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十九 いつもの日常


 次の日の朝、彼等は暗竜に朝食を振る舞って貰ったその後に、学園に帰った。

「うおー、すっげぇ! 空飛ぶってこんな感じなんだなぁ」

『ははっ、お気に召したか? たまにならまた乗せてやってもいいぞ』

 喜ぶ子ども達に、暗竜も嬉しそうに笑う。

 暗竜の背に乗り、学園の門前まで送ってもらうと同時、

「にーさんっ!」

 聞かなかった事にしたい可愛い声。マールは急いで駆けようと足に魔力を向かわせたが、向こうの方が少し早かった。

「兄さんお帰り! 僕、今日兄さんが学園に戻って来るって気がして遊びにきちゃった!」

 勢いよく抱き付いて来るのは、お察しの通りの自称「可愛い弟」リールだ。

「来るな、帰れ」

 一言突き返すが、それで動じる弟なら彼はぶりっ子をやっていない。

「兄さんひどーい! こんなに可愛い弟がわざわざお出迎えしてくれたっていうのに! ねぇパデラさん、兄さんひどい人ですよね!」

「そうだなぁ。酷いお兄ちゃんだぜ!」

「おい。お前はどっちの味方だ」

 ふざけてリールに同意するパデラにジト目を向けながら、魔力を籠めた腕でリールを引きはがす。

「いいからとっと帰れ。大体、父さんと母さんには言ったのか」

「言ってないよ?」

「だったら猶更帰れ。怒られても庇ってやらないぞ」

 マール本人は恐らく気付いていないが、これでも態度は軟化しているように思えた。

「暗竜様、ありがとうございます。僕はここで失礼します」

 最低限の礼として暗竜に挨拶をして、素早く先に行ってしまう。

「あっ、待てよマール! 暗竜様、俺ももう行くぜ! マジでありがとな!」

 パデラも急いでその後に続き、使い魔達も早足で追いかけていく。

『全く、元気そうで何よりだ』

 暗竜が視線をやった先、リールは残念そうにちぇーと声を漏らししていた。

 二人がいなくなった後、リールに絡まれたじろぐエテルノをアサナトが大笑いし、そんな光景に暗竜が微苦笑を浮かべていた頃、一方でマールとパデラは教師寮の一角にある学園長の執務室前にいた。

「学園長、いらっしゃいますか」

 マールがその戸を軽くノックをし、学園長であるハクを呼びかける。すると、そう間も開けずに中から可愛らしい女の子声が届く。

「はーい、いますよー。はいってください」

 中に入ると、ハクは自身の席に座りやってきた二人を見据えた。

「学園長。イマワミから、貴女へ渡すよう預かった物です」

 机に置いた、細長い箱。ハクは小さく目を見開き、そっと手に取る。

「いーくんから、わたしに……」

 顔を綻ばせ、小さな箱を大事に抱きしめる。そんな彼女を目に、パデラは何となく、イマワミはそんな彼女が好きだったのだろうと思えた。

 その時、柔く風が吹き、彼女の背にあるカーテンが揺れる。窓前に飾られた花瓶に、一輪のタンポポが活けられていのが見えた。

「昔、とある男の子がタンポポの花をくれました。とってもいい笑顔で、わたしの為にとったと言って」

 ハクは、取り出したカーネーションを同じ花瓶に活けた。

 小瓶に活けられたタンポポを撫で、穏やかな笑みを浮かべる。

「わたしは、とってもうれしかったです。だって、想い人からの贈り物をよろこばない女の子はいないでしょう?」

 隣に並んだ二輪の花。

 きっと、それは恋だ。花のように咲いた、可愛らしい初恋だったのだ。


――その後、部屋を出た二人はついでにサフィラにレポートの提出も済ませ、彼等は部屋に戻った。

 部屋に戻るや否や、マールは座り込み大きな息を吐く。

 つい一二時間前までは寝ていたのだが、なんだか戻ってきた途端に疲労が襲い掛かってきたのだ。この二日間、魔力の動きに緩急の落差が大きかったのだから、体に疲労が来るのも無理はないだろう。

『主よ、お疲れ様だ。しかし、今寝ると昼夜逆転するからお勧めしないぞ』

 ディータはベッドに顔を出し、横になった主に言う。

「そーだなぁ。ま、どうせ今日は授業休んで良いって言われたんだ、寝たきゃ寝てもいいぜ。夜は寝かしつけてやるからよ。どうせお前、俺が一緒なら寝れるだろ」

「なんだその妙な自信は……なら寝るぞ。適当に起こせ」

 ぶっきらぼうにそう言いつけ、目を瞑る。マールは、寝つきだけは良いのだ。その間の睡眠の質がとにかく悪いようだが。

 ピピルもよいしょとベッドに身を乗り出し、直ぐに眠ったマールの寝顔を眺める。

『なぁパデラー、一緒に寝てやらなくて大丈夫なのか? 怖い夢みちゃわね?』

「確かになぁ。一応隣にいてやるか」

 パデラはマールの隣に座り、自身の魔力で彼の眠りに安らぎを与える。

 そうしていると、パデラは先祖の言葉を思い出す。

(依存ねぇ……)

(ってことは、マールも俺なしじゃ寝れなくなる、それどころか、生きられなくなるかもしれないって事か……)

 なぜだろうか。悪い気はしない。しかしパデラは、自身の心の奥底から沸き上がったその感情が何かを知らない。

『なぁパデラー。やっぱお前も、「そういう風」にしたいって思うのか?』

「んー。どうだろうなぁ。俺、バカだから分かんねぇや」

 足を投げ出し、小さく笑う。

『やっぱアサナトの生き写しなんだなぁ』

 ピピルのその感想の意味もよく分からなかったが、分かる必要もないだろうと、そう思っていた。

 相棒をあやし、パデラは課外学習として過ごした二日間の事を思いだす。

 本当なら真っ直ぐ暗竜に会いに行くつもりだったが、思いもよらず先祖に出会い、この国の事を知った。それは、とても濃く充実した二日間であった。

 それに、アサナトには良い事を教えてもらった。マールとも、もっと仲良くなれるだろう。

「これからもよろしく頼むぜ、相棒」

 寝ているマールには聞こえないだろうが。もし聞こえているのなら、マールはきっと、顔を逸らして「勝手にしろ」と答えるだろう。

 今日は、ゆったりと流れていた。


 同じ日、少年達がのんびりしている頃、一方でその先祖である大人二人はまだゆっくり出来る状況ではなかった。

 暗竜の厚意で生活ができるようある程度の手引きはされていたから、これも楽な方だろが。エテルノとアサナトは、遊戯戦闘魔法使いを取り仕切る委員会に顔を出した後、不動産屋に赴いた。

「んー、やっぱ風呂トイレ別は必須だよなぁ。あと、台所はデカい方がいいな! エテルノは何か希望あるか?」

「お前の好きにしろ。僕がどういう環境が好きかも大体知ってるだろ」

「じゃあお任せな! そんじゃお姉ちゃん、一先ず、良い感じの見せてほしいぜ」

「か、かしこまりました」

 カウンター越しにいるお姉さんは、目の前の状況に緊張しながらも、ファイルから取り出したいくつかの間取り図を並べる。

「お二人でのルームシェアという事でしたので、こちらの物件がお勧めです。ベッド付きのお部屋が二つあり、ベーシックな二人暮らしのお部屋となっております」

 お姉さんの言う通り、ごく普通の二人暮らし物件だろう。風呂とトイレも別で、台所も広そうだ。冷蔵庫類やベッドは最初から備え付けで、家具を買う手間もない。

 しかし彼等の場合、ベッドが備え付けであるという利点が少し悪い方向に出ていた。

「んー、悪かねぇけどなぁ。ベッド一つ無駄になるからなぁ……あ、エテルノ。俺達が前住んでた場所の間取りどんなんだっけ? あれに近いのが良いぜ」

「あぁ、あれか。待ってろ、今出す」

 エテルノは意識を集中させ、間取りが書かれた一枚の紙を取り出す。

「店員さん、これに近い間取りの物件はありますか?」

「少々お待ちください。お探ししますね」

 受け取った神に手をかざし、魔力でスキャンする。そして間もなく、彼女の手元に間取り図が生成された。

「ご提示いただいた物件と同じ物が見つかりました。建物自体に建て直しが入っており若干の違いはありますが、基本は同じようになっております」

「お、空いてるの? ラッキー。んじゃあそこで!」

 前住んでいた所なら間違いないだろう。アサナトは即決し、エテルノもそれに否という事はしなかった。

「では購入手続きの為、お手数ですが今一度魔力認証をお願いいたします」

 カウンター横に設置された機会に手を置き、魔力認証を済ませる。

「確認いたしました」

「おう! 今度試合終わったらその収入で諸々一括払いすっからよ、ちょっと待っててくれよな」

「すみません。お願いしますね」

 二人は席から立ち上がり、去り際、エテルノがカウンターに一枚の細い紙を置く。

「久しぶりの試合ですが、退屈させないと約束します。それでは」

 手に取ると、それはチケットだった。

 彼女は驚きから息を呑み、そうしている間に二人の客は帰って行ってしまった。

 店から出ると、アサナトは笑いを漏らす。

「『伝説の再来戦』ねぇ。委員会も随分大それたタイトルつけるよなぁ。そういう所はあん時と変わってなさそうだな」

 先ほど渡したチケットには、そんな文字が意気揚々と書かれていた。自分達の名が伝説として知れ渡っているのは既に知った事だが、こうもアピールされると妙にむず痒い気持ちだ。

「あぁ、気恥ずかしいったらありゃしない。しかも、昨日の夜知らされたばかりだろうに、どうして話が開催決定まで進むんだ……」

 あの委員長の行動の速さには関心半分呆れ半分。顔を出したと同時に、「早速だが仕事を頼みたい!」としっかりデザインまでされたチケットを出してくるとは、流石に予想外だった。

 しかもだ、あの委員長、既にゲリラでチケット抽選を始めたそうではないか。普通、選手にアポをとってからやるものだろう。行動が早いとかそういうレベルではない。しかもしかも、「必要でしょ?!」と関係者席チケットを用意していた。一人十枚ずつ、計二十枚を。

 考えはしなかったのだろうか。関係者として席を渡せる相手はもういないという事を。もしかしてあの委員長はバカなのか。計算が出来ないタイプなのか。だとしたらとても心配だ。

「関係者席、パデラとマールに渡すだろ? その家族分も含めて……ま、十枚ありゃ足りるかな。送っとくぞ」

「頼んだ」

 一人勝手に心労してりるエテルノ。返事も適当に済ませ、早足に進む。

『主! 主ー!』

 そんなエテルノに、遠くから声がかかる。

「ん。その声……」

『私だ、アレックだ』

 次の瞬間、濃紺色の鱗を持つ大蛇が現れた。見間違える訳がない。彼は、エテルノの使い魔だ。

「アレック……! お前、どこから」

『森からに決まっているだろう! 契約は続いたままなのに主だけがいなくなるから、私は森に戻るしかなかったのだ』

 言われてみれば、確かにそうだ。使い魔を召喚した際に結ばれる契約は、召喚者が死ぬまで続く。必然として、相手がいない契約が永延と続く事になる。

「そうか。死んではいないから、契約は続いたまんまだったのか」

『あぁ、お陰で次の主に付く事も出来なかったのだ。だと言うのに、あのバカは召喚されに行きやがって……。何が「わーい!」だ! 何を持ってしてわーいとか言えるんだあのバカヤモリ!』

 クワっと目を見開き、尻尾がバンと鈍い音を立てて地面を叩く。

「まぁまぁ落ち着けってアレック。ピピルはそういう奴だからよ」

『はぁぁ……まぁとりあえず、説教はバカと顔を合わせてからだ。主、契約は続行状態だ、使い魔として、また主に同行させてもらおう』

 急に落ち着き、エテルノに鎌首を向ける。

「分かった。好きに付いて来い」

『感謝しよう』

 使い魔も加わり、二人と一匹で家に向かう。家にさえ着けば、また一息付けそうだ。


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