――起きた時、朝日は既に昇っていた。時の流れは早いモノだ、もう入学して五日目になってしまった。そんな事を思いながら、マールを起こさないようにそっとベッドから降り、朝日を前に背伸びをする。そうして早速、朝食の準備に取り掛かった。
味噌汁はいつも通りに準備をする。毎朝飲む事で健康にも繋がる、これも母の受け売りだ。朝に食べられるようにセットしていた白米はしっかり炊けているし、後はおかずの用意だ。
(卵焼き好きみたいだし、今日はサンドイッチでも作ろっかなぁ。卵のサンドイッチ、うめぇんだよなぁこれ!)
そう決めると、早速卵を茹で始める。少しして茹で上がったそれを剥いてから黄身と白身を分けてそれぞれを刻んで、それらに味付けをする。マールは甘いのが好きそうだから、味付けは少し甘めにした。こうしてパンに挟む卵が出来上がる。それが出来たら、あとは食パンに挟むだけだが……ここでパデラは、先に耳を取る事にした。パンは耳も美味しいが、サンドイッチにするとその部分だけ口当たりが固くなる。なんとなく、マールはそれを嫌がる気がしたのだ。
卵だけではなんだと冷蔵庫の中を覗くと、ハムとスライスチーズがあったためそれも使う。ついでにポテトサラダも作って、本日の朝食はサンドイッチとポテトサラダ、そして味噌汁という組み合わせになった。
そうして、出来上がった頃にマールがのそりと起き上がり、水分を求め冷蔵庫を開ける。その足元には主に合わせて起床したディータもおり、ついでに水をもらっていた。
「マール、それにディータ。おはよーさん」
「ん。おはよ」
『あぁ。おはようだ、パデラ』
マールは牛乳を一杯を飲み干すと、皿の上にあるサンドイッチに目を移した。
「サンドイッチに味噌汁って……なんか、違うだろ。種別が」
「毎朝味噌汁を飲むと体に良いんだぜ! まぁ美味きゃなんでもいいだろ?」
「そうだが……」
違う気がするのは変わらない。しかし美味しければ何でもいいというのも事実。悪い食い合わせでもないだろう。
「食おうぜ食おうぜ! ほら座れ~」
「あぁ」
一声だけで返すと、マールはいつもと同じ椅子に座り、机にまで運ばれる料理を目で追う。そうしていただきますをすると、その声に反応してお寝坊をしていたピピルもハッと体を起こし、『オレも食べるー!』と駆け寄ってきた。
『サンドイッチ~! なっつかしぃコレ、いっただまーす!』
『全く、朝から元気な奴だ……』
呆れ半分に言われている事も気にせず。寝起きだと言うのにお構いなしにガツガツと飯にありつく。この元気さは、ピピルの元気さは少し羨ましい部分でもあるが。
ディータは入れた一口を咀嚼しながら、次に主を見やる。魔力の流れも正常になって、ご飯もしっかりと食べられている。
「なーな。結局、お前ってどんな怖い夢みてるんだぁ?」
「うっさいな。何でも良いだろ、お前には関係ない」
「あるぜ! 一緒に寝てやってんだからよぉ」
話す彼等を目に、ディータは安堵する。
この分であれば心配はいらないだろう。同じ轍を踏む若者が出ずに済んだのだ、なんと喜ばしい事だろうか。感慨にふけているディータの事など知らず、ピピルはたまごサンドを口に『タマゴうんめぇ!』と
はしゃいでいた。
『全く、お前は……』
『んぁ?』
ピピルは呑気に首を傾げ、自身の口周りに付いた卵をぺろりとなめた。
ご飯を食べたら出る時間まで部屋でのんびりしていた。窓から校庭を覗けばそこで使い魔と遊んでいたり、いつの間にか仲良くなったのか先輩とおしゃべりしている同級生が見える。同級生の他にも、生徒達は暗竜が模られた像の噴水の周りで様々な事をしている。授業は一番早い時間でも九時開始だ、そこまでに教室にいればいい為、八時に差し掛かろうとしている今この時点ではまだ余裕があるのだろう。
マールは、そんな中で軽い手合わせをしている上級生をただ眺めていた。
二人の女子生徒がそれぞれの魔力を交わし合い、彼女等の知り合い達が観戦しそれぞれの友達を応援している。これも手合わせではあろうが遊びの範疇だろう。発動されている魔法の威力は左程強くはなく、飛び火しても痛くはなさそうだ。
学園内での戦闘は校則違反ではないが、周りの安全に配慮しなければならないというルールがあり、必ず指定で用意されている範囲でやる事が定められている。それに、本気の戦闘をしたいのならそれ用の教室か闘技場を借りる事を強く推奨されている為、校庭での手合わせは必然的にお遊びに絞られる。まぁ、たまに加減を間違えて怒られる生徒もいるようだが。あの女子生徒くらいの物では全く問題ないだろう。二人が使っている魔法も、水と風の比較的威力も低めの物であるし。
楽しそうに戦っている生徒を目に、マールは横で控えているディータを撫でる。
「マールなにみとん?」
隣に座って訊いてきたパデラに、マールは「ん」と見ていたそれを示す。
「お、手合わせか! いいなぁ、俺もしたいなぁ」
言いながら、ちらちらと視線を寄こして来る。なんとも分かりやすい要求だろうか。今日一学年の授業は昼からだから、時間はあるが。
「お前が申請するってなら、付き合ってやる」
闘技場の使用には申請がいる。簡単な紙一枚を書くだけだが、マールはしたくない。その書くと言う行為が面倒なのだから。
「闘技場使うって事は……お前本気だしてくれんの!?」
「ガヤが湧くのは面倒だ」
要約すれば、別に本気で戦いたいからではなく、周りで観衆が湧かれるような気分ではないのだ。正直気が散る。
しかし、そんな理由でもパデラは目を輝かせ、「行ってくる!」と寮の受付に走って行った。
まるで小犬みたいだだ、と、マールはふっと一笑する。そこまでしてやりたいのなら戦ってやってもいいだろう、戦闘は嫌いではない。そうして一分も経たずに許可証を貰って帰って来たパデラは、ただでさえ元気なのに加え生き生きとしていた。
それもそのはず。今まで彼は、強すぎるが故に同年代の者と対等に戦えた事が無いのだ。それがマール相手だとどうだ、小手試しの魔法だけで「勝てない」と悟らせる、圧倒的な力――しかもマールは、まだ一切の本気は出していないと言わんばかりに涼しい顔でそれを見せてくる。その戦いには、未だかつてなかった興奮があったのだ。
「時間が無くなっちゃうぜ! ほらほら、早くぅ!」
グイグイとマールの手を引き、速足で駆けだす。
「わかったわかった。うるせぇ奴だな、ほんと」
マールは溜息を突きながら、魔力を脚に向かわせた。振りほどかずに握ったままのパデラの手は相変わらず温かかったが、これが彼の魔力か体温かは今一分からなかった。
それから、自室から闘技場まで走り抜けたが、両者とも息は切らしていなかった。が、マールに関しては自の体力ではなく魔力のお陰だ。
「マールお前、走んのに魔力使うなよ。筋肉の老化早まるみたいだぞ」
コイツは料理といい何と言い自力に拘るタイプなのだ。しかしマールからすれば、コップの寿命だとか筋肉の老化だとかは知ったこっちゃない。マールは面倒だと言わんばかりにただでさえジト目気味な目を更にジトっとさせる。
「知るか」
「知らないのか? 意外だぜ!」
「そう言う意味じゃない、バカが」
言葉そのまんまの意味で受け取ったパデラに言い放ち、つかつかと先に闘技場の門を潜る。パデラも駆け足でそれを追い、その後を送れて使い魔二匹が追いかけて来た。何せ、爬虫類は人間程早く走れないのだ。転移魔法を使えば済む話しではあるのだが。
『全く。主達は、我等の脚の遅さを考慮してほしいモノだ……』
『ま、しかたないんじゃね? まだ少ししかたってねぇからな。そーいうモンだぜ、ディータ』
二匹がたどり着いて顔を上げた時、その主達は既に戦闘を始めており、お互いに盛り上がっていた。
パデラの魔力が彼の手が向けられた魔法陣から雷のように突っ走る。横に落ちる雷といった所だろうか、それらは次々と出されるマールの陣によって弾かれ、同時にそこから氷柱が飛び交う。二人の間では時折雷と氷柱がぶつかり合いその姿を魔力と戻し散っている。しかし、彼等にとってこれは序の口だろう。力を共有した使い魔である二匹にはそれが分かる。
『なぁディータ! 応戦しようぜ!』
『それが出来るのならしたいモノだが……主達はまだ使い魔との共闘は習っていないのだぞ』
『なぁに予習ってやつだよ予習! ちょっと支援するだけなら問題ねぇって! パデラ~、オレの魔力受け取れぇーい!』
話しも聞かずにピピルは自身の魔力を投げ飛ばし、主の魔力の底上げをする。遊戯戦闘魔法使いの使い魔もよく使うサポートの術だ。
『あっ、この馬鹿! であれば仕方ない。主よ、頼んだぞ!』
こうなれば自分も使わなければつり合いが持てないと、ディータは同じように主に魔力を分け与える。そうする事で、お互いの発動していた術が更に強化され勢いが増した。
マールはその変化にいち早く気が付き、小さく口角を上げる。底上げされた魔力を片手間で活性化させ、嗾けていた魔法を一斉に収束させる。しかし、パデラはまだ手を止めようとしていなかった為に、更なる電力を帯びた魔力は容赦なしに無防備なマールに牙を剥こうとした。
しかし、それは次の瞬間に放たれた純粋な魔力の衝撃波によって打ちのめされる。魔法を超えて、パデラの身体にも直接衝撃を与え、怯んだ隙を狙って、地に落ちた魔力を数多くの氷のつぶてのように舞わせ、パデラを襲うよう指示をした。
小さな氷達は風が強い日の霰のように、相手を攻撃するために飛び交う。ピピルはそれから護るようにパデラの周りに魔力の幕を張り、それらを弾く。対してガードを破る為ディータが更に主の魔法を援助し、威力を上げさせる。その間に、パデラは辺りに浮遊している目に見えない魔力を集め、自身の中で炎の気質を持たせながら活性化させ、ガードが敗れたその瞬間に放つ。
炎の波は礫を融かし、水となった魔力が降り注ぐ。それに応じて走りながら素早く炎を電気に変え、マールの肩を掴んで打ち込んだ。
流石の彼も、体に電撃を流されるのは肉体的に厳しいようだ。痛みと共に体が一時的に麻痺したが、魔力を使いう分においては左程問題ではない。密着する位置にいるパデラを逃がさないように抱き留め、最早打撃となるような強風を至近距離で撃った。
「はは。流石だぜマール!」
風に実態はなくとも、強ければそれは物理的ダメージへと変わる。パデラの身体には背を殴られたような感覚が余韻として残っていたが、そんな痛覚よりも楽しさが勝っていた。しかし、それはマールも同じ事。体には痺れが残っているが、まだ自身の魔力は尽きていない。戦闘において、愉しいのはここからだ。今なら、途中で止められる事もない。
「パデラ。もうへばってないだろうな」
「モチのロン! 見てろマール、いっちゃんデカいの見せてやる!」
二人は一斉に後ろに飛び、距離を取る。それぞれの魔力がすさまじい勢いで活性化され、体内で氷と雷に変換される。
術が発動できるようになったのは、同じタイミングだった。
「「行け!」」
二人の号令が重なり、展開された魔方陣からそれぞれの得意属性で模られた不死鳥のように巨大な鳥が翼を広げてお互いで衝突する。
属性の有利性はどちらもない、純粋な魔力勝負だ。果てに、マールの氷の鳥がパデラの術を打ち破り、託された力を費やした事によって地に失せたのだ。
戦おうと思えば戦えるが、パデラの体内に残った魔力は、これ以上戦闘に回せなさそうだ。
魔力を切らすと、人間動く事すら出来なくなる。それで死にやしないし、しばやく休んでいれば回復する事だが、魔力切れを起こす前に辞める方が賢明だろう。
「っちゃー、俺の負けだ。やっぱ、マールはつえぇな!」
「このくらい、出来て当然だ」
「ははっ、よく言うぜ」
マールにとっては、確かにそうなのだろう。しかし、クラスメイトが聞いたら嫌味にしか聞こえないだろうが。パデラは自分の際立った強さを知っている。自分で言うのも何であるが、天才の部類なのだ。マールはそんな自分より更に優れているのだから、それはもう大層な「才能」だ。今の戦闘も「このくらい」という言葉で収まってしまうのだろう。
『こう言っては不憫なモノだが、下手な大人より戦えてるかもしれぬな』
『それは言えてる! ま、オレ等の主だもん、あたりまえだよな!』
ピピルは尻尾をぶんぶんと振りながら、パデラに大型犬かのように飛びついた。
「お前もやるか?」
珍しく冗談のような事を言うマール。恐らく、戦闘の余韻で気持ちが浮いているのだろう。途中からの観戦だったが、ディータには分かる。彼は、底力ではないとは言えそれなりに本気で戦う事が出来ていたのだ。それはもう、とても楽しい事だろう。
『やるわけなかろう。それに、飛びつけば主の背骨が折れそうだ』
ディータが言うと、若干不服そうな表情をしたが否定はしなかった。大型犬程ある爬虫類は、まぁ大型犬並みには重いだろう。本当に折れたら困る、まぁ魔力で防げていれば問題はないだろうが。しかし、自分の地の身体が脆いと言われているのも同じだろう? なんだか、複雑だ。
そんな考えが読みづらい表情の中に諸に出ている彼に、ディータは小さく笑いかける。
『主よ。感情も、完全に悪い物ではないだろ』
「……多分な」
そこで使い魔と戯れるパデラが横目に映り、目を逸らす。そんな彼に気が付き、パデラは「んぁ?」と首を傾げた。
「戻るぞ」
「おう!」
一頻り楽しんだ二人は、今度は二匹を置いていかないように外に出る。いくら爬虫類の脚は遅いとは言え、人が少しだけ速度を落とせば並行できる。
彫刻が施された門を潜り、闘技場から出る。するとどうだ、そこに人が集まっているではないか。先程の戦闘に釣られ、生徒に加え教師までも様子を見に来ていたのだ。
「今戦ってたのって二人?!」
外に出た瞬間に、女子生徒が食い気味に尋ねてくる。制服からして十期生であろう。マールは顔に出さずに面倒くさいと心の中で呟いたが、愛想のいいパデラはそんな素振りも見せずに答える。
「うん! そーだぜ」
「すごいね! 部屋にいたんだけど、気になって見に来ちゃった」
周りの人も彼女と同じように、興奮気味に似たようなことを口にする。ディータが言ったように、彼等の戦闘は下手な十期生より出来ているのだ。しかもそれを入学したての新入生がやれば、話題にもなるだろう。
ガヤが面倒で闘技場を借りたと言うのに、結局ガヤが湧いてしまった。しかし、仕方は無いだろう。闘技場は安全面もしっかりと整備された施設だが、活性化された魔力は強い程外にまで伝わってしまい、余程鈍感なモノでなければ感じ取れる。マールはこれを知らなかったが、なんとなくそれを察し、バレない程度に溜息を突いた。
一方でパデラは、同級生からも上級生からもすげぇすげぇと称賛され素直に嬉しがっていた。そんな時、人だかりの中から一際目立って美しい女性、サフィラが二人の前に顔を出す。輝きすら感じる微笑みを見せる彼女に、近くにいた者は男女問わずに思わず見惚れているようだ。
「マール、パデラ」
「あ、サフィラ先生!」
「受付の者から話が届いたので、外で様子を窺っていました。お二人共、流石の実力ですね。外で魔力を感じているだけでも力がよく伝わってきましたよ。暗竜様もお喜びになられるでしょう」
「へへっ、そうか?」
担任に褒められて尚の事嬉しそうなパデラ。「だってよ!」と嬉々としてマールに振り向き、彼に駆け寄ってマールの肩を組む。
「せんせっ、マールすごかったんだぜ! なんて言うか……うん! すげかったんだ!」
アピールしたかったようだが、語彙が追い付ていない模様。結果「凄かった」の一言で済ませた彼に、マールは呆れたような目を向け、そうしてサフィラは微笑んだ。非常に尊きBL……いや、友情にだ。友情に微笑んだのだ。決して腐女子目線の下心ではない。きっと……多分。
さて、遊んだ後は部屋で少し休憩をして、二人は授業に向かった。その間、使い魔は部屋でお留守番だ。
学園内には授業などの間で使い魔達を預かってくれる施設もあり、パンフレットを見返してそれを知ったパデラが「行くか?」と尋ねたが、ディータは迷う事無く首を振った。逆にピピルは行きたがっていたが、ディータがいかぬと答えたから、『じゃあオレもいかね!』となった。今日も二匹で適当に時間を潰すのだろう。
二人を見送った後、ピピルが『どーんっ!』と口にしながら上に飛びついてくる。ディータはその衝撃で軽く咽せ、自身の上で構わずくつろごうとする彼を振り落とす。
『あてっ』
『お前は、自分の重さを考えろ』
『えぇー、楽しいのに』
頬を膨らませながらもう一度登ってこようとするものだから、ディータ尻尾の先でぺしんと叩き、ベッドに飛び乗る。
ピピルはそれを何と勘違いしたのか、目を輝かせてディータの後を追い、かくして二匹の鬼ごっこが始まった。そこまで広くはない量の室内、大型犬サイズが二匹駆けまわるには狭く、机の上のティッシュ箱が蹴り飛ばされ床に落ちる。ディータは気が付いて立ち止まって直そうとしたが、そこを狙ってピピルが飛び掛かってくる。
『なぁなぁ遊ぼうぜー! オレひまぁ!』
『静かにせんか! 遊ぶにしても部屋で走るのは無しだ、自分の大きさを考えろ!』
結局どちらもギャーギャーと騒いで、やがて先に疲れたディータが寝床にしているクッションに丸まってしまう。ピピルは退屈そうに頬を膨らませ、仕方がなしとその上に乗って眠った。
言わずもがな寝苦しさで目を覚まし、身の上にいたピピルを投げ飛ばしたのだが。
二匹は主不在の間、そんな事を延々と続けている。そうしていると流石のピピルも疲れてきたようでクッションの上で落ち着いた。
『はぁー、楽しかった!』
『我は疲れた……』
ピピルは満足気だが、その分ディータが疲労している。ヘタッとクッションに寝込めば、ピピルが尻尾の先でぽんぽんとしてきた。
『こういうの。なんか、懐かしい気がするな』
珍しくも落ち着いた声でそんな事を呟いた。その声を聞いてディータが横を見やると、彼は本当に唐突体を伏せぐーぐーと寝始める。
ディータは驚いて体をビクッとさせてしまったが、寝えただけだと気が付くと安堵の息を付く。
『なんだ。寝ぼけていただけか』
少し悲しな彼の声がどうも頭に焼き付いて、寝るに寝れなかった。
同じ頃、彼等の主である二人は座学としてサフィラの話を聞いていた。マールからすればとうの昔に知っている事であり今更の知識ではあるが、サボると後が面倒になるだろう。だから適当に聞き流して過ごしている。
だっが、パデラは隣で興味深そうに聞いているのだ。不思議でたまらない、とっくに知っている事だろうに。
(いや、こいつの場合、知らずにやってる事もあるか。バカだし)
膝に頬杖を突き、無意識にパデラを観察していた。
「なんだぁマール?」
「なんでも」
視線に気が付いたパデラがニマっと笑って首をかしげ、マールはふいと顔を逸らした。
バカはバカなんだから知識がないのも仕方がないだろう。しかしそうなると、彼が知識としての魔法を覚えたらもっと強くなるのだろうか。仮にそうなったとしても、自分には敵わないだろう。そもそもコイツの頭がそれを出来るかが危うい。
マールはそんなことを思考しながら、サフィラの美しい声を聞き流していた。
今回は風魔法の授業らしく、水の時と同じく日常生活での活用方法や戦闘での立ち回り方、それらの知識を座学で学んだ後に実践を伴う練習を行う。基本的に五大属性の授業はその流れで行うのだろう。
座学のターンはマールにとって退屈でしかない。故に、彼はその間パデラの百面相を横目で見ていたのだ。
しかし、視線というのは案外伝わるモノで、パデラは見られている事を分かっていたのだが。これはマールには内緒だ。