「レイジンは、お料理が好きなの?」
それは、純粋な好奇心からじゃなくて、なんかやたらと骨浴体験をおすすめしてくるレイジンから逃れるために、とにかく話を変えようという一心で放った苦し紛れの質問だった。もっと、早くにしておくべき質問だったかもとは、言ってから自分でも思った。
てゆーか、それはそれとして。
なんでレイジンは、あんなに骨浴布教に意欲的なんだろう?
…………は!? もしかして、わたしの骨姿に興味が!?
そ、そういうことなら、意を決して、お披露目するべき? しちゃうべき?
い、いや、でも!
まだ、プロポーズしただけでお付き合いすらしていないのに、いきなり骨姿を見られちゃうのは、ちょっと恥ずかしいっていうか、なんていうか……。
「…………あまり考えたことはなかったが、まあ、嫌いではない……のか?」
「……………………た、楽しそうに、お料理していたように、見えたけど?」
おっと、いけねぇ。
こっちから質問しておいて、スルーしちゃうところだった。
とはいえ、大分ギリだった。
でも、レイジンは鍋を煮込みながら考え込み始めちゃって、不自然なタイムラグをスルーしてくれた。
結果的にセーフ!
それに、目論見通り、ちゃんと骨路線は回避されているし、そういう意味では大成功!
心の中だけでグッと親指を立てて自らを褒め称えていたら、レイジンは短く絨毯を呼んだ。
「8号」
しつけの行き届いた部下のように、一枚のミニ絨毯が飛んできた。
7号を飛ばして8号なのかー。
あ、もしかして、物置台にされている絨毯が7号なのかな?
どうでもいい絨毯事情に思いを馳せていたら、レイジンに「座ろう」って言われて、椅子にするのにちょうどいい高さで浮遊中の8号に腰を下ろす。
調理台6号と並行する位置取りだった。
レイジンは、鍋側の方に座った。
鍋の向こうには、星空と宇宙がある。
わたしは星空を見上げ、レイジンは鍋を見つめていた。
これは、もしかして。
いい雰囲気というヤツでは?
いや、でも、待って?
これ、レイジンの意外な一面を知れるのは嬉しいけど、一方的にわたしからレイジンへの好感度が爆上がりするだけで、わたしへの好感度アップには繋がらないのでは?
わたし、今回のクッキングで何にも活躍していない。
今後、活躍できる見込みもない。
……………………ここは、やっぱり骨になっておくべきところだろうか?
星空から宇宙に目線を落とし、ゴクリと唾を飲み込む。
恋のためなら、背に腹は代えられないかもしれない。
回避したはずの骨姿披露を真剣に考えていたら、斜め上空から矢が飛んできた。
「ルーシアは、食べるのは好きだが、料理は…………。出来ないわけではないが、大雑把な性格が災いして、当たり外れが大きいんだ」
「…………う、うん?」
わたし、今、顔、能面、に、なってる。
え? や? なんで?
レイジンが料理好きなのかどうかを聞いたら、ルーシア語りが始まっちゃうの、なんで?
好きなの? ねえ? ルーシアが好きなの?
料理じゃなくて、ルーシアが好きなの?
もはや、レイジンが料理好きか否かは、どうでもよくなってるんですが!?
「ルーシアも自分の性質は理解していて、仕事の時は細心の注意を払っているんだが、食べるのが好きな割には、料理にはそれが発揮されないんだ」
「ふ、ふーん?」
ああ。せっかく、レイジンと二人きりなのに、レイジンじゃなくてルーシアの解像度が上がっていく。
エイリンじゃないだけ、まだマシだけど、二人の絆を見せつけられているようで、地味にダメージが積み重なっていくんですが?
「料理は失敗しても、食べてしまえば解決だし、証拠も隠滅できると言っていたな」
「…………んっふ」
ヤバい。
それ言っている時のルーシアが余裕で浮かんで、吹き出しそうになった。
ちょっと面白いこと混ぜ込んでくるの、やめて欲しい。
「まあ、だから、俺が料理を作る時くらいは、せめて美味いものを食べさせてやろうと思って、色々試行錯誤はしたな」
「…………」
笑わせといてから乙女心を抉って来るのは、もっとやめて欲しい……。
わたしは、今。
何を聞かされてるの?
惚気?
レイジン、わたし、あなたにプロポーズしたんだよ? 分かってる?
それとも、匂いハラスメントに対抗するべく、わざと?
匂いハラスメントに抗議すべく、分かった上で、わざと乙女心を折りに来ている?
……………………だったら、自業自得すぎて、なんも言えねぇ!
わたしが苦情を申し立てるべき相手は、レイジンじゃなくて、あの時のわたしだ!
わたしのバカー!
「それで、喜んでもらえれば、俺も嬉しい。…………うん、そう考えると、俺は料理が結構、好きなのかもしれないな」
「そ、そっか……」
「自分のことなのに、新発見だな。ありがとう、ステラ。気づけたのは、ステラのおかげだ」
「や、役に立てたなら、よかったよ……」
レイジンは、今まで気づいていなかった自分の一面を知れて、喜んでいるみたいだ。
いっそう熱を込めて、鍋の火加減(絨毯加減?)を見守り出した。
レイジンも知らなかったレイジンの一面を引き出した……なんて、いかにもな親密度アップイベントなのに。
心に雪が降り積もる。
放っておいたら自家製の氷柱で、勝手に深い傷が出来ちゃいそう。
だって、そうでしょう?
レイジンが料理男子だったことは、めっちゃ推せる。
それを自覚させたのが自分だってことも、その一点においてのみ言えば、嬉しいことだ。
でも、でも。
その理由は――――。
レイジンが料理を好きになったのは、ルーシアを喜ばせるためだった。
それって、つまり。
そういうことなんじゃないの――――?
そして、わたしは。
それをレイジンに自覚させてしまったんじゃないの?
図らずも、二人のキューピッド役をしちゃったんじゃないの?
ああ。こんなことなら、骨姿を披露しておけばよかった。
大きく育った自家製氷柱が、ポキリと折れて胸底を穿った。
ホロリと涙が零れ落ち、ハラリと頬を伝い落ちる。
ポタリとスカートを濡らしたのと背後から賑やかな声が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。