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第20話 水晶を弔う

 星界せかいは、暮れなずんでいた。


 地球の海なら水平線って呼ぶそこに向かって、今日一日を照らし終えたお日様が、ゆっくりと下降中だ。

 海が宇宙の場合は、なんて呼べばいいんだろう。

 やっぱり、水平線でいいんだろうか?

 宇宙は、液体だったんだろうか?


 不思議な光景だった。


 空は、終わりの間際の色に侵食されているのに。

 宇宙は、素知らぬ顔をしている。


 大きな二つのスクリーンが、それぞれ別の映像を映しているみたいだ。


 三人はまだ、鍵仕事中だった。

 ラノベ風に言うならば、まだ鍵を展開しているって感じ?

 邪魔をしても悪いので、わたしは後ろに下がって、絨毯の上に座っていた。

 どうせ役に立たないからって不貞腐れてお先に一休みしてるわけじゃない。

 卵が転がり落ちないように、保護しているのだ。

 うん……ごにょごにょと勘違いした罪滅ぼしってわけじゃない……けど、それも少しはある。


 てゆーか、だって!


 この子ってば!

 初めて見る異星界夕焼けに圧倒されてたわたしの踵にコロコロしてきてコツンしたんだよ!

 危うく、デカ絨毯の端から宇宙の海へダイブするところだったんだよ!

 そりゃ、保護するしかないでしょう?

 水晶龍ママが命がけで生んでくれたのに、孵化する前に宇宙の藻屑と消えるとか、見過ごすわけにはいかないでしょ!?


 とゆーわけで。

 重さもスイカ玉大級の水晶卵を抱えて、危険な端から離れたわたしは、絨毯の上に座ってパカンした足の間に卵を収めて保護しながら、頑張るみんなを見守りつつの夕暮れ観賞中だったりします。

 スカートなのに、はしたないけど、卵の命には代えられないからね。

 膝パカンで足首はクロスで閉じ込めて、ナデナデしてあげてます。


 卵は、まさしく卵だった。

 スベスベ透明な球体の中では、白い靄がモヤモヤしている。

 コーヒーにミルクを入れて、混じり合っていく最中がずっと続いているみたいに。

 ミルキーな白い靄が、モヤモヤ動いている。

 まだ不確定な未来が、この中には詰まっているのだ。


 宇宙と夕空の境目に、太陽は身を沈め始めていた。

 それでも、やっぱり宇宙は染まらない。

 三色の鍵にトライアングルに取り囲まれた水晶プレートだけが、夕日を照り返している。


 気づけば、三角形は、随分と小さくなっていた。

 宇宙の中の、照り返しも。


 宇宙の中へ落ちていく夕日。

 宇宙に呑まれていく水晶龍プレート。


 連動しているわけじゃないけど、連動しているみたいで。

 胸の奥がツキリとした。


 あそこが、水晶龍ママの墓標になるのかと思っていた。

 水晶のプレートとなった亡骸が、そのまま墓標になるのだと思っていた。


 だけど…………。


 胸の奥がツキツキする。


 役目を果たした巨地蔵さんは、光の粒子になって、わたしの中に入って来た。

 なら、役目を果たした水晶龍は…………?


 胸の奥に痛みを感じながら、わたしは卵を撫で続ける。


 水晶龍は、宇宙に還って、星界と同化するのだ。

 この星界の一部になるのだ。

 そうするのは、そうすることが必要だからだ。

 三人とも、『この星界を脅かすものはすべからく敵だから、とにかくやっつけちゃえ!』派じゃなかった。

 可能な限り、水晶龍ママのことも、助けようとしていた。


 だから、これは。


 この星界を守るために、やらなくてはならない必要なことなんだ。

 それは、これから生まれてくるはずの、この子を守ることにも繋がるはずだ。

 この子の未来を脅かしてまで亡骸を残すことを、ママは望まないだろう。


 それなら、せめて。


 殻の中で眠るこの子に代わって、最後まで見届けようと思う。


 これは、葬儀なんだ。


 水晶龍ママの葬儀であり。

 そして、たぶん。

 ママが閉ざした水晶世界の葬儀でもある。


 弔いの儀式のその向こうで。

 絨毯星界の今日も、終わりを告げようとしている。


 緩い弧を描く宇宙球の中に、空だけを濃い茜に滲ませながら、燃え盛る球体が姿を消していく。

 それが、何よりも一番、終焉を思わせた。

 全部沈んじゃったら、もう二度と昇って来ないんじゃないかって。

 そんな怖さがある。

 天体の陰に隠れたんじゃなくて、宇宙に呑み込まれて、そのまま消滅しちゃうんじゃないかって。

 もう明日はやって来ないんじゃないかって。

 そういう怖さがある。


 沈み切ると同時に、宇宙の中にわずかに残されていた照り返しも消えた。

 光源が消えたからじゃない。

 水晶は、宇宙に溶けて宇宙の一部になったのだ。


 わたしは未来を撫でる。

 わたしは未来を撫でた。


 零れた一滴が、水晶を濡らした。


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