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第10話 恋の戦線離脱

 さっきレイジンにポンされた方の肩を、ガッと乱暴に掴まれた。

 犯人は、薄茶の小生意気だ。

 そう。それは、正しく犯行だった。


 薄茶の小生意気は、そっちがポンされた方だと分かっていて、わざとそうしたのだ。

 刺し貫くような敵意を詰め詰め込め込めしたタレ目と放たれた言葉が、その証拠だ。

 タレ目なのに鋭い眼差しで、小生意気は言葉のナイフでスパッとしてきた。


「勘違いしないことですね? レイジンが一番心を許している女子は、ルーシアなんです。二人は対等であり、お互いを高め合う存在なんです。たとえ、あなたが救星主なんだとしても、あなたの想いが実ることはないのです。あなたは、ただの器。二人の間の不純物」

「……………………っ!」


 全身がナイフの刃そのもののような小生意気に鋭く見上げられ、わたしは身を竦ませた。

 そのナイフは、的確にわたしを切り裂いた。

 ルーシアっていうのは、あの赤毛のお姉さんのことなんだろう。

 さすがに分かる。

 デカ絨毯の端で向かい合っている二人に、つい目が向いてしまう。

 ルーシアさんは、片手を腰に当て、もう片方の手で立てた人差し指をレイジンに向けて、何やら言い募っている。

 会話は、聞こえない。

 お姉さんに叱られて神妙にしている弟のようにも。

 女房の尻に敷かれて、満更でもなさそうな亭主のようにも見える。


 つまり、あの二人は…………?


 だとしたら、わたしの決意は。

 ……………………ただの横恋慕?


 怒涛すぎて、棚上げしていた。

 でも、そうだよ。

 そうだよね?

 わたしたちが前世で結ばれなかった恋人同士じゃなかったなら、そりゃ、恋人くらい、い……い…………。


 いや、待て!

 早まるな!

 よおく、思い出してみろ?


 この子、確か。

 うん、間違いない。

 ルーシアさんは、レイジンが一番心を許している女子……とは言っていた。

 お似合いの二人的なことも、言っていた。

 でも、二人が付き合っているとか、恋人同士だとか、ふ…………夫婦だとか、そういうことは、一言も言っていない。

 あたしは、ピピンと閃いた。

 その閃きで、わたしはナイフを弾こうとした。


「あなたも、レイジンが好きなんだね?」

「もちろんです。最も尊敬し敬愛している星導師ラピチュアであり、鍵使いです」


 しかし、敵は手強かった。

 質問の意図をはぐらかされた。

 この子、絶対。レイジンのこと、そういう意味で好きだよね?

 なのに、というか。こっちはこっちで本気っぽいのが、また質が悪い。

 尊敬して敬愛していて、そして“好き”。

 その、それもまた本音である前半部分だけを前面に押し出して、自らの嫉妬を隠して、いかにも自分が正論ですな顔して恋敵を糾弾する。

 ふっ。なかなか、やるな?

 だが、それはそれとして、その前に。

 …………星導師でラピチュア読みって、なんか響きが綺麗で可愛くて好みなんだが?

 あと、あれ。

 レイジン、わたしのことを『星の護り手ラピチュリン』って言わなかった?

 あの時は、巨地蔵さんに言ったのかと思ったけど、やっぱりわたしに言ってくれたんだよね?

 な、なんか。おそろいっぽくて、いいな?

 それに、鍵使い?

 なにそれ?

 封印しなおしたはずの暗黒が疼くんですが?

 勝手に脳内漢字変換されたけど、なんか、いい。

 星導師ラピチュアで鍵使いなレイジン。

 あ。そう言えば、巨地蔵さんとの共闘の時に、青の鍵がナンチャラって呪文みたいに言ってたよね?

 はっ!?

 あの時は、スルーしちゃったけど、宇宙を閉じるチャック、青色だった!

 あれが、もしかして?

 う、うわ!

 あれ、本当に二人の共同作業だったんだ!

 初めてだったのに、息ピッタリだったよね?

 その事実が、もう、うれしい。

 心にクる。胸が震える。甘酸っぱい果汁百パーセントのぷるぷるゼリーみたいに震える。

 あとあと。小生意気とはいえ後輩っぽい女子に尊敬されて敬愛されているレイジン、かっこいい。好き。


 ……………………いや、キュンキュンしてる場合じゃない。

 小生意気情報で好きが高まって昂ぶっちゃったからこそ、確かめなくてはならないことがある。

 知るのは怖い。

 予想が外れている可能性だってある。

 曖昧なままにしておきたい、そんな弱気な自分もいる。

 でも、わたしは。

 この恋を、諦めたくない。

 何もしないまま、終わらせたくない。

 だから、確かめないと。

 わたしは、思い切って踏み込んだ。

 だって、それを確かめないことには、次に進めない。

 次の一手が定まらない。


 玉砕覚悟で告白するのか。

 じっくりアプローチ作戦にするのか。


 恋の方針が決められない。

 だから。


「レイジンとルーシアさんは……………………恋人同士……なの?」

「………………………………いえ。現状では、まだお付き合いは、されていません」

「……………………!」

「でも! それは、鍵を奪還するという任務を優先されているからで! 時間の問題! そう! 時間の問題なんですよ!」

「そっか、そうなんだ。よっし…………!」


 よかった! よかった! よかったぁ!

 いや、まあ、もしかしたら両片思いとかいうヤツなのかも知れないけど、でも!

 すでにお付き合いをしているのといないのとでは、雲泥の差がある!

 レイジンがフリーなら、アプロ―チしまくってもオッケーってことだ!

 二人が微妙な関係なんだとしても、お付き合い未満ならば、割り込みオッケーってことでオッケーだよね?


 何としても、レイジンを振り向かせたい!

 わたしは、はしたなくも鼻息を荒くした。

 大丈夫。レイジンは見てないから。

 乙女的に無問題。


 とはいえ、恋のアプローチとか、何をすればいいのかサッパリなんだけど。

 でも、がんばる!

 勘違いで始まったし、地球のためには仕方がなかったとはいえ、こちとら地球の丸ごとすべて捨てて着の身着のまま身一つで星を渡って来ちゃったわけだしね!

 対価とか代償とか、そういうことを言うつもりはないけど!

 せめて、この恋は叶えたいじゃん!

 いや、叶わないにしてもさ!

 アプローチくらいは、させて欲しいじゃん!


 何もできないまま諦める羽目にならなくて、よかった。本当によかった。

 ハレルヤにはまだほど遠いけど、ハレルヤへ繋がる階段へ足を乗せるくらいは許された。

 何としても、最上階まで昇って祝福の鐘を鳴り響かせてみせる!


 なんかもう毎度になりつつあるけど、お手軽に決意して舞い上がっていたら、ギリィッと肩を掴んでいる手に力が込められた。

 うん。そういや、まだ掴まれたままだった。

 てゆーか、痛い。


 薄茶の小生意気が、射殺しそうな目で下から睨んでくる。

 でも、わたしはもう。

 竦んだりしなかった。


 だって、あなたは。

 諦めちゃったんでしょう?

 ルーシアさんの方がレイジンに相応しいからって、自分の恋を諦めちゃったんでしょう?

 諦めた恋をルーシアさんに託すのは、あなたの勝手だけど、でも。


 恋の戦線離脱をしちゃった人に、現在進行形のわたしの恋を邪魔されたくない。

 わたしは、迎え撃つ気満々で、小生意気を見下ろした。


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