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十三 異なる世界

 さて、時は戻って日暮れ前。パデラとピピルと連れたエテルノは、魔力障害の原因を探すべく自ら力が使えぬ方に向かって進んでいた。

 そうして彼等は、異様な場所に辿り着いた。

 木々に囲まれた、不自然に開けた空間。そこには灰がかった木造の一種の門のようなモノが佇んでいるが、これを門と言うべきか、エテルノは分からない。門の役割である防御性は見るからに皆無なのだ。左右の柱の間には人が五人ほど並べる程のスペースがあり、最上部とその少し下に二つの柱を繋ぐように四角柱が渡っている。そしてその奥に、同じく木造の建物が佇んでいる。

 見た事のない風景だと言うのに、なんだか懐かしさを感じるような気がした。エテルノは、郷愁に似たそれに招かれるように門を超え、パデラとピピルも一緒に付いて行く。

 脚を踏み入れたその時だ。魔力が流れない事が気持ち悪さを伴う違和感でなくなったように、自然と体に落とし込まれる。

「パデラ。今の、気付いたか」

「おう。なんか、変わったな。魔力がないのが普通になった感じって言うか、なんちゅうか……」

『オレはわかんねぇ……』

 二人とも同じ認識で共感しているのに、自分だけ分からないと言うのは少し寂しい。ピピルは少しシュンとして答えるが、彼も無意識的にはこの空間が特別だと感じられていた。

 ピピルは辺りをきょろきょろと見渡す。しかし、門を抜けた先の更地にあるのはあの小ぶりの建物一つだけ。あとは建物の背後に一際目立つ縄が結ばれた木くらいだ。あとこれは目視で分かる事はないが、不思議な力を感じる。

 魔力を使えないのに、何かしらの力を感じる空間。ピピルの頭では難しい思考を出来ず、ここから考察に持っていけない。こういうのはエテルノの役目だし、だとしても一通り探索してみるのが先だろう。

『なぁなぁ、あの建物の中になんかあるんじゃね? 見てみようぜ!』

 振り返り、そこにいるはずの二人に話しかける。しかし、彼等はいつの間に眠っていた。

 この一瞬で寝る奴があるか。そもそも、エテルノに関してはこんな所で寝れる訳がないのだ。

『なんで寝てるんだよ!? おーい! エテルノぉ、パデラぁ!』

『ぅんー、なんでぇ……?』

 揺さぶっても起きず、首を傾げる。パデラの寝つきが良いのは知っているが、起こそうとすれば起きるはず。そして、やはり何よりエテルノが寝ている事が一番不可解だ。アサナトの言い草から、不眠症が直っているとは思えないし。

『んじゃ、オレもねーようっ!』

 考えた所で分からないと、ピピルは彼等の足元で丸くなった。

 が、眠れなかった。少し目を瞑って呼吸をしていたが、無理だ。そりゃそうだ、まだ寝る時間でもないのに寝れる訳がない。ピピルはどこでも眠れる子であるが、それは睡眠欲が湧いている場合はだ。

 一人でじっとしているのもつまらないと、彼は顔を上げる。そうして思い立った。あの謎の建物、入ってみようと。

『ふふーっ、なにがあるかなー!』

 この時、ピピルはとてもルンルンとしていた。それはもう、音符のマークが浮かぶほど。

 逆に考えてみろ。エテルノが寝ている、それはつまり、何をしても怒られないという事だ。

 数段の短い階段を上がり、中に入る。前側の真ん中のみ壁が無いが、柵が立てられここには入ってはいけない事を示している。人型であれば中に何かあるくらいは見れたかもしれないが、目線の低いピピルには床が黒茶色の板っぱである事しか分からない。

 であれば人型に化ければいいじゃないか! ピピルはそう思いついたが、そもそも魔力が使えないのだという話だ。

『それ以前にオレ、人型のやり方覚えてねぇ……』

 覚えてないという事を思いだし、シュンと尻尾を下げる。そして同時に丁度いい事を思いだした、何も人型になる必要はない。自分はヤモリ型ではないか!

 普段使わないからすっかり忘れていたが、この手には吸着性がある。ガラス面だってへっちゃら、スルスルと登れてしまうのだ! この程度の木柵を乗り越えるなど意図も容易い!

 さて、そう気付いたピピルは早速木の策に手を突き、よいしょと一歩前に進み顔を上げた。そうすれば視界はあっという間に柵を超え、中まで見渡せるようになった。

 差し込む自然光が少ない中、照明の無い部屋は薄暗い。が、見るからに生活の為の部屋ではないのだ、明るくなくとも困らなさそうだ。

 部屋の中は、先程見えた黒茶色の板間。何の用途かは分からないが奥の方が一段上がっており、その真ん中に四角く長い台が立っている。一際目を引くのは、その台の上に置かれた物体だろうか。赤い小さな座布団のような物が敷かれ、その上に鎮座するのは、澄んだ赤色の不思議な水晶だ。

 気になったピピルは柵を超え、中に入った。同じように台によじ登り、水晶に顔を近づけてみる。するとどうだ、赤の中に霧のような物が渦巻いているように見えた。霧は球体の中で漂い、浮遊しているようで固まっているような、その瞬間で見せる形を変えているではないか。

『なぁんだこれ? 力ありそーだけど、魔力じゃないし……』

 食い入るように見るが、見れば見るほど不思議なモンだ。これは一体何なのか……だが、ピピルでも一つ分かった事がある。それは、魔力以上の原因はこれだという事だ。だって、これに近づいた途端、魔力が使えないと言うより、「無い」という感覚がしたのだ。

 首を傾げながら水晶に触れる。触ってみなきゃどうにもならないだろう? だから彼は、手に取ってみた。そう、ガラス面ですらスラスラと登れるご自慢の吸着性のある手で。

 そうなれば勿論、水晶は手にくっついて浮かび上がった。

『あっ、持ち上げたいワケじゃねぇのに』

 手の吸着性をしまい込み、元の場所に置こうとした。しかしだ、手の向きが悪かった。座布団からは既に二センチほど浮いており、そしてその手の平は斜め上を向いていたのだ。球の軌道は坂を転がるように斜めり……端的に言えば、落ちた。コツンと硬い音を立てて、板っぱの床に着地したのだ。

 流石のピピルも、やらかしたと分かる音だ。

『ヤッベぇ……!』

 その時彼は超高速で落ちた水晶の所までより、ヒビが入っていないか確かめる。ころころと転がして、くまなく見てみるが、その表面は打痕も亀裂も一切なく、とても綺麗だ。

『ヒビ入ってない! セーーーーフっ!』

『おっし、じゃあバレる前にこれを戻せば……』

「バレてるよ、バカ使い魔が……」

 この時、ピピルの心臓はかなりヒュッとした。ぎこちなく振り向けば、いつの間にか起きて、いつの間にか入って来たのか、エテルノが圧の感じる無表情をでこちらを見ている。

「お前、声がデカいんだよ……嫌でも起きる……」

『ごめん! マジでごめん! オレ悪意はない! 悪意はないのぉ!』

「お前に悪意が持てる程の頭があるとは思っていない」

 呆れたため息を小さく付くエテルノ。ピピルは急いで水晶を元の位置に戻し、しっかり後始末もしたぞと弁解するような目を向ける。

「勝手に動くなって、再三言っただろう。忘れるのは仕方ないが……」

『あーあー! 説教は聞きたくないぜ! マールはしないもん! じゃあエテルノもしないでよ!』

「どういう理屈だそれは。大体、僕も子どもの頃はお前に口出しはしなかっただろ。面倒だったから」

『んじゃあマールもおっきくなったらオレに説教すんの!? ヤダー!』

 ピピルがギャーギャー騒いでいると、遅れてパデラも目が覚めたようだ。何があったかは分からなくとも、聞こえた内容で言い合いをしているのは分かり、微苦笑を浮かべながら中に入ってくる。彼が何かを言う前に、ピピルが突進でもするかのように飛びついた。

『パデラぁ! エテルノがいじめる!』

「お前のそれ嘘だろうが。僕に何言われても大体気にしてないだろ」

『あ、バレたぁ?』

 ツッコまれた事も気にせず、ケロリと答える。無邪気にもニコニコ笑い、先程泣きついて来たのが嘘のようだ。パデラは、要するに結局何があったのかとエテルノに視線を向ける。

「馬鹿の行動を理解しようとした所で面倒なだけだ。コイツの行動には思考が伴っていない」

「んー、まぁよくわかんねぇけど。ケンカしてないのならよかったぜ」

 パデラは飛びついてきているピピルをよしよしと撫で、下に降ろす。そうした時、改めて目に映った異様な物体。

「んで、これはなんだんだ? エテルノ」

「知らない。が、力を感じる。魔力ではなさそうだが……」

 観察してみるが、それだけで何かが分かる訳ではない。こういった時真っ先に出来る実験と言えば魔力を当てる事だが、だから魔力は使えないんだって言っている。

「……割るか?」

『さっきオレが落として怒ったのに!』

「その事に怒った訳じゃない。大体、僕は怒ってはいなかった」

 ピピルの異議は軽くいなし、エテルノは水晶のようなそれを手に取った。球の表面と手が触れ合ったその瞬間、一瞬にして頭その脳に膨大な量の記憶が流れ込み、不意な衝撃に小さく唸る。

 力の抜けた手から水晶が落ちる。それに気付いたパデラが咄嗟に受け取ろうと体を動かし見事床に触れる寸の所で阻止出したが、走った衝撃で手を引っ込めて……と言うより、突き飛ばした。

 そうして水晶は、落下こそ逃れたモノを綺麗な直線で壁に打ち付けられる。

『おぉい! それはオレがやったんよりよりやべぇぜパデラ!』

「あっ……! ま、まぁどうせ割ろうとしてたしな! だ、大丈夫だろ!?」

 ガバッと顔を上げて見てみるが、形は保っていた。

『お、オレがもどそっか?』

「頼んだ……」

 エテルノは眉間を抑えたまま言葉を返す。これに触れる事で何が起こったのか、ピピルは先程も触れたと言うのに恐る恐ると手を伸ばし、何事もない事を確認してから台座に戻す。

『んで、二人はなにがあったんだ? オレには何も起こらなかったぜ!』

「何かは分からない。数えきれない記憶が、一斉になだれ込んできたと言ったらいいか」

「俺もそんな感じだったぜ……頭いてぇ……逆に、ピピルは大丈夫だったのか?」

『オレはなんともねぇぜ! 何も考えてないからかな?』

「そういう事だろうが。自分で言うもんじゃないだろ……」

 しかし、お陰で思考が落ち着いた。そして彼は見えた記憶を情報として「理解」し、得た発見に愉快気に口角を上げる。

「良い情報が得られた。パデラ、気付いたか?」

「なにをだ?」

「今見えた記憶だが、その記憶の大半の者が魔力を持ち合わせていない人間のモノだった。見た目も魔力覚醒前の容姿をしていただろう? だがその中で、魔力覚醒前の見た目をしていながら力を持つ者も多くいた。魔力に近しいが、魔力じゃない。そうした力を持つ者が、暗竜様と同じく『神』と呼ばれていたんだ」

「そして、『神』のモノであろういくつかの記憶の中に、暗竜様の姿が見えた」

 告げられた内容に、パデラはキラキラと輝いた目を見開いた。

 魔力を持たない人間と、何かしらの力を持つ「神」。同じ世界に存在する二つの中、神の記憶にのみ魔力を持つ黒竜、暗竜の姿があった。これが何を示しているか、パデラはその謎解きまでは出来なかった。しかし、エテルノは考察できたのだろう。

「仮説を思いついた。詳しくはアサナト達の所に戻ってから話そう」

「おう!」

『おおー、なんだか楽しみー!』

 なんだか楽しくなっている彼等は気付いていなかった。水晶が壁にぶつかった時、その衝撃で何かが霧のような姿で飛び出していた事に。

 さて、場は変わって同じ頃。首を一つ獲られ七頭となった大蛇と、それに対峙するのは名の知らぬ力を持つ誰かだ。力を纏う剣が大蛇に向かい、大蛇は巨体の全てを鞭のように振るう。

「ハハッ、所詮はその程度か! 酒に酔ってなければ、貴様などケチョンケチョンだわ!」

「劣勢の癖によく言う。そういう事は、一撃入れてから言うモンだろ?」

 そんな煽りあいをしながら衝突するそれらを、マールは物言いたげにじっと見ていた。

 その内心を一言で表すなら、不満だろうか。感じ取ったディータが、そっとフォローを入れる。

『分かるぞ、主。魔力が使えないばかりに参戦出来ぬないのは不服だ』

「わかるー、俺もちと思った! 隠れて人が戦ってるの見るってのも性に合わねぇんだよなぁ。遊戯戦闘魔法使いとしては頂けない状況だが、ま、魔力使えないんじゃ仕方ねぇよ」

 気にしてない表情をしているが、アサナトだってこの状況は些か不服なのだ。昔はどこに行っても優秀だの最強だの褒め称えられていたのだから猶更に。きっとマールも歳に見合わぬ実力者であろう、自分が無力である立場にある事などなかったはずだ。

「なんで魔力使えないんだろうなぁ。暗竜様の近くって、魔力かなり使いやすくなるもんなんだけどな」

 そんな暗竜の影響を凌駕するモノがこの近くにあるのだろうが。だとしても不可思議だ。そんな事をぼやいて、アサナトは今一度魔力を手の平に浮かべてみようとする。

 しかし、当然、ここでは使え――

「あれ? 出た……」

 なんと驚いた。本当につい先程まで意地でも動かなかった魔力が、ごく普通に流れ出た。いつもの当たり前が疑問に思う日が来るなど考えてもいなかった。何があった? 確かに魔力は使えなかった。流れが石になって固まったかのように、ピクリともしなかったのだ。

 アサナトから出たそれを感じ、マールも即座に試してみる。間違いない、戻っている。

「要因は知らないが。なんだっていい」

 マールは手を握り、浮かべた魔力を体に戻す。

 普段使える物が少しも使えなくて、フラストレーションが溜まっていたのだ。そんな今の彼にあったのは、力を発散したいという欲望――要するに、闘志だ。

 そうなったマールは、直ぐに行動しだした。魔力を氷に変化させ、完全に油断している大蛇の頭上から振り落としたのだ。

 ツララを落とされた大蛇は不意に走った痛みに野太い悲鳴を上げ、

「お、氷柱か! いいねぇ! んじゃあ俺はぁ、落下炎だ!」

 追い打ちをかけるように降り注いだ炎を纏った岩に打たれる。痛みに悶えるそんな隙を見逃してもらえる訳もなく、残りの七つの首も呆気なく斬り落とされたのだ。

 首がなくなれば生きる方法もなくなり、大蛇は静かに息絶える。それを確認すると、男はマール達に振り返り豪快な笑みを見せる。

「今の術良かったぞ! ありがとうな」

「おう! ところで色々聞きたい事があり過ぎるんだけどよ。まず、ナニモンなんだ?」

 全てにおいて不思議なその男に、真っ直ぐとした目で尋ねる。まず何にせよ、疑問はそこからだ。

 男は「あー」と声を漏らし、少しの時間回答に迷った。

「なんて答えたら良いかね。とりあえず、俺の名前はスサノオだ。正確に名乗るとタケハヤスサノオノミコトになる、漢字で書くとこうだな」

 探り入れるように名乗った彼は、宙で指を動かし文字を浮かべる。可視化された建速須佐之男命の漢字の羅列を目に、その場にいた全員が驚愕した。

「えっ、名前漢字なの?!」

「暗竜様以外にいるのか……」

『一体どの立場の者だ? とても高貴な身分だと伺えるが』

 この反応に、何かを確認したスサノオは腕を組んで思考する。

「んー、どっから説明したらいいかね。まず、日本って国があったんだが、俺はそこに存在していた神の一柱だ」

「神様! ほー、すっげぇ……暗竜様以外にいたんだなぁ……え、そのニホンってのは? どこだ? もしかして海の向こうにあったあの土地の名前か? だとしたらどうしてここにいるんだ?」

 アサナトは一気に食いつく。彼のように顕著ではなかったものも、マールも興味津々な目を向けている。

「待て待て、そんな一気に質問してくんな。落ち着け、疑問には答えてやるから」

詰め寄って来たアサナトの肩を軽く押し、程よい距離を取る。

 そんな時丁度エテルノ達が戻って来て、いなかったはずの男と首が断たれた大蛇、興奮気味の相棒と子孫の光景に、「なにがあった」と尋ねてきた。

「えっとな、留守している間にこのでっけぇ化け物が出てきてな! 腹すいてたのかなんなのか知らんけど、マールを食おうとしやがったんだけど、そしたらこのスサノオっていうニホンってクニの神様がズバーって斬ったんだ。んだけど、八本も首ある化けもんだから、」

「長い。マール、簡潔に頼む」

「化け物をこのスサノオって神様が退治してくれた。あと、なんか知らないが魔力も使えるようになった」

 まさに重要な事だけをかいつまんでの説明だ。これが正解だったようで、エテルノは「なるほど。ありがとう」と子孫を軽く撫でた。

「お前、いつも詳しく話せって言うくせによぉ」

「それとこれとは別の場合だ。そもそも、お前にそれを求めた事はない」

 納得いっていないアサナトの不満は簡単に流した。

 しかし、アサナトの詳細を説明しようとして無駄に長くなった説明のお陰で掴めた事もある。点と点が一気に線になっていくこの感覚、悪くない。

 確かに言える事は、彼が仮説に繋がる確かな情報源だという事だ。

「スサノオ様、尋ねたい事がいくつかあります。よろしいでしょうか?」

 この時エテルノにあったのは、所謂知的好奇心というヤツだろう。先程考え付いた考察を皆に伝えるついでに、答え合わせもしようと。

「それはいいけどよ。話すと長くなりそうだ、とりあえずお前等、飯食いたいだろ」

 にかっと悪さも感じる笑い顔、横目で示されたのは狩りたて新鮮の大蛇だった。

 問いに答えるように、影を潜めていた空腹が主張しだす。アサナトとエテルノ含め、そろそろご飯を食べたい頃合いだった。

 そんな少年たちの空腹を見通し、スサノオは得意げにやけにごっついデカ包丁をどこからか出した。


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