レイジンは、今フリー。
それは、最大最強の恋の朗報で、高性能な恋の燃料だった。
薄茶の小生意気が何を言ってきても、この炎を消すことは出来ないって、わたしは息巻いていた。
けれど、薄茶の小生意気は、巧妙な手口で鎮火を試みてきた。
「いいですか? 所詮、あなたは、ただの器なんですよ」
「……………………」
わたしは、無言で身構える。
薄茶は、滾る冷気を込めた瞳でわたしを睨み上げてくる。
攻撃の路線を変更したことは、分かった。
何を言われても傷つかないように、心の防御を固める。
ま、これまでのあれやそれやで大体、予想はつくけどね?
わたしは、ただの鍵の力の器で。
レイジンが求めていたのは、器であるわたしじゃなくて、わたしの中にある鍵の力。
レイジンが私に向けた思わせぶりな態度は、すべて鍵の力に向けたもので、わたしに向けられたものじゃない。
だから、勘違いするなって、そう言いたいんでしょう?
分からせてやるって、そう思ってるんでしょう?
ふんっ!
バカにしないでよね?
そんなの、とっくに自力で辿り着いて分からせられ済みだっつーの!
でも、それでも好きだってことも、自覚済みだっつーの!
今さら、そんなことじゃこの恋は揺るがないって、こっちが分からせ返してやるっつーの!
――――などと息巻くわたくしでしたが、薄茶は、とっくにそんなことはお見通しだったんだろう。
魂の深いところで真に分からせられたのは、わたしの方だった。
「数年前、星都から
薄茶は、思わせぶりにもったいぶった。
けど、まあ。大体、予想はつく。
やっぱり、ここは。
綺麗だけれど怖ろしいところなのだろう。
ん、で。白い流れ星っていうのは、鍵の力のことなんだよね?
鍵の力とやらが、本当に流れ星みたいに空を飛んで行ったのか、比喩的な表現なのかは、ちょっとよく分かんないけど。
「レイジンは、その光景を見たのです。そして、その真白き光に魅かれたのです。その光こそが、奪われた鍵の力。鍵の力の捜索と奪還は任務でもあり、レイジン自身の悲願でもありました」
あ、やっぱり。そうなんだ。
でもって、流れ星現象も本当に起こったことなのか。
んん。薄茶からの情報とは言え、レイジンのことを知れるのは、嬉しいな。
予想の範疇ではあったけれど、そこにちょっぴり肉付けされているのが、地味に嬉しい。
数年前が何年前のことか分かんないけど、まだ少年のちょっぴりあどけない感じのレイジンが、白い流れ星を目撃して頬を上気させていつまでも尾が消えた夜空を見つめているシーンを勝手に想像して、ほっこりする。
捏造が入っているのは、承知の上だよ?
いいでしょ、別に?
妄想は、恋する乙女の特権なんだから!
まあ、すぐに切り裂かれちゃったんだけど。
わたしは、ほこほこと口元を緩めていたけれど、薄茶は冷笑を浮かべていた。
次の一撃がクリティカルにヒットすることを、確信していたのだ。
その冷笑は、勝利の笑みでもあったのだ。
まずは、弾が装填された。
「こちらの星界の人間ならば、みんな知っていることですが、あなたは分かっていなさそうなので、教えてあげます」
冷たい笑みが、より深く刻まれた。
そして、一撃が放たれる。
効果は、絶大だった。
たぶん、薄茶が意図していた以上に、わたしにクリティカルにヒットした。
「鍵の力とは、人に宿るものです。つまり、あなたの中に宿っている鍵の力は、本来の持ち主がいるのです。機密事項なので、それが誰なのかは、明かせませんが」
トプン――――とデカ絨毯をすり抜けて、足元の宇宙に落っこちてしまった気がした。
その一撃は、わたしの黒夢にクリティカルにヒットした。
大いなる勘違い。
黒夢そのものが、わたしの人生で最大の勘違いである可能性に、可能性に――――。
いや、可能性っていうか、盛大なる勘違い確定……だよね?
だって、つまり。それって、つまり。
前世じゃない。
前世じゃなかった。
夢で見てきたあれそれは、前世じゃなかった。
あれは、鍵の力が見せた夢だった。
鍵の力が、本来の持ち主と一緒だった頃の夢。
お姫様なのは、前世のわたしじゃなくて、鍵の力の持ち主ってこと……だよね?
レイジンが幻影として地球に現れた時、アラビアンな衣装と空飛ぶ絨毯を見て懐かしい、帰りたいって思ったのは、前世のわたしじゃなくて、鍵の力……に宿るお姫様の気持ち…………?
た……ぶん。
たぶん、きっと、そう……なんだろう。
オ、オオオオオオオオオッ…………!
なんという…………。
なんという…………!
血の涙が出そう。
もう、このまま宇宙の海で溺れたい。
宇宙は広大な墓場だったんだよ。
恋の墓場で、本物の墓場。
だって、それって、つまり。
レイジンが好きなのは…………好きなのは……………………くっ。
わたしの、最大のライバルは、ルーシアさんじゃなくて。
鍵の力の持ち主である、この星界のお姫様ってことでしょ?
そんなの、勝ち目ある?
茫然自失で魂を飛ばしていたら、また肩に痛みが走った。
もう、なんなの?
君の放った一撃で、わたし。
もう満身創痍なんだけど?
「話は、まだ終わってないですよ? 勝手に意識を飛ばさないでください。事実を脳髄に叩き込んで完膚なきまでに絶望し、燃えカスとなって風に散っていくといいのですよ」
……………………は?
ま、まだあるの?
わたし、もう。
満身創痍なんだけど?
宇宙の海で漂流中なんだけど?
まだ、これ以上があるんだ…………。
わたしは、厳しすぎる現実に、宇宙よりも遠い目になった。