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十一 先祖の生き写し

「若い頃の俺いる! え、子どもの時の俺じゃん!」

「兄ちゃん!? 兄ちゃんこんな俺に似てないんだけど!」

 瓜二つの少年と青年が、互いの顔を見やり驚愕している。良く見れば瞳の色が違うが、大人になったパデラとマールの姿なんじゃないかと思う程にそっくりなのだ。ついでに言えば、見た目だけではなく、そのテンションも。

 突然大声を上げる赤髪に、互いの金髪がそれぞれ顔を顰める。

「うるさいぞ。驚くのは分かるが、もう少し静かにだな……」

 金髪蒼目の青年が文句を言いつける途中、

『あ……アサナトぉ~!』

 ピピルが赤髪の青年に飛びついた。

 飼い主が迎えに来た犬のように尻尾と顔で全力で喜びを示し、それを受け止めた青年は驚いたように目を見開いた後、軽やかに笑う。

「おぉいピピル、そうじゃれるなって」

『へへっ。やっと会えた! あのな、俺な、主がいない間にまた主が出来たんだぜ! コイツ! パデラってんだ、アサナトの子孫だぞ! こっちのマールは、エテルノの! それでそれで、コイツはディータだ! 俺と同じ爬虫類系使い魔!』

 ピピルに嬉々として紹介され、彼等は再び自分にそっくりな少年を見た。そして、少年もまた自分でも分かる程に自分に似た青年を見て、ピピルが呼んだ彼等の名を脳内に反復させる。

「エテルノ、アサナト……って、伝説の!」

「だな。先祖だってのは知ってたが……」

 あまりにも、似すぎじゃないか? そんな疑問がマールの中に浮かんでいる一方、アサナトはそれとは別の疑問を抱いていたようだ。

「え、俺子どもいないのに、どうして子孫いんだ?」

「普通に考えて、姉さんの子どもから派生した血だろうが」

 逆になぜ分からないんだと言いたげな目を向けられ、アサナトは「それかぁ」と微苦笑を浮かべる。

「よく覚えてんなぁエテルノ。姉さんが結婚してた事、すっかり忘れてたぜ」

「僕も忘れてたが、子孫を見て思いだした。……とりあえず。状況の整理をしようか」

 如何にも理解が追い付いていない子孫達を横目に、エテルノは一つ息を吐く。

 まずは、お互い理解が追い付いていないのをどうにかすべきだろう。整理を提案した彼自身、五割り程の推測しか出来ていないのだ。

「まず、名乗るのが先だな。僕はエテルノ・マールだ、遊戯戦闘魔法使いをやっている」

「同じく遊戯戦闘魔法使い、アサナト・パデラだぜ!」

「マール・ルキラだ」

「パデラ・エレズ! 俺とマールはつい最近入学したばっかりの一年生だぜ」

 名前だけを簡潔に告げたマールと、元気よく名前と学年まで紹介したパデラ。

「……名字を、名前にしたのか……? お前等の親は」

 そうして、怪訝そうな顔をしたエテルノ。彼の言う事はごもっとも、マールもパデラも、本来名字として使われていた文字列だ。しかし、口にした直後、彼は子の名前を不審に思うのも失礼な事だと思い直す。

「いや、失礼した。人の名前にとやかく言うべきではなかったな」

「問題ない。僕も思っている」

「ははっ、確かに考えてみりゃ変なネーミングだよなぁ。確か父さんは、先祖みたいに伝説に名が残る程の大義を成し遂げてほしいって意味だって言ってたぜ! 多分、マールの方も似たような考えでそうしたんだと思うぜ」

 名前の由来は訊いた事も言われたこともなかったが、大方パデラの言った通りなのだろう。この時、何気に彼の中で長年の疑念が晴れていたのだが、それがパデラのお陰と認めるのが何となく嫌で、彼は何も言わなかった。

 一見何も変わらない表情。そんなマールに気が付いたのは、彼の使い魔であるディータと先祖であるエテルノだけで、残りの赤髪二人は知らずして盛り上がっている。

「ほぉー、要に俺等リスペクトって事か!」

「そゆ事!」

「なんか嬉しいなぁ、俺等伝説なんだぁ。ま、俺達最強コンビだもんな! 当然だよなっ」

「話が逸れてる、戻すぞ。つまり、ピピルはアサナトがいない間に子孫であるパデラに召喚され、その使い魔になっていた。それで、そっちのディータは僕の子孫の使い魔だろ」

 このままでは関係ない話が永延と続くから、求められた同意を無視して会話を無理やり戻した。

『その通りだ』

「分かった、そこまでは把握した。マール、僕達の生きていた時からどれ程の時が経っている? 確か、僕達は最後に魔暦千百年の記念祭の催しとして仕事をしたんだ」

「僕の記憶では、四年くらい前に三千五百年の祭りをやっていた」

「成程。それじゃあ、あれから二千五百年以上も経っている訳か」

 二人が淡々と情報を共有している。実際言われている訳ではないが、「お前は口を挟むな」と言ったオーラをビシビシと感じ、アサナトとパデラは黙ってそれを聞いていた。

「エテルノ、僕から訊きたい。二人は、何があってここにいるんだ?」

「そうだな。まず、昔、僕は眺眼で散歩をした時に二つの事に気付いた。深海に土地が沈んでいるのと、海の向こうにも土地があった事だ」

 エテルノが話したのは、彼等がまだ伝説ではなく、ただ少しばかし有名で最強と称される程の魔法使いだった時の事だ。

「つまり、あの結界を破ったのか?」

「結界があるのを知ってるんだな。その通りだ。その時に大分魔力を削ったから、外に会った大地はほんの少ししか見れていないが。そこに人が生きている事だけは確認できた」

「聞いた事がないだろ? 深海と海の向こうに土地があるなんて。しかも海の向こうには、しっかりと生物が存在しているんだ。ただ、魔力が感じられなかった。不思議に思ってな。暗竜様なら何か知っているだろうと、僕はアサナトを連れてその事を尋ねに行ったんだ」

 どうやら、見た目ではなく行動原理も似ているようだ。今回マール達が森に出たのは、偶然にもタイミング良く課外学習の提案をされたからなのだが、それがなくともいずれは会いに行っていただろう。

 だが、好奇心が招くのが必ずしも良いものであるとは限らない。

「暗竜様は、至って普通に出迎えてくれたよ。だが、その事を訊いた途端、様子が可笑しくなられたんだ。それからはあまり覚えていないが……あれは恐らく、暴発が起こったんだろうな。気が付いたら、僕とアサナトは魔力空間にいた。出方も分からず、それからは二人で生活していたんだが。突然、魔力が溢れだして来てな。そしたら、ここにいた」

 エテルノの話は、ここで今この状況に辿り着いた。

 話を聞いたディータは、ある事で合点が行ったようだ。何があって彼等は暗竜に会いに行ったのか、どうして消えたのか。伝説の魔法使いの話を聞いた時からずっと疑問に思っていたのだ。

『伝説にあった暗竜様に会いに行った後に失踪したというのは、そういう事だったのだな』

 ストンと解消された感覚から、思わず声にして頷く。しかし、その言葉により逆にパデラに疑問が湧いた。何せ、彼はそんな伝説は知らない。

「ぅえ? そんなオチじゃなかっただろ。俺は聞いた覚えないぜ?」

『いや、しかし。確かに我はそう聞いて育ったぞ。切れ味の悪い終わりでモヤモヤしたのだ』

 ディータは伝説の終わりが改変されている事を知らず、あの終わりを覚えていないのかと首を傾げる。

 しかし、改変後の失踪のくだりが丸々カットされている伝説しか分からないパデラから言わせれば、終わり方がスッキリしないのはどちらかと言えば心情氷結の話だ。

「んー、ディーサの伝説の方が後味悪くね」

 図星を突かれたように唸り、尻尾の先が丸くなる。

『それはともかくだ。要に、ピピルは主達が魔力を出せば二人が助かると察したから、主達を連れてここまで来た訳だな?』

 あからさまに話題を逸らしたのだろうが、ピピルは全く気にせずに問いに返す。

『そんな感じ! なんか、急にピキーンって来てよ! アサナトの事を思いだしてな、パデラとアサナトの魔力がそっくりだって気付いたんだ。それでなんとなく、ここで二人に魔力出してもらえば、主達戻って来れるんじゃねぇかって!』

「お前、よく気付いたなぁ。すごいぞピピルっ、やればできる子!」

『ぅへへ~』

 アサナトに褒められて、ピピルは顔を緩めて全力で喜びを示した。

 一方で、彼の言葉を聞いたエテルノが思考する。

 ピピルは、パデラとアサナトの魔力がそっくりだって気付いたと言った。彼の言う通り、子孫である彼等から感じる力は、余程鈍感でなければ似ていると気付ける程だ。しかし、大前提として「魔力が似ている」といった事は殆どない。得意属性により「魔力の形質が似ている」と言うのはよく見る話しだが、その場合でも全体を引いて見た時、それは全く違うモノだ。

 この自分達と彼等の魔力の類似性は出てきた時点で感じられた事だったが、改めて言葉で聞いて意識すると更に気になってしまう。

「魔力が似ている……と言うか、そもそも、この魔力は……」

 呟きながら、マールの手を取った。

「……ほとんど、僕の魔力と同じじゃないか」

 触れ合って混じった魔力は、意識しなければ分からない些細な違いしか持ち合わせていない。天文学的な確率の奇跡、だとしたら同年代に二人もいるのが不可思議だ。ただの奇跡じゃないのなら、これは――

 その時、エテルノの頭に昔の記憶が過った。それは、昔に教師が何の気もなしに話していた、よくある授業中の小話だ。

「あぁ、思いだした。これが、『生き写し』か」

 一つの確証に至り、顔を上げる。その目に捉えたのは、先祖の言った言葉の意味が分からずにぽかんとしているマールだった。

 そして、ぽかんとしているのはパデラと、ついでにアサナトも一緒だ。

「「なんそれ?」」

「アサナト、なぜお前まで訊いてくるんだ」

「概ね言葉通りの現象だ。一説によればごく稀に魔力の残滓が輪転する魂に影響を与える事で起こるとされている。肉体に宿る前の魂は本来その時点で個々の魔力を持っているのだが、そこに親和性の高い残滓が入り込む事があるんだ。普通は元ある力に淘汰されるが、そうならない場合があってだな、例えば……」

 呆れつつも丁寧に説明を始めた彼だったが、その途中で早々に首を傾げているアサナトとパデラが目に映り、そりゃ理解できる訳ないかと一つ息を吐く。長い事相棒に何かを教える機会などなかったから、すっかり忘れていた。コイツには、因果とか原理とかは良いから一行で説明に説明するのが正解なのだ。

「魔力により存在が写される事で、昔に生きていた奴とほぼ同じ奴が生まれる場合があるって事だ」

「あぁ! そういや昔、先生がそんな話してたなぁ。よく覚えてなんぁエテルノ!」

「へー、俺それはじめて知ったー! すっげぇなぁ。んな事あるんだ」

 理解してくれたようだ。エテルノがこの説明をされたら「そんな簡単な現象じゃないだろ。もっと詳しく話せよ」と言いたくなるのだが、まぁ、それはエテルノだったらの話だ。

 ちらりと確認して見れば、マールが分かりづらくもほんの少し顔を顰めている。口にはしてこないが、エテルノには分かった。彼の言いたい事は、十中八九「そこまで話したなら全部説明しろ」だろう。

「後で別で教えてやるから」

「頼みたい」

 こそりと言うと、マールは真剣な顔で頷いた。やはり、考える事は同じだ。

「んじゃあ、パデラはほぼ俺って訳だな! じゃあ料理とかするか? こう見えて俺、料理男子なんだぜ」

「お、そうなんだな! 俺も料理は得意だぜーっ」

 その答えを聞いたアサナトは、何かピンときたのは、悪だくみをするいたずらっ子のような笑みを浮かべ、パデラにだけ聞こえるようにこっそりと問いかける。

「んじゃぁやっぱ、マールもプリン好きだろ? エテルノ、あぁ見えて俺の作ったプリンが一番好きなんだぜ? 市販の奴出した時のちょっと残念そうな顔、マジで良いぞ」

「なんそれ地味にうれしいヤツぅ。マールも最近やっと美味しいってデレてくれたんだ。これまで『食えればいい』とか、つれねぇ事ばっか言ってったんだぜ!」

 が、パデラはお構いなしに普通の声で答え、釣られたアサナトも大きな声で反応してしまった。

「あーあったあったそんな時期! 素直じゃねぇんだよなぁ、色々と。一人じゃ眠れねぇなら素直に一緒に寝てほしいって言りゃいいのによぉ」

「あーやっぱ? 俺知ってるぜ、ツンデレってやつ!」

「そうそれ! それなんだよなぁ」

 盛り上がる二人。それと同時に、二つの魔力の弾が彼等に向かって勢いよく飛んできて、間一髪でそれを避ける。慌てて顔を向ければ、黒いオーラを放った互いの相棒が魔力を滾らせてこちらを見ていた。

『まぁまぁ、どーどー』

『それを言うならどうどうだ。後それは人に対して使う言葉ではない』

 一発放ったら多少落ち着いたようで、どちらも大人しく魔力を鎮めた。

 照れ隠しが物騒だ、なんて。今言ったらまた一発かまされるだろうから、アサナトもパデラもそれを口にする事はしなかったが。しかし、それでバレないと思ったら大間違い。

「口にしなければバレないと思ってる辺り、お前は安直なんだ。顔に出るくせに」

 顔を顰めたエテルノがぼやき、ついでにもう一発弾を飛ばす。流石にこのタイミングは不意だったようで、見事アサナトの肩に命中した。

『な、中々の威力に見えたが……大丈夫か?』

「安心しろ。ちょっとした戯れだ」

 心配そうなディータに軽く一笑し、その直ぐに本来訊くべき問いに戻す。

「ところでマール。逆に、お前等は元より何のために森を渡ってたんだ?」

 つい関係ない所に興味を取られてしまったが、彼が次に問おうと思っていたのはこの事だ。

「課外学習だ。暗竜様に会いに行って、そのレポートを書く課題が出ている」

「あと、個人的に、深海の事を訊こうと思っていた」

「成程。生き写しとだけあって、やる事は同じだな」

 普通に生きている限り知り得ない未知なる世界。興味を魅かれるのも当然だ。かつて同じ事をしたエテルノは、その気持ちがよく分かる。

 だからこそ、そんな少年の好奇心を止めるべきだと知っていた。

「単刀直入に言う。止めておけ」

「暗竜様程のお方が暴発を起こすほどに動揺したんだ、きっとこの事には何かがある。だが、これは触れてはいけない事だ。恐らく、僕達が知っていい事ではない」

 エテルノは大人としての責を成そうと、濁す事なく告げた。

 昔の事だが、今でも鮮明に思い出せる。あの時暗竜が見せた、怯えているような、怖がっているような表情……確実にそこには何かがある。だが、そこに踏み入ってはいけないのも確かだ。この身に起こった事態がその証明だろう。

 しかし、大人に冷静に言い聞かされた所で子どもの好奇心は収まらない。理解と納得は違うのだ。マールは、むっとした顔で何も答えなかった。

 彼等の性格上、言い合いはしないだろうがお互い譲る事もないだろう。放っておいたら決着がつかないと、アサナトは口を開く。

「んじゃあよ、訊くかどうかは一旦置いといて、調べてみね?」

「森の中って色々不思議な事があるじゃん。魔力が使いづらいとかそういうの、なんかしら関係あるかもだぜ? 何も暗竜様に訊くだけが手じゃねぇだろ」

 この辺りが、互いに妥協できる中間点だろう。

「じゃあ、とりあえずそうする」

 マールもそれなら良いかと思ってくれたようで、渋々と言った様子だが受け入れてくれた。 

 まぁ、問題の先延ばしとも言うが。結局暗竜に会いに行く際に同じ討論になりそうだが……まぁ、その時はその時だ。

「よしっ、良い子だぞマール! そんじゃ、早速行ってみよっか。魔力が使えなくなる地点にはぜってぇなんかしらあるから! な!」

「おい、子ども扱いすんな……」

 わしゃわしゃと撫でてくるアサナトの手を両手で掴み、ひょいと離させる。その反応が少年の頃のエテルノとまんま一緒で、アサナトはつい感慨深く思っていたのだが、それは内緒だ。

『じゃあじゃあ、アサナト達も一緒に来てくれるのー!』

 ピピルはとても嬉しそうに反応を示し、アサナトの脚に飛びつく。

「おう! いいよな、エテルノ?」

「元より僕はそのつもりだった」

 子孫を目に映し、「大丈夫か?」とだけ問う。

 勿論、二人は断らなかった。

「いいぜ! 人数は多い方が楽しいもんなっ」

「あぁ、問題ない」

 パデラが二人に増えたと思うと騒がしいが、それも悪くないだろう。それに、生き写しという現象、とても興味がある。あと純粋に、レポートに書くネタが増えるという利点がある。今の一連で知ったあれらの事を書いていいのかは、些か用審議だが。


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