目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

十二 探索

 そうして、森を歩く一行は四人と二匹となった。一度道を外れたその場所では、下手に歩けば迷子になりそうな右も左も分からない光景だったが、魔力とちょっとした知恵があればこのくらいは容易い。

「魔力の動きを意識しながら進めばいい。魔力が扱いづらくなる要因を探すのなら、それが手っ取り早い」

「あと、あれがあるな! 太陽は東から出て西に沈むだろ? んでもって、暗竜様の屋敷があんのは最東だ。要に、今太陽が傾いてる場所とは反対方向に進んできゃいいって訳」

 それぞれ提案を聞き、パデラとマールはそれを確認する。午後を過ぎた太陽は西側にいて、集中して感じてみれば東側の魔力が空気中で若干だがつっかえている感じがする。

「どちらにせよ方向は一緒になるか。東側の方が魔力の動きが悪い」

「そうなるな」

 マールの答えに頷き、エテルノは先に東に進む。

 彼も彼で、魔力以上の原因が何か気になっているのだろう。本人が気付いていないが、そんな好奇心が行動に出ている。

 その時アサナトは、それとは別に感じたモノに微笑を浮かべていた。

「あー、エテルノのやつ久しぶりの外で盛り上がってんなぁ」

「そうなのか?」

「おう! お前もマールの機嫌は何となく分かるだろ? 同じ要領だぜ」

 顔を近づけてこそっと話す。今度こそしっかりと控えめな声で、エテルノに合わせて先に進んだマールとディータには聞こえていない。

 彼等は彼等で何か話しているようだ。先程の生き写しの細かい説明だろうか、どちらにせよ自分には小難しい内容だろう。アサナトは二人がこちらに意識を向けていない事を確認すると、自身の生き写しを横目に口角を上げる。

「なぁパデラ。俺の生き写しって事は、お前も太陽の光だろ?」

「そうだぜ!」

 元気なお返事も一種の「太陽の光」らしさだろう。

「そっかぁ。ほんじゃ、良い事教えてやるよ」

 アサナトはそっと小さく手を伸ばし、その平に微かな魔力を浮かべる。微小ながらこれだけで落ち着くぬくもりを放っているそれは、太陽の光独自の特徴ある魔力だ。

「太陽の光の魔力はな、触れるだけで心が落ち着いて、安らかになれる。んだけど、その分依存性が高いんだ。あまり長く近くに置いておくと、体がそれなしじゃ生きていけなくなる」

「だから、大して仲良くしたい訳でもねぇ奴とは程よく距離を取らないといけぜ? ま、普段の学校生活で一緒に授業を受けて、一緒に話すくらいならなんら問題ないから安心しろ。ただ、過度な接触は避けた方が無難って訳」

 手を握り、魔力を内に収める。

 これは、太陽の光として生きるにおいて最も重要な事でもあろう。余計な争いを起こさない為にも、程よい距離を保つのは必要だ。この魔力は、一種の薬でもあるのだから。

 パデラはなんとなくそれを理解し、「なるほどなぁ」と軽く口にする。考えてみれば、自分は広く浅く付き合うタイプだ。もしかしたら、これも太陽の光としての性質の一つなのかもしれない、なんて。何となくだがそう思っていた。

 しっかりと分かってくれた少年に、アサナトは「そゆ事だ!」と、無邪気な笑顔を見せ、その一拍後、彼はゆったりと目を細める。

「逆に言えば。依存させたい相手には、積極的に構っていけって事だ」

 気持ち低くなった声のトーンに気付いたパデラは、顔を上げて先祖を見遣る。しかし、彼の表情は至って普通のニコニコ笑顔で、不思議な所は何一つ見当たらない。

 少し強めにパデラの肩を叩き、そのままグイッと引き寄せる。

「ま、詳しく知りたいのならまた後で訊いてくれよ! 人生の先輩として、色々教えてやるからなっ」

「おうよ、先輩!」

 パデラは、ほんの一瞬だけ感じた魔力が示した感情が何か分からないのだろう。今のが何だったのか疑問符も持ちながらも、素直な返答をする。が、今これが分かる必要もない。どうせその内この身をもって知る事なのだから。

 エテルノの生き写しがエテルノと同じような道を進もうとしているのだから、自分の生き写しだってそうなるはずだろう?

(今は、友達でいい……どうせ同じ道に来る)

 ほの暗い心は陰に隠して、アサナトはピピルをよしよしする。そうこう話している内に、体の中の魔力が行き詰まる感覚が顕著に現れ始めていた。そしてそれに並行して、マールが見るからに疲れている。

「おい、大丈夫かマール」

「足が痛い……」

 顔を顰め、マールは地に浮かび上がった木の根っこに腰を下ろした。

 この辺りは最早魔力は使えないといって差し支えないだろう。彼は普段ただ歩くだけで魔力を使っているのだから、酷く疲れるのも当然だ。しかし、それはマールだけではない。顔にこそ出ていないが、エテルノもかなり体力が突きかけていた。

 パデラとアサナトですら魔力の通路にどっしりと鉛が詰まったかのような感覚が骨身にこたえていたくらいだ。ここらで少し休むとしよう。

「さすがに、俺も少しきちぃぜ……」

 パデラも疲れたようにそう漏らして、マールの隣に座る。

「ま、仕方ねぇなぁ。マジで発生源に近づいてってるみたいだしな。いくら森でも普通に道を歩いたってここまでにはならないぜ。ディータとピピルは大丈夫そうか?」

『うむ……少し違和感があって気持ち悪いな』

『オレはまだまだ元気だぜ!』

 唯一、ピピルだけが影響を受けながらもピンピンとしている。

 意味が分からない。そんなマールの視線に気づいたディータは、主の足元で顔を上げる。

『馬鹿は風邪をひかないと言う。同じ原理であろう。実際、魔力障害は風邪の時に見られる主な現象だ』

「なるほど」

 頬杖を突き、一つ息を吐く。

 魔力切れを起こしたあの時と同じだ。魔法が使えなければ人並み以下だという事実は、あまり直視したくないのだが。こうも魔力障害が起これば嫌でも思い知らされる。

 それにしても、一体なにがあってこんな現象が起こっているのか。不思議だ。普段当たり前にある空気中の魔力が感じられない森の一角、マールは空を見上げる。

 日は自分たちの進行方向とは逆に落ちていき、もう直ぐ日が暮れる。

「そろそろ日が暮れるな……どうする? 俺もエテルノもうまい事魔法が使えねぇから、かなり都合がわりぃぞ」

 アサナトは本気で少しマズいと思っていた。

 こうなる可能性を全く考えていなかった訳ではないが、魔力の仕えなさが想定以上だったのだ。何せ自分達が森を歩いた時は、正式な道しか進んでいない。そこでも確かに扱いづらかったが、一晩を明かす為の魔法なら問題なく使えたのだ。しかし、これ程であるとそもそも魔法を使う事すら難しい。冗談抜きに、魔力が動かないのだから。

 しかしまぁ、今は春だ。気候も比較的暖かいから、どうにかなりそうだが。ここで体力の回復がてら一晩明かして、明日続きを探索するのが賢明だろう。アサナトはそう思ったのだが、どうやらエテルノは違う考えをしたようだ。

「これ程って事は、原因はもう直ぐ近くあるはずだ。突き止めれば、魔力も動くようになるだろう。アサナト、僕は先に見てくる。マールとパデラの面倒を見ておけ」

「この状況で単独行動する奴がいるかよ、お前も大人しく休んどけって」

 先に歩いて行こうとする相棒の腕を掴み、ここで休んでから皆で行く事を促す。

 しかし、エテルノはなぜだか少々意地になっていた。

「休んだところで回復しないだろ。だったら大本をどうにかした方が良い」

「魔力が回復しなくとも地力が回復するぜ? それにお前、一人だとぜってぇ寝ないだろ。というか寝れねぇだろ」

「生憎、僕は地力をそんなに持ち合わせていない。安心しろ、寝なくても明日に支障をきたさない」

 軽く言い争いが始まる予兆が出てきてしまった。それを察したパデラは、口を挟む。

「んじゃ、俺もついて行こっか? 言うて俺はまだ動けるしな」

 アサナトが引き留めようとする理由は、単独行動をさせる事の心配だろう。よもや、森に化け物とかが出てくる事はないだろうが、ただでさえ魔力が使えない状況で地力の少なく魔力に頼りっ切りの奴を一人にはさせたくない。有事の際、魔力がないのにどう対応するのと言うのか。

 彼の提案に、アサナトはあまり利口じゃない脳で考えた。使い魔がいるとは言え、自分が付いて行って子どもだけで残すのも心配だ。そして、まさか疲労困憊のマールを同行させる訳にもいかない。この状況、パデラを一緒に行かせるのが最適だろう。

 そう考え付いたアサナトは、ポンと手を叩きパデラを見る。

「それありだな! ほらエテルノ、行くならパデラと一緒に行ってこい!」

「おけ! 行こうぜエテルノ!」

『じゃあオレも行くー! オレは元気だからなっ』

 パデラとピピルが同時に彼の所に集まる。

 この時、エテルノの頭の中に浮かんだのは、二匹の小犬が「あそんであそんで!」と駆け寄ってきた時の光景だ。何も、彼等は遊んでほしい訳では全くないのだが。

「……まぁ、いいだろう。行くぞ」

 断る事が出来ず、エテルノは彼等を引き連れ先に進んだ。

「いってらっしゃーい」

 大きく手を振り、一息ついてからマールの隣に座る。

「んじゃ、俺達は留守番だな! マール、なんかおしゃべりでもするか?」

「いらない。疲れた」

 愛想の欠片もなく、ふいっと顔を逸らされた。まぁ、相棒とほぼ同じ顔の大人相手なんて、どう関わったらいいか分からないだろうが。

 それにこの感じ、パデラが行ってしまって拗ねているのだろう。伊達にエテルノの相棒をやっていない、そのくらいは見て分かる。内心では実は懐いているというのに態度に出そうとしない、この愛想のなさが彼等の可愛らしさだ。

 子どもの頃の相棒を思い返し、懐かしさで頬が緩む。それと同時に、なんだか甘やかしてやりたくなる衝動が湧く。

「疲れたんなら寝るか? 膝かしてやるぜ」

 マールは少し悩んだようで、少しの間が空いてから「いい」と断る。寝る気分ではないようだ。

『主、脚が痛いのなら我がマッサージをしようか?』

「出来るのか?」

『うむ。蜥蜴の手でも案外出来るモノだぞ。爪は隠せるから安心しろ』

 ディータは自身の前足を上げ、五本指の手を見せる。言っていた通り爪をしまえるようで、尖ったそれは瞬時に収納された。

「ほへー、その爪ってしまえるんだ。トカゲってんな事出来たっけ?」

『我は使い魔だからな、主を傷つけるような事があってはならない。ピピルの手の吸着性もオンオフが出来るようだぞ、以前見せてもらった』

 そんな豆知識も付け加え、ディータは『失礼するぞ』と爪を隠した両手で主の太ももを揉む。案外握力が籠るようで、丁度いい加減だった。

 そんな中、アサナトは大層驚いて口を開ける。

「ぅえ?! それ俺初めて知ったんだけど! アイツの手って吸着性あったんだ!」

『そこからなのだな……アイツは家守型だからな』

「そもそも、ヤモリなんだな」

『まぁ、分かるぞ。爬虫類系としか言わないのだから、それ以上の区別はしてないんだよな』

 それからも何気ない会話を続けている内に、揉み解されたマールの両足の痛みが大分和らぎ、日が半分以上沈んだ。しかし、エテルノ達はまだ戻ってこないようだ。

 あれから経過したのは一時間程だ。まだなのは可笑しくないが、そろそろ戻って来てもいい頃合いだろう。向こうの状況が把握出来ないのが厳しい所だ。

「んー。魔力使えりゃ状況訊けるんだけどなぁ」

 だが、一向に魔力が使える気配はない。どうしたものかと問えど、結局待つしか出来ないのだが。

 しかし、ここで少し問題が起こった。マールとディータの体が空腹を主張し出したのだ。パデラの置いていったリュックに携帯食料があるのだが、これは解凍するのに少量の魔力が必要となる。だが、今この状態では、少量の魔力すら出せない。

『うーむ……少しでも出せればいいのだが……』

「ははっ、その『少し』がねぇんだよなぁ……マジで動かねぇ……むしろ悪化してないかぁ?」

 ぴたりとも動かない魔力に苦笑を浮かべる。流れが悪いと言うより、阻止されていると表現した方が良いだろうか。これでは食事が出来ない。

 であれば果物やら木の実やらがあれば良かったのだが、生憎ここらの木々はただ緑を生い茂らせるのみだ。人間、魔力が使えないだけでここまで詰むものなのか。いや、この場合は状況が悪すぎる。

 エテルノが早いとこどうにか出来たらいいのだが。生憎その保証もない。そもそも発生源が取り除けるモノかどうかすら危ういのだ。せめて空腹だけでもどうにかしなければ、寝る事も難しい。

 どうにかいい打開策はないかと、少し考えてみれば案は簡単に思いついた。

「あっ、そうだ! マール、ディータ。少し待ってろ、俺がいっちょ少しでも魔力が使える所まで走って解凍してきてやるよ! 暗竜様が住んでいる所だからな、危ない事は起こらねぇから安心しろ!」

 言いながら、ごそごそとパックを取り出す。解凍した後の事を考えて、ピザを選んだ。マールも、エテルノと同じで小食だろう。ディータはどうだか分からないが大食いではなさそうだし、一枚あれば足りるはずだ。

 そう意気込んで走りだそうとした時、不意に何かの「力」を感じた。

 それは、魔力に似ていた。だが、なんだか違う。何が違うのか形容は出来ないが、感覚的に違う、何かの力だ。

 何の前触れもなしに現れた、力の持ち主。辺り一帯に差し掛かった影の先には、まるで巨大な蛇のような、八つの頭と尻尾を持った何かがいた。

 暗竜の普段の竜体と同じくらい、いや、これはそれ以上かもしれない。大の大人であるアサナトの身長の三・四倍はあるそれは、何も言わず鋭い目つきでこちらを見やる。

 形自体は今更驚くような形状ではないだろう。幻獣系使い魔には頭が三つある犬がいるくらいだ。些かデカすぎるが、姿を化けられるタイプの使い魔であれば本相がここまで大きい事だってあるだろう。問題はそこではない。

「なっ……なぁんだコイツ、でっけぇ」

『使い魔……では、ないな。そこのお前! 名はなんと言うんだ?』

 ディータはかなり大きな声で問いかけた。しかし、大蛇は問いに答えず、彼等を見遣ったまま威嚇のように全ての頭の口を大きく開く。

 矢先に、その内の一つの鎌首がマールに目掛け一口捕食しようと飛び掛かった。その動きは素早く、気付いたアサナトが咄嗟にいつものように魔力を飛ばそうとした、その時だ。

 マールを食いにかかろうとしたその首が斬り落とされ、どさりと大きな音を立てながら地面に落ちた。

「っと……お前等大丈夫だったか!?」

 同時に、見知らぬ男が慌てた様子で尋ねてくる。この体格のいい男が、大蛇の首を落としのだと察するのにそう時間は掛からなかった。

 大雑把に結んだ茶色がかった髪に、式典の時に着たりする着物と同じ形をした、それよりかはかなりラフな右前合わせの白い服を身に纏っている。それだけでも不思議な風貌なのだが、何より気になるのはそんな彼等から感じる力。先程感じた、魔力に似ているが何か違う力だ。

「ありがとうだけどマジで誰だよ!?」

「俺もよく分かってねぇよ! だが説明は後だ。とりあえず、ここは任せろ」

 何かの力を持ったその彼は、剣を薙ぎ大蛇と向き合う。大蛇は因縁の籠った目で男を見やり、グルルと獣のような唸り声を漏らす。

「あぁーー忘れもしないぞ、あの日の因縁。この吾を断った挙句、ムシャムシャ食いよって――!」

「そういやんな事もあったな。お前の肉、中々美味かったぞ。もういっちょ食べさせてくれんかね?」

 ふざけたように笑うと、逆上した大蛇が七つの鎌首で一斉に襲い掛かった――


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?