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第14話 あなたは、わたしの恋敵ですか?

 絨毯の中は、ほんのりと暖かかった。

 ホッと気が緩まって、外は少し肌寒かったんだな、と今さらながらに自覚する。


 わたしが絨毯部屋に体を滑り込ませ、ルーシアが裂け目から手を離すと、裂け目はサラッと塞がった。

 跡形もなく。

 そんなことになる気はしていたけど。

 目の当たりにすると、やっぱりなんか。

 魔法に立ち会っちゃったんだーっていう感動があるな。

 わたしは「ふぉおおおおお」と小声で呻きながら、絨毯壁をサワサワしたりグイグイしたりしてみたけど、やっぱり切れ目らしきものは見当たらない。

 そこに裂け目があったことの方が幻覚だったんじゃないかと疑うレベルで、本当に傷の痕跡すら見当たらない。

 ちなみに言うと、絨毯の裏側は、裏側とは思えないほど……てゆーか、表側と同じレベルでモコモコしていて、あと薄いクリーム色だった。


 リバーシブル?

 それとも、二枚合わせ?


 サワサワしながら考え込んでいたら、後ろからクスクス笑いが聞こえてきた。

 童心に帰ったお上りさん状態を見られていたことを気恥ずかしく思いながら、気まずく振り返ると――――。


 テーブルも空飛ぶ絨毯だった。


 絨毯、活用しすぎじゃなかろうか?

 絨毯は、ローテブルだった。

 ルーシアは、床絨毯に腰を下ろして、笑いながらわたしを手招いている。

 デカ絨毯改め床絨毯は、淡い緑だった。


 なんだろう?


 別に、開き直ったわけじゃないんだけれど、これまでの仕出かし諸々が途端にどうでもよくなって、わたしは素直に手招きに応じた。

 テーブルを挟んで、ルーシアと向き合う位置に腰を下ろす。

 テーブルの上には、ペットボトル大の水筒……らしきものが二つ、ドーンと置かれていた。


「あ、その水筒は予備の水筒で、誰も口をつけていないから。しばらくは、それを専用にしてちょうだい」

「あ、はい。ありがとう、ございます?」

「ごめんねぇ。中身は、一応お茶なんだけど。ここ、臨時の前線基地みたいなものだから、携帯食とお茶と絨毯くらいしかなくって」

「あ、いえ、そんな……」


 予備の水筒でおもてなし?……と内心首を傾げていたわたしは、臨時の前線基地と聞いて、かしこまった。

 臨時の前線基地に、来客用のおもてなしグッズなんてあるわけない。

 というか、中身がただのお茶だとしても、この状況ではとても貴重なものを分けてもらってしまっているのでは?

 う。わたしが強引に押し掛けたってわけじゃないけど、さすがにこれは、恐縮っていうか、かしこまっちゃうよ?


「ああ、そんなに気にしなくても大丈夫よ? 絨毯を飛ばせば近くの村まですぐだから!」

「あ、そう、なんだ。えっと、ありがとう」


 だけど、ルーシアはわたしの憂いをカラッと快活に笑い飛ばした。

 とりあえず、ちょっと買い出しに行けば解消するレベルの貴重さであることにホッとした。

 そして、ヤバいなこれ、と思った。

 うん。ヤバい。


 ルーシアが、いい人すぎる。


 ちょっと大雑把なところがあるのかな?――――っていう片鱗がチラホラしているけれど、むしろ好感が持てる。

 細かくてネチネチしている人の方が、苦手。

 だから、困る。


 わたしの恋の最大のライバルが、鍵の力の持ち主である王女様であることは、間違いない。

 王女様がレイジンのことを好きじゃなかったとしても、目下最大のライバルだ。


 そして、ルーシアは。


 手持ちのカードで、あえてルーシアを枠に嵌めようとするならば。

 幼馴染で同僚ポジションか、気心の知れた同期で同僚なポジションあたりなんじゃないかと思う。

 ルーシアがライバルになるかどうかは、ルーシアの心一つで決まる。

 レイジンとルーシア。

 二人の間には、たぶん、時間をかけて積み上げてきた関係がある。

 ルーシアに、他に好きな人がいるなら、とりあえずのところは問題ない。

 ルーシアが、恋愛的な意味で、今は好きな人がいない場合も、不安はあるけれど、まあよしではある。

 だけど、エイリンが力説していた通り、任務を優先して想いを秘めているだけで、実はレイジンのことが好きだった場合。

 ルーシアがレイジンと積み上げてきた時間と関係は。

 ルーシアにとっては、大いなる武器であり。

 わたしにとっては、無視できない脅威だ。


 魔法に感動して脇へ追いやられていたアレソレが、また。

 心の中で、渦を巻く。


 テーブルの向こうで、ルーシアがスッと背筋を伸ばした。

 明るい笑みを湛えていた麗しい顔が、スッと真の通った真剣なものに変わる。

 これから、大事な話が始まるのだ。


 わたしは、恐れた。


 もしも、匂いハラスメントを責め立てられたなら、いくらでも土下座で謝罪しよう。

 もう二度としませんって誓いも立てる。

 レイジンの匂いが好きなのは、止められないけれど。

 わたしだって、ハラスメントをしたいわけじゃない。

 思い返してみると、顔を赤くしていたレイジン、ちょっと可愛かったなって思うけど。

 でも、二度と繰り返す気はない。

 失うものが多すぎる。


 だけど、もし。


『私も、レイジンのことが好きなの』


 みたいな告白をされたら、わたしは――――。

 もちろん、だからって、諦めるつもりはない。

 この恋から手を引くつもりはない。


 だけど。


 恋の戦線離脱をしたくせに難癖だけつけてくるエイリンを出し抜くことに、罪悪感は微塵もない。

 良心の呵責なんて、フッと鼻で笑って払い捨て可能だ。


 でも。


 ルーシアには、きっとそうは出来ない。

 だって、もう。

 好感度、かなり上がって来ちゃってるんだもん。


 きっと、この先。

 レイジンとの恋愛イベントが上手くいくことがあったとしても。

 わたしは、喜びだけじゃなくて、チクリとした痛みを覚えることだろう。


 勝手な言い分だけど。

 嫌だなって思った。


 ううん。それより、何より。

 わたしは、ルーシアと仲良くなりたいなって思った。

 レイジンのことで、ギスギスしたくないなって思った。

 だからって、レイジンを諦めるのも嫌で。


 それで、だから、わたしは。


 ルーシアが何をもたらすのか。

 それを知ることを、恐れた。


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