目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

十八 神との手合わせ

 木の上を飛ぶこと大体一時間、近道をしたお陰で日が暮れる前に辿り着く。無駄に体にたまっていた魔力もいい感じに発散できたし、一石二鳥だ。

「っと、到着ぅ。皆付いてきてたか?」

 最初に地に足を付けたアサナトは、振り返り全員がいる事を確認する。

「問題ない。これで全員だ」

 エテルノと同じタイミングで、マールとディータ、あとピピルも降りてきた。我先に飛び出したピピルだったが、途中から人型のディータに鬱陶しい程絡んでいたのだ。

『楽しかったなっ、ディータ! って、なんでお前もう戻ってんだよ!』

『落ち着かないからだ』

 着くや否やトカゲの姿に戻っているディータに、ピピルは『写真撮りたかったのにぃ』と不満げにぼやく。しかしそれなら自分が人型でいる意味もないかと、元の姿に戻った。

 暗竜の住む屋敷は直ぐ目の前にある。マールが扉に近づきノックをしようとした時、内側から扉が開かれる。

 魔力の気配に気づいたのだろう。大人の男より少し大きいくらいの大きさまで小さくなった暗竜が、来客を出迎える。

 マールは一歩後ろに下がり、頭を下げる。

「暗竜様、こんばんは」

『あぁ、こんばんはだ。こんな所までよく来てくれたな、待っていたぞ』

 暗竜は朗らかな笑みを浮かべる。では早速課外学習を、と行きたい所だが、やはり暗竜も気にしないという事は不可能だろう。

『それに、エテルノとアサナトも。久しぶりだな。その……何があったかだけ、中で教えてくれると助かる』

 説明にそう時間はかからないが、外で話すような事ではないだろう。四人と二匹は、暗竜に招かれ中に入った。

 通された部屋で暗竜は人型に化け、来客にお茶を出す。

 休憩は建前でもあるが、どちらにせよ歩いて来たばかりの子どもに直ぐ始めるのは良くないだろう。

『聞かせてほしい。エテルノ、アサナト。お前等は、どこにいたのだ……? 余はずっと、殺してしまったモノだと……』

 コップを両手に握り、暗竜は不安そうに尋ねてくる。

「僕等もよく分かりませんが。少なくとも、死んではいなかったです。生きていたのかも危ういですが。見ての通り、体はあれから一切老いていないので」

「やっぱあれも魔力空間なんかな? 適当にやってましたよ。まさか二千年も経ってるとは思ってなかったですけど」

 どこにいたと問われると答えに困る、当事者が言える事ですらこのくらいだった。

『すまない。余も何を暴発させたのか分からなくて、助けられなかった』

「言うて気にしてないですよ! 過ぎた事ですし、元より遠慮なしに迫ったエテルノが悪い!」

 言葉通り全く気にする素振りもなく笑い、エテルノの肩を叩く。

「否定はしないが、止めなかったお前に言われたかないな。暗竜様、あの時は突然不躾な事をお尋ねしました。申し訳ございません」

『あ、謝らなくていい。あれは、癇癪を起した余が大人げなかったんだ……』

 どこかしょんぼりとした表情を浮かべた暗竜。しかし、その後直ぐに安堵の笑みを浮かべ、彼等を見た。

『だが、お前等が無事に戻って来てくれて良かった。今後の生活については、余が手配しておこう。仕事は、元と同じで構わぬか?』

「はい。他の事で稼ぐ手立てもないですので」

『分かった。であれば委員会には余から問い合わせておく。直に仕事の依頼が来るだろう』

「ありがとうございます! こりゃまた忙しくなりそうだなぁエテルノ」

 椅子の背に凭れ掛かり、相棒に笑いかける。

 それはもう、忙しくなるだろう。何せ今の世の中では伝説の名を冠しているようなのだ。

「少しは骨のある奴が出てるといいがな」

 出された茶を飲み、エテルノはふっと笑う。

「んだったら、パデラとマールが選手になりゃいい話じゃん! お前等、進路ってもう考えてるか? なんなら俺の紹介って事で、コネになってやってもいいぜ?」

『余としても、二人には是非選手になって欲しいところだが。まぁ、まだ早い話だろう』

『だが、余は二人の秀でた素質を育てたいが為に課外学習を提案したのだ。お前等には、是非その強さを活かしてほしいモノだ』

 これは、暗に遊戯戦闘魔法使いになってほしいと言われているようなモノだろう。実際、暗竜の表情はそう告げていた。

 暗竜は少年二人を見遣り、一つ頷く。

『さて、魔力も回復したようだし、休憩はここらにしようか』

 姿を竜のモノに戻し、深い赤色の瞳を細める。

『お前等がエテルノ達の生き写しなのは、産まれてきた時に一目で分かった。その実力がどれ程か、この身を持って一度試させてもらおう』

 彼のその言葉に、マールは微かに目を開いた。

「暗竜様、それはつまり」

『手合わせだ。実力を知るには、それが一番手っ取り早いであろ』

 暗竜は愉快そうに口角を上げ、二人を庭に来るよう言いつける。

 二人は、直ぐにその後を追わなかった。喜びより衝撃が勝っていたのだ。

 課外学習で暗竜に会いに行くとなった時から、きっと暗竜が直に指導してくれるのだろうと予想はしていた。しかし、手合わせをするとなれば話は別だ。

 エテルノの生き写しだからと言うのは今一喜びきれない微妙な気持ちだが。しかし、そんな事よりもだ。暗竜から手合わせの誘いがあったのが重要だだろう。

「それ程までに見込みがあるという事か。流石僕の子孫だ」

「だなぁ。おっしパデラ、一発かましてこい! 俺等も観戦してっからよ!」

 ばしんと肩を叩かれ、パデラは力強く「おう!」と笑う。

「庭つってたよな! 準備はいいか、マール!」

 なんともまぁやる気満々な事だろうか。それは、顔に出ていないだけでマールも同じだ。

「問題ない。行くぞ」

 魔力は十二分に回復している。と言うより、小一時間木の上を飛び渡っただけでは消費が足りなかったくらいだ。

 そんな主に釣られ、その使い魔である二匹の魔力も滾ってきた。召喚時に魔力を分かち合っているからなのだろう、戦いたくてうずうずするような感覚が体にあったが、今回が我慢だ。

 ディータは、自制の聞かないトカゲではない。

『ピピル、今回は手を出すなよ。暗竜様がご覧したいのは、主の実力だ』

『わーってるよ! そこまでオレ空気読めないヤモリじゃないぜ!』

 ピピルはこの状況でも手を出すと思われている事に不満を示し、尻尾を立てて抗議する。が、衝動に駆られノリで突っ込んでいきそうな気がして止まないのは、彼の主のせいだろう。

 とにかく、主に同行しなければならないだろう。二人とも先に行ってしまったが、今から追えば手合わせが始まる前に合流できるはずだ。

 器用に尻尾で戸を開け、外に出ていく二匹。

「やっぱりアイツ等、遊戯戦闘魔法使い向きだよなぁ。いくら使い魔は主に似るつっても、あれほどはあんま見ねぇぜ?」

 使い魔は召喚の際に主の魔力との共鳴を行い、多少なりともそれの影響を受ける。戦い前の闘志が使い魔から顕著に感じ取れるという事は、それ程主の魔力が戦闘向きという事だ。

「だな」

 エテルノはいとこと淡白な言葉を返し、立ち上がる。

「子孫の初試合だ。しっかり見ておくぞ」

「おう! そうだな」

 大事な所を見逃すといけない。一緒に庭に行けば、今に勝負が始まろうとしている所だった。

『選手と戦う事は多々あるが、在校生と手合わせするのは初めてだ』

『マール、パデラ。余を楽しませてくれよ』

 暗竜が笑った時、彼等が醸し出されたの魔力が場の力を引き立たせる。

 肌から感じる「強さ」に、一気に心の内が高揚する。実際に戦わなくたって伝わる、彼には勝てない。絶対的な強者であり、この国の神なのだと分からされるようなその魔力。なんとも、滾る事だろうか。

「パデラ、合わせろよ」

「おう! 出来るだけやるぜ!」

 氷と化し活性化した魔力がマールの手を伝い、開幕の一発をかました。暗竜は素早くそれを交わしたが、魔法のほんの少しが彼の尻尾の先に触れ、爆発を起こす。巻きあがった煙に視界を塞がれる。それと同時に、上空から飛び掛かって来る雷を帯びた魔力の気配を感じ取った。

 翼を広げ、すぐさま飛び立つ。

 魔力を散乱させる事で、パデラが嗾けたもう一つの魔法に気付かせないようにしたかったのだろう。しかし、そのお騙しが効く暗竜ではない。

 暗竜が空に飛んだと気付いて直ぐ、マールは一瞬パデラに目配せし、上空へ駆けあがる。

 方法は簡単だ。足を突く所に魔力で足場を作り、それを繰り替えすだけだ。最後に踏み出した一歩に魔力を込めた足で大きく跳ね、手の平に集めた魔力により生成された氷の剣を上から暗竜目掛けて投げる。

 暗竜が避けた軌道の先、構えていたパデラの魔法により稲妻が落とされ、暗竜の鱗に一発の雷が突き刺さった。

 しかし、竜の鱗を前にその痛みは些細なモノだった。残ったパデラの魔力を自身の中に吸収し、暗竜の咆哮と共に地に魔法陣が展開される。

 来る。そう感知して直ぐ、二人は宙に避ける。

 マールが作った一人分の足場。しかし、咄嗟に行動だったからかなんだかは知らないが、同じ所にパデラも飛んできた。

「おい、パデラ。同じ所に来るな。お前も出来るだろ、このくらい」

 地に湧き立った炎の熱を感じながら、マールは軽く密着距離にいるパデラを肘で突く。

「ちょ、落ちるだろ!」

「落ちた所で死にはしない。所詮は魔力で出来た類似品だ」

 小さく笑った時、魔法の効力が切れ地を纏っていた炎が消え去る。

 マールは安全になった地に飛び降り、自身の背後に魔法陣を作り出す。

 暗竜がここら一帯を覆いつくす程の魔法を使った事により、その場には魔力が満ち溢れていた。そのお陰で、自分の魔力を消費しないで継続魔法が使える。

 魔法陣から次々と飛び出てくるのは、先の尖ったツララ。これは氷魔法の氷柱の応用だ。

 暗竜は最初に飛んできた一つを交わすと、残りは吐いた炎で焼き払ってしまう。そうすると、融けた氷は水と化し、雨のように降り注ぐ。

 マールはその中を駆け抜け、暗竜に向かう。

 その時暗竜は、完全にマールの方に意識を向けているように思えた。マールは次々と魔法を発動し、その際に散乱した魔力ですら利用して氷の礫を嗾けている。

 仕掛けるなら今だと、パデラは魔力を込めた手を薙ぎ払う。その時発せられた魔力が降った雨水を一つに集めて引き寄せると、ありったけの電気を籠め、大きく膨れ上がらせたそれを蹴り飛ばす。

『筋は良いが、甘いぞ』

 カウンターだ。食らわせる事が出来る直前、暗竜の尻尾が弾を撥ね返し、ほんの少し気を緩めたパデラの方に直撃する。

 走った痛みに足元がぐらつき、足場から踏み外してしまう。

 受け身は取れたが、落下した衝撃はそこそこ大きい。

『不意を狙うなら、当然気配を消した方が良いぞ。マール、お前もだ』

 背後から攻めようとしていたマールを魔力で制御し、暗竜は再び上空に飛び上がる。

『相棒との共闘は初めてだと思うが、とてもよく出来ている。二対一の場合、相棒が作った隙を狙う。口で言うのは簡単だが、実際にやろうとすると中々に難しい。お互いの魔力を知らないと、上手い事合わせられないモノだ』

『だが、不意打ちは不意を突けるから成り立つのだ。お前等の魔力は強い分存在が濃い。加えて、戦闘中は魔力が活性化している。気配が気付かれやすくなると思った方が良い』

 言葉の後、暗竜の姿が消えた。正確に言えば見えなくなったのだろう。

 どこにいるのか、魔力を感じれば把握できるだろう。しかし、先程までひしひしと伝わって来た彼の力が、どこからも感じられない。

「っと、出たコレ。マジで初見殺しなんだよなぁ」

 その時、観戦していたアサナトが小さな声で呟いた。

 見えなくなった姿に消された気配、初見殺しの魔法。そこまで行けば、暗竜が何をしたいかを察する。

「構えろ。いつ来るか分からないぞ」

「わーってるって。ははっ、スリル満点だなこりゃ。マジでどこにいるか分かんねぇ」

 感覚を研ぎ澄ましてみても、魔力は一切感じられない。しかし、嗾けようとすれば自ずと姿を現すだろう。いかに早く、それに気づけるかだ。

 口で言うのは簡単だが、人の動きより魔力の動きが早い。マールが魔力の気配を感知出来たと同時、背から腹に痛みが突き抜け、崩れ落ちる。

「マールっ、大丈夫か! えっ、今どっから来た!?」

 パデラが気付いた頃、気配は再び消えている。

「こりゃ、厳しいな。どこから何が来るかわからんじゃ、防ぎようもねぇぞ……」

 辺りを見渡して見れど姿も見えない。しかし、攻撃してきたと言う事はこの場のどこかにはいるはずだ。

 その時、痛みが引いて持ち直したマールが立ち上がる。パデラの肩を寄せ、小さな声で言う。

「パデラ。一番大きいの、出せるか」

「おっきいのか? 魔力は余ってるから、出来るには出来るぜ」

「なら出せ。一発食らわせれば透過魔法が切れる。余った魔力で一気に行くぞ」

「っと、なるほどな。了解だぜ」

 この会話も、恐らく暗竜の耳には届いているだろう。しかし、聞こえていた所で大した問題ではない。

 一発かます為の魔力の残量は十分だ。

 活性化させた魔力をそれぞれ得意属性に変換する。彼等の全力を以てして繰り出された魔法陣は、場の四方を囲むように複数展開され、氷と雷による強大な魔法を引き起こした。

「なるほど、六花氷柱か」

「天上向雷だぞ今の! 一年生が使える魔法じゃねぇだろ!」

 氷の力を帯びた陣からは六本の巨大ツララと共に霰が飛び舞う。氷の難関魔法の一つ、立花氷柱だ。そして、息を合わせ発動された天上向雷により稲妻が鋭い音を立てながら宙を走る。それはまるで、刹那の嵐だ。

 これらの役目は果たされた。陣は互いに一発ずつ嗾けると自然と消滅し、そして攻撃を食らった暗竜の姿は明確に露わになる。

 目に見えた瞬間、二人は一気に駆け、残った魔力を手に握り、生成された武器で暗竜に立ち向かう。

 しかし、それらの刃は暗竜により創り出された小さな結界により防がれ、二人は反発により地に身を投げ出される。

『流石、余の見込んだ子だ』

『だが、魔力切れ直前まで力を使うのは、些か無謀だぞ』

 暗竜が首を向けた先、尻餅をついたまま立てなくなった少年達だ。

 もう一度立ち上がろうと試みるが、どんなにその気になれど魔力は愚か地力すら込める事が出来ない。パデラですらそんな状態だ、マールに至っては指先を動かす事すらままならなかった。

「なぁるほど、これが魔力切れかぁ。魔力が制御されてるとは全然違う感覚なんだな」

『言ってる場合か……いくらなんでも熱くなり過ぎだぞ、主達よ』

 ディータは軽く叱るような口調で二人に言い、マールの手先に触れほんの少し魔力を分け与える。契約で結ばれた使い魔は主に魔力を提供出来る、それを使って動ける程度にまで回復してやった。

 それを見ていたピピルも、パデラの胸に軽く頭をぶつけ魔力を与える。

「ありがとなぁ、ピピル」

『おう! お安いご用だぜ!』

 頭を撫でられご満悦なピピル。褒められた犬のようにブンブンと尻尾を振り、元気いっぱいに笑った。

「すまないディータ。助かった」

『気にするな。これも使い魔の役目でもあるからな。だから主。我は、撫でなくていい』

 気恥ずかしそうに言うディータに、マールも釣られて顔を逸らす。

 たまにはバカの愛想も見習うべきかと思ったのが間違いだった。

「やるよなー、楽しくて体動かす取り分まで残さずやっちゃうの! 昔エテルノもそれで」

「黙れ」

 殴らなかっただけエテルノの良心だろう。

 しかし、これはよくある事だ。どんな優秀な遊戯戦闘魔法使いも、最初は加減が分からず魔力切れを起こすものだ。特に選手は、多くの場合戦いを楽しいと思える部類の人間なのだから、猶更羽目を外す。加減も分からず遊んで倒れるように寝るちびっ子と同じだ。

『戦い慣れていないうちはどこまで使っていいのか分からないモノだ。自分の限度は、体で覚えるのが良いぞ。お前等に必要なのは、場数だ』

 後に彼等も魔力と魔法を数値として学ぶだろうが、まだ人の子にとっては当分先の話だ。

 とやかく言うより、まずは魔力の回復だろう。

『向こうに湯が用意してある、魔力回復の効能があるからな、入るといい』

 言葉に釣られ、暗竜に顔を向ける。

 夕月夜とでも言っただろうか。暗竜の背にある青黒さが入り混じった空に、月が浮かんでいた。


 まさか、二日連続で露天風呂に入るとは考えていなかった。そもそも、暗竜の屋敷にそれがあるのも知らなかったし。

 この湯には、真ん中の方に暗竜が竜の状態で座って浸かれる深さの部分があるようだ。人間も入る事も想定し、人間サイズでも丁度いい深さの部分も縁側に用意されている。暗竜は、人型となってマール達と一緒の場所に座っていた。

 暗竜は、その長い黒髪を上のまとめて結い、ゆっくりと湯に浸かっていた。

 驚く事に、浸かっているうちに本当に魔力が回復したのだ。

「そうだ。暗竜様、暗竜様に渡すよう預かったモンがあるんだ! な、マール」

 そんな暗竜に、パデラは忘れないうちにと手紙の事を言っておく。

「はい。後で渡してもいいでしょうか?」

『あぁ、構わぬぞ。サフィラとかからか?』

 普通はそう考えるだろう。勿論サフィラからではない。しかし、差出人を答えれば、暗竜の隠し事を知ったという事にも成り得る。だが、嘘をついても何にもならない。どうせそれは、手紙を読めば分かる事だ。

「アマテラス様から、『皆の気持ちだ』との事です」

 その答えに、穏やかに笑っていた暗竜の動きが固まり、理解した彼は様々な感情から目を見開く。

『アマ、テラス……? ま、待て。アマテラスに会ったのか? そういう事はつまり、知った、のか……?』

 声は震えて、所々で言葉を詰まらせていた。凡そ、思ってた通りの反応だろうか。

「はい。恐らく、暗竜様の示している物もお聞きしたでしょう」

 エテルノが答えると、暗竜の顔が青くなったように見えた。

『じゃ、じゃあ。お前等も、余が、嫌いになったか……?』

 彼は、恐れていた。それは、昔にエテルノが見た、あの時の暗竜と同じだ。暴発とまではいかないが、魔力が異様な形を見せだしている。

「嫌いになる要素はなかったですかね」

 マールの答えに、暗竜の魔力が少し静まった。

 彼が恐れているのは、民から向けられる感情だ。なんとなくそう気付いていたが、今確証に至った。

「暗竜様。僕は、貴方を尊敬しています。貴方は、この国の誰よりも強い。僕も戦いを生業としている選手です、その強さに憧れるのは必然でしょう」

 だから、エテルノは感情を答えた。

「俺も暗竜様は憧れだぜ! 強いのもそうだけど、暗竜様、カッケェですし!」

「あ、それ分かる! 暗竜様は強くてカッケェもん!」

『竜ってのがいいよな! 同じ爬虫類でも、翼があるとないのじゃフォルムのカッコよさが全然違うぜ!』

 どうやらこのバカ共はそれしか言えないようだが。エテルノもそう思っているのは確かだ。

『我は、暗竜様を素晴らしい神であると思います。強き者でありながら傲慢ではなく、地位と共に上に立てど下を見下さない。過去にどのような事があろうが、今の貴方がそうである事には変わりないと、我は思います』

 続けてディータが自身の意見を述べ、

「昔に何をしてたか、僕は気にしないです。だから、暗竜様に思う事は変わりません」

 マールは同じような事を簡潔に告げる。


 これが、彼等の答えだ。


 その時暗竜は、昔、かの師匠に教えられた事思い出した。


「神なんぞ盲信させたもの勝ちじゃ。残念ながら、我はそういった類の神ではなかったがの。信じ慕われる神、と言うのは、一種の洗脳によって成り立つのじゃよ」

『洗脳? アマテラス。余の知った事が正しければ、それは良くない行いではなかったか?』

 暗竜は、そんな疑念を抱き、彼女に尋ねた。

「そうじゃの。多くの場合、良くない意味合いとして使われる。根本を無理に叩き直すから、洗脳とされるのじゃよ」

 茶を飲み、話を区切るアマテラス。ふうと一息付くと、改めて弟子に目を移す。

「暗竜、主が唯一の『神』として好感を持てる存在であり、尚且つそこが外を知りようもない箱庭であれば、民の信仰は自ずとお主のみ集まるじゃろう。であれば、傍からそうなるように仕向ける事は洗脳であろうか? 閉鎖された空間で、神である己に盲信するよう振る舞う事は、信仰を得る為の『洗脳』手段か?」

 アマテラスの問いに、暗竜は少しの時間考え込んだ。

『それは、なんか違う気がするぞ。「叩き直す」から洗脳なのだろう? だけど、そうだと言われたら否定は出来ないような……』

 しかし暗竜は、考えてもどうもスッキリと言い切れず言端を濁らせた。

 そんな彼に、アマテラスは一つ頷く。

「うむ。正味、我も分からん」

「この問題において、我はこうだと強くは言えぬ。じゃが、先程問題提起したやり方が、主が主の夢を叶える為の一番の手段なのは確かじゃ」


 確かに、アマテラスはそう教えてくれたのだ。


 その時には、既に彼の魔力は鎮まり、穏やかな動きを見せていた。

『あぁ、そうか……余は、成せたのだな』

 じんわりと湧き上がる喜び。今更実感した夢の達成に、暗竜は微かにはにかんだ。

 暗竜は、未だあの時の問いの答えは分からない。これが正しい手段かどうかなんて判断できず、洗脳と言われれば否定は出来ない。

 しかし、彼等は信じてくれている。己を神として慕い、愛してくれる。それだけが事実だ。

『ありがとう、我が民よ。余を神としてくれて、余は、とても嬉しいぞ』

 喜びから目を細めた暗竜。そんな彼が、マール達には何とはなしに無邪気な少年のようにも見えていたのだった。


 お風呂上り、暗竜に黒い木箱が手渡される。開いた箱には、沢山の手紙が入れられていた。暗竜はその内の一枚を、筆で天照大御神と書かれたそてを手に取り、三つ折りのそれを広げた。

 そこに何が書いてあったか、マール達に知る由はない。暗竜が微かに泣いていた事に気付かないフリをして、出された牛乳を飲んでいた。

 その時、マールの頭になんとなくイマワミの言葉が過った。邪神扱いがイヤで逃げ出してきたのに、悪い神様みたいな事しないと夢は叶わなかった、そんな彼のセリフを。

 事の詳細は知らないし、尋ねるべきでもないだろう。マールはそれが分からぬ程我儘な子どもではないのだ。

 マールは視線をエテルノに向け、合わさると同時にお互い頷く。四人と二匹は、空気を読んで部屋から退散した。先に尋ねておいた使っていい部屋に行こう。そうしたら、レポートでも書こうか。

 些か、何を書いていいのか困ってしまうが。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?