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猿三郎編14 最終話 あばよ! 畜生よ、永遠に!

「“異世界にやってきた敵は、粒餡魔神と漉餡魔神であった。これは現世界の犬次郎とマーマレードじいさんのオーラがエネルギーだけ転移して実体化した姿であり、そこに気付いた猿三郎は童貞大邪神アンベレベを別次元から召喚することを思いつき……”」


 そこまで読んで、男は額を押さえて首を横に振る。


「なんじゃぁこりゃーーーー!!」


 そして、カッと眼を見開いて絶叫した!!!


「ひどいですな。最近は何でもかんでも異世界に飛ばせばいいと思う作者が多いようで、質の低下が…」 


 隣にいて、他の作品を読み進めている男が顔を上げて言う。


「いや、そういうことじゃねぇだろ! この『畜生転移1+2+3♡』はよ! その中でも猿三郎編ってヤツの『畜生転移2 〜唸れ! 必殺の疾風怒濤波! 猿三郎と巨乳美人教師サクラがエチエチ大冒険する件〜』はおかしすぎんだろ! 荒唐無稽もいいところだ! こんな気の狂った話を、ネオページのコンテストに投稿して来んなよ! 審査する方の身にもなれってんだ!」


「いや、でも表現の自由ってものが…」


「自由にも限度があんだろ! しかも一番許せないのは、冒頭に“この作品はノンフィクションです”とか書いてある点だよ!! ジョークにしても笑えねぇんだよ!」


 男はタブレットを机に叩きつける!


 端末は全然悪くない。しかし、それが解っていてもアンガーマネジメントできねぇくらいに男は怒っていたのだ。


「最後まで読まないんで?」


「読めるかよ! もう選外確定だ! 読む価値もねぇ!」


 男がこの業界に入ったのは、ネット小説が広く普及し、アマチュアの中にも非凡な才能を持っていて、それを表現する力ある作者が多いことに気付いたからだ。


 それはダイヤの原石。まだまだ粗削りではあるが、磨けば輝ける可能性がある。


 男は玉石混交の中に埋没してしまっている作者の卵を見つけ出してやり、それを引っ張り上げて、華やかな表舞台へと立たせてやる。そんな仕事に誇りを持っていた。


「……だけどよ、ホント嫌になるな」


 最近はこの手の輩が多い。


 タイトルに“巨乳”だ、“エチエチ”だ、“美人教師”だのと、アダルトビデオのようなアダルティなワードを盛り込み、なんとか読者にクリックさせようとする。まさに詐欺紛いに等しい行為だ。


 実際に中身はどこもそんな要素もない。わかっちゃいるけど、男はクリックしてしまう。穴があったら指を突っ込むのが男だ。そんな男性心理に付け込んだ悪徳なやり方だ。


 この作品を送ってきた作者はドヤ顔で、「インパクト異世界転移ものでござるぞぉ! きっと審査員や読者の興味を惹くに間違いありませぬ! ドゥフフフ!」なんてことを言いながら、投稿してきたに違いない。


 奇をてらって、こういった作風で読者を獲得する……それのなんと浅ましいことか。


 自分の文章力のなさを誤魔化すべく、正々堂々と戦うことを拒否している。


 読むに堪えないほどの下ネタの連発。


 やってはいけないメタ発言。


 そしてラスト直前に、ここぞとばかりにやる登場人物紹介……ウケ狙いのこれらも大層酷いものだ。


「小説ってのはよぉ。ラノベってのはそういうもんじゃないだろがよ。物語を通して、読者の心に感動を残す。だから、ファンがついて、応援してもらえて、感想もらえてさ、それでまた作者は書くんだろ。書き続けるんだろうよ。創作ってのは、そういう心に訴えるものがあるから、美しく素晴らしいんじゃねぇのかよ……」


 男は目尻にたまった涙を、指の腹で拭き取る。


 「面白かったです! 続きが読みたいです!」…そういった声を聞くたびに、自分は小説家としての夢を諦めはしたが、代わりに他の作者の夢を叶えられていることに確かな幸せを感じていたのだ。


「それなのに、この作品には“愛”が無い! 薄っぺらいんだよ! こんな物を書いたヤツに、俺は面と向かって説教して……」


 コンコンと、事務所の扉がノックされる。


「……ん?」


「あの面会に来たという方が…」


「面会? そんな約束…」


「その、『畜生転移1+2+3♡』でコンテストに参加された作者の方……だとかで」


「え?」




★★★




 応接室。


 中に入ると、そこには全身黒ずくめの男がいた。


「……はぁ。あなたですか。この作品の作者は。ちょうど読んでいたところですよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 作者にそう言われ、何が“ありがとうだ”と思ったが、咳払いでそれを誤魔化す。


 しかし、見れば見るほど腹が立つツラをしている。


 知性の知の字もなく、きっと幼稚園児の頃からエロッティなことやスケベッティなことしか興味がなく、きっと女教師にセクハラまがいなことをし続けた挙げ句、そのまま成長して、こんな作品を書き上げて送りつけてきたのだろう。


 嗚呼、0.1秒たりともこんな顔見たくない。


 嗚呼、一発と言わず百発ぐらい殴ってやりたい。


 嗚呼、コイツを異世界にブッ飛ばせるなら悪魔にだって魂を売ってもいい。


 そんな、コイツの作品に出てくる“神”のようなことを男は考えていた。


「……それで今日はどのようなご用件で?」


 しかし、自分は良識ある大人なのだ。


 だから大人な対応をする。


「はい。お金を頂きに参りました」


「は? お金? なんの?」


 コイツはいったい何を言っているのか……


「はい! コンテストの賞金と、書籍化した印税を前払いで貰いに来たとです!」


 開いた口が塞がらなかった。


 まだ審査中で、しかも候補に選ばれてすらないのに賞金を受け取りに来たとか、さらに書籍化すらしていない本の印税までを前払いで催促しに来るなんてのは前代未聞の話だ。


 コイツはヤベェー!


 厚顔無恥を通り越してヤベェー!


 作品もヤベェーが、これを書いている本人はもっとヤベェーー!!


「……いやいや、まだ選考の段階だから、ね」


「だって、もう『畜生転移1+2+3♡』の商品化は確定でしょ〜?」


 男はここぞとばかりのドヤ顔をして見せた。


 うぜー!


 心底うぜー! 


 殴りたい!


 ブン殴ってやりたい!


 そんな衝動を必死に抑える!


「まだ期日には余裕がありますし、これから投稿される作品もあります。現段階で決めたりはしませんよ。他の読者の人気投票なども踏まえ、審査員たちは厳正かつ公正に作品を選んで……」


「あー、そういうのいいんで。嘘つくのやめてもらえます?」


「は?」


 どこぞのネット論破みたいなことを言い始めたのに、男は眉を寄せる。


「僕は園児の時に、この世界は“おかしいもの”が支配してるって悟ったんで〜」


「“おかしいもの”…?」


「作中に、“マーくん”っていたでしょ……アレ、実は僕なんスよ」


「え?」


 そういや、そんなのが居たような居なかったような……それが作者ってことは……これは、つまり……



 ドターンッ!



「な、なんだ!?」


 いきなり扉が蹴破られ、何者かが乱入してくる!


「やれ! スタッフを全員とっ捕まえるんじゃーい!」


 それは超日本猿だった! ゴリラっぽい何かと、オランウータンっぽい何かに指示を出す!


「こ、これは…そんな、物語の登場人物が……」


 そう!


 それは猿三郎、ゴリッポ、ベンザーであったのだ!


「だから言ったんです。これは“ノンフィクション”だってね」


 マーくんはニヤリと笑う。


 そして、男の上に超日本猿が馬乗りになり、タコ殴りにする!


「ワシが主人公の『畜生転移2』だけ抜粋して、書籍化させろ! アニメ化させろ! グッズ化させろ! 映画化させろ!」


 血走った眼で猿三郎は叫ぶ!


「そうだ! 我々、畜生にだって人権はある!」


 白濁汁を撒き散らし、女性審査員を追い回すゴリッポ!


「だっぺ! オラたちはそのために甦り、再び転移してきたっぺよ!」


 “伸び〜る・ザ・ハンドマシーン”で女性スタッフの尻を執拗に狙うベンザー!


 そう! 彼らは“不人気な色物作品”で終わりたくない……その一心で元の世界にと戻り、ご都合主義よろしく、“青年になったマーくん”と接触を図り、ネット小説界に殴り込み(文字通りだが)を仕掛けたのであーる!!


「そして人気作になり、ゲーセンにあるクレーンゲームのワシの人形を取らせ、『猿三郎かわいいー♡』って言われるんじゃあ!!」


 男の髪を毟り、猿三郎は叫ぶ!


「なんならリアルフィギュアも出すぞ! ワシが【疾風怒濤波】を撃ってるリアル・ポージング・モデルで! かめ○め波撃っとる悟○の隣で、アウトレットモール店に値札を付けて並ぶんじゃー!!

 そんでもって、書籍化されなかった『畜生転移』の主人公こと、犬次郎への復讐完了とするんじゃぁぁーい!!」


 恥も外聞もなく、欲望を垂れ流しにする!


 それが畜生ってもんだからだ!


「……我々は暴力には……屈しな……い」


 男は薄れゆく意識の中にあっても、信念を貫き通そうとした。


「ほ〜う? 立派な心掛けじゃのぅ……。しかし、コレならどーじゃ」


 猿三郎がペチンと指を鳴らすと、ゴリッポによって、何やら血にまみれた椅子が運ばれてくる。


「それは…」


「思い起こして欲しいのぉ。オメェが読んだはずの『猿三郎編02 黒歴史なKO拷問』を…その時のワシが味わった屈辱を、もれなく味合わせちゃる!」


「は、はぁぁぁぁッ!?」


「ウヒヒ、痛くしねぇ! 痛くしねぇだよぉ!」


 いつの間にか牛乳瓶から、バタフライマスクへと付け替わったベンザーがヨダレを滴らせて、赤色のぶっといロウソクを揺らす。


「ワシの『畜生転移2』を商品化させるのと、人生を破滅させる方……どっちがええか選ばせちゃるけんなぁ!」


 コイツは本当に畜生だと男はそう思った……




★★★




 それから、大賞+書籍化は彼らの欲望の如く成り、ネット小説界隈は「こんなの何か裏で変な力が働いたんだ!」などと言う声が上がり、まったくもってその通りであったのだが、元から炎上芸風のネットチューバーで有名だったマーくんはどこ吹く風といった態度であり、煮え湯を飲まされた気分のネオペ作者たちは、まさに暖簾に腕押し、糠に釘という言葉を身を持って体験したのである。


 しかし、まあ、そんな仮初の栄光など続くはずもない。


 紙媒体の書籍となった本はまったく売れず、バラバラに解体されて食器の包み紙として使われるようになった。


 そもそも『1(無印)』が無いのに、どうして『2』を買うと言うのか。


 猿三郎たちはこの状況に荒れに荒れ、大暴れをしたものの、もちろん暴力ですべてを解決するなんて土台無理な話であった。


 ウンモモッターに「便所紙買ったけど、紙が硬くて尻がふたつになりました♡」というクソ投稿が拡散され、ボロボロになった『畜生転移2』と汚ねぇ公衆便器が並んだ写真が炎上したのも記憶に新しい。


 アニメ化の話も頓挫した。そもそも40,000文字ちょいの物語でワンクール作るのは無理があり、加えて総監督が勝手にサクラを主人公としたエチエチ話に改変しようとしたのを、怒り狂った猿三郎たちにボコボコにされ、病院送りになったのが原因だった。


 ネット小説というものは、真に実力のある作品だけが残り、そしてそれを書籍化するからこそ売れ、アニメ化しても成功する……多くの執筆者たちにとっての教訓、反面教師として『畜生転移2』は歴史の闇に葬られたのであった……。




★★★




 そして、ついに保健所に捕まる猿三郎たち。


 彼らの未来は、元いた隔離島ワクワク動物園への強制送還に決まっていた。


 サクラはどうしたのかと言えば、当然ながら異世界で幸せに暮らしている。

 きっと息子が大きくなればトチ狂って何かをすることは予測できたが、それはまた別の話である。


 麻酔銃をしこたま撃たれ、白眼を剥いて運ばれる猿三郎&雉四郎(お前もいたんかい)&その他。


 それを土手で犬次郎は見やっていた。


 なぜ犬次郎は無事なのか……それは彼が栄誉ある飼い犬だからに他ならない。


「…なあ、犬次郎さんよ。これで良かったのかい?」


 マーくんが電子タバコの煙をプフゥと吐いて尋ねる。


 犬次郎は特に何も言わなかった。犬だからだ。「ワン」と鳴いただけだ。


 柴犬は最強だ。


 だから些細な事には動じることはない。


 痴態を晒すことはない。


 それはまさにネオペの上位ランキングに選ばれる作品の如く、不動かつ盤石であった。


 対して猿三郎は醜く足掻いた上、知られる必要もない醜態を繰り広げ、つまらぬ復讐心に苛まれ最悪な結末を迎えてしまった。


 この両者の差は、まさに燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやという、ことわざの通りである。


 つまり、他人に嫉妬して何かをしようとしても自分の傷を抉るだけだ…人を呪わばア〇ル2つという、まったく教訓めいたお話なのである。


 なにやら、どこかのご意見にて「読む時間が無駄だった」とかいう若干ディスられてるような気がする内容があったのだが、実のところ、読者の皆さんにこれを悪い見本として成長してもらいたい……そんなことを今思いついた作者(まーくんじゃなく、本人のこと)の、取ってつけたような気持ちを汲んでくれれば幸いである。


 ちなみにこの作品を読み終わるのに、読書速度が1分400文字程だとすると、およそ2時間ちかくかかる計算になる。


 だからこそ、読み終えた後に何も残らなかったら困るので、最後は綺麗に終わろうと思う。




 ありがとう! 畜生たち!



 ありがとう! 宇宙船・地球号! 



 そして、ありがとう!



 最後まで読んでくれた人よ!



 あばよの涙は今は飲み込もうじゃないか。



 そして再び出会った時の喜びの涙としよう。



 そう。いつか君たちにまた遭うその日まで──



 永遠なれ! 畜生転移!!!




─完─

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