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第17話 水晶の龍

『新たな揺らぎを感知しました!』


 絨毯壁の外から聞こえてきたエイリンによる緊急速報。

 エイリンが速報を伝え終わらない内に、ルーシアは立ち上がり、声のした方の壁に向かって走り出していた。

 わたしも、慌てて後を追う。

 間一髪で、閉まる直前の絨毯の裂け目に腕を突っ込むのが間に合った。

 そのまま、強引にこじ開けて、外へ抜け出す。

 絨毯に腕を挟まれたまま部屋内に閉じ込められるという間抜けな事態にならなくてよかったとホッとしたのも束の間。

 危うくルーシアの背中に突撃するところだった。

 ギリギリだけど急ブレーキが成功。

 急に立ち止まってどうしたんだろうって、わたしより背の高いルーシアの肩の上に視線を投げて、絶句する。息を呑む。

 そりゃ、ルーシアが立ち止まるわけだ。

 絨毯の向こう、星の海の上空で――――。


 クリスタルなドラゴンが、うねっている。


 ドラゴンって言っても、あれなんだよ。

 西洋的なあれじゃなくて、中華な感じの。

 あ、そう、つまり。


 水晶の龍。


 背中に乗れそうなくらいには大きい、水晶の龍。

 七色の光を弾く水晶の龍が、星の海の上で、長い体をくねらせている。

 ドラゴンボ……いや、この場合は、龍玉っていうべき?

 玉っぽいのは、持っていない。


 あれは、地球でもこの星界でもない、どこか別の世界の神様?

 それとも、ただの住民?


「渡り人? それとも…………揺らぎの顕現なの?」

「分からない! 揺らぎそのものも、広がってきている! エイリンと二人がかりでも、長くはもたない! 渡り人ならば、救いたいが……」

「対話が出来ないため、判別不能です。どちらにしても、荒ぶっているようなので、鎮めなければなんですが、揺らぎを抑えるのに手いっぱいで…………うっ……!」


 立ち尽くしていたルーシアが、レイジンとエイリンがいるデカ絨毯の端へと駆け出した。

 わたしも、追いかける。

 緊迫したやり取りの最後で、エイリンが短く呻いた。

 エイリンは両手を斜め下前に突き出し、うねる水晶龍の下の宇宙をギリと睨むように見ている。

 レイジンとエイリンは、デカ絨毯の端で、間隔を開けて立っていた。

 レイジンが右側で、エイリンは左側だ。

 ルーシアがその間に滑り込んだので、わたしも隣に並ぶ。

 迷うことなく、わたしはレイジン側を選んだ。

 レイジンは、右手を突き出していた。

 エイリンと同じく、斜め下に向けている。

 二人の手のひらの先には、鍵があった。


 青い鍵とオレンジの鍵。


 右が青で、左がオレンジ。

 レイジンが青で、エイリンがオレンジ。

 あれが、二人の鍵。

 鍵の力が、具現化したものってことなのかな?


 鍵は、水晶龍の手前付近、海面ならぬ宇宙面の際で浮いていた。

 鍵の向こう、水晶龍の真下には、“揺らぎ”が広がっている。

 宇宙に、お地蔵様がいた空き地が映し出されていたみたいに。


 水晶の墓場が見えた。


 と言っても、水晶の暮石が立ち並んでいるって意味じゃない。

 水晶の大地の上に、水晶龍の骸が横たわっているのだ。

 …………いくつも。

 寝ている……のでは、ないと思う。

 息絶えた水晶の龍が、重なり合って、或いは孤独に横たわっているのが、俯瞰して見える。

 あれは、水晶世界なんじゃなくて。

 水晶に侵された世界なんじゃないか。

 何となく、そう思った。

 滅びゆく、一つの世界。

 滅びゆく世界と絨毯宇宙星界が、揺らいで繋がってしまったのだ。


 そして、その揺らぎは、滅びは、繋がった先のこの星界まで、侵食しようとしている?

 そうなったら、絨毯も水晶になって。

 宇宙の海も、水晶の海になっちゃうってこと?


 二人は、それを、食い止めようとしている?

 鍵の力で?


 チラ、と横を見ると、レイジンの額から汗が伝うのが見えた。

 厳しい顔で、青の鍵と、その先の揺らぎを見つめている。

 ギリギリで、耐えているのだ。

 何もしていないわたしまで、苦しくなってきて、セーラー服のスカーフをギュッと握りしめる。

 手伝いたいけれど、どうすればいいのか分からない。

 下手に手を出して、ギリギリのレイジンを邪魔したくない。


「…………っ。揺らぎを抑えつつ、渡り人もしくは渡り神を鎮めてなくてはならないけれど。悔しいけれど、あれは私の手には余る……。エイリン! 私と交代して! 私が抑えに回るから、あなたは鎮めをお願い!」

「了解です」

「鍵よ、顕現せよ!」


 どうしていいのか分からず、ジリジリしている間にも、事態は進行していく。

 ルーシアが、状況を見極めたうえで決断を下し、性格はともあれ仕事では頼れる後輩らしきエイリンに指示を出し、そして。

 前に突き出されたルーシアの手のひらの先に、赤い鍵が現れる。


 抱えられるくらいの大きさの赤く仄かに光る鍵。

 その鍵に、ルーシアの手のひらから力が流れ込んでいく。

 そして、その力が星界に働きかける。

 水晶世界からの滅びの浸食を抑えるために。

 鍵が一つ増えたことで、揺らぎの広がりは、安定した。

 でも、広がりを止められたってだけで、揺らぎを消すためには、あともう二つか三つは鍵がないと無理そうな感じだ。

 なんで分かるのかって言われても分かんないけど。

 なんか、分かるんだよ。

 たぶん、本当に分かっているのは、わたしじゃなくて。

 わたしの中に在る王女様の鍵の力なんだろう。

 わたしは、その情報をお裾分けしてもらってるんだ。たぶん。きっと。


「抜けます!」

「ええ」

「そっちは、任せた」

「はい! お任せください!」


 安定は崩れ、また厳しいせめぎ合いが始まった。

 レイジン・エイリンコンビの時よりも、押されている気がする。

 浸食がより強まったのか、それとも。

 ルーシアよりも、エイリンの方が、力が強いってこと?

 ルーシアの方が上司で先輩っぽいけど、鍵の力はエイリンの方が上ってこと?


 てゆーか。


 エイリンって、小生意気だけど、もしかして、ものすごく有能なの?

 レイジン……よりも?

 そんな場合じゃないのに、ちょっぴりジェラった。


 レイジンは、エイリンに「任せる」って言いきった。

 そこには、何の迷いも不安も感じられなかった。

 エイリンになら、任せられると信じているのだ。

 それが、羨ましい。

 そんな場合じゃないのに、モヤる。


 三人の息は、ピッタリ合っていた。

 わたしの存在は、もはや空気も同然で。

 それは、それどころじゃないからなんだけど。

 それは、分かってるんだけど。

 なんというか、一人で勝手に疎外感。


 オレンジ色の鍵が、海面ならぬ宇宙面から離れ、ククッと上に昇っていく。


 それでも、あれが青色の鍵だったならば。

 わたしは、イヤな雑念に惑わされることなく。

 純粋な気持ちで祈っていられたのかもしれない。


 ――――なんて、ちょっぴりグルグルしながら。

 わたしは、オレンジの鍵を見上げる。


 エイリンは小生意気だけど。

 エイリンの鍵は。


 南国のフルーツのように鮮やかに美しく輝いていた。


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