泣いちゃったことは、誰にもバレたくなかった。
レイジンにも。ルーシアにも。
一人で勝手に自爆して、一人で勝手に泣いてるなんて。
気まずいし、恥ずかしい。
あと、エイリンにも絶対にバレたくない。
鼻で笑われそう。
ムカつく。
とにかく、誰にもバレたくない一心で。
なんかもー、ファッってなっちゃったわたしは。
バネ発動しちゃいましたな勢いでビヨンと立ち上がって、調理台6号の向こうへ回り込み、宇宙の海へダイブした。
涙の跡を誤魔化すために――――。
「骨になってくる!」
「待て! ステラ! 8号!」
目を閉じて落下するわたしをレイジンの声が追いかけてきた。
そして――――。
気づけば、いい匂いと温もりに包まれていた。
爽やかに甘くてスパイシィな匂い。
好きな匂い。
レイジンの匂い。
これまでで一番、濃密で、クラクラくる。
ドッドッドッて激しい音が聞こえてくる。
心臓の音。鼓動の音。
でも、わたし…………のじゃない。
わたしのじゃ、ないと思う。
え? じゃあ、誰の…………?
恐る恐る目を開けると、緩く編まれた銀の三つ編みが目に入った。
これは、レイジンの…………?
えっと? なんで? 何がどうなって?
わたし、デカ絨毯の端から大ジャンプしたよね?
頭からの飛び込みは、ちょい怖くて。
だから、足からドボンするつもりで。
思い切りよく大ジャンプした。
そのまま、正座で落ちていって、正座で骨になるつもりだった。
気分は即身仏。てゆーか即身骨。
…………それが、なんで?
8号の上で、レイジンにギュッて抱きしめられてるの?
そう言えば、レイジンも何か叫んでたな。
てゆーか、かなり、ものすごく、ギュッてされてる。
涙も乾く。乾いちゃう。
「ステラ……。
「……………………はっ!? そうだった!? ごめん、レイジン。忘れてた……」
「いや、間に合って、よかった」
すっかり忘れていた肝心な情報を思い出して、わたしはシュンと項垂れた。
そうでした。
専用の服と鍵使いがいない状態での
頭がパーンってなって。
とにかく涙を誤魔化さなきゃって思って。
あと、ほんの少し。レイジンが拘っていた骨姿を披露したら、少しは何かが変わるんじゃないかって期待もあって。
後先考えずにデカ絨毯からジャンプしていたよ。
人間、トチ狂うと何をしでかすか分からないよね。
レイジンにも、迷惑をかけてしまった。
反省しているわたしと、わたしをギュッてしたままのレイジンを乗せて、絨毯8号はゆっくりとデカ絨毯上に向かい、着陸した。
「…………びっくりした」
「ご、ごめんなさい」
最後に強くギュギュってしてから、レイジンは離れていった。
わたしは、正座になって謝罪をする。
迷惑……だけじゃなく、心配もかけちゃったのかも。
…………あ! てゆーか、わたし。
レイジンに助けてもらっちゃったんだ。
レイジンは、骨漂流しかけていたわたしを助けに来てくれたんだ。
それに思い当たって、胸の奥が熱くなる。
だって、思い当たって、それで思い出しちゃったから。
あの時。
無我夢中ではあったけど、でも。
間違いない。
絨毯にキャッチしてもらう前に、ギュッがきた。
レイジンは、8号にキャッチを命令しつつ、わたしを助けるために、自分もデカ絨毯から飛び出して、わたしを捕まえてくれたんだ。
絨毯8号にキャッチを命じるだけもよかったはずなのに。
タイミングがズレてたら、自分も一緒に骨漂流者になっちゃったかもしれないのに、わたしを助けに来てくれた。
そんなの、なんか。
わたしが、レイジンの特別な女の子みたいじゃない?
わたしにも脈があるんじゃない?
そんな風に勘違いしちゃうじゃない?
ずるい。
ずるいよ、レイジン。
惚気も同然のルーシア語りを聞かせたかと思ったら、こんな、こんなの……。
もしかしたら、相手がわたしじゃなくても、レイジンは同じようにしたのかもしれない。…………なんて、心に予防線を張りつつも、それでもキュンキュンは止まらない。
あ、でも、待って?
乙女心はともかくとして、助けてもらったことに気づいたからには、伝えなくてはならないことがあった。
「レイジン。助けてくれて、ありがとう」
暴走しそうな乙女心を抑え込みながら、わたしは何とか笑顔を作り。
謝罪ではなくて、感謝を告げる。
いや、謝罪も大事だけど。
助けてもらったんだから、ちゃんとお礼は伝えないと。
立ち上がりかけていたレイジンは、中腰のまま、ピタリと動きを止めた。
ああ、レイジンも突発的なピンチで緊張していたんだな、って思った。
ふわって、レイジンが纏う空気が綻んだのだ。
緊張が緩んだ、ともいう。
身の危険を感じて咄嗟にデカ絨毯へ視線を逸らしたので、どんな表情をしていたのかは分からない。
でも、答えてくれる声は、優しかった。
「…………いや。無事なら、それでいい」
「う、うん」
「それに、ステラが天浴に興味を持ってくれたことは嬉しいしな。うん、俺も悪かった。7号を連れて来る時に、一緒に天浴用の絨毯服を持ってくればよかったな」
「う、うん?」
物置台が7号だってことが判明したけど、そこじゃなくて。
もしかして、一度は……ってゆーか、何度かお断り申しあげたはずの天浴への興味がなぜか急速に高まって、その結果の奇行だって思われてる?
そして、そのことを結構本気で喜んでいらっしゃる?
声が、声がウキウキしてるんですが?
ど、どうしよう?
あれは、乙女ブロークンハート故の自暴自棄による突発的錯乱であって、骨浴熱が高まったわけじゃないんだけど!?
「…………これ、私はどっちにお説教をするべきなのかしら?」
「…………鍋もいい感じに煮えてるみたいですし、もう、先に夕食でいいんじゃないですか?」
「それも、そうね。レイジン、ちゃっちゃと仕上げてちょうだい」
「…………! あ、ああ、分かった」
あ。そう言えば、二人もいたんだった。
そして、わたしの奇行も見られてたんだった…………。
何か、ものすごく呆れられている気がする。
お説教をスルーしちゃってもいいくらいに呆れられている。
えーと。
乙女的モヤモヤが完全に解消したわけじゃないけれど。
でも、骨騒動のおかげで、方向性がちょい微妙とは言え、なんかレイジンのわたしへの好感度は確実に上がっていそうでもあって。
今後の骨浴について若干の不安はあれど、救出イベントのキュン余韻も相まって、乙女心は浮上中だった。
我ながら単純だな、とは思う。
そして、そうこうしている内に、スープは完成して。
夕ご飯は、そのままお外で食べることになった。
恐る恐る口をつけたレイジンお手製の天の魚スープは、絶品だった。
特別なことは何もしていないざっくり料理っぽかったのに、感動の美味しさだった。
わたしは、ついうっかり。
もう一回、レイジンにプロポーズをしそうになった。
うん。これ、毎日作って欲しい。
すでに心を掴まれてるのに、胃袋まで掴まれちゃったよ……。
わたしは、レイジンにアピールすべく、本気で骨浴を検討してみることにした。