水晶の龍は、水晶の鱗で覆われた長い体を、とぐろを巻くようにうねらせていた。
もがくように。
もがくように…………?
グルグル渦巻く自分の気持ちと、グネグネうねり巻く水晶龍がリンクした気がした。
ということは、つまり?
考えていると、エイリンの焦る声が聞こえてきた。
「ただの渡り人にしては、力が強すぎます。でも、同種個体と思わしき遺体が残されていますし、神ではなく、神にも等しい力を持つ種族……ということも考えられます。もしくは、あれは、神々の戦いの後なのかもしれません」
あの龍が、別世界の一住民じゃなくて、神様なんじゃないかって思い始めてるみたい。
レイジンからもルーシアからも、答えは返って来なかった。
口を開く余裕がないんだろう。
それでも、エイリンは尚も話を続ける。
「どちらにせよ、あんなに猛り狂っていては…………。すみません、レイジン。渡り人の可能性もありますが、最悪、鎮めるしか、ないかもしれません」
「…………任……せる。この星界を……優先してくれ」
「はい。それだけは、何としてでも…………!」
今度は、名指しで問いかけたからか、レイジンからの答えが返って来た。
二人の会話を聞いて、頭の中では、疑問符が渦を巻いた。
嫌なグルグルは、一旦鳴りを潜めた。
渦巻く疑問符に追いやられて、別のグルグルに成り代わったみたいでもある。
渡り人なのか、揺らぎの顕現なのか。
そう言ったのは、誰だっけ?
ううん、誰でもいい。
渡り人なのか、揺らぎの顕現なのか。
異星界の一住民なのか、神なのか。
それって、つまり。
突然の事態にパニくりまくりの
えっと、つまり?
渡り人なら、落ち着かせて保護するけれど。
揺らぎの顕現なら…………どうするの?
鎮めるって、どういう意味?
巨地蔵さんは、役目を果たした後、光の粒になって、わたしの中に吸い込まれた。
巨地蔵さんは、わたしが地球を助けてってお願いしたから、地球星界を守るために現れて、役目を果たして、わたしの中へと消えていった。
でも、あの龍は……?
あの龍は、苦しんでいる。
苦しんで、暴れている。
手が付けられないくらいに。
放っておけば、星界を壊してしまうくらいに。
猛り狂って暴れている、異星界の神様。
エイリンの言う“鎮める”が、暴れている龍の気持ちを落ち着かせるって意味じゃないのは、わたしにも分かる。
怨霊を鎮める……みたいな意味なんじゃないかって思う。
あの龍は、どうしたいんだろう?
滅びから逃げたくて、この星界にやって来たの?
生き延びるために故郷を捨てざるを得なかったことが辛くて、暴れているの?
それとも、水晶の滅びに侵されて苦しくて暴れている内に星界に穴が空いて繋がっちゃったの?
ここで生きたいの?
それとも、仲間のところへ帰りたいの? 還りたいの?
ねえ? あなたは、どうしたいの? どうなりたいの?
心の中で、祈るように問いかける。
このままじゃ、揺らぎ被害が甚大になっちゃうってことは、分かる。
でも、出来ることなら、何とかしてあげたかった。
あの龍は、滅びの化身みたいな、悪いものには思えない。
あの龍は、あの龍で。
滅びに抗っているだけなんだって、そう感じる。
巨地蔵さんに頼んだら、あの龍を「よしよし」して宥めてくれるだろうか?
でも、呼んだからって、そこまで気軽に現れてくれるものなんだろうか?
今回は、地球のピンチってわけじゃないし。
でもでも、呼んでみるだけなら、タダだし。
いや、でも。怪獣大戦争みたいになったら、余計に揺らぎが広がっちゃうかもしれないし。
スカーフを握る手にキュッと力を込め、葛藤する。
だけど、そんなわたしのシリアスは、エイリンの、声音は真剣だけど内容は微妙な叫びによって、打ち砕かれた。
「鍵よ! ガラスのヘビに、氷枕を!」
………………………………ん? んん?
エイリン?
今、なんて?
いや、水晶の龍をガラスのヘビ呼ばわりしたことは、まあいい。まあ、いいよ?
でも、氷枕って何?
どういうこと?
あ、ヘビは変温動物だから、冷やしたら大人しくなるかもってこと?
いや、パッと見、何も起こってないんだけど?
ヘビ……水晶龍の頭だけ冷やされてるってこと?
変わらず、うねってますが?
え? ナニコレ?
さっきまでの、緊迫した空気は何?
ふざけてるの?
星界の危機なんだよね?
「…………頭を冷やしたら、気も静まるかと思ったのですが、これではないようですね」
わ、これ。
真面目にやってるんだ。
ふざけたことを言っているのに、エイリンの顔も声も緊張感でビンビンに張り詰めてる。
それに、レイジンとルーシアもさっきまでの緊迫感を失ってないよ。
シリアスをぶち壊してのシリアスが続行中だよ!
まあ、星界の敵はとにかくやっつけちゃえ思考じゃなくて、わたしと同じようなことを考えてくれてるらしきことには、それがエイリンだってことがちょい複雑だけど、水晶龍のためには安心したけどね!
「ならば! 鍵よ! ガラスのヘビに温もりを!」
冷やして駄目なら、温めてみようってか?
なんて、安直な。
そして、前より暴れてるんですが?
悪化させてない?
ねえ、これ。
人選ミスってない?
「くっ。これでもダメなら、やはり、強制送還するしかっ。申し訳ありません、レイジン! 力が及びませんでした」
「気にするな……。エイリンでも無理なら、他の誰にも、出来ないだろう……」
「その通り……よ、エイリン。後は……あなたの、思う通りにして……くっ」
「レイジン…………、ルーシア…………っ!」
レイジンとルーシアが苦しそうにしているのを見ても、あまり心は痛まなかった。
話にも状況にも微塵もついていけてないけれど、疎外感はこれっぽっちも感じなかった。
星界観が違いすぎてっ!
せめて、レイジンとルーシアが、エイリンの鍵の使い方を突っ込んでくれていたら!
星界観が違いすぎるっ!
なんで、これでシリアスが進行するの?
いや、巨地蔵さんに世(星)界間チャックを閉めてもらったわたしが言うのも、なんだけどさ!?
はっ!? もしかして、ものすごく今さらだけど、レイジンがアレに何も言わなかったのは、もしかしてこういう事態に慣れているからっていうか、むしろそういう路線の方がこの星界の通常路線だからってこと?
うん。思い返してみると、そんな気がものすごくするな?
「ガラスのヘビよ、安らかにお眠りください。さあ、鍵よ! 巨大な手袋となって、あのうねっているヘビを丸めて、元の星界へ丁重に投げ返して御上げなさい!」
オレンジの鍵が、フッと掻き消えた。
代わりのように、うねるヘビ……水晶龍の両脇に、ちょうどいいサイズのオレンジの手袋が現れる。
軍手みたいな手袋。
中に何が入っているのか分かんないけど、ぺしゃんこじゃなくて、ちゃんと膨らんでる。
てゆーか、なんで手袋?
巨大な手じゃダメだったの?
オレンジの手袋は、「覚悟しろよ」とでもいうように、ワキワキと何が入っているのか分からない指を蠢かせた。
ちょっと、気持ち悪い動きだ。
「相手は、異星界の神かもしれないヘビ! 星よ、鍵の手袋に力をお貸しください!」
エイリンの声が、高らかに響いた。
わたしは、ヘ……じゃない。
水晶龍の方に、力を貸してあげたくなった。