さて、夜も更けたがまだまだ寝るには早く感じる午後十時過ぎ。エテルノとアサナトとしては起きてても問題ないのだが、アマテラスからもう寝た方が良いと念を押すように言われ、流れでもう布団に入る事になった。
もう遅いから寝ろ、だなんて。まさかこの年になって言われようとは。行き方を教えて貰った部屋に向かいながら、アサナトはあははと微苦笑を浮かべる。
「ま、神様からすりゃ俺達も子どもみたいなもんなんだろうなぁ」
「だろうな」
察するに、あの神達はとんでもない年齢を生きている。そりゃ二十とそこらしかない奴は、若い通り越して子ども当然だ。
『やっぱオレも子ども判定なのかなぁ?』
『お前は、振る舞いが最早ちびっ子だからな』
足元で付いて来る二匹も、どことなく自分達も子ども扱いされているように感じていた。
そんな言葉を交わすと、直ぐに指定された部屋に辿り着いた。襖を開ければ、畳に布団が四枚敷かれており、二枚と二枚で組になって向き合うようになっている。
その奥の列の方に、先に来ていたマールとパデラが寝ているが、膨らんでいるのはその片方だけ。どうやら、一緒に寝ているようだ。
『どうせアサナトとエテルノも一緒の布団入るろ? ディータ、今日も一緒に寝ようぜ~』
『はいはい、分かった分かった』
ずいっと寄って来たピピルを軽く押し返し、ディータは先にマール達の隣の布団に潜る。それからすぐに、ピピルも同じ場所にすごい勢いで突っ込んでいった。
「ははっ、どっちも仲良しだなぁ。んじゃ、俺達も寝るかぁ」
「ほら、エテルノ。おいで」
入った布団をめくり、ちょいちょいと相棒を招く。しかし、エテルノは立ち止まったまま入ってこようとしない。
「なんだ、子孫がいるからって格好つけたいのかぁ? ま、あの伝説の魔法使いであるご先祖様が相棒に添い寝してもらわないと眠れない体質だー、なんて知られたくないもんなぁ?」
からかうように笑うアサナトに、エテルノはむっと顔を顰めた。
「黙ってろ。大体、僕はもうお前がいなくとも寝れる。不眠症はとうの昔に治ってるんだ」
「どうだかなぁ。お前、あれから一人で寝てねぇじゃん」
「理論上は治ってんだよ」
「理論上ねぇ」
アサナトは利口な頭こそ持っていないが、彼の言うその理論は知っている。
魔力が水だとして、それを入れる器が体だ。器に入れられる水は限られ、溢れたその分が体に害を及ぼす。なぜかも説明された気がするが、正直覚えていない。とにかく、エテルノの不眠は多すぎる魔力により発生した一つの弊害だ。しかし単純な話、容器が大きければ収まる量も多くなり、溢れなくなる。大人になり肉体が成熟した今、確かに理論上彼の不眠は治っているのだ。
これまたなぜかは覚えていないが、太陽の光の魔力はその症状を和らげる事が出来る。だから一緒に寝てやっていた。理論上不眠が直っているなら、寝かしつける必要もないのだろうが。
しかし、彼は今でも一人で寝れないだろう。アサナトはそう確信していた。
「んじゃあ、今日は止めとくか?」
「そうとは言ってない」
分かった上で問えば、ふいっと顔を逸らして隣に入ってくる。あんな事を言っておいて、拒否ではないのだ。そりゃ、子どもの、増してや子孫のいる前でという気持ちはあるのだろうが。
「治ってるなら必要ねぇもんなぁ。それでも一緒に寝たいって事は、俺が好きなんだろぉ?」
「言わせるな。バカ」
発せられた抵抗は隣にいたアサナトですら聞こえるか危うい小声で、エテルノは直ぐに眠りに付く。
太陽の光の効力だ。暖かな魔力は安らぎと心地良さを感じさせ、安眠はお手の物である。
この事だけではない、魔力を感じさせればいとも簡単に堕ちる。態度はつんけんしているが体は正直で、なんとも愛らしい事だろうか。
そっと体を引き寄せ、握った手首に軽い口付けをする。
「なー、アサナト」
「っと、パデラ。すまんな、起こしちゃったか?」
見れば、パデラは枕に頬杖両手をついてこちらに顔を向けていた。
一応声量は抑えていたが、起こしてしまったかと心配したが、そうではないようだ。パデラは手を突いたまま首を振る。
「いや、ずっと起きてたぜ」
「なぁ、アマテラス様達となに話してたんだ?」
「まぁ、主に今の暗竜様の話だなぁ。やっぱ、師匠としては知りたかったんだろうな」
小さく笑った時、先程いた部屋の方面からツクヨミであろう声が聞こえた。何やら嘆いている事だけ伝わるような、寝ている者を起こすには不十分な音だったが、起きていたアサナトは少しビックリしてしまった。
今のは何だったのだろうか。数時間話した印象だと、こんな風に大声を上げるキャラには感じなかったが、あぁ、そう言えばさっき、酒を飲まない事をなぜかと問うたら「弱いからだ」と返されたような気もする。と、言う事はだ。十中八九、飲んだのだろう。
アサナトは、飲んだ大人はこんなもんだと若干の呆れも含んだように笑う。
酒は摩訶不思議な飲み物で、当人が普段抑えて出さない本性が良くも悪くも出てくる。今さっき聞こえたツクヨミの声がまさにその部類だろう。まぁ、出てくる前にアルコールに負けて寝る奴もいるのだが。それがエテルノだ。
丁度良い。先祖として……と言うより、生き写しとして、また一つ教えておこうか。
「お前等には早い話だけど、多分マールも酒は弱い方だろうからよ、パーティーの時は気を付けてやれよ。特に、試合の後の打ち上げな」
「何せ、エテルノは万年王者だったからなぁ。パーティーではモテモテでよ、酒もジャンジャン持って来られてなぁ。コイツ、目を放した間に一回それでぶっ倒れたからよ」
本当に、あれは心臓に悪かった。どれだけ飲んでも顔に出ないのだから、質が悪い。
「エテルノ、マジで大人からの誘いは断らねえからよ。ここだけの話、それで一回ハニートラップ引っかかりそうになった事あるから、相棒である俺達が気にかけておかねぇとだぜ」
「ハニートラップ?」
「まぁ要するに、色事系のスキャンダル狙いっての? 酒に酔って女に手ぇ出したってなったら、仕事貰えなくなるからなぁ。同業者が嗾けてきてよ」
しかし、先程も言った通りエテルノは酔ったら寝るタイプであり、目論見は見事に外れついでにアサナトに見つかると言う大失敗に終わったのだが。
「怖ぇー。んな事あるんだな」
「ま、珍しい事例だぜ? 注意するのに越した事はねぇけどな」
だって、そんなくだらない目論見で横取りされちゃ溜まったもんじゃない。そんな続きは言わないでおいた。寝ているエテルノには聞こえないだろうが、念の為だ。
「パデラ、お前もそろそろ寝た方が良いぜ。俺ももう寝るからよ」
時間としては寝るには十分だろう。久しぶりに外で動いて、尚且つ魔力の制限すらかけられていたのだ。なんだか疲れてしまった。
「そうだなぁ。じゃあ俺も寝るぜ」
素直に頷き、パデラはまた枕に頭を乗せる。そうした所でアサナトも横になり、目を瞑ったのだった。
〇
次の日の朝、一番早く起きたのはディータだった。本人も少し意外に思っている。いつもならパデラが朝食の準備の為にもっと早く起きているのだが、今日はまだ寝ているようだ。
まだ誰も起きる気配がない。それなら二度寝でもしようか、たまには怠惰な朝もいいだろう。そう思い再び布団に潜ろうとすると、
『おっはよー!!』
同じタイミングでピピルが飛び出してきた。
『うわぁっ! お前っ、びっくり箱みたいな事するな!』
『お、ディータ。おはよー!』
叱られた事も気にせずもう一度元気なご挨拶をする。
『あれ、パデラもアサナトもまだ寝てんだぁ。つまんねぇの。じゃあオレも二度寝する!』
と、思ったら直ぐに布団に引っ込んで行った。
一体なんなのだこの元気爆弾ヤモリは。二度寝するテンションじゃないだろうに、入って一秒で爆睡しだした。
『本当に、なんなんだ此奴は……全く掴めん』
未だによく分からない相方に、ディータは呆れながら同じ布団に入る。どうせ誰も起きてないなら、主が起きるまではもう一眠りしようかと。まだ朝は早いのだから。
使い魔二匹が二度寝してから一時間程後、パデラとアサナトはほぼ同じタイミングに目を覚まし、寝惚けた頭で朝ごはんを作らなきゃなと考えていた。しかし、寝ている見慣れない部屋を意識に移せば直ぐに客人なのだと思いだす。
意識してみれば、何となくご飯の香りを感じた。きっと朝ご飯を用意してくれたのだろう。
半身を起こしたアサナトがそんな事を考えていると、エテルノの手がちょいと叩いて来る。
「アサナト。寒いぞ……」
布団をまくったから、冷気が入ってしまったのだろう。エテルノは、まだ半分寝たような声で文句を言った。
「あー、すまんすまん。まだ眠いか?」
寝惚け眼な相棒の頭を撫でてやると、彼はうっとりしたように目を細める。
「……パデラ。起きるなら、布団から出ろ。寒い」
そんな時、同じような文句を言う子孫の声で意識が覚醒したようだ。ハッとしたエテルノは咄嗟にアサナトの手を払い、起き上がる。
「っとぉー、びっくりしたぁ。ははっ、おはようさん、エテルノ」
「…………おはよう」
大分間が空いたのは、色々と思考していたからだろう。心なしか不服そうに顔を顰め、小さなため息を突く。
子孫のいる前ではカッコいいご先祖様として振る舞いたいのだろう。気持ちは分かる、大人としてのプライドだ。
しかし、プライドはへし折るからいいモノなのだとアサナトは思う。悪趣味だと突かれるから絶対口にはしないが。
そんな思考が伝わった訳ではないだろうが、エテルノは普通にしててもジト目である目を更に訝し気に細めて彼を見やる。
何を考えているかは大体分かる。子どもがいる前でいつも通り近づいて来るなと言いたいのだろう。バカだから気付かなかったと言う事にしよう。
「どしたぁエテルノぉ?」
「馬鹿が……」
エテルノは、眉を顰めて毒を吐く。そして、いつの間にか部屋で畳まれていた着替えを手に取った。
「パデラ、マール。先に着替えておけよ。多分、そろそろご飯が出来たと呼ばれる頃合いだ」
「そうだな! マール、着替えるぞー?」
「置いとけ。適当に着替える」
マールは心底面倒くさく思っていたが、パデラに揺さぶられ渋々起き上がる。
昨日自分が着ていた通り、何の面白味のない無地のシャツとズボン、あと下着だ。今着ている物を脱いでこれを着るだけなのだから、着替えは十秒もいらずに済むだろう。
「んー、お前、少し肉ついて来たかなーって思ったけど、やっぱまだほせぇよなぁ」
まぁ、パデラが絡んでこなければの話だが。
「うるさいな。別にいいだろ」
急に脇腹を触られ、体が跳ねてしまった。誤魔化すように冷たくあしらい服を着る。
「だけどよぉ。そんな細いと心配になるぞ」
「大丈夫だぜパデラ。肉付きづらい体質なだけで、米食べさせときゃそのうち健康的な体になるからよ。胃袋つかめりゃこっちのモンだぜ」
「そっか! それならもう勝ちだなっ」
喜ぶパデラの言い草が癪だ。コイツに負けるなんて考えたくもない。
「言っとくが、僕の方が強いからな」
そういう意味ではない事は分かっているが、どうにも癪で釘を刺す。その時、アサナトが吹き出した訳は、大方察した通りだろう。
「かわいいなぁーお前、昔のエテルノと同じ事言ってぇ」
「やめろ撫でるな」
ワシャワシャと撫でてくる手を払おうとするが、動かせる気配がない。両手で掴めば……いや、必死になって突き放そうとすればそれはそれで喜ばせそうで嫌だ。
「アサナト、僕の子孫にちょっかいだすな」
そうしていると、エテルノが代わりに離してくれた。
「お、嫉妬か!」
「違うわバカ!」
無駄に嬉しそうな笑顔を見せられ、ほぼ反射で大声を上げる。
と、それと同じタイミングで襖が開かれた。
「うむ、朝から賑やかで良い事じゃ。お早う、ご飯が出来ておるぞ」
どうやら朝食の時間のようだ。言われて見れば、何となくあった空腹に気が付き、皆で居間に向かった。
朝ごはんは、焼き魚に味噌汁に白米、あと玉子焼きというザ・朝食と言ったモノだった。パデラとアサナトが味付けを訊いているのを聞き流しながら、マールはしょっぱい味付けの卵焼きと甘い味付けの卵焼きを交互に摘まんでいる。
卵焼きは甘い味付けの方が断然好きだが、このしょっぱい方も中々良い。
そんなマールに気が付いたのか、パデラはアマテラスにしょっぱい方の卵焼きの味付け配分を教えてもらう。
「なるほどなぁ、めんつゆか! その手があったな。この前塩で味付けしたの食わせたら微妙そうだったからよ。これならいける気がする!」
嬉々としてメモをするパデラ。しばらくは味付け模索が続きそうだが、コイツが勝手に頑張るだけだ。自分は食べるだけだから、放っておこう。それで美味しいご飯が食べられるのなら、寧ろ良い。
(って。僕は何を考えてんだ……)
自然とそんな思考になった事を、微妙に悔しく思った。
表情に出ないそれを見取れる程、マールに注視している者は今この場にいない。
「そうじゃ、主等。あとどれくらいここに留まるつもりじゃ? そう急く事もなかろうて。この黄泉は、かつての日本を思い出す。ここから少し行った所に、丁度暗竜が来た頃くらいの東京と同じ景色の場所があってのぉ。主等も見ていくと良い」
「そうだよ! いーくんが案内するから!」
急にちゃぶ台から顔を出してきた少年。見た所、十歳くらいのリールと同じ年くらいに見えた。と言うより、なんだろうか。何となく、リールと同じモノを感じ、マールは彼を避けるように無意識に身を引く。
力を潜めていたのだろうか、本当にこれっぽっちも気配に気づかなかった。
驚く彼等に、少年は悪戯っ子のような笑顔を見せる。
「いーくんは今際看命(いまわみのみこと)! いーくんはね、日本の今際を見届けて、国の記憶を日本の後継者に受け渡すお役目の神様だったんだぁ。国の記憶の神とも言える! だからね、日本の事はいーくんが一番詳しいんだよ!」
「日本は、君達の魂の故郷でもあるんだ。いーくん、君達が日本ではどんな子だったも知ってるよ! 魂のゆかりの地も、黄泉のどこかに形成されてるはずだし。行こうよ!」
まるで友達を遊びに誘っているかのような言い方だ。
少し魅かれる話だが、パデラも直ぐに応とは応えなかった。
「だけどなぁ、一応俺達課外学習で外出してるからなぁ。あんま本題と外れた事して時間食うと、先生に怒られるかもだぜ?」
この課外学習の本題は、暗竜から教えを貰う事だし。何より、あまり遅いと暗竜に心配をかけてしまう。
「だな。折角ですが、遠慮しておきます」
「ええー、人間は前世占いとか好きだって記憶にあるんだけどなぁ」
頬に手を突き、ちぇーと口を尖らせる。その反応は、遊んでもらえなかった子どもその物だ。
「残念じゃのぉ、主等とはもう少し話していたかったが。まぁ、強くは止めん。主等には主等の生活があるしの」
アマテラスは膨れる弟の頭に手を置き、小さく笑う。
「それに、いくら黄泉が死者の国としての面が薄くなったとは言え、生者を長く留めるのも良くないじゃろうて」
「それはそうだけどぉ……」
マールには覚えがある。この感じ、もっと小さい頃、リールの誘いを断った時のあの反応だ。こうもしょんぼりされると、なんだか凄い罪悪感が湧き出てくる、そういう物だろう。
マールは何となく分かる。このイマワミという神は、リールと同じだ。弟という立場を利用して、愛嬌を振りまいている。事を思うように進める為にだ。
「マール、やっぱ遠慮しないでおこうぜ! アサナトも行けるよな? 時間はあるもんな?」
「まっ、そうだな! 折角だし、もう少し遊んでくか! エテルノ、いいよな?」
「僕は構わんが……」
「わぁい、やった!」
可愛い弟、なんとも便利な立場だろうか。皆して愛想のいい奴を可愛がる、ま、当然の事だが。
「分かった。付き合う」
流石に、神様相手に溜息をつくわけにはいかないだろう。マールは不本意ながら、また「可愛い弟」に流された。