目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

四 カワイイ弟


 マールは、朝目が覚めた時点で察していた。

 非常によく眠れたというこの感覚、自分には余程疲れていない限りあり得ない事なのだ。そもそも疲れる事もまぁない。

『おはよう、主。寝起きで悪いが、国語の教科書になるような文献はないだろうか?』

 起きて途端に投げかけられたのは、そんな問いだ。開口一番に訊く事かと思いながらも、無難な返しをする。

「図書館に行けばあるだろ」

「そーだなぁ、朝ごはんの後にひとっ走り借りて来てやるぜ。授業まで少しだけ時間あるしな」

『うむ、助かる。出来れば幼児用から子ども用くらいまでのを頼むぞ』

 ディータが横目に映したピピルは、何の事かを理解せずに『んぁ?』と彼を見た。

 約束通り、食事の後は複合施設内にある図書館に向かった。散歩がてらマールと一緒に行こうと思ったのだが、断られてしまった為一人だ。

 図書館は上階のフロアを贅沢に全て使われているこの場所だ。円形の壁に沿うように本棚が立ち並ぶ。吹き抜けとなっている上を見上げると、天井のガラス越しに空が見えた。

 パデラは何度かこの場所に来たことがあるが、改めて学生として入るとまた違った感覚がする。

「っと、そうだ。国語の教科書だよな」

 入り繰り付近に並べられた操作パネルに手を添える。借りたい本が決まっている場合は、ここで呼び出しが出来るのだ。

「えーっと。教材、教材……あったあった!」

 要望通りの本をリストに入れ、送信を押す。そうすれば注文の本がそこ場に現れ、貸出期限が書かれた紙も一緒に引き渡される。

 まだ時間はある。だからパデラは、下の階にある本屋でお目当てのレシピ本を探していた。

「お。あったあった……」

 パデラはお目当てのそれを見つけだし、手に取る。この著者のレシピは全て魔力を一切使わない調理法で、彼女の出すレシピ本は必ず買う程気に入っているのだ。手に取ると直ぐに購入し、店から出る。

 油断していた事で目の前からやって来る人影に気が付けず、見事に衝突した。

「わっ、悪い! 大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。こちらこそすみません、よそ見していました……」

 顔を上げると、愛想のよさげな銀髪の少年が申し訳なさそうに様子を窺ってくる。見るに年下だろうに、しっかりした子だ。

「俺は大丈夫だぜ。っと、授業までそんな時間ないか。じゃあな!」

 彼に手を振って、少し速めた脚で寮に繋がる渡り廊下へ向かう。

(にしても、さっきの奴。なぁんか見た事ある顔なんだよなぁ……なんだろ?)

 そんな疑問を抱きながら部屋に戻ると、ベッドの上に座っているマールが一言「遅い」とぶっきらぼうに告げた。

「ったくよ、お前は愛想がねぇなぁ」

 パデラが微苦笑を浮かべる。マールはそれを無視するように、「先行くぞ」と立ちあがった。

「あ、待てよマール! ディータ、借りた本ここ置いとくからな! じゃ、行ってきます」

『あぁ、いってらっしゃい』

 手は降れないため尻尾を振ると、遅れてピピルも『いってらっしゃーい!』と声を上げる。

『なぁディータ。こっそり付いて行かね? とーか魔法は使えるだろ?』

『透過魔法な。しかしダメだ。お前は、少し勉強するべきだ』

 爬虫類の手でぽんと教科書に手を乗せる。

『えぇー……やだぁ』

『主達が授業をしているのだ。我等だって勉学に励むべきだろ?』

 心底面倒くさそうなえーが出てきたが、ディータに逃がしてくれる気はないようだ。馬鹿真面目なのか何なのか、勉強は面倒な事だが、暇つぶしだと思えばいいだろう。

 使い魔達が座学を始めている中、その主である二人の本日の授業は実戦形式のモノだ。

「皆さん、おはようございます。本日は朝からの授業になりますので、まだ眠い方もいるでしょうが。今から、嫌でも目が覚める事でしょう」

 生徒の前、笑みを浮かべたサフィラがそう告げると同時、彼女が発動した魔法で一瞬の間に大量の水が落ちる。

 眠そうにしていた生徒達も、これには目を覚まさざるを得なかったようだ。唯一、術の直前に察したマールは一滴も濡れていないが。

「降水魔法かぁ。あっぶねぇ、少し濡れたなぁ」

 パデラは反応に遅れ、小雨に振られた程度に濡れている。

「どうでしたか? 今皆さんの身を持って体感してもらったこれが、魔力を水に変え、振り落とす降水魔法です。先日の手合わせでも使用している方がいましたね」

 説明しながら、塗れた生徒達を何事もなかったかのように乾かす。これは風魔法の一種だが、今日の授業の内容にはそぐわない為、説明は排除した。

「水は目に見えるモノであり、流れも想像しやすいので扱いやすい魔法でもあります。同じく扱いやすい炎魔法と比べ、危険性も低いので魔力の扱い練習にはもってこいなのです。使いこなす事が出来れば、」

 サフィラの手の平から水滴が浮かび上がり、猫の姿になった。水の猫はひょいと飛び上がると鳥の形に変化し、飛び回る最中に蝶になり、後に地に足を突くその瞬間に一角獣へと姿を変え、澄んだ美しい咆哮を教室中に響かせた。

「このような事が出来ます」

 役目を終えたそれはただの水となりサフィラの手中に魔力として戻り、その一連の流れに生徒達が拍手を送る。

「今の凄かったな!」

「あのくらいなら、僕でも出来る」

 マールのちょっとした張り合いなのか、顔を合わせないままわざわざそんな事を口にしていた。

 実際、サフィラが見せたこれはさして難しい芸当ではない。大人であれば出来て然るべき範疇だ。

「お前は冷めてんなぁ」

 パデラの苦笑いには反応せず、一瞬だけ合った目もふいと逸らされてしまう。

 そんなやりとりをしている間にも授業は続く。サフィラの透き通った声が、水魔法とはの解説を紡いでいた。

 さて、まるで冷静に指導している彼女だが。その内心は全くもっておしとやかではなかった。

 この少年達が、水をかけあう。水魔法練習はキャッキャッと戯れる少年達が存分に拝見できる授業なのだ。素晴らしい。しかも、今まさに視界の中で推しカプの供給がなされた、興奮でしかない。そんな喧しい内心を面に全く出していないのだ、彼女のフェイクは流石と言った所だろう。伊達にうん年も腐女子をやっていない。

 しかし、良いモノが見られるのはこれからだ。サフィラは自身の欲も相まって張り切って進行しようとした、その時、

「失礼しまーす! マールって人、ここに居ますかー?」

 開かれた扉から、なんとも明るい少年の声が入り込んできた。

 パデラは直ぐに気が付いた。コイツは、先程ぶつかった愛想の良さそうな奴だ。そして同時に、そんな少年が、マールと似た顔立ちだという事もだ。

 雰囲気は違う。マールのジト目と彼の真丸い目は、同じ色でもまるで与える印象が違う。しかし確かに、同じモノを感じた。

「あ、いたぁ! 兄さ~ん、僕だよ、リール! いくら兄さんでも、こぉんなに可愛い弟を忘れるわけないよねっ!」

 キャピッという効果音が似合うだろうか。リールと名乗ったその彼は、キャッキャとはしゃぎながらマールに詰め寄る。

「なぁんて顔しているのさ、兄さん! こんなに可愛い弟がわざわざ会いに来たっていうのにさっ! 兄さんったら、あれからずーっと帰ってこないでさぁ。酷い人なんだから! ねぇ、次のおやすみに帰って来なよ。父さんも母さんも、待ってるんだよ?」

 ニコニコしていたリールの表情が、少しの悲しみを帯びた。しかし、マールはお構いなしに、たった一言で切り捨てる。

「断る」

 酷く冷えた、単調な一言だった。

「じゃあ兄さん。また僕と、勝負してよ。僕が勝ったら、嫌でも兄さん連れて行くから」

 その瞬間に、場に流れる空気が変わる。まるでお互いを威嚇し合うように、互いの魔力が戦闘意思を剥き出しにして溢れかえっている。

「待て待て! お前等ちょっと落ち着け! 状況が読めないんだけど!」

 耐え切れなくなったパデラは、遂に二人の間に入り込んで声を上げた。

「てか今授業中なんだけど!! ごめん先生、ちょっとこいつ等一回外に出し、」

「構いません、続けてください」

 間髪入れずの即答だった。心なしか彼女の瞳孔が開いているような気がするが、多分気のせいだろう。

「あぁ、今朝の。兄さんの相棒ですよね? 確か、名前は……」

「バカラさんですよね!」

「パデラだぜっ!」

 いくら何でもそれが意図的な間違いだという事には気が付いた。大きな訂正を加えると、リールはころころと笑う。

「じゃあ、貴方が兄さんの代わりに、僕と戦いましょ! 僕と貴方、どっちが兄さんに相応しいか、確かめましょうよ」

 愛想のいい表情とは裏腹に、その言葉には様々な意が含まれていた。

 リールの魔力が挑発するかのように溢れる。マールの弟とだけあって、それは歳に見合わない質だった。

 弟のリールか相棒のパデラか、どちらがマールに相応しいか。最早ここに、どの面でという疑問はなかった。

「分かった。マールの相棒であるこの俺が、受けて立つぜ!」

 ドドンと言い放つパデラに、「そう来なくっちゃ」と目を細める。

「いいよね、兄さん?」

「勝手にしろ」

 マールは心底面倒くさそうに答え、愛想よく笑う弟から目を外す。そうして、パデラに視線を移し一言だけ述べた。

「僕は、お前の実力だけは認めている」

 これは、彼なりの応援なのだろう。パデラは「おう!」と笑顔で答る。しかし、リールは面白くなさそうだ。

「妬けるなぁ、僕にはそんな事言ってくれた事ないのにっ。まぁいいや。行こうか、パデラさん」

「んぁ?」

 魔力の流れを感じた。リールが発動した転移魔法だと気が付いた時には、空に放り出されていた。

 気が付いた時には遅く、パデラの身体は地面に突きつけられた。これは流石に痛いと、体をさすりながら起き上がる。

 一方リールは、魔力を使ってふわりと安全に着地していた。

「おいおい、上空に転移すんのはフツーに危ないぜ?」

 そんなリールに一言物申すと、彼は可愛らしい笑顔でこう告げる。

「兄さんの相棒なら、このくらいささっと対応してくれないと困りますよ!」

「さぁ、やりましょう」

 目細める表情、そこにあるのは愉快さに混じる明確な敵意だった。彼の魔力は風となり、広い戦闘場に吹き荒れる。

「なぁんほどなぁ、風特化か。こりゃちょっと厄介だ」

 風魔法、五大属性の中でも少々掴みどころのない魔法と言えるだろう。戦闘相手が風を得意とする場合、他の魔法とは一味違う対策が必要になると、遊戯戦闘魔法使いが口を揃えてそう言うのは正にそういう事だ。

「怖気付かないでくださいよっ、パデラさん!」

 リールの声と共に、風は彼の手元に凝縮され陣を展開する。陣を放り投げると、それは一瞬にして膨れ上がり、完成された陣からは刃のような風を放つ。

 確か、鎌鼬という名前の魔法だったか。風魔法の中でも初歩的な攻撃魔法だが、術者の魔力量次第では大岩をも切り裂くのだ。リールの風は傷が入る程じゃないにせよ、斬られたような痛みは走る。

 彼の展開した陣はよく出来ていた、年齢を考えれば称賛されるべき実力だ。しかし、それでも粗はある。パデラはその微かな隙を見逃さなかった。

 素早く手に魔力を集め、雷に変換する。そしてすかさずに、相手の陣に打ち込んだ。

 雷に貫かれた陣は風となり散る。リールは大きく舌打ちをすると、手の上に散った魔力を集め、握り潰す事で体内へ吸収した。

「チッ。やっぱり、兄さんに認められるだけある」

「ははっ、だけどお前もマールの弟なだけあるな! これだけ出来んのは同級生にもあんまいねぇぞ、何歳だぁ?」

 パデラが無邪気に尋ねると、リールはまるであざとい笑顔で答える。

「十歳ですよ。すごいでしょ? 兄さん程じゃなくても、僕だって強いんです」

 息を切らすことなく、もう一度陣を作り出す。気合の籠ったその魔力は、大きな力を示すように足元に広げられる。

 しかし、見た事のない模様だ。元よりパデラは魔法陣の模様から術を読み取る事は不得手だが。これはそもそも、存在しない陣ではないか。

 そう気が付いた瞬間、巻き上がった風と共に、リールの姿が宙に浮く。見れば、彼は背中に翼を生やし、飛んでいるではないか。

 人間、いくら魔法を使えど出来ない事もある。そのうちの一つが、飛行だ。

 では何故、リールは飛んでいるのか。あるとすれば一つ、クリエル家のみが使える特殊能力「造術」での創作魔法だ。しかし、それだと辻褄が合わない。

「え、おまっ、ルキラだろ!?」

 目を真ん丸にして大声を上げるパデラに、リールは笑いながら答える。

「えぇ。僕はルキラですよ。だけど、母の旧姓が『クリエル』なんです」

「僕も最近知ったんですけど、父と母、僕を作った時は性的役割を交換して致したんですって! だから、僕の特殊能力はクリエルのモノなんです」

「あー、種魔法と卵魔法かぁ! それ実際する奴いんだな!」

「割といますよ。男性の同性婚の場合も、どちらかが子宮を持って雌役をしないといけませんからね」

 可愛い顔で言っている事は生々しいが、実際そうだ。生物の構造上、雄と雌でなければ子は成せない。とは言え、男女の夫婦間で雌雄を逆転させる必要はないが。これはちょっとしたお戯れだろう。

 リールが飛べる理由は分かった。しかし問題は、飛ばれると魔法を当てるのが少し難しくなる事だ。本人もそれを知って飛んでいるのだろう。

 だが、彼は一つ失念している事があった。それは、パデラの得意魔法が「雷」であると言う事だ。

「飛行はすっげぇけどよ。相手が悪かったな、リール」

「雷は、空から落ちるモノだぜ?」

 空に手を向ければ、晴れていたそこにどす黒い雲が沸き上がった。感じる魔力から、リールは勘違いに気が付く。

「雷特化だったか……っ」

 落ちた雷の間を縫うように飛び回り、魔力を活性化させ飛び掛かる。肉体の強化を加えてはいるが、純粋なタックルだ。

 正面から一発食らったパデラの意識は術から逸れ、一瞬にして雲が引く。

 軽く浮かんでいるリールは、先程の動きで想定よりも体力を持って行かれたのだろう。多少息を切らしながら、落としていた視線をパデラにまで上げる。

「飛んだ初見殺しですねぇ……どう見たって、炎特化に見えますよ、貴方」

「そっかぁ? クリエルじゃない奴が『造術』使ってる方が初見殺しだろぉ!」

「それもそうだ」

 ピンと来ていないパデラに、小さく笑う。

 しかし、質が悪いのはパデラの方ではないかとリールは思った。本人が意識して出している訳ではない温かみを感じる魔力、炎特化魔力の分かりやすい特徴だ。

「最初の雷魔法はフェイクだと思ったんですけどね。よくよく考えたら、貴方はお騙しが出来る程頭がよくなさそうだ」

「おー、フッツーに失礼な事いうなぁおい。否定はしないけどよ」

 直球の悪口だったが、そう言って笑うパデラは気を悪くしている様子はない。

(道理で、兄さんが懐く訳だ……)

 リールは切れた息を元に戻すように大きく息を吸い、態勢を直す。

「もう、いいですよ。負けを認めます」

「ぅえ?」

 まさに豆鉄砲を食らった鳩のような反応に、リールは何の混じりけもない楽し気な笑顔を見せた。

「あの人、と言うか、ルキラの血筋は揃いに揃って感情表現が苦手で。そのくせ、心は脆くって……だけど、貴方ならきっと大丈夫です」

「兄さんをよろしく頼みますよ。バカラさん」

 そう告げたリールは、握手を求めるように手を差し出す。

「おう! ……? って、俺はパデラだっての!」

 握手をした時ようやっと違和感に気付いたパデラがツッコむと、リールはあははと笑う。

「あぁ、そうだ。今回は負けを認めますけど、僕は諦めませんからね」

「忘れないでくださいね。兄さんは、僕の兄さんです」

 最後に目を細める。その時吹き抜けた強い風にパデラが目を瞑ると、次に目に映されたその場にリールの姿はなかった。

「ひゅぅ、さっすがマールの弟ぉ」

 どことなく感じるのは、漂っている自分達の魔力の残糸。それは直ぐに消え失せ、それと共にパデラも急いで授業に戻った。

 闘技場から校舎入り口まではそう遠くない、廊下は怒られない程度の小走りで戻る。

「おや。お帰りなさい、パデラ」

 入って直ぐ先にいたサフィラは、進行を一旦止め、戻って来た生徒に声を掛けた。

「ごめんなぁ先生! 授業抜けちゃってよ」

「構いませんよ。貴方には、些か初歩的過ぎる内容でしょうから」

「丁度良い所でした、今から実践に移ろうとしていた所です。パデラ、お手本を」

「いいけど、何を見せればいいんだ?」

 サフィラに招かれ、彼女の隣まで歩く。水魔法の初回実践でやりそうなモノと言えば、単純に水を球体にして飛ばすヤツだろうか? パデラはそんな風に考えたが、サフィラはこう答えた。

「貴方の中で、クラスメイト達に見てほしい水魔法を披露してください」

 要するに、何でいいと言う事だろう。料理もそうだが、何でもいいが一番困るのだが。だが長考するわけにも行かないだろう。

「んー。じゃあ、これはどうだ! しっかり見てろよー!」

 集まる視線に応えるように声を上げ、パデラは手のひらに魔力を集める。そうしてそこに現れたのは、パデラの両手と同じ大きさをしたクジラだ。

 宙に浮かぶクジラはくるくると愉快に回りながら潮を吹き、そこから虹がかかる。

「兄ちゃんに教えてもらったんだ! ちびっ子大よろこびの魔法だぜ」

 これもまた水魔法の一種。虹をかける魔法は様々な催し物で披露されるが、これは特に幼い子どもに見せてやる向けのモノだ。

 クジラが消えると、サフィラは小さく拍手を送る。

「ありがとうございます、席に戻って大丈夫ですよ」

「このように、水魔法は危険度が低い為、パデラが見せてくださった魔法のようにパフォーマンスに使われる事も多いのです。多くの人が憧れているであろう遊戯戦闘魔法使いは、『魅せる魔法』にも重きを置きます。ですので、今から皆さんには、基礎を含め魅せる魔法の練習をしていただきます」

 入学できている時点で、ここにいる三十名は基礎ができる子達だ。だからこそ、最初の実技で既に魅せる魔法に触れて来たのだろう、水魔法はそれがしやすい術でもあるのだ。

 生徒達の何人かは難しい顔をしたが、思考させる事も含め教育だ。サフィラはそれでは始めてくださいと手を叩く。

 この授業は、毎度の事ながら子どもの個性が出る。教師として、しっかり見ておくべき成長の過程だろう。まぁ、彼女の場合、自身の趣味趣向に関してのそれ目的もあるのだが。それはもう、尊さの塊だ。しかし、そんな思いは表に全く出さない彼女は一種のプロなのだろう。

「マール! 見ろよホラ、すっげぇだろ?」

「そのくらい僕も出来る。凄くはない」

 とは言え、推しカプの戯れには頬が緩んでしまいそうになるが。

 手から出した魔力を水に変え、宙でクルクル弄ぶ。水は回る途中に分裂していき、それぞれ違う色に変わる。最終的に五色に分裂した水は、一気にパデラの手元に凝縮し、一つの大きな水塊になって破裂する。ある程度魔力の扱い方を理解すれば大人なら五割の人間が出来る範囲の芸だが、彼等の年でこのような流れを熟せるのは素晴らしい腕と言えるだろう。

 そんな教師らしい思考をしながらなんとか鉄壁の微笑みを保ちつつ、且つ尊き供給に脳内で喜びの舞を披露しながら今日の授業を終えたのだ。

「なぁマール~! ……って、無視するなよ! マールー!」

 パデラが最後にそんな言葉を残して去っていくと、教室にはサフィラだけが残り、

「あぁ……最高……」

 人知れずに、誰よりも美しい顔をだらけさせたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?