目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

十五 「日本」の伝説

「暗竜は、ある日突然異星より訪れた。神になりたいと言って、我に弟子入りをしたいと言っての」

「星には、様々な国がある。我はその中でも日本と呼ばれる国の最高神であり、太陽の神じゃ。あ奴は、様々な国と神がいると知っていても尚、日ノ本の太陽である我に教えてほしいと言った。であれば、我に断る理由などなかったのじゃ」

 アマテラスは、あの時の事を鮮明に覚えている。神になりたいと口にした真剣な表情は、彼の言葉が嘘でない事を示していたのだ。

「それから、我は暗竜と共に過ごした。あ奴は中々見込みのある奴じゃったぞ。何より物覚えが良かった、平仮名も片仮名も直ぐに書けるようになり、漢字でさえ直ぐに覚えてしまった」

「それに、あ奴の故郷ではこの言葉を話していた訳じゃないのじゃ。訊けば、我の所に来る前に、民達の会話を聴いて覚えたそうでのぉ。普通、それで喋られるようになるモノではなかろう? 竜だからかは知らぬが、優秀な弟子だったぞ」

「我にはもうひとり弟子がおっての、そ奴とも仲良くしておった。そ奴は、ハクと言うのじゃがの。ちまっこい白竜の模型に宿った付喪神で、人型になれば幼きおなごの姿をしておったのじゃが、そんな姿も相まって、奴と遊んでいる時だけは、暗竜は兄のように見えたモノじゃ」

 開けられた障子の向こうに、縁側が見える。アマテラスはそこから見えた景色に昔懐かしい記憶を重ね、微かに頬を緩める。

 愛らしい弟子たちが、まるで無邪気な子どものように庭で遊んでいた。暗竜が自前の魔力を見せてやれば、ハクは「すごいです!」と小さな手で拍手をし、いつか自分もそんな風に出来るようになりたいと語った。そんな彼女に、暗竜は練習すれば出来るようになるはずだと答え、妹弟子の小ぶりな頭を撫でる……そんな、可愛らしい光景を見たのも、昨日の事のように思えてしまう。

 しかし、あれから時は多く立っている。

「我等はな、暗竜にこの国を譲ったのじゃ。継承したと言った方がいいじゃろうかの」

「土地程の大掛かりな物を創成するのは容易くない。暗竜の力を精一杯に使ったとて、それでこそ日本が形を成す前のような、不規則な浮遊物体にしかならぬだろう。固めるには、創り出す場所その物に魔力が必要じゃ」

「逆に言えば、それさえあれば地を生み出す事が出来る。暗竜程の力があれそう難儀ではないじゃろう。知っての通り、主等の魔力と我等の神力は似ておるからの。暗竜が『国』を造るには、我等の……日本の、死が必要じゃった。主等も魔法を使う者だ、理論は分かるじゃろう」

 彼女の言う意味の理解は簡単だった。魔力で物体は生み出せるが、当然作り出そうとする物が大きければ大きい程必要な魔力量は増える。そうなれば、どこかで自身の魔力だけでは賄いきれなくなるだろう。そうなった時、足りない分を埋めるのは空間に漂う誰の物でもない魔力だ。

 この話はいずれ授業で習う事だが、当然マールとパデラはまだ習っていない。が、彼等は魔法を感覚で捉えられる子だ。

 エテルノは彼女の問いに小さく頷いた後に軽く二人の反応を伺ったが、どちらも理解出来たようだ。

「それで、暗竜様はニホンを沈めたって事ですか?」

「その通りじゃ。簡単に言えば、暗竜は国を死なせたのじゃよ。まず民がいなくなれば、ある意味認識により生きる我等神も次第に潰える。神の持つ神力は地に還り、全ての力が戻った土地を海に還せば、力は自然と海に浮かぶ。そうして暗竜は国を生む事に成功した。元は日本で生きていた人々の魂が輪転し民が生まれ、主等に繋がって行ったのじゃよ」

 マールの問いに答え、茶を一口飲む。久しぶりに沢山喋ったお陰で少し喉が疲れてしまったのだ。

 子達はこれを聞いて何を思うのか。それは今見える顔だけじゃ把握しきれず、本人にしか分からない事だ。

「じゃがの、これは決まっていた運命だったのじゃ」

 一つ、避けなければならない事があった。故にアマテラスは、そう付け加える。

「年老いた者は死にゆき、新たな命が生まれる、世はそうして繋がってゆくものじゃ。国とて同じ事、滅びは何処かで訪れ、戦などなくとも緩やかに死にゆく。当の昔に兆しは見えておったのじゃ。じゃが、そのまま細々と衰退するより、若者の夢の糧になってやった方が余程有意義であろう」

「それにの、日本は滅びておらぬ」

「大和の魂は暗竜が継いだ。実際、主等に宿るのもそうであるぞ。確かに国は死したが、滅びではない。新たに紡がれたのじゃよ」

 その時、マールは節々に感じた「懐かしさ」の正体が頭に過った。明確に思いだせた訳ではない、しかし、確かに分かったのだ。大きく言えば、前世の自分が何かを感覚で知ったのだ。

「成程」

 同じくして、エテルノがそう口にして頷いた。

 マールは、そんな彼を横目に考えた。自分は彼の生き写しであり、似ていると言うかほぼ同じだ。だが、きっと元の魂が過ごした人生は全く違うのだろう、と。しかし、どうであれ今の自分には関係のない事だ。

 そんな事も考えていたが、彼の中には何よりも、知りたかった事が知れたこの満足感があった。初めての感覚だが、この浮つくような余韻は悪くない。

 パデラはほこほこしている彼に嬉々として笑いかけ、アマテラスに礼を言う。

「ははっ、面白かったなぁー。アマテラス様、教えてくれてありがとなっ!」

「うむ、構わぬぞ」

 アマテラスは微笑みを浮かべ答えると、徐に立ち上がる。そして、四人と二匹に告げる。

「して、主等。ご飯はもう食べたようじゃが、風呂には入っていないじゃろ? 用意しといたからの、皆で入ってくると良い」

「喜べ。ここの風呂は、露天風呂もあるのじゃぞ」

 どや顔のように口角を上げた彼女は、とびきりの切り札を切り出すかのような口ぶりで言った。

『マッジでぇ! すっげぇいいなそれ!』

 実際、彼等は見事に食いついて来た。

「露天風呂か! いいな、俺結構好き!」

「俺も好き! エテルノ、早速入りに行こうぜっ! 露天風呂だぞー!」

「気持ちは分かるが。子どもじゃないんだから、風呂ではしゃぐな……」

 露骨にテンションが上がる赤髪の二人。エテルノは自身の相棒に呆れ顔を向けたが、恐らく聞いていない。

『だが実際、露天と聞くとテンションが上がるな。旅行でも行かないと入れないからな。主、折角の機会だ、一緒に来るのがいい』

「僕が断る前提みたいな言い方するな……」

 否定はしないようだ、ディータとしては半分冗談だったのだが。

 だがまぁそう言う偏見がないかと言えば嘘になる。行事事で皆がキャッキャしている中、一緒に混ざる事もせずまた混ざろうともしないタイプだろう。青春を半分損する事になるから止めた方が良いと言ってやりたい所だが、あまり人の事を言える立場じゃないから口を瞑んだ。

「けど、マールは一人で入りたがるイメージあるよなぁ、なんとなく」

「確かにエテルノも連れねぇ奴だったぜ。『嫌』か『勝手にしろ』の二択だぜ? そういう時はな、とりあえず腕ひっぱんのが良いぜ? 抵抗する方が面倒くさいって思わせたら勝ちだ」

 だが、ディータが助言するまでもなさそうだ。攻略法を語るアサナトの腕を、エテルノは素早い動きで掴んで引き離させた。

「変な事を教えるな。行くぞ、場所は今教えてもらった」

「んじゃあ、お風呂借りるぜー!」

 半分引きづられながら、アマテラスに手を振り一緒に向かう。皆でお風呂に行く彼等を見送った。

「さて、奴等の布団の準備でもするかの。もう夜じゃ、泊っていくじゃろうて」

「そうじゃスサノオ。折角じゃ、主も手紙でも用意しておくとよいぞ。他の奴にも伝えておるが、こんな機会滅多にないじゃろうからの」

「ま、そうですねぇ……」

 頬杖をついた顔を逸らし、何もない壁に目を移す。

 手紙を渡せば、きっと喜ぶだろう。しかし、自分は手紙で人を喜ばせる質ではないのだ。さて、どうしようか。

 そんな思考をしながら、静かに響く秒針の音を聞き流していた。


 そうした時、一方で四人と二匹は風呂に入っていた。まるで温泉施設だ。廊下を行った先に二つの入り口があり、男女の暖簾が掛けられている。脱衣所もかなり広く、服を入れる籠が並べられた木の棚まであったのだ。

「すっげぇ、個人宅の風呂じゃねぇだろこれ!」

「最高神と言っていたくらいだ、来客も多いんだろう」

「なるほどなぁ。いいなぁ、誰も来てない時は広い風呂一人で入り放題じゃん!」

「ちょっと良いな」

 想像するだけで心地良い事だ。マールの声も心なしか浮ついているように聞こえたくらいだ、それ程魅力的な事である。

 まず体を洗った後、本題の露天風呂に行ってみた。室内の風呂もあったが、晴れているのに露天に行かないのは損だろう。

 ガラガラと曇り戸を開ければ、石で縁取られた風呂の湯が真ん中にあった。足先を付けてみれば、熱すぎずぬるすぎずで丁度いい。これなら一気に浸かっても大丈夫そうだ。

「ふぅー、きっもちぃ……」

「あぁ。いいな、これ……」

 体を包み込む温かさに、パデラとマールは早々にとろけた声を漏らした。

『はぁ……いいモノだな』

『ねぇディータ! 泳いでいい?!』

『ダメに決まってるだろバカ』

 いつも通り即答で返され、ピピルはちぇーと口を尖らせる。

「ははっ、泳ぐのはダメだぜーピピル。パシャパシャなら大丈夫だぞ」

 アサナトにそう言われた途端に、嬉しそうに顔を上げた。ちなみに、パシャパシャと言うのは要するに水遊びだ。

『じゃあパシャパシャする! ディータ、一緒にやろーぜ』

 やはりディータと遊びたいようで、返答も待たずに湯をかける。突然嗾けられた彼は挑発にでも乗ったかのように倍で返し、ピピルは心底楽しそうに笑った。

「前から思ってたんだが、その赤子相手みたいな言い方やめないか? お前がそんな風に言うから、ピピルの頭は一行に幼児なんだよ」

「えー、別に幼児でも困らねぇぜ。な、パデラ」

「まぁそうだなぁ。そういう所がピピルのいい所なんだろうしな」

『わーい、なでなでー』

 伸ばした手で撫でると、ピピルは嬉しそうに尻尾を振る。尻尾の勢いで跳ね飛ばされた湯があちこちに散り、マールの顏に思いっきりかかった。

『主、大丈夫か?』

「問題ない……」

 マールは何か言いたげだったが、言っても無駄な文句は疲れるだけだと考え直した。

「はぁ……アサナトもピピルも、どうしてこう馬鹿というかお気楽と言うか……マール、鬱陶しかったら殴ってもいいんだぞ。この系統はそうでもしないと永延と絡んでくる」

「殴っても絡んでくるだろ」

 実際、パデラもそうだ。殴ったとは違うが、普通距離を置くようにするだろう態度を取っても

次の日には構わず話しかけてくるような奴だ。

「残念ながら、その通りだ」

 エテルノは、真顔に近い表情で頷く。

「パデラ。アイツあんな事言ってるけどな、一人でいる時結構寂しそうにしてんだぜ? 試合の時に泊まったホテルが別部屋でよ、夜会いに行ってやったらまぁ嬉しそうなのなんのって」

 こそっと耳打ちするように言っているが、彼等はこんなにも広いというのになぜだか触れ合えるくらいの近しい場所に集まっているのだ、当然聞こえる。

「馬鹿言うな。お前が普段うるさいから、いなくなると静か過ぎて落ち着かないだけだ」

 ふいっと顔を逸らした相棒に、アサナトはビビッと来たように目を輝かせ、ガバッと肩を引き寄せる。

「もーまたそんな事言ってぇ、分かってんだぞ、俺の事結構好きなの! 安心しろ、俺もエテルノの事好きだぜっ!」

「風呂で引っ付いてくるなっ」

 胸を押して剥そうとするが、この男、エテルノと違い地力も強い。そこに魔力での踏ん張りが加われば、エテルノでも突き放す事は出来ない。

「そもそも引っ付かれるのがヤなら最初から俺の近くにいなきゃいい話だろぉ?」

「黙れ。とりあえず黙れ」

 ニマニマしながら頬を突かれ、エテルノはせめてもの抵抗のように毒を吐く。

 そんな二人前に、パデラはそわそわしていた。

「仲良しで羨ましいなぁ……マール、俺たちも!」

「しない」

 これまた即答もいい所だ。一切相手を見ようともせずに拒否をして、顔半分まで湯に沈める。

「えー! 寝る時は抱き着いてくるのに!」

 そんなマールに無意識な爆弾を投下すると、マールは水音を立てながら顔を上げる。

「おまっ……! それを言う必要はないだろ、大体あれはっ。あれは……」

 羞恥で真っ赤になって弁解しようとするが、肝心の言い訳が思いつかなかった。

『主よ、思いつかないのに無理に言い訳しようとしない方が良い。ドツボにはまるだけだ』

 言葉を詰まらせる主に苦笑を浮かべ、ドンマイと言いたげにその背を軽く叩く。

『生き写しだもんなぁ。どうせそのうち、マールもパデラとっ』

 ピピルの軽口を、エテルノの手が目にも止まらぬ速さで塞ぐ。

「黙る事を知らないようだな。今僕が教えてやるよ、力づくでな」

 痛くないようにとかそういう優しさはあまりない。感じる威圧にピピルは開かない口の代わりに思念で謝り倒す。

 それで良かったのか、エテルノはあっさりとピピルを開放する。どうした所でこういう奴だ、長く説教するだけ気力と体力の無駄だと。その事実にため息を突き、「少しは気を付けろ」と怒りが抜けた声で注意する。

「パデラと……? なんなんだ、アサナト?」

「ごめんなぁ、流石に聞かせられねぇや」

 軽く笑って流されてしまった。パデラとなんだってんだ。気になって仕方がないが、エテルノが教えてくれるとは思えない。

 しかし、パデラは割り切れる子だ。教えてくれないならいいやと、それ以上気にしなかった。

「マールは気になんねぇの?」

「今考えたら負けだと思った」

「なんだそれ」

 それならきっと、どうでもいい事なのだろう。

 パデラはそう考える事にして、開き直ってパシャパシャしているピピルを見る。

 するとどうだ、ピピルの直ぐ横に湯で形成されたもう一匹のピピルがいた。が、直ぐにディータに潰され、ショックを受けていた。

 そんなこんなでゆっくりする事ニ十分程。そろそろ長湯も良くないだろうと、のぼせる前に上がる。

 脱いだ服はいつの間にか回収されていたようで、籠の中に入っていたのは旅館を思わせるような寝巻だ。

「っとぉ、これあれだな。式典とかの時に人型の暗竜様が着てるヤツの簡易版みたいな……あぁそうだ、浴衣だ!」

「そういや、昔試合の時に泊まった所の寝巻がこれだった。どうやって着るんだっけな……」

 正直昔の事だ、あまり覚えていない。だがまぁ形を見ればそれとなくイメージは浮かぶが。

「お、着方が書いてある紙あるぜ」

 パデラが籠から見つけたのは、イラスト付きの分かりやすい着方の説明書だ。その傍らに手書きの文字で「来客用の寝巻が浴衣しかなくての、分からなければこれを見て着てくれ」と書かれていた。

 やり方さえ分かれば何てことない。無事に着れた所で、とりあえず部屋に戻ると、そこではアマテラスとスサノオと、あともうひとり、神であろう黒髪の男がいた。

 扉を開けた音で入って来た事が分かったのだろう。似た顔がほぼ同じタイミングで振り返った。

「お、上がったか! 結構似合っておるではないか、元は我の民なだけあるのぉ」

 アマテラスは少し嬉しそうに言い、ひょいひょいと彼等を招く。

 どうやら晩酌でもしていたようだ。始めて見る男神はまだ飲んでいないようで、杯の中は一切減っていない。見れば、用意されている酒瓶は既に半分以上なくなっているのに、神達の顔は一切赤くなっていない。

「紹介しよう。我のもう片方の弟、ツクヨミじゃ。主等を一目見に来たのじゃよ」

「初めまして。姉上が仰った通り、私はツクヨミだ」

 やはり、同じ顔つきでも与える印象は全く違う。丁寧に一つにまとめられた髪もあるだろう、真面目な印象を感じた。

 それとまず気になったのが、彼から感じた力だ。確か神力と言っていたか、それが、なんとなく暗竜のモノと似ているような気がしたのだ。

「へー! アマテラス様って弟ふたりいるんだぁ。なんか、暗竜様の魔力と形質似てんな!」

「それは多分、私が月神だからだろうな」

 返答に困りそうなモノだが、ツクヨミはそういった素振りはなく直ぐに答えてくれた。しかし、当のパデラがそれとこれの繋がりが分からなかったのだが。

 理解できていない事は顔を見れば分かる。

「知っているか? 暗竜は夜の神なんだ」

「ん? あぁ、なるほど! 月は夜に出るもんな、似てるって事か」

「そういう事だ。月も夜も括りは一緒だからな」

 納得出来る話だ。しかしそれより、暗竜が夜の神だというのが初耳だ。

「暗竜様って夜の神だったんだな……」

「なー、初めて知ったぜ」

 他の神はいないのだから、そもそも知る由がないのだが。

 そんな彼等に、アマテラスはこくりと頷き、酒を呷る。

「うむ。どうやら暗竜はそれなりに主等に話していない事も多いようじゃの」

「主等、酒は呑めるか? 暗竜秘話はあるからのぉ。寝る前に共に晩酌でもどうじゃ。ほれ、呑めないのなら他の飲み物はあるぞ」

「それは、僕達が聞いていいモノでしょうか」

 なんだか断りづらいお誘いに、エテルノは微苦笑を浮かべる。だが、チラッとアサナトを見て見れば、まあなんとも乗り気な様子。「じゃあ、お邪魔します」と、そうなると勿論パデラも乗り気で「俺もー」と中に入り、マールも仕方が無しに一緒になる。

「お、んじゃあ酒はいけるクチか? まだこんなにあるからな、好きに飲んでいいぜ。安心しろ、ヨモツヘグイはとっくの昔に効力なくしてるからなぁ」

「ヨモツ……? まあ、僕とアサナトは少量でしたら。マール達は未成年ですので、ジュースでお願いします」

「あぁそうか、知らねぇか。わーってる、流石に学生に酒を進めねぇよ」

 冗談半分でケタケタと笑い、どこからか取り出した杯に成人済み二人分の酒を注いでやる。

 それを見ていたピピルも飲みたくなったようで、机に身を乗り出し、はーいと手を上げる。

『オレものめるー!』

『我もいけるぞ。少なくとも五百年は生きてるからな、未成年ではない』

 二匹も飲みたいようだ。スサノオは「いいぞいいぞー」と笑い、その分は飲みやすいように深めの皿に出してやる。床に置いてやれば、ディータが『いただくぞ』とまず一口舌を伸ばす。

『はぁ、久しぶりの酒は美味いな。丁度後味だ』

『これうめぇ! 絶対高いヤツ!』

 ピピルはぴちゃぴちゃと豪快に飲み、美味しさ満点の笑顔で口の周りを舐める。

 そんな彼等の反応も大袈裟ではない。アサナトも、嚥下して直ぐにぱあっと顔を輝かせた。

「確かにこれうめぇなぁ! エテルノ覚えてっか? 昔、誕生祭の打ち上げのパーティーで飲んだ酒! あれこんな感じじゃなかった?」

「あぁ、確かに、そうだったような……よく覚えてんな、お前」

「食に関してはなっ、お前より記憶力いいもん」

 ふふんと自慢げに胸を張り、また一口飲む。

 そんなに美味しそうに飲まれてしまうと、マールも少し気になってしまう。だが、この場で飲もうとしても無理だろうし、恐らく今の自分の舌には合わない。

 そうは思っているが、表情ではどこか不服そうなマール。そんな所に、いくつかの種類のジュースを持ったスサノオが戻って来て、座っていた場所に腰を下ろす。

「兄上も飲んだらどうですー? 折角俺が注いであげたんですよ」

「お前は、私に子どもの前で痴態を見せろと言いたいのか? 今日は遠慮する」

 何となく、マールにはこれがフラグになる予感しかなかった。が、触れる必要もないだろう。

 まだお酒が飲めない年の二人は、「好きなの飲んでいいぞ」と出されたジュースから同じオレンジジュースを選んでコップに入れる。

 オレンジジュースに、酒のつまみをおやつとして食べて、大人達の話を聞いていた。

 酒を呷りながら暗竜秘話とやらを語るアマテラス達は、息子の小さい頃を懐かしんで話している母のようにも見える。

 実際、そういうイメージなのだろう。当時の暗竜が何歳かは知らないが、大分若かっただろうし。本人の与り知れない所で若かりし頃の話を聞いているのは少し申し訳ないが、これがまた結構面白い。例えば、暗竜が天然だったと言う話とか。本人は絶対知られたくなかっただろう。

「黄泉の酒も美味いがやっぱ地の上で出来た酒が一番良いのぉ」

 飲みながら話している内に、既に開けられていた酒はあっという間に飲み干されてしまった。これだけ飲んでいると言うのに、酒を口にしたふたり共全く酔っている様子がないのが不思議なモノだ。アルコールはどこに吸収されていると言うのか。

 飽き足らず次を持ってこようとするアマテラス。そんな姉に気が付き、ツクヨミは念の為と声をかける。

「姉上、次の瓶で最後ですからね」

「なぬっ!? そうなら早く言えっ、開けてしまう所だったじゃろ。危ない危ない……」

 まるで次はないような言いぶりに、エテルノは首を傾げる。

「買えたりしないのですか?」

「黄泉と地上じゃ出来る酒が若干違うんだ。育つ米が違うからな」

 何が違うのかと聞かれれば明確に表現は出来ないし、どっちが美味しいとかはないのだが。何せ、酔ったら酒が美味い事しか分からない。

「そうそう。元の日本で製造されてたヤツは手に入んねぇんだ。この酒は外国の酒好きが持ってた最後の日本酒でな、海外まで行って交渉して手に入れたシロモンなんだぞ」

「うむ、ツクヨミとスサノオが我の為に貰ってきたのじゃ。そう、我の為にの!」

 余程嬉しかったのだろうか、異様に「我の為」という言葉を強調して笑い、そちらではない方の酒を開ける。

「これが黄泉の酒じゃ。こっちもそれなりに美味いぞぉ」

 黄泉酒「波」とラベルに書かれている酒を、空いた二人の杯と二匹のお皿に注いでやる。

『んー、こっちもうめぇ!』

 早速口を付けたピピルがはしゃぎ、アサナトは感じた味から真っ先に相棒の心配をした。

「お、ちょっと辛い系かこれ? エテルノ大丈夫かぁ?」

「……まぁ、飲めない訳ではない」

『うむ、確かに辛いな。我は結構好きだ』

 表情を見るに、ディータはこちらの方が好みだったようだ。

「俺も割とこっち好きなんだよなぁ」

 そうして酒で盛り上がる大人を他所に、子どもは少し退屈していた。

「お酒の話されると一切わかんねぇなぁ……」

「飲めないからな。年的に」

 時間として八時はとうに過ぎていて、いつもこの時間に眠るマールは段々とうとうとし始めていた。

 そんな子どもに気が付いたツクヨミは、アマテラスの肩を小さく叩き、こそっと声をかける。

「姉上」

 目配せでマールを示す。彼が何を言いたいのか分かったようで、アマテラスはおっと声を漏らす。

「なんじゃ、おねむか? それじゃぁ、先に歯を磨いて眠るとよいぞ。案内してやるでの」

 ちゃぶ台に手を突き立ち上がり、二人に言う。

「そうするぜ!」

「うむ、ついて来るとよい」

 マールの手を引いて立ち上がらせ、パデラは彼と一緒にアマテラスの後を追った。

 子どもは眠りに付き、今度は大人だけで晩酌となった。


 それから二時間程、アマテラス達から要望で、神としての暗竜の話をしていた。それは、学園の生徒であった自分達が見ていた「暗竜様」の事や、遊戯戦闘魔法使いとして仕事で関わった時の話だ。

 一言で表せば「温厚で優しいお方」になるだろう。学園に顔を出した彼に集まる生徒達一人一人を気にかけ、始めて会った時でも教えていない名前を呼んでくれる。そうした上でとても強くて、格好良くて……皆の憧れの存在だ、と。

 エテルノからその話を聞いた時、アマテラスはそっと目を細める。

「うむ、そうか」

 彼女が浮かべた優しい表情。エテルノは、そこから少し自身の神を思いだした。

 やはり彼女は、暗竜の師のようだ。最初からなんとなく過っていたが、今ここで確信した。

「ははっ、立派にやってるようで何よりだ。これなら、譲った甲斐があるってモンだ」

「あぁ。暗竜なら出来ると思っていた」

 かつての暗竜を知る彼等は、嬉しそうだった。

 その感覚を例えるのであれば、独り立ちした息子を持つ親だろうか。小さな子どもだった我が子が、やがては親の背を越し、立派に夢を叶える。これはなんだ、あれは何だと幼子のように目を輝かせていたあの黒竜が、今や民にこんなにも評価される「神様」だ。これ程の感慨深い事があろうか。

 同時に、ほんの少し寂しくも思うが。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?