「それじゃあ、改めて詳しい話を聞こうか」
所長がうながすと、僕はぽつりぽつりとことの次第を話し始めた。
「探してほしいのは、僕の実兄の死体です」
「そりゃあ、ご愁傷さまでした」
「いえ、僕もまだ実感がわかなくて……だから、死体を見つけてこの目で確かめたいと」
「うんうん、事情はつかめたよ。じゃあ、どうして兄上が死んだとわかったの? どうして死体がどっか行っちゃったの? 続きを聞かせてよ」
この所長は聞き上手らしかった。するすると僕から必要な情報を引き出していく。僕もひとには言えないような話をすることで、頭の中がいくぶんか整理できてきた。
「……よくある話です。兄には一生を共にしようとした恋人がいた。しかし互いにこころが離れてしまった。想いがなくなったらお互いに殺し合う約束でいた。恋人は生きていて兄は失踪したまま。ということで殺し合いに勝ったのは恋人です」
「……じゃあ、その恋人に話を聞けば?」
当然の質問に、僕はやりきれない思いで首を横に振った。
「その恋人も、首を吊って自殺しています。死人に口なし、これで死体のありかはわからなくなりました……ただ、それだけの話です」
これで大方の事情は話したはずだ。
確認するように所長の顔を見やると、『いやいやー……』とでも言わんばかりの表情があった。
「……うん、全然よくある話じゃなかったね……僕もリスナーの皆さんもドン引きだよ……」
「そうですか? 割とよくあることだと思うんですけど。痴情のもつれですよ」
「いや、そう切って捨てるにはあまりにも闇が深すぎるというか……」
ものすごく言いにくそうにしている。
僕はそんなにおかしいことを言っているのだろうか。
これはあくまでも痴情のもつれでしかない。たしかに兄は殺害されたが、それはあらかじめ決めていたこと、今さら恋人を責めるつもりはない。というか、責める相手がいないのだから仕方がない。
だから、せめて死体がどこにあるのかを知りたかった。この目で確認して、ああ、兄は死んだのだなと納得したかった。
現状は宙ぶらりんだ。死んだのはわかっているのに、どうしても実感がわかない。まだどこかで生きているような気さえしている。
余計な希望を捨てきれずにいるのだ。
そんな未練をすっぱり断ち切るためにも、僕には兄の死体が必要だった。
「……ともかく、死んでるのは薄々確定してます。兄は殺されました。けど肝心の死体がどこに捨てられたのかがわからない」
いつの間にか、僕の言葉は熱を帯びていた。加速した声でダメ押しをする。
「死体がなければどうしても実感がわかない、葬式も上げられない。周りの人間も納得しない。兄が死んだという確信が欲しいんです。これは慰霊です。兄の亡霊を成仏させるためにも、どうかお願いします」
そして僕は、もう何度目になるかわからないけど、深々と頭を下げた。
「……なるほど、そういうことだね。ドン引きはしたけど、すっかり理解したよ。話してくれてありがとう」
すべてを吐き出し終えてすっきりした僕に、所長は笑顔でそう言った。
「ぎゃはははははははははは!!」
唐突に無花果さんが大声で爆笑した。手まで叩いて至極愉快そうにしている。
「『死がふたりを分かつまで』、か! それを実力行使でやっつける恋人なんて初めて聞いた! ウケる! 美しい、潔いじゃないか! いいねいいね、小生感動したよ! くっっっっっっだんなすぎて!」
なるほど、これは嘲笑らしい。
無花果さんにとっては、兄の殺害の顛末など笑い話のひとつでしかないようだ。
僕はむっとした顔をして、
「……あなたにはわかりませんよ。理解されるとは思っていません。けど僕には、僕にだけはわかる。僕は兄のたったひとりの理解者なんですから」
「ふぅん、理解者ねえ」
「昔から、僕は兄のすべてを理解してきた。兄も、僕のすべてを理解してくれた。理解して、夢を応援してくれた。僕たちには僕たちにしか理解できないきずながあったんだ」
そう、兄は常に僕のことを一番よくわかっていてくれた。だからこそ、写真家になりたいという夢も応援してくれた。この一眼レフを用意してくれたのも兄だ。
それを思い出して無意識のうちに一眼レフを指先でなぞると、無花果さんはそれを見下ろして、
「フォトグラファーになりたいんだったね! 大いに結構じゃないか! 小生と同じアーティストだ! オトモダチだ!」
そう言うと、べたべたと僕と肩を組んできた。らんらんとリズムに乗って揺れている。正直ウザい。
無花果さんを無視して、僕は所長に向き直った。
「ともかく、お願いします、死体を見つけてください」
「いいよー、探してやんよ!」
返答したのは、なぜか無花果さんだった。
なにかの間違いかと思って、僕はきょとんと無花果さんを指さして、
「…………あなたが…………?」
「うん、いちじくちゃんが探偵だから」
「そうさ! 小生、死体探しに関してはシャーロック・ホームズばりの八面六臂の大活躍さ!」
……これが、探偵?
どう見ても頭のおかしい躁病患者でしかない。そもそも、なんでシスターなのかまだ聞いていない。ただの趣味のコスプレ……の可能性も捨てきれない。
他の誰よりも謎な無花果さんが、兄の死体を探し出すという。謎で、しかも一番頼りにしたくないタイプの人間だ。
たしかに、アーティストとしての無花果さんには興味がある。
しかし、探偵としてと言うならば、話は違ってくる。
本来なら、探偵とはもっと理知的で冷静沈着で、クールでハードボイルドなはずだ。小説の読みすぎかもしれないが、少なくとも三笠木さん辺りの方がまだ探偵としては信頼がおける。
なにせ、無花果さんには探偵らしいところはなにひとつないのだ。なにか劇的な推理をするとか、熱心に聞き込みをするとか、そういった姿は想像すらできない。
だいたい、このひと、外に出しても大丈夫なのだろうか……?
不安ばかりが募る僕に、所長がこころばかりのフォローを入れる。
「大丈夫大丈夫ー。いちじくちゃん、三ヶ月前の依頼だってちゃんと死体を見つけ出したんだから。いちじくちゃんが言う通り、『死体を探すこと』については折り紙つきだよー」
「……はあ……」
本当に大丈夫なのだろうか……?
実績があるのならば信じてみてもいいのかもしれないが、どうしても無花果さんが探偵しているところなど思い浮かばない。だいいち、僕ですら見つけられなかった死体を、どうやって見つけるっていうんだ?
肩を組んでいた腕を解き、無花果さんは覗き込むように僕の目を見つめてきた。その瞳は、暗闇のような、深淵のような、夜空のような、漆黒の色をしていた。
しかし、その目にはぎらぎらしたものが宿っている。ヤク中にも似た、尋常ならざるぎらつき方をしている。
そんな目をしながら、無花果さんは僕に向かって言い放った。
「ってわけで、小生探偵ね! 推理に必要なことをいろいろ聞かせてもらうよ! 臆せずためらわず恥らわず、知ってる限りのことを正直に答えてね! ウソついたら針千本のーます!」
「……あ、はい……」
どうやら、助け舟はないようだ。
この事務所のドアを開けた瞬間からこうなることは決まっていたのだ。賽は投げられた。ルビコンを渡れ。
「ああ、一見すると推理には全然関係ないこと聞くかもしれないけど、びっくりしないでねー。いちじくちゃんの頭の中では全部必要なことだから、答えてあげてねー」
そう言うと、所長はカメラに向かって何やらしゃべり出した。唯一の通訳係がいなくなってしまったことに軽く絶望する。
……僕に『無花果語』が理解できるだろうか?
とりあえず、僕はどんな突拍子もない質問が来てもきちんと答えられるように、こころの準備をするのだった。