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第9話 星と恋と決意と覚悟

 レイジンがわたしを連れてきたのは、よほどイレギュラーな事態だったのだろう。

 二人の女子が詰め寄ってきたのは、デカ絨毯へ到着したわたしたちが、まだお一人様絨毯から降りる前のことだった。

 レイジンが二人に滔々と答えると、赤毛のお姉さんは顔を盛大に引きつらせた後、額に手を当てて特大ため息をつき、薄茶の小生意気女子は敵意アリアリな眼差しで私を嘗め回してきた。

 その間に、わたしは呆然自失のままレイジンにエスコートされて、お一人様絨毯からデカ絨毯へと降り立つ。

 直前に聞いた会話と扱いの丁重さの落差に、ちょっと脳がバグる。


「レイジン、ちょっとこっちへ来てちょうだい? 詳しく話を聞かせてもらうわ?」

「分かったから、耳を引っ張るな。ステラ、ここで少し待っていてくれ」


 ため息から回復した赤毛のお姉さんが、レイジンの耳を掴んで、グイッと引っ張った。レイジンは、苦情を言いながらもわたしの肩をポンと叩き、大人しくされるがまま状態でデカ絨毯の端へと連行されていく。

 わたしは、言葉もなく、遠ざかっていく二人の背中を見つめる。


 星間結婚詐欺疑惑浮上で、心ばかりか、わたしという存在そのものが揺らいでいる気がした。

 仲が良さそうな二人の様子が、それに拍車をかける。


 心を許し合う仲間同士なのは、間違いないんだろう。

 でも、それにしたって、距離が近い気がする。

 仲のいい姉弟にも見えるし、長年連れ添った息の合う夫婦のようにも見える。

 どっちにしろ、レイジンが赤毛お姉さんの尻に敷かれていることは、間違いない。

 その事実が、胸を抉る。

 レイジンは、ちゃんとわたしを気遣ってくれているし、肩にはポンされた温もりがまだかすかに残っている。


 なのに。


 胸の奥が、ざわざわして、ズキズキして、しんしんと冷たい。


 ものすごく、取り残された気分。

 宇宙の真ん中で、一人で置いていかれちゃった気分。

 寂しくて苦しくて絶望しそう。


 だって、薄々気がついちゃってる。

 知りたくなかった真実ってヤツが、ヒタヒタと足元から這い上がって来る。

 恋愛脳に浸ったままだったら、今も幸せなままだったのかもしれない。

 でも、それって。

 傍から見たら、痛々しいだけだよね?

 痛い思いはしたくないけれど。

 痛い思いから目を逸らして、痛々しいのもイヤだ。


 チャック解放後からのあれこれが、高速で脳内を巡る。


 焦がれるような激しさで強く求められて手を差し出されて。

 「俺の光」とか「俺の星」とか言われて、「生活の保障はするから、一緒に来てくれ」とも言われた。「こっちの星界で、一緒に生きて欲しい」とかも言われた気がする。


 だけど、こうして思い返してみてもだよ?

 「君が好きだ」とか「結婚しよう」とか恋愛やお付き合いを仄めかすようなことは、一切言われていない……ような?

 いや、自分を誤魔化すのはよそう。

 言われてない。

 言われてないよ。

 生活の保障云々も、俺が面倒をみる……とは言っていない。


 認めたくない。

 認めたくはないけれど。


 デカ絨毯到着後の女子二人との会話が、過酷すぎる現実を突きつけて来る。


 器って言った?

 恋人でも婚約者でもなく、救星主きゅうせいしゅって紹介してたよね?

 星導せいどう教会で生活の保障をするべき?

 で、手続きを手伝ってくれって、お姉さんに頼んでたよね?


 ここから導き出される結論は…………。


 レイジンがわたしを攫ったのは、恋のためではなく、任務のため…………?


 とりたてて頭がいいわけじゃないけれど、伊達に前世を拗らせてたわけじゃないからね。

 それなりに、ラノベやら何やらは嗜んでいる。

 その経験を踏まえて、数少ないワードからでも勝手に組上がっちゃう考察がある。


 つまりさ?

 わたしが鍵の力の器とやらだから、その力を手に入れるために器ごと攫ってきたってこと…………なんだよね?

 そうしないと、世界と星界が危険だから。

 うん、まあ、危険だったのは、分かる。

 あの時、わたしも確かに感じた。

 このままじゃ、地球が宇宙で溺れて滅んじゃうって。

 だからさ。世界から星界へと渡っちゃったことは、いい。

 それは、いいんだよ。

 あそこで迷ってウダグダしている間に手遅れになって、地球が滅んじゃうよりは、よかったんだと思う。

 選択を迫られていた時には、家族の幸せを犠牲にするのが嫌で踏ん切りがつかなかったけれど。

 こうして、取り返しのつかないところまで来てしまえば、みんなのためにはこれで良かったんだと思える。

 家族の幸せは、お地蔵さんに託したし、いずれは傷が癒えて新しい幸せがやって来るかも知れないけれど、地球ごと宇宙に丸呑みされちゃったら、もうそれも叶わないんだもん。

 けど。

 思うけど。

 それはそれとして。


 頭では理解できるけど、心が受け取りを拒否していることがある。


 レイジンが、あんなに焦がれて求めていたのは、わたし……御渡みわたり星灯愛すてらじゃなくて、わたしの中に宿っているらしい、鍵の力だなんて。

 全部、わたしの勘違いだった……なんて。

 信じたくない。

 しかも、その勘違いを後押ししたのが、封印したはずの暗黒夢とか、笑えなさすぎる。

 だって、空飛ぶ魔法の絨毯とか奇妙な偶然の一致をみせたりとかするから、だから。

 だから、てっきり。


 お、おおおおおおおおお…………っ!


 リアルではやらないけど、内心では頭を抱えまくりの、のたうち回りまくりだよっ!

 痛い! 痛すぎる! つらすぎる!


 ……………………いや。でも、待って?

 ポジティブに考えよう。

 これはまだ、最悪じゃない。

 本当の最悪は、ギリ回避した。


 だって、わたしは、まだ。

 拗らせた暗黒夢のことは一ミリも漏らしてない。


 あの時。


『わたし、前世のことは、あまり覚えてないの。前世でのわたしたちは、どんな感じだったの?』――――とか。

『結婚したら、専業主婦と兼業主婦と、どっちの方がいいのかな?』――――とか。


 言わんで、よかった。

 本当によかった。

 一人で盛り上がってアホなこと聞いて、レイジンに「は? 何言ってるんだこいつ?」みたいな顔されてたら、本当の本当に再起不能になるところだった。

 大丈夫。だから、まだ大丈夫。

 首の皮一枚で、たぶんギリ繋がってる。


 うう。大体、レイジンも悪いんだよ。

 あんなに美形なお兄さんに、あんなに熱く求められたらさあ!

 もっと、星界を救うために君の協力が必要なんだ!――――とかいうところを前面に押し出してくれてたら、封印も解けずに済んだかもなのに。


 ううん。違う。

 レイジンは、悪くない。

 レイジンは、任務に必死だっただけだもん。

 ちょっと言葉が足りないところもあったけど、緊急事態だったんだし、それは仕方がない。

 それに、そう。

 レイジンは、嘘は言ってない。

 レイジンが言ったことは全部、レイジンの本心だ。

 わたしが思ってたのとは違うけど、ちゃんと絨毯星界での生活も保障してくれるみたいだし。

 そういうところ、いいなって思う。

 赤毛のお姉さんに連行された時の弟みがある感じも、好き。

 あのポジション、羨ましかった。

 わたしも、あんな風にレイジンと戯れ合いたかった。


 うん。好き。

 やっぱり、好き。


 勘違いから始まったんだとしても、恋は恋だ。


 それに、よくよく考えてみれば。

 わたしの恋は、まだ終わったわけじゃない。

 成就したと思ったら、そもそもの前提が勘違いだったってだけで。

 わたしは、まだ。

 フラれたわけじゃない。

 この恋はまだ、終わりじゃない。

 これから、始めるところなんだから。


 大丈夫。

 本当だったら、あんな美形と結ばれるなんて、夢見すぎもいいところだけど。

 でも。

 恋愛的な意味じゃなくても、好意はもたれている……と思う。

 わたしのことを、救星主とか言ってたし。

 一緒に星のピンチを救った同志くらいには、思われているはず。

 自惚れじゃなくて、好感度は割と高めだと思う。


 だったら、まだチャンスはある。

 不発に終わった星間駆け落ち、何としても成功させてみせる!

 そして、忌まわしき暗黒夢は、今度こそ完全に封印する!


 わたしは決意を固め、覚悟を決めた。


 ――――――――そして。

 固めて決めた傍から、さっそく揺るがされた。

 犯人は――――――――。


 薄茶の小生意気だ。

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