パデラを見て止める事が多々ある。本当になんでだろうか。それに、甘辛系の味付けにすれば食べていたはずなのだが。

『パデラ、そう落ち込むな、お前の料理が悪い訳ではない』

 ディータは考えるパデラに顔をむけ、励ましの声をかける。

『けどマール、前までこれ食べてたよな? なんで急に食べねぇんだ? 味覚変わった?』

 肉味噌をかけたご飯をむしゃむしゃ食いながら、ピピルは首を傾げる。

『と言うより、主の意地だろう。「これなら食べるだろう」と言うパデラの思惑にまんまとその通りになるのが悔しいのだ』

 確証はないが、凡そそんな感じだろう。マールは、相棒に負けるのが何より悔しいのだ。年相応の可愛らしい意地だが、しかし、パデラからしてみれば割と深刻な問題なのだ。

 とりあえずマールが残した分を食しながら対策を考えていた。


「と、いう訳でだ。マール、サラダだ!」

 ちぎったレタスとトマト、その他諸々野菜を盛りつけた、噓偽りのない正真正銘のサラダ……同じ日の昼、パデラは覚悟を決めたようにそれを机に置いた。

 マールは、そんな彼にどんな反応をすればいいのか分からず、動きを止める。

「ドレッシングもいつくか用意したぞ、どれならいけるか?」

「お前は……そんなに野菜を食べさせたいか」

「うん」

 それは、マールの記憶にある限り一番の真面目な表情だった。

 正直、この時マールはちょっと引いていた。どうしてそこまで真剣になるのか、何を食べようが関係ないだろうと。栄養素がどうこう気にしているのは分かるが、それで体が壊れようとそれは自分の物ではないだろうに。

『力技であるな……』

『んんー、生野菜うんめぇ!』

 ディータはそう呟きながら爬虫類の手で上手にドレッシングをかけ、その向かい側ではピピルがそのままの味を楽しんでいる。

「ほら、マールも食べろ! 出来の良い野菜選んだんだぜ、なんと魔力完全未使用品だ!」

 そしてパデラは、物凄く良い笑顔でサラダを推してくる。

「あのな……」

 頭を抱えるが、一先ず席に着く。サラダ、は食べたくない。一応用意してくれている卵焼きを口に入れ、パデラを伺う。

 ものすごく、見てきている。野菜を食べるまで目を離さないつもりなのか。本当にそこまでして食べてほしいモノなのか。マールには理解できない。

「はぁ……分かった」

 胡麻ドレッシングを手に取り、それなりの量を掛ける。そして、キャベツを一切れ食べた。

 まぁ、ダメだったのだが。

「やっぱダメか!」

「なぜいけると思った……」

「だってディータが『これならマールも食べる』ちゅう俺の思惑通りになるのが悔しいから食べないんだろうつってたからよ」

「おい、ディータ」

『し、しかし主。実際、主の意図はそう見えて仕方ないぞ。前は食べていたじゃないか』

 マールは何も返さなかった。つまりは、図星なのだろう。

『気持ちは分かるぞ。我だってピピルに同じようなことをされると考えたらとても不服だ』

『ぅえ? オレがなんだって?』

 話を聞いていなかったピピル。自分の名前が聞こえたような気がして首を傾げるが、ディータは答えずにサラダを食む。

「とにかく……食べないぞ。嫌いなもんは嫌いなんだ」

 頬杖を突いた顔をフイと逸らし、食べられるモノだけを食べる。

「我儘になったなぁ……食えればいいつってたお前はどうしたよ?」

 パデラは本気で疑問に思っているようだ。ディータは口にあるトマトを飲み込み、それに答えた。

『味覚は「感覚」だが、美味しい不味いは感情の一種とも言えるんだ。まだ心情氷結が残ってたからそう言えたのだろう』

「んだけど、子どもが苦いのを嫌うのは体に悪いモンだと体が勘違いするからなんだろ? そりゃ感情じゃねぇだろ」

『なんというか、心情氷結は感情含めて諸々の感覚が鈍るのだ。感情としての美味しい不味いの判断がなくなるだけで大分違う、らしいぞ』

「そうなんだなぁ……」

 本人そっちのけで解説している。あまり心情氷結については触れないで欲しいのだが、そうとも言えず牛乳を飲むマール。

 野菜を食べさせたい割に、それ以外のもしっかり用意している辺り、パデラらしい。これだけあれは腹に足りるのだが。

「ごちそうさま。ディータ、僕の分食べていいぞ」

『主、食べないとダメだぞ?』

「一口は食べた」

 まさに子どもみたいな事を言って、ディータの注意を無視する。

『ディータ! いらないならちょーだい!』

『好きに食べろ。我はもうお腹いっぱいだ』

『わぁーい』

 ぴょんと跳ねて机の上の皿を取る。気に入ったようだ。ピピルこそ子どもみたいな奴なのだが、野菜は好きなようだ。もしかしたら、馬鹿舌だからかもしれない。

 ディータはそういう意味で小さく笑いを漏らし、パデラを見上げる。

「んぁー……そういう事じゃねぇなら……」

 なんだか、意地の張り合いになりそうだ。そんな予感をしながら、使い魔としてどう動くべきかを考えていた。

 一方、ピピルは気にする素振りもなく野菜をバクバク食べ尻尾を揺らしていた。


 さて、そんな事があった次の日、パデラはアサナトの家まで訪れ助けを求めていた。

「ほーぅ、食べさせるために一工夫してるってバレたら、マールが野菜を食べなくなったとなぁ。ははっ、あったあった。それエテルノにもあったぜ」

 背もたれに凭れ掛かり、懐かしさから笑うアサナト。思っていた通りだ、これなら解決方法も知っているかもしれない。

「やっぱり! なぁ、そん時どうした?」

 前のめりになって尋ねる。

「端的に言えばよ、アイツなりのプライドなんよな。俺に負けた気がしてヤなんだ」

「それはディータも言ってたなぁ。食事に勝ち負けねぇのに……」

「そうなんだよなぁ。それで、そん時俺が何したかっていうとな……無視して出し続けた。いつも通りの料理をな。そしたら、勝手に向こうが根負けしたんだ」

 思った以上に単純な話だった。あまりマールが根負けしてくれる印象がないが、エテルノがそうなったのなら可能性は高いだろう。

「レシピ本やるよ、エテルノの好みは大体マールの好みだろ? やってりゃその内食うぜ」

「あ、んだけどあれだぞ? 食べようとした時喜んじゃダメだぞ。絶対手引っ込めるから」

「なるほどなぁ! ありがとな!」

 これでどうにか出来ると良いが……そんなパデラだったが、その一方で彼にとって予想外の事が起こっていた。

「成程な。パデラが意地でも野菜を食べさせようとしてくると……はぁ……あったなそんな事」

「野菜食べないで栄養が偏った所で彼奴には関係ないのに。やけに突っかかってくるんだよな、アイツは」

「ほんと、面倒だ」

 なんと、マールも同じ事を先祖に話していたのだ。

「そうだな。大人として言うが……野菜は、食べた方が良いのは確かだ」

「だが、体によくても僕の心理的に良くない。実際大して食べなくとも僕は育てていた。食べなくても問題はない」

 大人として諭すと思いきや、一気に方向を変えそんな結論を出してくる。

「それ以前にだ、そうしとけば食べるだろうという魂胆が不服だ」

 そう告げるマールは、微かに顔を顰めていた。

 エテルノからしても、その気持ちはよく分かる。奴の思惑通りになったと言う事実はプライドが認めたくないのだ。

「アイツに負けたくないなら、負けなければいい。要に、食べなきゃいいんだ」

「アサナトは、何も狙ってないみたいな顔をして出し続けた。僕だって、アイツが何を考えてるかくらいは分かっていたんだ……」

 どこか歯噛みをしているエテルノを目に、マールは諸々を察した。

「……もしかして、お前」

「いや、アサナトに負けたんじゃない。食欲に負けたんだ。断じて、アイツに負けた訳じゃない」

 なんて返せばいいか分からず、マールは「そうか」とだけ返す。しかし、仕方ない事だ。エテルノも食べ盛りの時期はあったのだ。

 そんな二人の会話を、机の下で聞いていたアレックは、遂にそこから顔を出し、鎌首を机の上まで持っていく。

『話は聞いていたぞ。だが、主がアサナトに餌付けされていたのは事実であろう? 意地を張らずに食べた方がいいぞ。奴が主も食べられるよう考えてくれているのは確かである』

 にゅっと出てきた蛇の顏に、マールがビクリと震える。

「アレック、その出て来かたは止めろ。下から首だけ出てくるのはそれなりに驚く。後、餌付けって言うな。別に、食えればアイツの料理以外でもいいんだ」

『よく言う。素直に懐けば良いモノを……』

 眉を顰める主に、アレックは小さく笑う。

『あぁそうだ。懐くはあまり大人に使う言葉ではなかったな。だが、主とアサナトに関してはそう表現するのが最適でな』

「お前、僕を煽りたいのか? 喧嘩なら買うぞ」

 くつくつと喉の奥で笑う彼は、分かって煽っているのだろう。意地悪くも愉しそうなアレックを目に、マールは密かにディータがこの手のタイプじゃなくて良かったと思っていた。

 いざ怒られそうになれば、アレックは笑うのを止め、少しだけ身を引いた。

『冗談だ主よ、そう睨むな。だが実際、もう少し素直になった方が良いと思うぞ。変に意地を張るから、いざ絆された時に可愛いとか言われ余計負けた気になるのであるぞ』

「今更変えられるか」

 大人の意見に顔を背け、マールに視線を戻す。

「まぁ、なんだ。頑張れよ」

 そうして、最終的にはそんな投げやりな言葉を言い渡されたのだ。


 さて、先祖から応援を貰った二人。何となくそれを察したディータは、更なる意地の張り合いに発展しそうな予感に小さくため息を突く。

 主が相棒と仲が良いのは結構なのだが、野菜を食べるか否かであぁも張り合わないで欲しいのだ。このままでは、毎日三食野菜メインになりかねない。そこまで行くと、ディータとしても頂けないのだ。

 そんな彼がいるのは、マールの実家だ。こちらも、主達がそろって出かけたのを良い事に相談しにいったのだ。

『成程な。確かに、マールくんは幼い頃から野菜を食べなかった』

『あの子、子ども舌だからね。変に意地っ張りだし。変わってないのね、ある意味安心した』

 カクルとチェレーは、そうなるのも普通だろうと納得いっているようだ。

『それなら、マールくんにはこう言ってみるといい』

 カクルには案があるようだ。ディータはそれが何かを食い気味に尋ねる。

『お、なんだ? 教えてくれ』

『「その行動と心理はかなり子どもっぽいから止めた方がいいぞ」とな』

『もしくは「リールは食べる」、かしらね。幼い頃は、それで食べてたわ』

 どちらも煽ってそう行動するように仕向けるのは変わりないようだ。

『どちらにしても煽るのか……』

『うん。主ったら、一度嫌がったら無理に食べさせようとしないから。私達がそうやってたの』

 話しながら、チェレーは少し困ったような表情を浮かべる。こう言っては何だが、その光景は簡単に想像できた。

『あぁ「これ以上嫌われたくない」とか言ってな。吾輩達の主は、どうも小心者で困る』

『子どもの頃の思い切りのよさはどこ行ったのかしらね……』

 二匹して当の本人達が近くにいる前でため息を突く。それは勿論、聞こえている訳で。

「おい、聞こえてるぞ」

「否定できないのが、ね……」

 ただでさえ静かだった空気が落ち込んだものに変わった。

『だ、大丈夫だぞ。初めての子育てじゃ思うように出来ないことも多いだろう、そう落ち込む事ではないはずだ』

 ディータが慌ててフォローを入れれば、その後ろでカクルがこくりと頷く。

『そうだぞ。魔力の秀才が魔法以外出来ない事などザラにあるからな』

『ルキラもクリエルも、どう考えても子育て向きの血じゃないわ。仕方ないよ』

 自分達で凹ませておいて、何事も無かったかのように励ます彼等の使い魔。リクザは明らかに何か言いたそうな顔をしたが、言葉にはしなかった。

「だけど。野菜、まだ食べれなかったのね」

「パデラくんには迷惑ばかり掛けるな……申し訳ない」

 二人は顔を合わせて悩む。

「それなら僕に案があるよ!」

 そんな両親の間、机にひょこっと身を乗り出すリールが言った。

 いつの間にかいたのか。それも気になるところだが、肝心なのは彼の言う案が何かだ。

「次のご飯、僕も一緒に食べさせてよ! 勿論、例の野菜料理とやらも出してねっ」

 きゃぴっとでも効果音が付きそうな素振りでウィンクをして見せるリール。その一秒後、ディータは彼の意を察した。

「パデラくんのご飯食べたいだけだろ……」

 きっとリクザの言った理由もあるが、どちらでもいい。大事なのは、マールに野菜を食べてもらう事だ。

「ふふっ、楽しみだなぁー」

 どちらの意味か、ニコニコ笑顔でそんな事を言うリール。

 その一方で、マールはどこからか湧いた寒気に身を震わせていた。

 そんな事があった休日の昼、夜も相変わらずマールは野菜を避け、とにかく意地を通すつもりでいるようだ。だが、パデラもそれは同じ。

「もー、食べないとだつってんのによぉ」

 いつも通りのパデラ。しかし、彼はディータからあの話を聞いていた。故に、勝ちはほぼ確信している状態。

 見事何事もないように振る舞うパデラを、ディータはほんの少し意外に思っていたが、口にするとそれなりに失礼になる言葉だろうと何も言わずにいる。

 そんなディータの直ぐ向かい側では、

『うんめぇ! やっぱパデラのご飯うめー!』

 バカ使い魔が何も知らず今日も今日とて美味しそうにご飯を食べていた。


 そうして丁度一週間後の事だ。

「にーさぁん! 遊びにきたよっ」

 約束通り、リールが訪問してきた。とてもウキウキとした様子で部屋の前に立っていた弟に、マールはあからさまに嫌な顔を浮かべる。

「……勝手にしろ」

 意外な事に、帰れとは言わなかった。拒否するだけ無駄に気力を使うだけだと思っているのだろう。

「ふふっ。じゃあ、おじゃましまーす」

「お、らっしゃいリール! イス出しとくから、適当に座っていいぜー」

 椅子と茶を出してやると、彼は遠慮なくそれを頂いた。

「ねぇパデラさん、兄さんとはどこまで行きました?」

 リールは机に前のめりになり、早速と言わんばかりにパデラに問いかける。

「ん? 課外学習の森くらいだなぁ、マールと出掛けたの。俺はどっかしら遊びに行きたいけどよぉ、マールが遠出は嫌がるんだ」

「あ、そういう意味じゃないですねぇ」

 パデラの純粋無垢な解釈に小さく笑う。

 仲良さげに話す二人を横目に、マールは自分のベッドに座り読んでいた本の続きを開いた。

「そういやリールも、その内入学してくるよな? お前の使い魔がどんな奴か楽しみだなぁ」

「僕も楽しみですぅ。どうせなら、可愛い小動物系がいいなぁ、猫ちゃんとか!」

 と、試験に合格する事は前提のようだ。そんな事を心の中で突っ込むが、首は突っ込まない。実際、一位で合格してもらわないと困る。一応、自分の弟なのだから。

「いいなぁ猫型! 可愛いもんなぁ」

『パデラー! オレもかわいい!』

「ははっ、そうだなぁ。猫とは違う系だけど、爬虫類も可愛いと思うぞ」

 ヤモリが猫と張り合うのもどうかと思うが、パデラはやんわりと肯定してやっている。

『主、リールと話さなくていいのか?』

「逆に、何を話せってんだ」

 関係は知っているだろうに、どうしてそんな事を訊いてくるのだろうか。マールは不思議に思いつつ、足元で寛いでいる使い魔に目をやる。

『言ってみただけだ。リールが主とお話したがってるようだからな』

「構わなくていい」

 つんけんしているのは相変わらずだ。マールは体を倒し、横になりながら本を読む。

 そんな話を聞いてか、リールはわざわざベッドの横まで来て、兄の顔を覗き込むようにしゃがむ。

「にーさん。僕、兄さんに会いに来たんだけど?」

「知るか。パデラに相手してもらえ」

「えぇー、僕兄さんと遊びたーい! ねっ、兄さん。本ばっか読んでないでさぁ、たまには可愛い弟の相手するっていうのも良い休日の過ごし方だと思うよ!」

「どこがだ」

 寝返りを打ち、リールのいない方向に体を向ける。しかし、可愛い弟はめげない。

「ねぇ兄さぁん」

「うるさい」

 そんなやりとりを見守り、パデラは可愛らしいもんだと親のような笑みを零した。

「仲良しだなぁ」

『なー! いい事だぜ』

 マールが聞けばそうじゃないと反論するだろうが、傍から見ればこれも仲良しの一種だ。

 さて、兄弟は兄弟で戯れている所で、夕飯の準備を始めようか。

「リール、ついでだから夕飯食べていくかー?」

「えっ、いいんですか! ありがとうございます~、食べたいです!」

 何も可笑しな流れではないだろう。リールは喜んで誘いに乗った。だが、マールとしては中々頂けなかったのだろう。

「おいお前、勝手に、」

「作るのは俺だぜ?」

「……好きにしろ」

 反論しづらい言葉を返され、マールは大人しく言い下がる。これで一緒に夕飯を食べる事が確定した。

「一緒にご飯食べるの凄い久しぶりだね兄さんっ。三年ぶりだよ三年ぶり! 楽しみだなぁ」

 きゃっきゃとはしゃぐリールを、マールは華麗に無視する。少しの間が空いて、パデラは聞き逃せない言葉がある事に気が付いた。

「ん……待てマール。実の弟と一緒にご飯食べるのが三年ぶりって、お前その生活力で一人暮らししてたの!?」

 分かりやすく驚いた素振りで振り返る。

「おい、『その生活力で』ってなんだ。お前が僕にやらせないだけで、魔力使えばなんだって出来るんだぞ」

『そもそも、十五歳以下は一人暮らしは基本出来ないようになっているからな。それはないぞ』

 二方面からマジレスが飛んでくる。だがそう言われても、「三年間家族とご飯を食べていない」というのはつまりそう言う事になるだろう。

 そんなパデラの反応に、リールは首を傾げる。

「あれ、兄さん話してなかったの? 山に籠ってたの」

「んなの聞かれてないのにわざわざ話すか」

 面倒くさそうに半身を起こし、頭を掻く。

 何があって山籠もりなんだと疑問に思っているパデラと、顔いっぱいに驚くピピル。しかし、マールは答えない。

「パデラさん、ディーサ・クリエルの伝説は知っていましたよね? あの魔法使い、心情氷結の後に山に籠ったじゃないですか」

 リールはベッドに頬杖を突き、パデラを見た。

「結局、心凍らせた人は同じ事をするって訳ですよ。現世で生きづらくなって、結果一人になれる場所に行くんです。そうしたら、必然と山とかに籠りますよ。ね、兄さん?」

 不貞腐れも混じったような問いかけに、マールはふいっと顔を背ける。何か言いたげだが、口を開くとボロしか出ない気がして、彼は黙秘を貫いている。

『り、リール。大方正解だろうが、そういう事は、皆まで言わないでくれ……』

 尻尾をしょもっと垂れさせ、羞恥に耐えながらリールの脚を突く。主の内心を代弁しているのだろうか、どちらかと言えば、自分の黒歴史を掘り起こされたみたいな反応に見えるが。

「マール、その三年間何食ってた?!」

 料理をしようとしていた手を止め、わざわざベッドに詰め寄ってきてまで問うてくる。

 なんだか答えたら面倒な事になりそうだ。だがこの場合、答えなくとも同様。

 眼前にある相棒の顏に後ずさるが、ベッドの頭は壁に面している。要するに、逃げ道はない。

「……魚と木の実」

「そんなんじゃ痩せてて当然だぜ!」

 渋々答えると、かなりの勢いで手首を掴まれた。この時マールは改めて実感した。マジでコイツ、食に関しては人一倍うるさい。

「んー……最近食う量増えてきたと思ってたんだが、それでも肉付かないよなぁ。アサナトも言ってたけど、マジで肉付きづらいんだなお前」

 わざわざ服の隙間から手を突っ込んで触り出すパデラ。薄い腹にぬくもりを持った手が触れると、マールの体が小さく震える。

「やめろバカっ、わざわざ触るな!」

 ここまで動揺しているマールは中々見れないだろう。抵抗すれば手は離されたが、距離は詰められたままだ。

「見た目じゃ分かんないもんだぜ? 着痩せってのもあるからな。んだけど、マールは見た目通りだ」

「そんなもん、風呂の時に見て……」

 見ているんだから分かるだろ、と。マールはそう言おうとしていた。

 だが全てを口にする前に、ニマニマしている弟に気が付き言葉を詰まらせる。

「とにかく! お前はもう少し健康的な体になった方がいい、俺が出すもん無理しない程度に食べてくりゃそれでいいからよ」

 愛おしい存在を慈しむかのような、そんな表情――まるで子どもを諭しているかのようにそう言われ、マールは必死に言葉を探すが動転した後の思考では反論も見当たらず、

「お前は……少し黙れ。このバカラ」

 結局シンプルな罵倒にしかならなかった。

 弟は煽って来るし相棒は余計に世話焼きだしで、マールは色々な意味で疲れていた。

 リールはともかく、パデラはどうしてこうも構ってくるのか。何を食べようがどこで魔力を使おうが勝手ではないか。だと言うのにコイツは、こうもグイグイ関わって来る。

 そんな相棒に対して、ここ最近になって更に湧き出たこの感情が何か、マールは知らない。出来れば、知りたくもない。認めたくない。

(僕は、パデラが無駄につるんでくるから、仕方なく相手しているだけだ……)

 マールは自分に言い聞かせるように心の中で呟き、目を瞑る。相手をする気力が尽きた、ほんの少し寝る事にしよう。

「あれ、兄さんお昼寝? じゃあ僕もー! パデラさん、適当に起こしてくださいね」

「おうよー、任せとけ」

 眠りに落ちる直前そんな会話が聞こえたが、まぁ気にする事でもないだろう。


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