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第8話 黒夢から醒めた現実

 星界せかい崩壊の危機を救った巨地蔵さんホログラムは、さあっと崩れて。

 崩れたホロホロ粒子は川になって、なぜか。

 わたしの中に流れ込んできた。


 胸の中に、ぽぅっと何かが灯った。

 灯って、滲んで、馴染んでいった。


 え?

 わたし、お地蔵さんと合体しちゃった?

 てゆーか、吸収しちゃった?

 吸収合併ってこと?


 悪いものでは、ないのだろうけど。

 とはいえ、やっぱり落ち着かない。

 戸惑っていたら、彼の声が降ってきた。


「役目を果たし終えた力の残滓だな。普通ならば、星界せかいの中に溶け込んでいくのだが。異星界いせかいのもの同士、惹かれ合ったのだろう。これからは、きっと君を守ってくれる」

「そう……なんだ…………」


 そ、そっか。

 そう言われると、ちょっと心強くなってきた。

 お地蔵様。これからも、よろしくお願いします。

 心の中で、心の中のお地蔵様に手を合わせる。

 少し、心が落ち着いた。

 落ち着いたことで、ふっと不安が押し寄せてきた。

 現実的な不安だ。

 駆け落ちして、二人で生きていくことを覚悟したからこその不安でもある。

 生活の不安、ともいう。


 突発性恋の病と暗黒夢の封印解除と星界救済という究極の三位一体の波と勢いに乗って流されて異星界駆け落ちをしたのは、まあ、いいんだけど。

 それは、それとして。


 わたしは、これから、どうなるんだ?


 もう、女子高生ではない……んだよね?

 えっと、レイジンとけ、結婚したら、ひ、人妻ってことになるん……だよね?

 あ、ちょっとドキドキしてきた。

 や、やばい、顔が熱い。

 いや、でも。

 真面目に考えないと。二人にとって、大事なことなんだから。

 えっと、その、それってつまり…………専業主婦ってことになるってことなのかな?

 それとも、パートとかアルバイト的なお仕事をしながら、人妻業を……?

 いや、でも、待って?

 わたし、この星界の一般常識とか、一切持ち合わせがないんだけど?

 ど、どど、どうしよう?

 いや、わたしが恥をかくのはいいよ?

 この星界での常識知らずなのは、間違いないわけだし。

 で、でも。

 つ、つつつつ、妻であるわたしの常識知らずのせいで、レイジンに恥をかかせるわけには!

 つ、つつ、妻として!

 くっ、恥ずい!

 いや、でもでも、大事なことだから!

 と、とりあえず、レイジンには伝えないとだよね。

 わたしが、この星界のこと、何にも知らないってこと。

 魔法の絨毯が交通手段らしいってことは、夢でも見てたから知ってるけど。

 交通ルールとか、運転の仕方とかはサッパリだし。

 買い物の仕方だって、分かんないし。

 専業主婦になるにしろ、兼業主婦になるにしろ、覚えないとだよね?

 あ、まずは、レイジンの希望も聞かないと。

 うん。わたしは、専業主婦でも兼業主婦でも、どっちでも頑張る!

 レイジンの希望を優先するよ!

 前世での苦難を乗り越えてついに結ばれた二人とはいえ、当面の間は、わたしがお荷物になるのは間違いないんだし。

 レイジンの負担にならないようにせねば!

 つ、妻として!

 あ、そうだ。その前に。

 わたし、前世でのレイジンとの思い出って、何にも覚えてないんだった……。

 そ、それも、伝えておいた方が、いいよね?


 よし!――――と決意を固めるわたしだったけど。


 その決意が音を結ぶことはなかった。

 おかげで結果として、セーフだった。

 わたしは、痛い子にならなくてすんだ。


 わたしがお一人様妄想劇場を繰り広げている内に、絨毯は星の海の上を航空して、大きな絨毯に上陸していたのだ。

 あれ?――――と思うより先に、知らない女子たちの声が聞こえてきて、それにレイジンが答えて。

 それで、それで――――。

 決意は妄想ごと切り裂かれた。


「ちょっと、レイジン! その子、異星界人いせかいじんよね? さ、攫ってきちゃったの? そ、それとも、異星界からの漂流者を拾ったの?」

「鍵の力の気配を感じますね? まさか、その女が、鍵の力の器ってことですか?」

「ああ。ステラという。チキュウという異星界の鍵の御子だ。揺らぎを鎮めるために、力を借りた。ステラは、チキュウとこの星の救星主きゅうせいしゅだ。だが、そのために、彼女は寄る辺なき民となった。今後は、星導せいどう教会で彼女の生活を保障するようにしたい。手続きを手伝ってくれ」

「え? え!?」

「…………ふうん?」


 大きな絨毯の上で、お一人様用絨毯をお出迎えしてくれた女子は、二人いた。

 二人とも、やっぱりアラビアンだ。

 白いインナーと銀の刺繍は、三人とも一緒。刺繍の模様も同じだ。

 最初に話しかけてきた女子は、わたしより少し年上っぽい、しっかり者のお姉さんタイプの美少女だった。金の瞳。褐色小麦肌。ゆるふわな長い赤毛をサイドテールにしている。上着とパンツも、髪とおそろな鮮やかな赤。

 もう一人は、敬語な割には生意気な感じの小柄な子。年下っぽい。薄茶のクシャ毛をツインテールにしている。そばかすがいっぱい散っていて、まあ、愛嬌のある顔立ちをしてはいる。でも、生意気っぽい。小生意気って感じ。こっちは、上着もパンツもオレンジだった。衣装は可愛い。

 レイジンの答えを聞いた赤いお姉さんは、引きつった顔をレイジンに向けた。

 オレンジの子は、気に食わないって警戒心バリバリで、わたしの顔を嘗め回すみたいに嫌な感じで見つめ回している。

 嘗め回され、見つめ回されているわたしは、真っ青な顔をしているはずだ。

 感じの悪い態度にショックを受けたから……とかいう理由じゃない。

 いい気分はしないけど、今は、それはどうでもよくて。

 いや、だって。


 鍵の力の器……………………って、言ったよね?

 それで、レイジンは頷いてたよね?

 で、ナントカ教会で、わたしの面倒をみるべきだから、手続きをどうこうって……。


 …………………………………………。

 ……………………………………………………………………。

 ……………………………………………………………………。


 ねえ?

 ちょっと、待って?

 だって、あんなに焦がれるように求めてくれたじゃない?

 焦がれるような熱い眼差しで、わたしを見つめてくれたじゃない?


 なのに、なにそれ?

 生活を保障する手続きって、そんな、市役所で……えーと、なんだっけ?

 生活保護?

 そんな感じの手続きをするみたいな感じで……。


 ねえ、レイジン?

 わたしたち、前世で結ばれなかった恋人同士じゃなかったの?

 星を越えて迎えに来てくれたんじゃなかったの?

 あれは、星間プロポーズじゃなかったの?

 わたしたち、異星界駆け落ちをしたんじゃなかったの?


 ねえ?

 わたし、もしかして。


 星間結婚詐欺にあっちゃったの?



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