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十七 黄泉と残滓

 朝ごはんを食べた後、早速イマワミにつれられ黄泉を歩く。

 そこは、先ほどいた場所とは打って変わって、細長い建造物がひしめき合う場所だった。

「たっけぇ……! こんな建物初めてみたぞ」

「ふふん。ここはね、東京って言うんだよ。記憶の中ではかなり後半にね、ここに都が移ったんだ! もともと西の方にあったんだけど、色々あってねぇ。大変だったんだから」

 るんるんと歩きながら話す彼は、まるで自分の過去を語るようだった。

「元々、黄泉には人間の魂もいたからねぇ。現代の人間も過ごしやすいように増設したんだって、母様が言ってた!」

「あのおっきい塔見える? スカイツリーって言うんだけどね。あれ、暗竜が記憶の継承の時に派手にぶっ倒した塔だよ! しっぽでね、どかーんって! その一撃で、何人死んだっけなぁ……覚えてないや」

「という事は、その時は本相の暗竜様だったのか?」

「うん! すっごいおっきかった! いーくん、少しビックリしちゃったなぁ。あんなおっきいのが本当の暗竜なんだーって」

 立ち止まったイマワミは目を細め、記憶にある光景を今目に映るそこと照らし合わせる。

「皮肉だよね。暗竜は、邪神扱いがイヤで逃げ出してきたのに。悪い神様みたいな事しないと夢は叶わなかったんだ」

 その時、小さな少年の横顔が、どこか憂いを帯びているように見えた。

「悪い、神様か……」

 マールは、彼が口にしたその単語を反復する。

「だって、普通に考えてよ。何も知らずに生きていた人間を、みんな殺したんだ。神からすれば、いつか来ると分かっていた終わりの日が今来たってだけだったけど、民には知ったこっちゃないでしょ?」

「人間からしたら、とんだ悪い神様だ」

 確かに、彼の言う通りだ。

 たとえアマテラスが決まっていた運命だと受け入れていても、そこに生きていた人間もそうではないだろう。

 しかし、マールはどうにも、彼が悪には思えなかった。それは、マール一人だけの事ではない。

「だけど。君達は、こんな事を知っても暗竜を悪い子だとは思わないでしょ?」

「それが答えだよ。暗竜は、良い神様だ」

 イマワミは笑った。幼い子どもとしてではなく、幼い子どもの姿をした神として。

『そういうもの、なのか?』

「そうだよ! だってね、神様は善の象徴じゃないんだ。それが善か悪かなんてね、神を知る人間が何て言い伝えるかなんだよ」

 何せ神は暗竜一匹しかいなかったから、マール達にその考えはなかった。

 しかし、人間でも同じ事、善悪は結局誰かの主観で成り立つモノなのだ。エテルノはその思考で着地し、すっかり納得いった。

「成程。分かりやすい話だ」

「うん、分かりやすいでしょ? もうこのお話やめね! いーくん、楽しいお話がしたいなぁ」

「お前からした話だろ」

「だって知っといてほしかったんだもーん!」

 返って来てから、マールは自分の弟相手と同じ感覚で言ってしまった事に気が付く。不味いかと思ったが、イマワミは全く気にしている様子がない。

「そうだ、マール! これ、ハクに渡して!」

 受け取ったのはそう大きくはない細長い透明な箱だ。箱の中には、赤い布が敷かれ、その上に飾るように何やら白い花が乗っている。

 箱を覗いたアサナトは、その花の名前をたまたま思い出せた。母の日に買った覚えがある、カーネーションだ。色こそ違うが、花の形はあの時のと同じだ。

「これは、カーネーションか? 随分とシャレたモン送るんだなぁ。ハクって、学園長だろ?」

「そうそう、ハクだよ! ぜーったい渡してね! いーくんからの贈り物だよって!」

  絶対という言葉をやけに強調していた。きっとそれ程のプレゼントなのだろう。

 女の子に花を渡す、なんともロマンティックな事だろうか。学園長は何となくお花が好きそうなイメージがあるし、きっと喜ぶだろう。

「分かった、渡しておく」

 受け取らない理由もない。マールは箱を受け取り、いつでも取り出せるように自身の魔力空間にしまっておく。

「何気に、暗竜様だけじゃなくて学園長も日本の時代からいたんだなぁ。……んじゃあ、俺達の知りたい事直ぐ近くに答え合ったって訳か!」

 パデラがハッとする。マールもその言葉を聞いてそうだと気付いた。

 ハクが同じく暗竜と共にアマテラスの弟子としていたのなら、自分達の知りたかった答えは彼女が持っていたのだ。元よりそんな事知らなかった訳だが、それ以前に彼女は伝説の魔法使い、「最初の民」だ。何か情報を持っている可能性は、その時点であっただろう。

 この事に気づいていなかったのは、エテルノも一緒だったようだ。「確かにな」と声を漏らし、眉を顰める。

 それぞれの反応を見せた彼等がなんだか面白くて、イマワミは小さく笑みを浮かべた。

「ま、なんにせよ頼んだよ! 絶対だよ!」

 幼さを感じる彼の念押しに、マールはもう一度頷く。

『なんでもいいからよー、その魂のゆかりの地? っての! オレ気になるぜ!』

 ここまで珍しくも大人しくしていたピピルだったが、ここで痺れが切れたようだ。尻尾を上げてイマワミに訴えかける。

「あー、その事なんだけど。いーくん、すっかり忘れてたんだぁ」

 イマワミは、頬を掻きながらしれーっと目を逸らす。

「ん? 何がだ?」

「前世の事、いーくん達が故意的に思い出させるの、禁止されてるんだ」

 てへっと誤魔化そうとする彼に、マールは呆れを含んだジト目を向ける。

「忘れんなよ、んな大事そうな事……」

「むぅー、だから話逸らしたのにぃ……なんで言っちゃうのっ、ピピル!」

『えぇー! これオレが悪いの!? だってんな魅かれる言葉、気にならない訳がないぜ!』

 なぜか自分が怒られて、ピピルは上げた尻尾を更に立たせ、頬を膨らませる。

「やったらいーくん怒られちゃう!」

 必死さから、とにかくダメだという事は伝わった。しかし、マール達からしてもそこまで前世に興味がある訳ではない。

 マールは、それなら良いと言おうとした。しかしその前に、三本足のカラスが目にも止まらぬ速さで飛んできて、イマワミの頭に止まった。

「失礼。イマワミ殿、アマテラス様より伝言だ」

 カラスは口を開かずにそう告げ、翼を広げる。

「『イマワミ! 我じゃ、姉様じゃ。すっかり忘れておったが、前世を思い出させてはいけぬのじゃった。流石にゆかりの地に連れて行っただけで思いだしはせぬだろうが、止めておいた方が良いじゃろう』……伝達は以上だ。返事を頂戴したい」

「大丈夫、丁度いーくんもそれ思いだしたの!」

「承った。では、失礼した」

 事務的に言葉を交わすと、カラスはこれまた高速で元来た道を飛んでいく。

「八咫烏、なんでいつもいーくんの頭の上にとまるんだろ……」

 ぽつりと呟いた。

「駄目ならそれはいい。他にどこかあるのか?」

 切り替えてエテルノが問えば、イマワミは表情を明るくさせてそれに答える。

「とりあえず、日本がどんな所だったか見ていく? いーくん、歴史の解説もバッチリできるんだよ! 何せ国の記憶の神様だからね!」

 前世の事を思い出させてはいけない、イマワミはそう言ってゆかりの地とやらを訪れるのを止めたが、こうして「日本」にあった物と同じ風景を見ると、奥底で懐かしさが沸き上がる。鮮明になる事のない余りにもぼやけたこの感覚は、明確にならない方が良いのだろう。

(なんであれ、今の僕には関係ないしな)

 マールはそんな事も思いながら、イマワミの思い出話を聞いていた。

 桜の名所とされていたと語られたその場所は、佇んだ城の辺り一帯を桜が覆う、中々に見ごたえのある絶景だ。

「いいなぁこれ! なぁマール、来年桜咲いたら皆で一緒に花見行こうぜ! 俺が弁当つくってやるからよ!」

 まだ先の事だろうに、パデラは明日の事のようにワクワクとしている。

「好きにしろ」

 小さく笑い飛ばしたマールに、弱く風が吹きつけた。目に染みる春風から避けた視線に、ゆらりと一つの影が揺れる。

 羽織を着た短い黒髪の男が、こちらを見て微笑んで――

「……?」

 そんな男の姿は一瞬にして消え去り、風で散った桜の花びらが一枚落ちる。

「マール、どしたん?」

「何でもない」

 今の不可思議な現象は、説明するのも面倒だ。愛想のない一言で返し、マールは眼下に広がる桜を眺めた。


 その日の夕、アマテラスの家に戻った彼等は、帰りの準備をしていた。

 寝る時に貸してもらった部屋でマールとパデラは制服に着替え、それぞれで荷物をまとめていると、襖の開けられる音がする。

「主等、暗竜に渡してほしいのがあっての。ちと重いかもしれぬが、頼めるか?」

 察するに、暗竜への贈り物だろう。これもまた、特に断る理由もない。少し重いかもという言葉が引っかかるが。

「いいですよ」

 マールが答えると、アマテラスは「では頼むぞ」と、両手から溢れるくらいの大きさの黒い木箱を床に置いた。エテルノは思っていたよりも大きいそれを、軽く持ち上げてみると、そこそこの重さを感じる。

「中身は、手紙とかですか?」

「うむ。そうじゃないのも入ってたりするが、主に手紙じゃの。暗竜に渡してくれ、皆からの気持ちじゃとな」

 少し重いが、魔力空間に入れれば関係ない。

「分かりました」

 マールは受け取ったそれを丁寧に仕舞う。それで丁度、帰りの荷仕度が終わった。

 準備を終えた事を確認すると、エテルノは立ち上がって皆に問いかける。

「お前等、忘れ物は大丈夫か? 多分、取りにこれないぞ」

「大丈夫だ」

「うん、俺も三回確認したから大丈夫だぜ!」

 床に落ちている物も見当たらない。問題ないだろう。

「アマテラス様、ありがとうございました。僕等はここらで失礼させていただきます」

 エテルノが先んじて挨拶をした。

「うむ。玄関まで送ろう、そこで暗竜の国と繋げて戻してやるからの」

 こくりと頷き、少年達を見遣る。

 身を翻し、玄関まで先導して歩く。部屋からそこまではそう長くはない道のりで辿り着く。

 少々名残惜しいが、彼等はここにいるべき存在ではない。ここでお別れだ。アマテラスは瞑った目を開き、彼等に微笑みかける。

「この場において気軽にまた遊びに来いとは言えぬが。また機会があれば会おう、暗竜の民よ」

 最後にさようならを告げ、玄関の飛扉を潜る。

 一歩踏み出せば、溢れた光で視界が真っ白に塗り潰され、再び目を開くと、そこは国の記憶が鎮座する社の中だった。

 最初にここに来た時、魔力は無いのも当然かのようにピクリとも動かせなかった。今考えると、その訳が少し分かった気がした。

「国の記憶……成程な」

『何か分かったのか?』

 ふと呟いて、口角を上げたエテルノ。そんな彼を見上げると、彼は心底愉快そうに解明した考察を述べる。

「僕達の魂は元より魔力が持たないのが当然だった、元いた場所である日本の記憶が、僕達の魂を元の形式へ疑似的に戻していたのかもな」

 エテルノはふぅと息を吐き、力を抜く。

「これで、知りたい事は殆ど知れた。初めてだな、こうも好奇心が満たされた感覚がしたのは」

「あぁ」

 どことなく、マールの声も浮ついているように聞こえる。

 アサナトはそんな彼等に「良かったなぁ」と笑う。なんでも魔力で熟せる相棒がこうも達成感に浸っている様子は中々見れない。

 しかし、あの時好奇心に突き動かされていたのは彼も同じ。知れた事に満足しているのは、アサナトも一緒だ。

 さて、好奇心も満たされた所で本題へと戻ろうか。そもそもマールとパデラは、課外学習として暗竜に会う為に森に出たのだから。

「あれ。だけどよ、あれは結局なんなのか分かってなくね? ほら、結界。結局あれは、外を守るもんなのか、内を守るもんなのか?」

 歩きながら、パデラは不意に湧いた疑問を口にした。

「あの結界は魔力で出来ている。暗竜様が張ったものだ」

 マールが言うに続いて、エテルノは一つ頷いて補足する。

「そうだな。その意図を知りたいのなら暗竜様に尋ねるしかないだろう」

「それもそっかぁ。んだけど、やっぱ暗竜様には訊かない方が良いのかな?」

「まぁ、そうだろうな」

 自分達は答えを知る事は出来たが、暗竜が知られたくないと思っている事に変わりはないだろう。

「これは僕の考察だが。海の向こうにある別の国は今も尚ある訳だ、そこには魔力や類似の力がなく、魔力が漏れ出た時に悪い影響が出来るかも分からない。だからだと思うぞ」

「まーあとは純粋に、入って来ないようにする為だろ? 元々結界ってそういうモンだしなぁ」

 何も難しい話ではない、結界の役目はそれなのだ。真意は暗竜しか知らない事だが。

 しかし、子孫達が同じ轍を踏みにいかないように探索していたのだ、暗竜に尋ねる事なくここまで知る事が出来たのにそんな予想が簡単な問いで地雷を踏むのもなんだ。そうであるという事にしておこう。

「んー、時間も時間だし。近道、するか?」

 アサナトは一旦立ち止まり、生い茂る木々を横目に笑う。

 獣道ですらないそこは、地面は根っこで凸凹してるわ石は大小問わず転がっているわでかなり歩きづらいだろう。しかし、極論、道が歩きづらいのなら木の上を飛び渡って行けばいい。

 簡単な事、魔法には脚力を増進させるモノだってある。勿論、増加量は魔力量に比例する。

 時間も時間というのもそうだが、どちらかと言えばそれは建前に近しかった。では何が本音かと言えば、一時の間一切体から出る事が出来ず、溜まりに溜まった魔力の発散だ。

 うずうずしてたのは皆一緒だ。エテルノが何を言わんとしているかを察したディータは、慌てて止めに入る。

『しかし待ってくれ。爬虫類の体では出来ぬぞ』

『そうだぜ! オレ、人型の使い方覚えてねぇんだ!』

「お前、しょっちゅう使ってたのになんで忘れてんだよ……ディータ、お前は出来るか?」

『出来ぬとは言わないが……』

 言葉を濁して察してくれと願ったが、エテルノが察せる訳が無いとも気付いていた。

『お、マジ! やって! 見たら思いだせる気がする!』

 そして同時に、このバカが分かる訳もない。ずいっと迫られ、ほんの少しはあった断るという選択肢が消えた。

『あ、あぁ。分かった』

 人型の魔法は簡単だ。魔力を使って物体を創造する魔法の応用みたいなもので、体内の魔力の形を変えればいいだけ。頭の中でしっかりと人間のイメージ出来れば子どもでも出来る。

 姿が変わったディータは、灰色の髪を持つ長身の男だった。正確に言えば、元の爬虫類としての鱗と同じく、黒橡色だろうが。

 この中で一番身長の高いアサナトよりも視線が上がり、氷の張った冷たい水面のような瞳がピピルを見据える。

『こうだ。分かったか?』

『んー、なんとなく分かった気がする! やってみるな!』

 ピピルは上半身を起こし『むむむー』っと声を漏らす。何となくの感覚は思いだせたようで、見事、そこには人型のピピルが出来上がる。

 こちらも髪は鱗の薄黄色が反映されているようだ。瞳はパデラと同じ橙色で、その無邪気さを姿に写し取ったような姿をしていた。

『わーっ! 出来た出来たー! すっげぇ久しぶりの人型だ!』

 五本指の肌色の手を広げ、キャッキャッ駆けながらはしゃぐ。

『おっしゃ、じゃあ早速行こうぜ! 木の上ぴょんぴょんするんだろ! オレそういうの得意だぜっ!』

「おうっ、行こうか! お前等っ、着地点見謝って落ちるなよっ!」

 高く飛び上がり木の上を跳ねていくピピルの後を追い、アサナトが地を蹴る。そうすると、パデラも興奮気味に「俺も行くー!」と笑い、その次に続いた。

「じゃあ、僕達も行くか。マール、ディータ、行けるか?」

「問題ない」

『久しぶりの体で上手い事使えるか少し不安だが……まぁ、大丈夫だろう』

 エテルノは二人の返答を聞くと先に進み、直ぐに二人も付いて行く。

「ディータ。気になっていたんだが」

『どうした、主よ』

「名前、なんで『ディータ』にしたんだ?」

 ディータと平行に進みながら、ほんの少し怪訝そうな顔を浮かべる主。理解できないと言いたげなその表情に、ディータは冷笑にも近しい薄ら笑いを浮かべ、そっと顔を逸らす。

『全く違う新しい名は、咄嗟に思いつけなかったのだ』

「そうか」

 マールにそれ以上の事は言わず、話は締めくくられた。


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