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№2 『死体装飾家』

№2 『死体装飾家』

「……あの」


「うん? なにかな?」


 まずはいろいろと確認しておかなければならない。手始めに、僕は所長がさっきからずっと回しているスマホのカメラを指さして、


「……それ、なにしてるんですか?」


 おそるおそる問いかけると、所長はひとなつこい笑みを浮かべて答えた。


「配信だよー。24時間365日、ずっとずっとずーーーーーーーーっと僕の日常を垂れ流してんの。これでも人気配信者なんだよ? いえーい、視聴者のみんなー、雰囲気イケメンのお客さんが来たよー」


 そう言っては、カメラに向かって手を振るのだ。


 ……やっぱりおかしいひとだった。いつでもどこでも私生活を全世界に衆目にさらすなんて、とてもじゃないがマトモな神経ではできない。ヘタをすればトイレや入浴まで配信している可能性がある。


 たしかに、他人の日常を覗き見るなんて暇つぶしにはうってつけだろう。しかし、この小汚いオッサンが人気配信者とは世も末だ。


 ……だが、そのおかげで僕はここへたどり着けたのだ。


 僕は居住まいを正して所長に向き合った。


「……ここは、『死体専門』の探偵事務所だとネットで聞きました」


 おそらくはリスナーのひとりなのだろう、こんな変わった探偵事務所があるとネットに書き込みをしているのを偶然見つけたのだ。


 僕の言葉に所長は軽く目を見開き、


「ほう! ウチも有名になったもんだねー。視聴者のみんな、オラに元気をわけてくれてありがとな!」


「ちょっと待って小生まだこいつ殴ってない!」


「それは後にしてよいちじくちゃんー」


「ヤダヤダ! 小生絶対このこまっしゃくれたポンコツマシン殴り壊すんだ!」


「まあまあ……それで、ここへ来たってことは、『もう死んでいるであろうひと』を探して欲しいってこと?」


 急に水を向けられた僕は、目を白黒させながらなんとか答えた。


「……はい、おそらくは」


 僕の回答に満足したのか、所長はぽんとひとつ手を打った。ちなみに絶賛配信中である。プライバシーはどうした撮影許可を取れ。


「だったら話は早い!」


「えー、小生働きたくないでござる!」


「あなたは働くべきです、この腐れ無産主義者」


「ケンカ売ってんのか? おおん?」


「はいはい、君たちちょっと静かにしててね……それで、ウチの方針は知ってる?」


「あ、いえ、そこまでは……」


「じゃあ説明しよう!」


 いきなり特撮モノの博士みたいなことを言い出して、所長はそのままナイショ話をするように続けた。


「ウチはね、料金は一切もらってないんだよー。まあ、死亡手続きやら遺産相続の手続きやらの手数料はもらうけど、それはあくまでオプション。探偵業に関しては支払いゼロだよー。ほら、お得!」


「……それは、ありがたいです」


 小さく返す。そもそも貧乏な僕にとって料金が発生しないというのはありがたい話だった。おそらく、普通の探偵事務所に行ったら法外な額を請求されただろう。というか、こんな『依頼』、受け付けてくれるとも思わない。


 しかし、うまい話には裏があるのが世の常だ。タダより高いものはない。絶対に何かあるはずだ。


 何を言われても動揺しないようにこころをしっかりと保ちながら、僕は固唾を飲んで所長の言葉の続きを待った。


 所長はさらに声を潜めて、


「……ただし、ひとつだけ条件がある」


 ほら来た。僕は身構えながら『条件』とやらの提示を視線でうながした。


 所長はうなずいてにっこり微笑むと、


「料金は発生しない。その代わり、見つけた死体をアートの素材にさせてほしいんだよー」


「……アートの……素材……!?」


 動揺しないようにという僕の魂胆は見事に裏切られた。思わず声が裏返る。


「……アートって……死体で……!?」


「そうだよー、このいちじくちゃんが装飾するの。ナマの死体を使った現代アートのアーティストなんだよねー。日本での知名度はまだ低いけど、世界的に有名なんだよー、いちじくちゃんは。こう見えて世界の宝なんだよー」


「所長がまた余計なこと言ってるねえ! 所長も殴ろうかしら!?」


「君はまたすーぐ誰彼構わず殴ろうとするー、ほら、死体が手に入るんだよ? もっと喜びなよー」


「うん! 小生大歓喜! 万歳三唱!」


「うんうん、それでいいんだよー」


 目をきらきらさせるシスター……無花果さんの頭を、にこにこと好々爺の表情で所長が撫でた。


 しかし、こっちはそれどころではない。


 ナマの死体を使った現代アート?


 そんな狂った文化、聞いたことがない。ここは法治国家日本のはずだ。死体は見つけ次第すみやかに火葬しなければならない。


 しかし、無花果さんは『その筋では』世界的に有名なアーティストだという。こんなところでウソをついても仕方がないので真実なのだろう。


 この躁病患者が、死体を飾り立てて『作品』とする。そして、その『作品』は世界中に届く。死体はそのための素材として使われる。


 ……死者への冒涜だ。


 死んだ後までその姿を晒しものにされるなんて、僕なら絶対にイヤだ。そこには人間の尊厳なんてものは介在しない。ただ『死』のメタファーとして、テーマの一部に組み込まれる。


 誰の死体かなんて、気にするひとはいないだろう。無花果さんの『作品』として死体を鑑賞するのだ。


 だが、その死体にだって生まれた理由がある、死んだ理由がある、歴史がある。それらは決して無視していいものではなくて、尊重されるべきだ。


 そんな死体を素材にするなんて、到底許されることではない。死者を踏みにじる行為だ。


 ……だけど。


 それでも、僕の中には無視しようがない好奇心が芽生えていた。


 ナマの死体を使ったアート。それはさぞや芸術的な仕上がりになるのだろう。今まで誰も考えつかなかった試みだ。そもそも、そんなぶっ飛んだ発想をする人間がいるなんて思いもしなかった。


 いまだ見たことのない芸術作品。


 僕が探している死体がどんな風に装飾されるのか。


 アーティストの端くれとして、それはとても興味深いことだった。


 一旦認めた好奇心は決して消えてくれない。僕は、無花果さんの『作品』をひと目みたくなった。


 たとえそれが許されざることだとしても。


 ……だいたい、タダで死体を探してくれる専門家なんて、ここくらいしかないのだ。もうよその事務所を検討している余裕もない。


 そんな僕の内心を見透かしたように、所長がにんまりと笑って見せた。


「……さあて、どうする? それでも依頼するかい?」


 悪魔にたましいを売るときの気持ちはこんな感じなのだろう。僕はたっぷりと時間を使って悩んだ。


 いや、悩んでいる『フリ』だ。もうとっくにこころは決まっていた。


 しばらくの時間を置いて、僕は所長に頭を下げた。


「……骨が拾えるなら、なんだって構いません。死体は素材として提供します。その代わり、必ず探し出してください。よろしくお願いします」


 事実上の契約だ。


 言ってはいけないことを言ってしまったのではないか、と後悔してももう遅い。賽は投げられたのだ。


「よし、話は決まりだ! とりあえず身分証見せてねー。三笠木くーん、契約書お願いねー」


「わかりました。契約書を出力します」


 AI男……三笠木さんはそう応じると、即座にプリンターの前に向かった。がこがこと悪魔との契約の書が印刷されていく。


 免許証を提出してしまったらもうおしまいな気がしたが、僕は決めたのだ。


 このひとたちに、死体を探してもらうことを。


「視聴者のみなさまー、三ヶ月ぶりに仕事が入ったよー!」


「うおおおおお! オラわくわくすっぞ!」


「あなたは働いてください。このままではあなたはただの躁うつ病クソニートです」


「やっぱケンカ売ってんな? 小生がちょっと外で薬物中毒者の疑いで職質されたからって!」


「あなたはそのままブタ箱に突っ込まれるべきでした」


「くきいいいいいいいいい殴る!」


 ……こんなんで大丈夫なのだろうか。


 一抹の不安を抱えながら、僕はごそごそと財布を取り出して免許証の準備をするのだった。

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