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第25話 絨毯6号は万能です

 お料理教室が始まった。

 わたくし星灯愛すてらは、シェフ・レイジンの助手…………を頼まれることもなく、ただの見学者やってます。


 とゆーか、何もかもが初めてのこと過ぎて、助手とか頼まれても、とても無理でした。


 …………言っておくけど、初めてのことばかりとはいっても、わたしがこれまでまったく料理をしたことがないって意味じゃないよ?

 調理実習だってしたことあるし、家でも簡単なものくらいは作るし。多少のお手伝いを頼まれたりもしたし!

 だから、ホットケーキとかラーメン(袋麺)とか焼きそばとかカレーくらいは作れるよ! もちろん、カレーは市販のルーだけど!


 だけど、文化が違いすぎた!

 絨毯と魔法によるクッキングとか、未知の領域すぎる!


 お魚はね。あの後、もう一匹絨毯キャッチして、計二匹をゲットしたのよ。

 マッチョの二の腕くらいはあるお魚さんが二匹。

 で、捕獲用絨毯は、その後、調理台に早変わりした。


 レイジンは、準備をするから待っていてくれとわたしに言うと、一人で絨毯部屋の中に入っちゃって。

 正直、一人ぼっちにされて、ちょっとどころじゃなく怖かった。でも、言われた通りにレイジンが戻るのを待っていた。お魚が横たわっている空飛ぶ絨毯の隣で。

 調理台絨毯は、デカ絨毯の端際でプカプカ中なので、すぐ向こうの宇宙では骨が泳いでいるのが見えて、一人だと物凄く怖いんだよ。

 絨毯の上の天の魚は、骨だった時は元気に泳いでいたけれど、受肉して絨毯に引き上げられてからはピクリとも動かなかった。

 いや、ピクピクとかビチビチとかされても困るんだけど、あんまり静かなのも死んでるみたいで、やっぱりちょっと怖い。

 これから、それを調理するっちゅーのに何言ってんだって感じだけど、さっきまで生きていた(?)ものが、今は死んじゃってるっていうのが、なんか怖い。

 だって、仕方ないじゃん!

 釣りとかもしないし、お魚なんて捌いたことないし!

 お魚は、水族館の水槽の中で泳いでいるのとか、スーパーのパックの中で切り身になっているのとかしか見たことないもん!


 あう! レイジン! 早く、帰ってきて!


 ビクビク祈りながらの時間は、とても、とても長く感じられた。

 でも、なんとか、ギリギリ。

 レイジンは、わたしが絨毯部屋の壁をドンポフしながらレイジンの名前を連呼したりし始める前に戻って来てくれた。


 調理器具を載せた絨毯を引き連れて。


 わたし……というより、お魚を載せた調理台6号と合流したレイジンは、さっそく調理に取り掛かった。

 まず、6号に何やら魔法をかけた。

 でもって、両手もちの大き目な鍋を、何号だかわからない物置絨毯から調理台6号に移す。

 そっと覗き込んでみると、すでに水が入っていて、そこにハーブっぽい葉っぱと芽キャベツみたいな野菜とくし切りにされた赤い……んー、蕪?……みたいなのがゴロゴロ投入済みだった。

 鍋を移し終えたレイジンは、次に物置絨毯から包丁を手に取り…………うん。その後は、そっと目を逸らしました。

 お魚さんを頂くためには必要なことだっていうのは分かる。

 でも、ごめん、無理。

 死んでるように見えても、たぶんまだ生きてるはずのお魚さんを捌くところは、ちょっとわたしにはハードルが高いです。

 心の中で合掌。

 ご冥福をお祈りします。


「天の魚は、身離れがいいからな。調理がしやすくて助かる」

「……ん、そ、そうなんだ……?」


 穏やかではいられないわたしの心境とは裏腹に、レイジンはウキウキしっぱなしだった。

 弾む声が聞こえてきて、何とか返事はしたものの、声はちょっと上ずってしまう。

 う、だってさ。

 それって、ついさっき受肉したばかりで骨に身が馴染んでないからなんじゃない?

 だから、剝がれやすいんじゃない?

 そういうことなんじゃない?

 …………とは思うけれど、口にはしない。

 その間にも、サクサクと調理は進んでいき、ぶつ切りにされた天の魚が、ドポドポと鍋に投入されていった。


「天の魚は、水から煮ると身がしっかりとして味も締まるんだ」

「へ、へー…………え?」


 ウキウキの解説の合間に、レイジンは再び骨になった天の魚を天の海きょむに放った。

 これは生ごみの不法投棄になる……のか?

 なんて、小さな疑問は、すぐにどうでもよくなった。

 身を得て死んだようになった天の魚は、骨に戻って宇宙に戻ったとたん、また元気に泳ぎ出したのだ!


 不法投棄じゃなくて、リバースだった!


 私の知ってるリバースとは、ちょっといろいろ違うけど!


「これで、後はしばらく煮込む。もう一匹は、仕上げに入れるんだ。煮立っているところにいれると、ホワッと身が崩れて柔らかく、甘みが際立つんだ」

「ソ、ソウナンダー……」


 いろいろ動揺のあまり、片言になった!

 でも、レイジンはご機嫌で気づいてないみたい。

 よかった…………のか?


 ん。それにしても、調理台6号、万能だな?

 や。魔法がすごいのか?

 天の魚を捌くまな板に使われたはずなのに、全然、汚れてないんですが?

 あれって、まな板化させるための絨毯コーティング魔法だったの?

 あと、絨毯に直置きした鍋は、これでもう火にかかっている状態ってことなんだよね?

 さっきのレイジンの口ぶりだと。


 というか、わたしはこの星界せかいで家事とか出来るんだろうか?

 いや、そもそも。

 ちゃんと生活できるんだろうか?

 星導せいどう教会の揺らぎ対策前線基地だからこその魔法仕様?

 それとも、一般の人の生活もこうなの?

 万事が万事、魔法ありきで、絨毯ありきなの?

 いや、今はそれよりも確認しておかねばならない大事なことがある。

 わたしは、一度深呼吸してから、まだ火にかけたばかりの鍋を気にしているレイジンに尋ねた。


「ねえ、レイジン。どうしても聞いておかなきゃならない、とても大事なことがあるんだけど」

「ん? なんだ?」


 レイジンは、鍋から目を外して、わたしを見た。

 わたしは、レイジンを直視しないように気をつけながら、質問を続ける。


「もしも、わたしたちが天の海きょむに落っこちたら、どうなっちゃうの?」

「ああ。骨になるな。すぐに引き上げれば問題ないが、長く彷徨うと引き上げた時に他人の肉体や魂を受肉することがあるから、一人の時には、天の海きょむに浸かったりしないようにな?」

「し、しないよ! そんなこと!」


 とんでもないことを、何でもないことみたいに答えられた!

 うっかり叫んじゃったけど、これは不可抗力だよね?

 ん? 待って?

 今、レイジン、落ちたりしないようにじゃなくて、浸かったりしないようにって言った?

 それだと、まるで――――。 


「も、もしかして、レイジンは、浸かったこと、あったりするの?」

「ああ。一度骨になってから受肉すると、汚れが落ちてサッパリするんだ。だから、天の海きょむに遠征に来た時は、天の海きょむが風呂変わりだな。絨毯でつくった、入天用の服があってな。それを着ていれば、鍵の力で引き上げることが可能なんだ」

「ぴょ!? ぴゃう!?」

「だから、一般の人には使えない業だな。ああ、もちろん。ステラが言ったように、風呂を天で満たして入天するとかは、一般ではもちろんだが、星導せいどう教会でもしていないぞ?」

「ん……ぐ……みゃ……う…………」


 いや、そんな笑いを含んだ声で、ちょい前のわたしの脳内ポロリ発言を擦られましてもー!

 レイジン、あの時も、『ステラは面白いことを言うな』的なこと言ってたけど、あそこに浸かったことがある人にソレ言われたくないんですがー!?

 おまけに、星導教会でもやらないぞとか言われたくないんですがー!?

 てゆーか、星導教会こそ、何をしてるのさぁあああ!

 サッパリするからって、一歩間違ったら骨と肉と魂が分離したままになっちゃうかもしれないのに、何でもないことみたいに骨だけになろうとするなんて、常軌を逸しすぎてて脳から蒸気が出そうなんですがー!?

 ちょっとだけなら大丈夫みたいではあるけれど、不慮の事故ってあるよね!?

 でもって、もしもそれが起こった時の被害が甚大すぎると思うんですが!?

 骨と肉と魂の三体分離だよ!?


「ん? ステラ? どうしたんだ? ああ、もしかして、入ってみたいのか? なら、スープが煮えるまで、まだ時間があるから……」

「ち、違います! 結構です!」

「ん? そうか? 遠慮しなくても……」

「本当に! 大丈夫です!」


 蒸気が出そうで挙動不審に陥っていたら、とんでもないどころじゃない展開に発展した!

 もちろん、全力でお断りだよ! 決まってるでしょ!?

 いや、本音を言えば、実はちょっとだけ興味があるっていうか、好奇心が疼いていたりもしたりもする!

 とはいえ、本当にやるのかって言われたら、やっぱりやらない! やらないよ!


 だって、骨だよ!? 骨!?


 …………星導教会……恐るべし……。


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