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十四 考察と真実

 丈夫な刃物と炎を出せればどこでもお手軽に美味しい肉が食べられる、捌いて可食部を取り出せば後はそれを串に刺し、術で出した火で炙るだけだ。たったそれだけでなんと簡単、肉厚ジューシーでお腹も満足な肉串が出来上がりだ。

 パデラが持ってきていたシートを敷き、皆がそこで座って食事を始める。出来立てほやほやの串焼きを頬張れば、肉本来の美味しさが溢れた汁と共に口の中に溢れ幸せな気持ちになった。

『んめぇ! これすっげぇうめぇぞ!』

『あぁ、これは中々だな。塩コショウなしでも肉の味だけで十分に美味い。もっと食べたいな、冷凍は何が残ってたか?』

「腹も減ってるしなぁ、折角だし他の料理も出そうぜ! そうだ、お前等ピザ解凍していいか?」

「訊きながら勝手に解凍するんじゃない。アサナト、僕も一切れ貰うぞ」

「グラタンってのも気になるよなぁ、マールも食うか?」

「貰う」

 ピクニックでもしているかのように楽し気に、各々好きなモノを解凍して食べている。そんな光景を、胡坐に頬杖を突いたスサノオが微笑ましく思い眺めていた。

 子どもが楽しそうにしている様子は、いつの時代でもどの世界でも愛おしいモノだ、と。そして同時に、彼はハッとした。そう言えば、こちらの名前は名乗ったが、彼等の名前を知らないじゃないか。

「そうだ、逆にお前等の名前を聞いていなかったな。お前等、なんて言うんだ?」

 問われた事で彼等も思いだしたようだ。エテルノは持っていたピザを一旦お皿に置き、最初に答える。

「失礼。僕はエテルノ・マールです」

「俺はアサナト・パデラ! エテルノの相棒だぜっ」

「パデラ・エレズだぜ! 俺はこっちのマールって奴の相棒! あと、アサナトの子孫ってか、生き写しみたいだ」

「僕は、マール・ルキラ」

『その使い魔のディータである』

『オレも爬虫類系の使い魔、ピピルってんだ! 前の主がアサナトで、今の主がパデラなんだ!』

 名前だけの端的なものと元気なお返事の二種類の自己紹介で答えられ、スサノオは小さく頷きながら笑い、「ありがとな」と返す。

 先ほど漢字の名前で驚いていただけあって、彼等の名前は発音からしてカタカナ表記なのだろう。とは言え、自分の名前もカタカナで書かれる事の方が多いのだが。一人でにそんな事を考え、小さく笑う。

「エテルノ、お前さっき俺に訊きたい事があるって言ってたな。その感じ、何か気付いてるんだろ? 一回話してみろよ。お前は、何を考察した?」

 その顔はまるで、試しているかのようだった。そんな挑発にも似た言葉に、エテルノは一つの確信をした。彼は、自分達の知りたい事の全てを「当事者」として知っている。

 エテルノは迷う事なく挑発を受け取った。

 マールが自分と同じ轍を踏まないように……そんな大人な意見はとっくの前に建前となっている。今の彼を動かしているのも、あの時と同じ、誰も知らない未知なる世界への好奇心だ。

「まず、皆に伝えたい事がある。アサナトと別行動をしていた時、見慣れない建造物を見つけた。その中に、赤い水晶のような球があった」

 あの水晶を再現した物体を魔力で浮かべ、皆に見せてやる。

「きれいだな。これに何かあったのか?」

「その通りだ。これに触れた時、多くの記憶が頭に流れ込んできた。十や百で数えきれない、億をも超えるだろう数の記憶だ。そこで見えた人間は魔力覚醒前の容姿をしていて、当然魔力も持っていなかった」

「だが、その記憶の内、見た目こそ魔力覚醒前だが力を持つ者もいたんだ。それこそが、こちらにいらっしゃるスサノオ様と同じ、『神様』だ。そして、神と呼ばれる者達の記憶には、暗竜様の姿があったんだ」

 ここまではピピルとパデラには話した事だ。マールは興味深げに話を聞き、伝えられた情報からエテルノと同じ考えに辿り着いた。

「つまり、暗竜様は、ニホンというクニにいた事があるのか」

「そういう事だ。確かに、記憶の中ではそれに対応する単語が聞こえた。アサナト、お前さっきスサノオ様がニホンの神だと言ったな? それなら、この推測は間違いないだろう。暗竜様はそのニホンというクニで、そこの神と関わっていた。それもかなり親し気にだ」

 彼等の言葉を元に、パデラも一つ思い付いた。

「んじゃあ、暗竜様も元々ニホンの神様だったって事か?」

「多分違う」

 しかし、マールが直ぐに否定した。その判断をした訳は、単純に力の違いだ。

「あぁ、その可能性は低い。スサノオ様の力を見れば分かるだろう、これは魔力じゃない。それは、僕が知り得た限り全ての神がそうだった」

「あぁ確かに!」

 丁寧に説明してもらい、パデラはポンと手を叩く。力が違うと言う事を含めて改めて考えれば、自分の思い付きが外れている事も推測できた。しかし同時に、そうじゃなければなんで暗竜が記憶の中にいるのかという話になる。

『なるほど。皆力が違うのなら違和感はないが、暗竜様だけ違うというのも可笑しい話だ。エテルノ、暗竜様が何をしていたかは見れなかったのか?』

 これさえ分かればほぼ核心なのだが、そう都合よくはないようだ。

「残念ながら、僕がそれらの記憶を見たのはほんの一瞬だ。一つ一つの詳細までは分かっていない」

 微かに顰められた顔からは悔しさも伺えた。だがそもそも、電撃かのように流れた数多の記憶から情報を導き出さただけで十分に凄い事だろう。現に、パデラはただ混乱した事実だけが脳にあり、その時何が見えたかなんて一切覚えていない。

「逆にそこまでは見れたってのがスゲェんだよなぁ。流石だぜ、エテルノ」

「お前と違って記憶力があるからな」

 さり気無くバカにされたような気がするが、まぁ気にしない事にしよう。アサナトは顎に手を当て、んーっと声を漏らす。

「となると、知りたいのはそのニホンってのがどこにあるクニかだよなぁ。もしかして、それが海の外にあったあの土地か!?」

「いや、その可能性も低い。どちらかと言えば……深海にあった、あの土地だろう」

 訪れた死を受け入れ、抵抗する事もせず静かに沈む――見えた記憶には、そんな記憶があった。「人」でもない、「神」でもない、何かの記憶があった。

 エテルノのその言葉を聞いた時、スサノオの口角が微かに上がった。

「それで、お前はどう思う? 暗竜と日本の関係を、お前はどう考えた」

 それは、最終確認のようなものなのだろう。スサノオに向き直り、改めて彼の問いに答える。

「完全な推測に過ぎませんが。……まず、ニホンで生きていた神様の記憶に暗竜様がいましたが、力の違いから暗竜様はそこ場所の存在ではないと考えられます。そして、そのニホンはこの地の真下の深海に沈んでいて、暗竜様はこの場所に神様として存在しています。これは、ニホンの土地が深海に沈み、暗竜様が土地を創り出したという事でしょう」

「可能性は二つになります。何らかの因果でニホンが滅び、元より異界から来た暗竜様のみ生き残り、この地を創り出したか……もしくは、土地を創る為に、暗竜様が故意的に沈めたかです」

 当然、導き出されるのはこの二択だろう。事実としてニホンは沈んでおり、元あった場所にこの土地がある。しかし、二個目の可能性を口にするのは憚れた。しかし、彼の想定の中でもっとも可能性が高かったのはこちらだったから。

 なぜエテルノがそう考え付いたのか。かつて共に暗竜の反応を見たアサナトは大方察しが付いた。同時に、マールもそうだ。昼頃に聞いた話と今聞いた推理を繋げれば、辿り着く先はそこになるだろう。一方、パデラとピピルは昼の事は覚えてないようで、ただ素直に感心している。

 そんな中、スサノオは出された答えに一驚したように目を開き、声を上げて笑った。

「すっごいなお前! いやー、想像以上だ。流石、暗竜の民だ」

 喜んでいるのか楽しいのか、そうして一頻り笑い終えると、自身の力で手に取ったチキン南蛮を解凍する。魔力に近しいその力でも反応出来るようで、そこに美味しそうなチキン南蛮が現れる。

「折角だ、後でちょっくら遊びに行くか? その話については、俺より適任がいる。『師匠』から積もる話を聞くといい」

 そんなお誘いをすると、備え付けの箸で肉を一切れ口に入れる。美味しそうに肉を頬張るスサノオが呼んだ「師匠」という存在に、パデラは首を傾げる。

「師匠?」

「あぁ。俺の姉上で、暗竜の神としての師匠だ。行くか?」

 断る理由は、微塵もない。ここまで知って、これ以上はいいやとなる訳がないだろう? 答えは示し合わせるまでもなく揃っていた。

 そこには、知りたくなかった事実もあるかもしれない。が、それも含め「知りたかった事」だ。

「行きます」

 真っ先に答えたのは、マールだった。

 日はとっくに暮れ、暗い空の中で月が輝いている。そんな月明りと魔力で作ったランプの明かりで場は明るく照らされ、彼等は楽しく食事を続けた。


 お腹もいっぱいになった所で、今度はこの好奇心も満たしに行こう。少し休憩を挟んでから、スサノオの案内でその場所に向かう。

 その道の時点で察したが、向かう先はあの建造物のようだ。

「エテルノが言ってた見慣れない建造物って、この社の事だろ。あと鳥居もそうか? 確かに、暗竜の国にはここ以外ないみたいだしな、見慣れないのも無理はない」

 そんな事を話しながら、スサノオは社と呼んだ建物の中に入る。後から皆が追って入って来た事を確認してから、彼はそこにある赤い水晶を顎で示す。

「これはな、『国の記憶』ってヤツだ。日本で起こった全ての出来事、そこで生きていた人間と神、全ての記憶の結晶体だ。触って沢山記憶が流れ込んで来たっていうのは、これがそういうモンだからだろうよ」

「なるほどなぁ、そういうのなんだなコレ」

 納得したパデラの直ぐ横、彼は遠慮なしにその水晶に手を付いた。その行為に一瞬その場にいた皆が驚いたが、次の瞬間起こった現象は、エテルノとパデラが同じ事をした時とは全く違う。

 転移魔法でも使ったかのようだ、気が付けば全く違う場所に立っていた。

 昔の日本を思わせるような街並み、マールにはその例えが出来なかったが、懐かしさのようなものを覚えていた。

 直ぐ前に繋がっている明るい街道は黒や茶色の髪と瞳を持った力を持つ存在、要するにかつての日本の神達で賑わっている。道に留まった屋台からは「大将! もう一杯!」という酒に浮ついた女の声が響き、グラスとグラスの合わさる軽やかな音が聞こえた。その他にも、祭りでも開催されているのではないかと思う程に楽しそうな声達が溢れ、不思議と心が浮ついて来る。

 愉快な騒ぎの中向けられる視線がある事に、マールは気付いていた。考えるまでもなく、黒髪の中にいる金髪や赤髪は目立つのだ。それに、神々も自分達のモノとは若干違う力を不思議に思っているのかもしれない。視線を向けられることは慣れている為、マールも他三人も大して気にしていなかったが。ちらと見てみれば、ディータが落ち着かなさそうに尻尾を動かしていた。

「スサノオ様、どっちに行くんですか?」

 マールが尋ねる。その問いの意味を察し、スサノオは言葉を付け足して答える。

「安心しろ、あっちの方だ。姉上の住んでいる屋敷に案内するから、しっかり付いて来いよ。逸れないようにな」

 注意した矢先、ピピルが焼き鳥に釣られて走ろうとし、すぐさまディータが尻尾を取り押さえる。

『逸れるなと言われた矢先に脱線しようとする奴がいるか!』

『だってぇー、焼き鳥うまそう!』

 ディータに怒られても、焼き鳥への食欲が勝っているようだ。じたばたと足を振り、逃れられないと悟ると、パデラにあれが食べたいという懇願の目を向ける。

「ははっ、帰ったら俺が作ってやろうか? 父さんの酒のつまみに作った事があるからな、自信あるぞー」

『やった! パデラ大好き!』

 なんとも単純な事だろうか。今度パデラが焼き鳥を焼いてくれるとなると、ピピルは利口に同行するようになった。

 賑わいを背に、人気の少なくなる方に進む。先程の道は店や居酒屋の集まる通りだったが、ここらは家々が点々としている。そのどれもがそこそこ広い屋敷で、歩きながら思わず見てしまう。

 大して長い距離は歩いていない。スサノオはその先にあった建物の前で立ち止まり、敷地の中に入る。入口と玄関の間にある石が埋め込まれた短い道を進んで玄関前に立つ。

 すると、来るのを知っていたかのようにガラガラと戸が開かれた。

「おぉ、待っておったぞ! よく来たな、暗竜の民よ」

 早々に放たれた明るい声。とても嬉しそうに出迎えた彼女は、穏やかな微笑みを浮かべ「中に入れ、ゆっくりしていくがよいぞ」と彼等を中に招いた。

 長く真っ直ぐな黒髪に澄んだ黒い瞳。顔つきこそスサノオとそっくりだが、感じるのは彼のような勇ましさや男らしさではなく、穏やかで優しそうな女神という印象だ。

 しかし、何より特記すべきは、その力だろう。たった一目見ただけで彼女が強者だと分かるような、偉大なる力が彼女から感じられたのだ。その力は強者の風格を待ちながら、太陽の光の魔力と同じような暖かさがあるように思える。

 障子を開ければ、そこは畳の居間だった。ちゃぶ台にはここにいる丁度の人数分の座布団が用意されているが、六人で囲むと少々ぎちぎちになるだろう。

「姉上、知ってたのですか? 俺がこいつ等連れてくる事」

「あぁ勿論じゃ、見ておったからの」

 ころころと笑い、彼女は視線をマール達に戻す。

「茶を淹れるでの、主らは先に座っておれ。そこの爬虫類も、適当な場所で寛いでいるがよいぞ」

『はーい!』

 ピピルは早速ごろんと寝転がり、畳の気持ちよさに『いいなぁこの畳!』とはしゃぐ。いくら寛いで良いと言われたからって、そうも遠慮なしにごろごろするモノではない。

『だからと言って早々に横になるなっ!』

 尻尾で引っ叩かれ、『あてっ』と声を突きだした。

「ははっ、構わぬ構わぬ。疲れているじゃろうて、楽な体勢でいて良いぞ。主らも、そうわざわざ正座をせんでも良いからの」

 使い魔達のコントに笑い声を漏らし、淹れたお茶を机の上に置く。

 マール達は彼女の気さくな態度で多少気を緩め、失礼じゃない程度に足を崩した。

 この雰囲気、なんだか暗竜と似ている。マールはそう感じていた。神であり絶対的強者も常に上に立つ者として振る舞っている訳ではない、自身の民と関わる時の暗竜は、まるで親かのように皆を見守るように振る舞っている。見る限り、彼女もそうなのだろう。暗竜の師であるなら、それも当然かもしれない。

 彼女は空いていた座布団に腰を下ろし、まずは一口茶を飲む。

「では、まず我が誰か教えよう。我が名は天照大御神、主らの神である暗竜の師匠じゃ!」

「主等の事は知っておるぞ。エテルノ、アサナト、それにマールとパデラじゃろ? 使い魔の連中も知っておる、ディータにピピルであろう」

 見事言い当てられ、思わずドキリとしてしまう。微かに表情が動いたマールの隣で、パデラもびっくりしながら、彼女の問いが正しい事を答える。

「そうだぜ! すっげぇな、分かるんだぁ~」

「うむ、暇ありゃ暗竜の国を見ておったからの。特に主等は有名じゃからのぉ、我も目が行ってたのじゃ」

 どこか自慢げなアマテラスの言葉に、マールは喜んだ方がいいのだろうかと些か首を捻る。しかし、彼女は反応を求めて話している訳ではないようだ。

「主等は知りたい事があって我の所まで来たのじゃろう。本題を先延ばしにするのもなんじゃろうて、話してやろう」

 前置きはここまでのようだ。優しい女神の顏のまま、本題に切り替えられる。真っ先に「お願いします」と答えたのは、マールだった。

 知りたい、そんな気持ちが前面に出ている。しかし、それはマールだけではない。「暗竜の民」である彼等、皆に言えた事だ。

 そんな少年達を目に、アマテラスは一つ頷く。

「うむ、よいじゃろう。しかと聞いておれ、少々、長くなる話だからの」

 彼女によって語られたのは、それはもう昔々もいい所な、今ではどれ程昔か全く思いだせない程前の事だった。


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