わたしは、分からされた。
ルーシアは、ちょっとお姉さんなだけに見えるのに、何ていうか、社会人だった。
そして、わたしは、自分のことしか見えていない、お嬢ちゃんだった。
「さっきは、面倒くさいのが邪魔をしてきそうで、あっさり済ませちゃったから、改めてもう一度自己紹介するわね」
ルーシアは、さっきまでの砕けた調子じゃなくて、余所行きの声でそう言った。
それだけで、わたしは分からされた。
ルーシアにとって、これは任務。仕事なのだ。
金色の瞳が、真っすぐにわたしを捉えている。
小麦色の艶肌。燃えるようなゆるふわ赤毛のサイドテール。
厳かな雰囲気を身に纏ったルーシアは、美しい南国の女神のようだった。
自然とわたしの背筋も伸び、崩していた足を整え、正座になる。
これから始まるのが、恋のさや当てとか釘さし的なアレソレじゃないのは、わたしにも分かった。
『手続き』…………についての話をされるのかもしれない。
胸とお腹の境目あたりが、キュッと締まる感じがした。
ルーシアは、右手を胸に中てて、まずは正式に名乗った。
「私はルーシア・ルー・シア。星の護り手である
「あ、わたしは、
わたしも、ペコリと頭を軽く下げ、名乗り返す。
厳密には日本の女子高生だけど。
女学生って言うと、大正ロマンっぽいけど。
異星界人には、こっちの方が伝わりやすいかなってことで採用しました。
で、わたしが女学生と名乗ると、ルーシアは元から大き目な目をさらに大きく見開いた。
金の宝石が零れ落ちてきそうで、不覚にもドキッとした。
「学生…………? あ、学生として学びながら、星の護り手としての任務に? もしくは、学生であり、護り手を輩出する家柄で、家の仕事として、とか? それとも、星の護り手の養成学校の生徒さん?」
「え? い、いえ! 違います! 普通の学生です! 兼業学生でも、そういう家柄でも、養成学校の生徒でもないです!」
ルーシアは大いなる勘違いを包み隠さず駄々洩れにした。
わたしは、大慌てで両手を左右にわしゃわしゃと振った。
そういうの、ちょっと憧れるけど、違います。
てゆーか、封印したはずの黒夢心が刺激されて、焦る。
必要以上に焦っちゃったよ。
ふいー……。
汗ばんできた。
セーラー服の上着の裾掴んでパタパタしたい。
でも、我慢。
女同士だけど、ここは我慢。
なんて、表面上はギリ真顔を保ちつつも内心で百面相をしていたら、目の前でスッと気配が動いた。
ん?――――と目を向けると。
ルーシアが、深々と頭を下げていた。
続いて、真摯な謝罪の言葉。
「星の危機を救うためとはいえ、一般人……それも学生のあなたをこのような事態に巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げます。重ねて、にもかかわらず、星のために捧げたあなたの献身に感謝と敬意を。レイジンの言った通り、あなたは真実、星の護り手……チキュウのラピチュリンなのね」
「……………………え?」
ルーシアの気持ちは分かった。
おまわりさんが一般人の、それも学生を事件に巻き込んでしまった時みたいな、そういう意味でのお詫びなんだろうっていうのは、分かった。
星を揺らぎの危機から守るのが、星導教会のお仕事なんだろうから。
色恋めいたアレソレや前世じゃなかった『鍵の力』の記憶に惑わされての決断とはいえ、地球を守りたいって気持ちも本当だったから、そこに対して感謝と敬意を伝えられたことは、こそばゆいけれど素直に嬉しい。
そんな気持ちが胸の中には広がっているけれど、脳内では、とある疑問が渦巻いていた。
それなりにとはいえ、ラノベを嗜んできたものとして、ふり仮名の揺れが気になったのだ。
レイジンは、
ルーシアは、
くもが、雲なのか蜘蛛なのか。
はしが、橋なのか箸なのか。
そういうのって、ほら。
文脈と経験で。
何となく分かるものじゃない?
勝手に脳内変換されるものじゃない?
そんな感じで、わたしの中にいつの間にか勝手にインストールされていたらしい『鍵の力』が、これまで仕事をしてくれてたんだけど。
この揺れは、何?
単なる『鍵の力』の誤作動?
「ラピチュリン…………?」
疑問は、いつの間にか口から転がり落ちていた。
呟いたわたしは、よほど不思議そうな顔をしていたんだろう。
ルーシアは、口元に手を当て「あ」と小さく声を上げると、軽く頭を下げて、知りたかったことを教えてくれた。
「ご、ごめんなさい。言葉は通じているみたいだから、つい。
「人の名前?」
「そう。
その人を尊敬しているんだろう。
誇らしげな顔で、ルーシアは言った。
そして、輝くような笑顔でこう付け足した。
「今では、とりわけ敬意を込めて星の護り手を呼ぶ時に、
「……………………!」
り、理解した!
そういうことか!
つまり、あれは揺らぎじゃなくて。
わたしの中にいつの間にやら勝手にインストールされていた『鍵の力』の通訳機能と、それなりに嗜んできたラノベ文学によって培われたわたしの感性がいい具合に噛み合って生まれた日本語表記の機微にして神性能ってことだね?
ルーシアの「チキュウのラピチュリン」をカタカナとして認識したのは、「令和のナイチンゲール」的なそれなんだろうと無意識に読み取って判断していたということだよね?
わたしってば、もしかして、違いの分かる女だったりする?
……………………あ。ちょい待って?
薄茶の小生意気エイリンも
というか、星導師が何なのかも、よく分かんないんだけど。
星導教会の役職名なのかな、とは思うけど。
『鍵の力』には、通訳機能はついていても、辞書機能はついてないみたいなんだよね。
わたしが使いこなせていないだけ?
まあ、いいや。
せっかくの機会だし、分からないことは聞いてみよう。
「あの、もう一つ、聞いてもいい?」
「もちろん。何でも聞いて」
お伺いを立てると、ルーシアは快く応じてくれた。
では、遠慮なく。
「エイリンは、
「……………………え? ラッ、ラピッ……チュア?」
てっきり、また分かりやすい講習会が始まるものだと思ってた。
でも、なぜか。
ルーシアは盛大に噛みながら視線を左右に泳がせた。
小麦肌のせいで分かりづらいけど。
ちょっと、顔が赤くなってる?
ん? なに? なんで?
どうゆうこと?