この素晴らしき日、十二歳の三十名は新品の制服を着て集っていた。真新しい紫色の生地は一切の色褪せもなく、彼等の初々しさを引き立てている。そんな春の時、四月一日。今日はここ、魔法術学園の入学式の日である。
広い敷地内に設置された闘技場で、最初に行われるのは遊戯戦闘魔法使いによる記念試合だ。特に優秀とされる二人の選手が、新入生のお祝いの為互いに全力を尽くして戦っている。
新入生達は、保護者やその他大勢の観客と違い、同じグラウンドで攻撃が届かないように張られた結界の中でそれを見ている。所謂新入生専用の特等席だ。戦闘が終わると、その結界は姿を消し、戦いっていた彼等はグラウンドの真ん中でマイクを持った。
それぞれの祝辞を述べると、観客達に手を振りながら、転移魔法でその場から去って行く。
そうして、次は学園長の挨拶だ。司会の教師の合図が出ると、その次の瞬間空に大きな魔方陣が現れ、そこから大烏が飛び出し地上に降り立つ。大烏は上に乗っていた学園長を下ろすと、肩乗りサイズの大きさに姿を変えその肩で待機する。
学園長たる彼女は、己の使い魔である烏をよしよしと撫でると、新入生たちに向き合いニコリと微笑む。
「はい、みなさんおはようございます。学園長のハクです。言いたい内容は例年どおり先に言われてしまいましたが。ひとまず、わたしからもお祝いさせていただきます。新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます!」
ハクは軽い拍手を送り、学園長としての祝辞を始める。
「『魔力』は、わたし達の生活にかかせない存在です。そして『魔法』は、その力を更に活かす事で生活に更なるいろどりを加えるものです。そして我等が暗竜様は、みんなに強くあってほしいと願っています」
「ですから、わたしも願いましょう。あなた達の未来に、幸多からんことを! そういうわけで、わたしからは以上です」
学園長としての挨拶を終えると、ハクは肩に乗っていた烏に合図を出し、再び巨大化した彼の背に座る。
「続いては暗竜様のごあいさつです。皆さん、グラウンドをご覧ください」
そうして手をグラウンドの真ん中に向けると同時に、そこに魔方陣が描かれ、烏はハクを乗せ大空に羽ばたく。
魔方陣からは大量の魔力が天まで突きあがり、それと共に赤い瞳の黒竜が螺旋を描きながら上空へ飛び上がった。
彼こそが暗竜。皆からは「暗竜様」と呼ばれ、このクニの象徴とも言える、このクニの「神」である。
飛び上がった暗竜は、地上に音もなく着地する。これは、一種のパフォーマンスだ。喜ぶ民達を目に、彼は祝辞を述べる。
『おはよう、我が民よ。今日はめでたい日だ、こうして新たに素晴らしい素質のある子達がここに集まった。子ども達の立派な成長を、余も嬉しく思うぞ』
『新入生達よ。お前等の入学、余からも祝わせてもらおう。入学おめでとう、不安も緊張もあるだろうが、これからの新生活を楽しんでくれ。何かあったら、余は喜んで話し相手になろう』
彼はそう言って優しく微笑み、話を区切った。
暗竜がお祝いをしたら、次は新入生の点呼だ。この学園の場合、まず事前の実力試験の際に一番だった者と二番だった者が順に呼ばれ、その後は順当にあいうえお順だ。
『早速だが、今から呼名を行う。呼ばれたら返事をしてくれ』
『マール・ルキラ』
「はい」
その名を呼ぶと、金髪の生徒が平坦な返事と共に立ち上がった。
マール・ルキラ、魔力は「氷」特化。試験を行った対象年齢の子ども達の中で最も優秀な成績を収め、入学が決定した。魔力の影響も加え、その瞳はまるで感情の感じさせない冷たい氷のようであった。
マールが席に着くと、次の名前が呼ばれる。
『パデラ・エレズ』
「んぁ、はいはーい!」
今度の生徒は、まるで弾けるような返事で忙しく席から立つ。
彼が今回の新入生で二番目の実力を持つ生徒、パデラ・エレズだ。赤髪は性質的に炎魔力に傾いている事が多く、加えて瞳も暖かさを思わせる橙色の為、一見炎特化魔力の持ち主だろう思えるが、彼の魔力は「雷」特化である。
このように、髪と瞳の色でその人の魔力が分かるが、しかし家系的な魔力遺伝の場合も多くあり、例えばマールの金髪もそちらであるため、一概ではない。それらを見分けるには、魔力をよく知る必要がある。
それが出来る程魔力を知り、目に見えない不確かな「力」を理解した者が強くなる。魔力と言うのはそういうモノだ。暗竜は次々と生徒を呼んでいきながら、彼等の中の力を自身の深紅色の目に映していた。
内なる才能を秘めた子ども達は、その力を発揮できるようになるだろうか。それは、今断言できる事ではない。
『余は、お前等の未来に期待しているぞ』
暗竜は優しく笑みを浮かべると、その場に魔力を引き起こす。五大属性へ変化させた力を宙に舞わせ、未来ある新入生達に祝福を送った。
そうして入学式が終わり、新入生達は教師を先頭に並んで退場する。
マールは歩きながら、今の場所を軽く視線で見渡してみる。校内には校庭である広場が大きく分けて二つあり、闘技場を出た先にあるこの校舎と二つの寮に囲まれている場所がこの噴水校庭と呼ばれ、それより外側にあるのが第一校庭と呼ばれる。噴水校庭にはその名の通り、暗竜を模した彫刻の噴水がある。確かあの噴水は、大人達が力を合わせて作った、暗竜への誕生日プレゼントだったか。そんな事を思い出していると、少し前で歩いていた引率が立ち止まり、生徒達に向き直る。
「はい、一旦とまってください。ここから右手側に見えるのが、皆さんがこれから六年間住まう生徒寮です。左手側にあるのが私達教師の寮ですので、何かありましたらこちらの受付に申し出てください」
「生徒寮からは直結で複合施設があります。今紹介した物を含む各施設の詳細はお部屋に置いてありますパンフレットに載っていますので、そちらをご覧くださいね」
軽い説明をすると、真っ直ぐ寮に向かう。
七階建ての建物は二階から各学年の生徒たちの部屋があり、一階は受付やカフェルームのようなゆったり出来る場所と、生徒なら自由に使える大浴場があるのだ。
マールはカウンター横にある案内マップを見ながら、既に知っていた情報を頭に反復させる。それに対して、特に何も感じなかったのだが。
「さて、受付カウンターで一人ずつ魔力照合を行ってください。照合が終わると、部屋番号を渡してくれますので、各自後はお部屋でゆっくりしていてください。明日からの予定は、室内の机の上にパンフレットと共に置いてありますので、必ずご確認くださいね」
彼女のその言葉で受付に列が出来た。皆自分の部屋が気になるのだろう。さっさと済ませてしまおうと、マールもそこに並んだ。
手と同じ大きさの液晶に手を触れ、魔力を出せば照合完了だ。
「はい、マールくんですね。お部屋は313号室になっています、覚えるまでこの紙無くさないようにね」
渡された紙には個人の名前と、部屋の番号が書かれている。マールは「はい」と淡白な返事だけを返し、三階に行く。
部屋は一つの階で十五部屋あり、そのうちの十三番目だ。廊下の突き当りに並ぶ扉の、一番左がそこだ。
部屋には二人ずつ配置され、本来であれば相手がどんな人か~なんて風にソワソワしながら中に入るだろう。しかし、マールはそんな素振りもなく無表情のまま扉を開ける。
靴を脱いで前を見てみれば、そこにあるのは特に変わった特徴がある訳でもない寮の一室、のはずだった。
しかし、真っ先に目に入ってくる明らかな不審物。ベッドの上に置かれた、人がしゃがんで入れる程の大きさの箱。隠しているつもりなのだろうが、その中からは魔力が、簡単に言えば人の気配が漏れ出している。
「……」
マールは無感情にその箱を眺め、めんどくさいなと心の中で呟く。こんな面倒なノリをしてくる奴が同室なのか、本当に面倒だ。
しかし、これから先関わる事もない。一回だけ、付き合ってやろう。そう思い、マールは箱を開ける。
「誰だと思った?! 俺でーすっ!」
さながらビックリ箱だ。飛び出して来たそいつは、入学式の時に自分の後に呼ばれていたアイツだった。
それを確認すると、マールは何も反応しないままもう一つのベッドの方に行き横になる。
今日は疲れたと目を瞑るが、箱から飛び出たそのうるさい奴はそれを許さなかった。
「おいおい! 無反応はさすがの俺でも傷付くぜ!? お前マールだろ? 俺、お前と友達になりたかったんだぁ!」
ゆさゆさなんてレベルではない程尋常じゃない速度で揺さぶられ、マールは渋々起き上がる。
「慣れあうつもりはない、関わるな」
そんな風にばっさりと言い捨てると、また横になった。
睨まれたパデラは「あちゃぁ」と声を漏らしたが、それ以上は絡んでこなかった。そりゃそうだろう、出会って一言目でこんな事を言われて、まず関わろうとは思えない。
なんだか、今日は疲れたのだ。これから短くて六年、長くて十年間お世話になるベッドのお試しがてら、昼寝としよう。
まぁどうせ、ろくに眠る事なんて出来ないのだろうが。
しかし、その予想に反し、次に目を覚ました時は、夕方の五時頃だった。昼寝にしては寝すぎたし、しかもきちんと眠る事が出来た。
体を起こすと、視線の先にある台所でパデラが料理を作っていた。料理には興味無かったが、水を飲むついでになにか確認する。これは確か、ハンバーグだ。
「おっ、起きたかマール! 今夕飯つくってかな、もう少し待っててな~」
「いらない」
「ダーメーだっ。ご飯はきちんと食べないとだぜ。とりあえず一口は食べてみろ、お腹空いていないって思っているだけで少し食べたら食欲出てくるもんだぞぉ」
こんなにも思いっきり突き放していると言うのに、笑っていられるこいつのメンタルはどうなっているのだろうか。そんな事をぼやきながら、使ったコップを洗う。
洗うと言っても手洗いをした訳ではない、魔力だ。水を起こし軽く流してから、その水を泡に変化させる。そのまま洗えば良かったのだが、マールの行動に気付いたパデラが慌ててそれを止めて来た。
「なっ、待て待てぇ!」
「なんだよ」
突然の大声に顔を顰めるマールをよそに、パデラは魔力で浮かしたコップを手に取りホッと息を突く。
「マール、こういうガラスは魔力に弱いんだ。寿命縮めるから、魔法じゃなくて手で洗わないとだぜ! そこに洗剤あるだろ? それでやるんだ」
そう言われたマールからは、言葉にせずとも面倒くさがっている事が伝わった。あからさまに嫌がっている彼に、苦笑いをする。
「もう、なんでも魔法でやろうとするのはよくないぜー?」
「料理とかもよ、手間かけられる余裕があるならかけたほうがいい。そりゃ魔力でやった方が楽だけどよ。食材に魔力当てると、味が落ちるんだぜ? やっぱこういうのは、真心なんだ」
小さく笑ったパデラは、焼けたハンバーグを慣れた手つきで皿に出す。これもやろうと思えば魔力で出来る事だ。物を浮かせる事くらい、こいつの実力なら難しくないだろう。
「理解できない」
一言で否定する。そんなマールにははっと笑いながら、パデラは炊いたご飯を皿によそった。
「ま、俺がそうしたいってだけだからなぁ。お前は美味しく食べてくれればそれでいいぜ」
「ほらマール、ご飯できたぞ。手洗って座れー」
用意された以上、食べないと勿体ないだろう。それに、断ると面倒そうだ。乗り気ではなかったが、言われた通りに席に着いた。
黙々と食べるマールに、パデラはニコニコしながら尋ねる。
「どうだマール。うまいか?」
「普通」
「おいおいマール、こういう時に普通はないぜぇ?」
微苦笑したパデラは、自分で作ったそれを食べ味付けが失敗した訳ではない事を確認した。
「んー、美味くできたと思うけどなぁ。ハンバーグは好きじゃなかったか?」
「食えればいい」
マールは短くそう受け答え、お茶を飲む。彼としては何ともない返答だったのだろう、しかし、パデラにとってはそうではなかった。
「そんな、食事を生きる為の作業みたいに……なんか、よくないぞ!」
なんだ、なんか良くないって。反論ならもっとそれっぽい事言ってみればいいのに。
何か返すのも面倒になったマールは、ハンバーグ一個と白米を半分ほど食べてごちそうさまをした。
「もしかして、結構小食なタイプだったんか。今度から白米の量とか減らしたほうがいいか?」
そう問いながら、食べ物が残ったままの皿を自分の前に持っていく。だが、マールは返答せずに、怪訝そうな表情をパデラに向けていた。
「聞こえなかったか、僕はさっき関わるなと言った。今回は用意されていたから一応食べたが、今回だけだ」
冷たく言い放たれた言葉の後、マールは相手の返事も聞かずに洗面所に向かっていく。そんな彼の姿が扉で閉ざされると、パデラは椅子の背にもたれ掛かり声を漏らした。
「ったく、どうしたものだかねぇ……」