「それじゃあ、種明かしといこうか! 小生、こういう探偵っぽいことこっ恥ずかしくてしたくないんだけど、仕方なくだからね!」
気持ちはわからなくもないが、だからといって説明責任を放棄することは許されない。
僕は黙して無花果さんの言葉を待った。
「まず、大前提として、兄上と恋人は互いに『忌まわしい』と思いあっていた。『憎い』だとか『嫌い』だとか、そういうものではなく、君がその言葉を選んだからにはお互い『忌まわしい』と思っていた」
なんの気なしに選んだ言葉だったのだが、兄を理解していた僕は無意識のうちにそう言っていた。その点を、無花果さんは見抜いたのだ。
「そんな相手を殺して捨てるのは、まさに『封印』だ。忌むべき悪魔を地獄に封じ込めなければならない。そうすると、兄上にとっての、そして恋人にとっての地獄はどんな場所かということになる」
「兄はわかりますけど……恋人にとっての地獄?」
「言ったろう、『思考をトレースする』と。捨てられる側だけではなく、捨てる側も考えるものさ、この世の最悪について。死体を捨てに行く当人なのだからね」
言われてみればその通りだ。今まで兄のことばかり考えていたが、恋人側にだって意思がある。これから死体を捨てに行くというところで、その場所を選ぶのは恋人なのだ。
「じゃあ、恋人にとっての地獄はどこか? 『ていねいなくらし』をしていて、食に関心のあった恋人にとって、ファミレスやファストフードなんてのはただのエサを売るところだっただろうね。そのゴミ捨て場なんてのはこの世で最悪の場所だ」
「けど、それだけじゃどこの店かなんて特定できないでしょう」
「結論を急ぐねえ、君は! まあ聞きたまえよ……兄上は痩せ型だったから、太っているひとよりも腐敗のスピードは遅いだろう。そういうのは、腐っているものに突っ込んでスピードを上げるに限る」
そう、もとからこの残飯タンクには大量の腐ったゴミがあった。そんなところに死体を入れたら、速やかにいっしょに腐ってくれるだろう。
ある意味、硫酸風呂や重りをつけて海に沈める以上に死体は発見されにくくなる。いずれ死体は腐り果て、残飯に溶け込んでなくなってしまうだろうから。
「運転免許も体力もあるのならば、死体遺棄に関してはある程度場所を選べる。そして、今度は兄上の価値観だ。潔癖症の兄上にとって、汚い残飯やウジやゴキブリにまみれて腐っていくなんて、死んでもイヤだったに違いない。『死んでもイヤな場所』を選んだ結果がここだったってわけさ。伊豆を選んだのは、まだ多少の情や罪悪感があったからだろうね。その点は少々賭けをした」
僕たちはその賭けに勝ったというわけだ。しかし、この賭けは分の悪いものではなかった。後で首を吊ったことを考えると、無花果さんもなかば勝ちを確信していたのだろう。
「忌まわしい悪魔を最大限に辱めて、なおかつ死体はすぐに腐り残飯といっしょに消えてなくなる。処理の手間が省けるというわけさ。そこまで条件がそろえば、あとは残飯タンクのある伊豆のファミレスを探せばいい。基本的にファミレスの残飯は産廃だからね、業者に委託している場合が多い。しかし、こんなタンクを設置している場所はそうそうない」
設備にもお金がかかる。よほど繁盛していて、頻繁に残飯が出るような店でないと設置はできない。そういえば、ここへ来る時には国道を通ってきた。国道沿いのファミレスはさぞ栄えていることだろう。
「まあ、その辺は小鳥ちゃんに頼んだんだけどね。小鳥ちゃんはそういう調べごとに長けているから。というわけで、今このときこの場所でご対面、となったんだよ」
無花果さんが両手の平をを広げて見せて笑う。どうやら、説明としてはこんなところらしい。
「どうだい? 納得できたかい?」
たしかに、納得はできた。どういう思考経路でここへたどり着いたのか、それは意外と整然としていて、説明としては上々だった。まさしく『推理』と呼べるものだ。
種明かしを聞いた僕は、その推理に舌を巻いた。顔面を手で覆うと、顔を脱ぐうように下ろす。そして、
「……あれだけの情報で、よくわかりましたね」
「言ったろう! 小生はひとの思考をトレースすることが大得意なのさ! 死体を捨てた人間の行動パターンなんて、多少の情報があれば簡単に追いかけることができる!」
思考のトレース。探偵としての無花果さんは、なるほど、遺棄したものの行動を辿る『死体探し』に限ってはうってつけだった。
僕は再び兄の死体に目を向ける。
ひどい有様だ。死してなおこんな扱いを受けて、兄はさぞや無念だろう。
……いや、無念ではないか。ある意味、当然の帰結として受け止めている可能性が高い。なにせ、殺し合いを提案したのは兄なのだ。こうなることも目に見えていたはず。
兄のことは、その死も含めてすべて理解できる。
しかし、どうしても恋人のことは理解しかねた。
「……納得はできました。けど、わかりません。こんな仕打ち……狂ってる。とても正気の沙汰とは思えない」
どうすればこんな残酷なことを思いつくのだろう。思いつく限りの悪意を詰め込んだ選択がこれだったのだ。僕には到底、理解できない。
僕も、最初はただの痴情のもつれだと思っていた。軽く考えていた。
しかし、文字通り蓋を開けてみれば、そこには理解不能な地獄が待っていた。
無花果さんはどこかかなしそうに笑った。
「それはね、狂人にしか理解し得ないことなのだよ。君にはわからなくて当然だし、わからなくてもいい。わからない方がしあわせだ」
無花果さんはそう言うが、僕の考えは違う。
理解したいのだ。
わからない方がしあわせ、だなんてまっぴらだ。
わからないことがあることの、なんと苦しく切なくおそろしいことか。自分の理解力のなさが悔しくて仕方がない。
僕は知りたい。知らなくていいこともあるかもしれないが、それすらも知りたい。
少なからぬ縁のある人間を理解しようとすることの、なにがおかしいのだろうか。『わからない』で済ませて思考放棄することが、僕にはできない。
ある意味意固地だと言える。
無花果さんは難しい顔をする僕を見て、かなしげな顔のまま微笑んだ。
「だから、小生のような同種のモンスターが、モンスターの思考を追って、モンスターの死体を探す。死体を捨てるなんて、モンスターにしかできないことだからね。そして、捨てられる側も大抵がモンスターだ。それは小生くらいしか理解できないことだろうね」
「……無花果さんは、モンスターなんですか?」
「『死体装飾家』なんて人間が、マトモなはずがないだろう。きっと君が思っているよりもずっと、規格外のモンスターだろうね」
だから、無花果さんは死体を探す。探して、素材にして、自己表現をする。この探偵行もその過程の一部に過ぎない。『死体装飾家』としての活動の一環だ。
……この女、本当にイカれてる。
イカれているからこその孤独は理解した。しかし、その根本がわからない。ふいに、深淵を覗き込んでいるときのようなおぞけが背中を伝った。
この世でもっともおそろしいモンスターは、実は人間なのかもしれない。使い古された言葉だが、今はそれに共感できる。それは僕が同じ人間だからかもしれないけど、こころの闇はどんな夜よりも暗く、冷たい。
そんな闇を、この無花果さんも抱えているのだ。そんな闇を糧にして、無花果さんは息をしているのだ。
……そして、それを理解してしまったら、僕も同じモンスターということになってしまうのだろう。
違う、僕は普通の人間だ。化け物なんかじゃない。
必死に否定するけど、『そうだよ』と返ってくる言葉はなかった。
理解したいけど、したくない。
そんなアンビバレントを胸に、僕は無花果さんのさみしげな表情を見つめるのだった。