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№5 『あの子』

「まずはジャブからだ! そのワカモノとは何回寝たのかね?」


 ジャブじゃなくてどストレートだろ、というツッコミはさておき、マダムはふん、と鼻を鳴らして即答した。


「何回もよ!」


 居丈高な物言いだけど、こんなあけすけな質問にもきちんと答えた。これからする質問に正直に答えるか、これは無花果さんなりの試金石なのかもしれない。


「よろしい! 次! そのワカモノにはなにか夢があったのかね?」


「ホストでてっぺん取る、なんて言ってたけど、あたしから言わせれば夢物語だわ! あんなぱっとしない子、ナンバーワンになんてなれっこないわ!」


「ふむふむ、ホストならではの夢だね! そのワカモノはネクタイをしていたかい?」


 相変わらずわけのわからない質問に、マダムは少し目を丸くした。


「よくわかったわね。ホストなのにネクタイなんてしてたわ。何本も上等なネクタイ、プレゼントしてたもの。そんなところもぱっとしなかったわね」


「なるほど、やはりね! 次行くよ! そのワカモノはこの街が好きだったかい?」


「ええ、好きだって言ってたわ。この街でホストとしてのし上がりたいって。歌舞伎町でもなんでもないこの街でホストとして成り上がって、なんになるってのよ」


「好きな街で錦の御旗を上げたいというのは自然だと思うよ! お酒は強かったかい?」


「てんでダメ! ホストのくせに、ちょっと深酒したくらいでげーげー吐いて、みっともない! あたしの方が飲んでたわよ! 仕事柄、仕方なく飲んでたけど弱かったわ!」


「ほうほう、飲酒はしていたと! じゃあ次だ! 子供の頃はなにかなりたいものはあったかい?」


「なんだか、ビルを作る仕事がしたかったって言ってたわ。変わった子よね」


「けっこうじゃないか! そのワカモノ、なにかコンプレックスはあったのかね?」


「そうね、背が低いことを気にしてたわ。からだだってひょろひょろで、高校生みたいな子よ。少しは鍛えればいいのに」


「オーケーだ! 最後になるが、マダム、君はそのワカモノに心底惚れ込んでいたのかい? わざわざ死体を探しにこんなところまで来るくらいだ、そんなに執着していたのかね?」


 無花果さんの最後の問いに、マダムは目を伏せて少し考え込んだ。これまでぽんぽん答えていた勢いがウソのように沈黙し、考え込んでいる。それだけ慎重に、真剣に答えなければならないと判断したのだろう。


 愛していたのか?  執着していたのか?


 果たして、マダムはホストのことを本当に想っていたのだろうか?


 僕の兄の死体を探してもらったときも、同じような質問をされた。これはおそらく、探偵行には関係のない、どちらかというと『創作』活動の方に関係のある質問だ。


 どこか物憂げにうつむいたマダムが顔を上げる。そして、ゆっくりと質問に答えた。


「……まあ、そうよ。そんなところだわ。ぱっとしない子だったけど、そこがまた良かったのよ。ホストらしいホストなんてもう飽き飽きしてたし、あたしの手でダイヤの原石を磨いていく気分になれたわ。その『普通』が良かったの。ヘタにナンバーワンになられても困るの」


 マダムはずいぶんとそのホストに惚れ込んでいたようだ。おそらく、今まで散々男遊びはしてきたのだろう。その上で行き着いたのが、『普通』の男だった。


 何度も寝たとは言っていたが、目的はそこではない。女の味を、自分の味を覚え込ませ、より男としての高みに立たせる。自分好みの男に育て上げるという楽しみがあった。


 光源氏の女版、といったところだろう。手塩にかけて育てていた自分だけの男が、ある日突然遺書を残して失踪してしまった。こんなうさんくさい事務所に駆け込んでくるのもうなずける。


 それだけ大事にしていたのだろう。お金も愛情もかけて育ててきたその男は、もしかしたらマダムにとって息子のようなものだったのかもしれない。


 そんな存在の死体を探す心境がいかばかりか、残念ながら僕には図り知ることもできなかった。


 同情を嫌ってか、マダムは憮然と鼻を鳴らして続ける。


「だから貢いだのよ! それを持ち逃げして、ほんとバカにしてるわ! 生きてればなじることもできたのに、死に逃げなんてマネして、今は可愛さ余って憎さ百倍よ!」


 どこからどこまでが本音で、どこからどこまでが強がりなのかはわからないけど、とにかく死体を探し出したいマダムの気持ちは本物だ。


 無花果さんもそれを汲んだらしく、満足げにうなずいて笑った。


「よしよし、それだけ聞ければ上出来だ! 小生、おおむね理解!」


 どうやら安楽椅子探偵の時間は終わったようだ。さっきまでのよくわからない質問の中で、無花果さんは正解にたどりついたのだ。


 僕でさえ納得できないのに、マダムが腑に落ちるはずがない。マダムは怪訝そうな顔をして、


「こんなのでなにがわかるのよ? 名前も年齢も知らない、遺書も読んでないっていうのに」


「おおむね、さ!」


 やはり無花果さんは多くを語らない。ざっくりとした言葉でそう締めくくると、無花果さんはマダムに向かって言った。


「君はここで待っていたまえ! 次に死体と対面するときには『作品』になっているだろうからね! せいぜい口の中に唾をためておくといい!」


「ふん! ちゃんと探しなさいよ!?」


「もちろんさ! ばっちり見つけ出して、いい『作品』にすると約束しよう!」


「……骨は拾えるのよね?」


「ああ! 死体がひどく損傷するような加工はしない! それは小生のポリシーに反するからね! 見つけ出したときとほぼ同じ状態でお返しするよ!」


「当たり前よ! ヘタなマネしたら、死体損壊で訴えてやるんだから!」


「あな、おそろしや! ゆめゆめ忘れぬようにしよう!」


 そんなことを言うと、無花果さんはまたなにかを紙に書き付け始めた。子供のお絵描きのようにああだこうだと思いを巡らせながら、かりかりとボールペンで文字を記していく。


「……無花果さん」


「なんだね、まひろくん?」


 こそこそと耳打ちする僕に、無花果さんは『邪魔するな』と言わんばかりの視線を向けてきた。構わず続ける。


「……本当に、今のでなにがわかったんですか?」


「だーかーらー! おおむねと言っただろう! 物分りの悪い男だね君は!」


「……いや、あんな質問で本当に見つかるのか、不安になって……」


「逆に、あれだけ聞いておいて見つからない方がどうかしている! 君はもしやバカか? やーい、バーカバーカ!」


 いきなり罵倒されるのも慣れてきた。無花果さんにはわかっても、僕みたいな特にすぐれた頭を持っているわけではない人間にしてみれば意味不明な展開だ。


「ともかく、小生にどーんと任せておきたまえ! 君の兄上のときだってそうだっただろう? 小生が見つかると言ったら見つかるのだよ!」


 そうだ。僕が依頼人として死体を探してもらったときも、こんな風に意味不明な質問から見事見つけ出してくれた。無花果さんには常人には理解しがたい頭脳がある。


 いや、頭で考えるというよりは、感性と言った方がいいか。


 とがりにとがって、そのくせ過敏な感受性で、無花果さんは死者の行方を探し当てるのだ。


 信じろ。


 無花果さんはホンモノだ。


 絶対に死体は見つかる。


 ……唯一の『理解者』である僕が信じなくてどうするんだ。


 無花果さんの考えていることを理解できるとしたら、それは僕しかいない。同じモンスターである僕にしか、無花果さんのことはわからないのだ。


 僕が揺らいでいては、不安になっていてはいけない。


 そう肝に銘じて、僕はおそるおそる無花果さんに信頼の体重を預けながら、死体の元へ行く準備をするのだった。

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