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第3話 宇宙の国のステラ

 懐かしい匂いがする。

 懐かしい気配がする。

 懐かしい。帰りたい。会いたい。

 何が? 何処に? 誰に?

 わたしは、宇宙人だったの?


 帰りたい。帰りたい。帰りたい…………!


 無理やり異国へ連れ去られた子が故郷へ向かう船やら飛行機やらを見かけたらこんな気持ちになるんじゃないかって感じの、どしようもない、どうにもならない気持ち。

 望郷の念ってヤツ?

 そんなのが、胸の奥から溢れて、溢れて、止まらない。


 一体、どうしちゃったんだって?

 それはね?

 夢が――――。

 封印したはずの夢が、地球の中の宇宙から滲み出てきたんだよ!


 具体的に何が起こったのかというと。

 まばら雑草地帯から顔を覗かせた宇宙から、陽炎が立ち昇ったのだ。

 陽炎。蜃気楼。ノイズ混じりのホログラム?

 そんな感じの、何かが、ユラリと揺らめきながら、朧に姿を現したのだ。


 それは、封印したはずの夢だった。

 見ている間は色鮮やかだったけれど、封印する時には真っ黒になった夢。


 子供の頃からずっと、同じ夢を見ていた。

 眠る時に見る夢の話だ。

 同じ世界の夢。

 同じ設定の夢。

 魔法の絨毯が空を飛び交うアラビアンな世界の夢。

 夢の中のわたしは、お姫様だった。

 アラビアンな魔法の国のお姫様。

 すごく仲の良い誰かと、いつも一緒にいた。

 シーンは同じとは限らない。

 でも、同じ世界で、同じ設定だった。

 繰り返し、繰り返し、何度も見た。


 だから、わたしは夢を見た。

 起きている時に見る夢だ。

 今となっては、痛々しい限りの夢だ。

 あの“夢”は、わたしの前世なのだと思った。

 前世のわたしは、異世界のお姫様だったのだ。

 いつか夢の世界から、誰かがわたしを迎えに来てくれるのだと信じていた。

 前世の世界に戻って、わたしはお姫様になるんだって、信じていた。

 小学生の頃は、子供らしく純粋に。

 中学生になってからは、盛大に拗らせて。

 拗らせすぎて、友達には内緒にしていたのは幸いだった。

 いつか現実になるのだと信じていたからこそ、内緒にしていた。

 わたしは、みんなとは違うんだって思っていた。


 アホだな、わたし――――って、今はちゃんと思ってる。


 前世ってことは、生まれ変わりってことで。

 お姫様なわたしが死んだから、今のわたしに生まれ変わったわけで。

 たとえ異世界に行けたとしても、お姫様にはなれんやろ。

 前世の姫と今のわたしは別人なんだよ――――って。


 今は、ちゃんと分ってる。

 まあ、わたしも、もう高校生だしね。

 いつまでもアホな夢に現を抜かしているわけにはいかないからね。

 中学校だけじゃなくて、夢からも卒業したんだよ。


 見ている最中は、本当に色鮮やかな心が躍る夢だった。

 でも、わたしはそれを真っ黒に塗りつぶして封印した。


 封印したのに。


 夢は再び色を纏った。

 鮮烈な青い光。

 揺らいでいても尚、鮮烈な、美しい青い光。


 夢で見た、空飛ぶ魔法の絨毯。

 その上に、男の人……が座っている。

 胡坐で。

 わたしよりも、年上。大学生くらいな若い男の人。

 アラビアンな衣装を着ている。

 白いアラビアンパンツ。濃紺の上着には銀色っぽい模様がチラチラ見える。


 あの人はきっと、星の海を越えて、前世の世界からわたしを迎えに来たんだ!


 ――――って、わたしの中の前世のわたしが騒いでいる。盛り上がっている。

 今にも幻影の絨毯に飛び乗ろうとしている。

 でも、待って!

 落ち着いて、前世のわたし!

 わたしは、わたしの中の前世のわたしを必死で宥めすかす。


 あれ、まだ実体化してない。

 あれ、幻影! 果てしなく幻!

 絶対に絨毯すり抜けて宇宙にダイブするハメになる!

 宇宙服を着ていたら、宇宙の国のアリスになれたかもしれないけれど、わたしセーラー服。

 宇宙服の機能は付いてない、だだのセーラー服。

 生身で宇宙にダイブしたら、昇天するから!


 ……………………あ、待てよ?

 もしかして、前世のわたし的には、それが狙いだったりする?

 昇天して、もう一度夢で見た前世の世界で生まれ変わっちゃおう大作戦だったりする?

 確かに、それならかつての世界でもう一度お姫様もワンチャンあるかもしれない。


 だが、却下だ!

 断固反対!

 断固阻止!

 大人しく封印されていてくれ!

 わたし、まだ、御渡みわたり星灯愛すてらとしての人生を捨てるつもりないから!

 死んで生まれ変わってまで、お姫様になりたいとか思ってないから!


 わたしという存在の存続をかけて、前世のわたしと激しい戦いを繰り広げているその間にも。


 不確かだった幻は、幻のまま。

 鮮明さを増していった。


 まだ、実体化はしていない。

 どこか幽霊みがある。

 でも、はっきりと鮮明に、その存在を主張している。


 紺色の上着の模様は、銀糸で施された刺繡だった。

 CGとしか思えない冷たく整った顔立ちが、ちょい揺れしつつもはっきりと分かる。

 腰まである長い銀色の髪。三つ編みにして一つにまとめられた束が、左の肩から胸の前に流されている。

 瞳の色は、青……蒼…………紫?

 僅かに残る揺らぎのせいなのか、混じり合って、どの色にも見える。

 一瞬ごとに色を変えているようにも……見える。

 それが、とても綺麗だった。


 青い炎のような人だと思った。

 冷たく燃える青い炎。

 本当は熱いのに、冷たく見える青い炎。

 青い炎が燃えている星の輝きを宿した人。

 星の輝きを纏った人。


 とりわけ面食いってわけじゃない。

 でも、綺麗なものは大好きだ。


 わたしは、青く燃えている星に見惚れ、立ち竦んでいた。

 心が震えるほどの美貌だった。

 心が震えすぎて、体の方は動かせない。

 体は、見つめる以外の機能を忘れてしまったみたいだった。

 かろうじて呼吸だけはしているって感じ。


 それでも、この時はまだ。

 美しい芸術作品に触れた時のような感覚だった。

 美術館で、気に入った絵の前から動けなくなってしまうみたいな感覚。

 素直に感動していた。

 感動のあまりなのか、懐かしい、帰らせろ、と騒いでいた宇宙のマジカル王女様も沈静化している。王女様も見たことがないレベルの美貌なのかもしれない。


 だがしかし。

 事態はこの後、急変する。


 実体化は、まだしてない。

 多少の揺らぎを残しつつも。

 どこか幽霊みを感じさせつつも。

 それは、まだ実像を結ばない。

 あくまで幻影。

 でも、それでも、その美しさは鮮明で。

 鮮明に鮮烈な眼差しが、わたしを捉えて。

 わたしは、捕らえられた。


 回線が繋がった。

 そんな感じがした。


『見つけた』


 空気が揺れて、音が、声が届いた。

 どこか知らない国の、知らない世界の言葉。

 わたしに向かって。

 射貫くように、焦がれるように、求めるようにわたしを見つめながら。

 彼は確かにそう言った。


 知らない世界の言葉。

 初めて聞いたはずの言葉。

 なのに、なぜか意味が分かった。


 きっと彼は――――。

 そして、わたしは…………。


 胸の奥で。

 胸の中で。


 鍵が開いた音がした。


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