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猿三郎編10 人生はアンコのように甘くない

「行くぞ! 向こうが気づいていない今がチャンスじゃぁーいッ!!」


 そう叫ぶ猿三郎だったが、一向に前に出る気配はなかった。


 そして、ゴリッポの顔をチラッと見やる。


「……行け」


「え?」


「行けと言っとんじゃい! このまま見せ場もなくていいんかい!?」


 猿三郎に言われ、ゴリッポはゴクリと息を呑む。


「さあ! やれ! ゴリッポ! このままじゃ変態白濁ヘタレゴリラで終わりじゃけんぞ!」


「お、おお…。やってやる、やってやるよッ!」


 ゴリッポは側にあった樫の木の幹に抱きついたかと思いきや、根ごと地面から引っこ抜く!


 パワーだけなら有り余るほどあるのだ!


 サクラも雉四郎も目を丸くする!


「よし! そいつをぶつけてやるださぁ!!」


 ベンザーがどこからか取り出したポンポンを手にして鼓舞する。


「ウオオオオオオッ!!!」


 そして、ゴリッポは力任せに、犬次郎目掛けて木を投擲した!


 ムチャクチャだが、パワーファイターなんだからそれぐらいの見せ場はあって然るべきだ!


 某世界一の殺し屋の移動手段の如く、物理の法則を無視して、真っ直ぐに槍のように飛んで行く樫の木!


 お約束の如く、怒りに我を忘れている犬次郎は、自身に迫る危機にまるで気付いていない!!


 しかーし、あわや木がぶつかると思った瞬間!


 とても信じられないことが起きた!!



 ジュボッ!



 と、犬次郎に触れる前に、樫の木が溶鉱炉に落とした布切れの如く、蒸発してしまったのであーーる!!


「「「えーッ!!?」」」


 そう! 説明を改めよう!


 犬次郎は危機に気づかなかったのではない!


 こんなもの、“危機に値しなかった”のであーーる!!


 はてさて、では、なにが起きたのか!?


 つまり、犬次郎の怒りは精神的な領域をとうに突破し、物理的な現象にまで干渉する程に及んでいたのだ!!


 空間を歪ませる怒りのオーラは、映像効果的な感じに見えていたのではなく、グツグツと煮えたぎるような物理現象として現実の空間を歪ませていたのであーーる!!


「な、なんなんだっぺ。アレは…」


「あれが犬次郎よ…。世界を滅ぼす者の異名を持つ…」


 別にそんな異名などないのだが、雉四郎はさも知ったような顔で雰囲気でそう言った。


「まさか! 犬次郎めが! レベル99を超えてパワーアップしとったとは……! ヤラれる! このままじゃワシら全員ヤラれてしまう!!」


 猿三郎は恐慌状態に陥り、何とか自分だけが助かる方法を、小さな脳味噌をフル回転させて模索する。


 説明するまでもないが、この時点で犬次郎は猿三郎たちの存在などアウト・オブ・眼中(死語)なのであーーった!!


「お、おい。あ、あれは…」


「なんじゃい! クソゴリ! 今は忙し…は、はううッ?!」


 犬次郎の後ろからやって来る気配に、猿三郎は危うく気を失いかけた。


 犬次郎のリードの先…そう。超日本で柴犬が1匹でお散歩するなんてマナー違反は許されない!


 つまり、犬次郎には飼い主がいるのは当然なのであーーる!


 超スカイツリーより高いかも知れない、雲を突き抜けてフライアウェイしているコック帽(お出掛け用)をかぶり、一足がシロナガスクジラよりも重いとされる鉄下駄(お出掛け用)を履き、地響きのような重低音と共に“ソレ”は姿を現す!


 それは老人だった。


 しかし、そう形容するのは正しくはあるまい。


 背丈は3メートル近くに及び、プロレスラーやボディビルダーを遥かに超える体躯だった!


 ピッチピチのコック服から、険しき山脈を思わせる黒光りする筋肉がはみ出している!


 巌のような顔からはみ出した真っ白なモジャ毛は、モミアゲを通ってヒゲと一体化している。なんなら鼻毛まで混じってそうなぐらいの剛毛だ!


 果たして、老いとは何なのかと思わせる姿なのだ!


 その腕でしっかと犬次郎のリードを握っている!


 つまり、これが犬次郎の飼い主なのだァァァ!!


 彼の正体は何なのか!?


 老舗和菓子屋“蔵菊堂くらきくどう”の店主、黒皮くろがわ 餡憎あんぞう!!


 しかし本人がそう呼ばれることを嫌っているため、彼自身の自称でお伝えしよう!


 彼の正体は、“超和菓子職人”こと、“マーマレードじいさん”なのであーーる!


 生物は皆等しく、犬次郎を見て戦意を失い、マーマレードじいさんを見て生まれてきたことを後悔すると言う(近所の回覧板情報)!


 そして、犬次郎は怒っていた。


 何に対してか? 


 簡単な質問だ!


 それはマーマレードじいさんに向かって、反逆心を剥き出しにしていたのだ!


 なぜか?


 簡単な質問だ!


 それは3日3晩、朝昼晩と、餌にアンコ(砂糖控えめ)を出され続けたからだ!


 犬次郎だってカリカリなドッグフードが食べたい日だってある!


 粒餡ならまだ許せた。


 それなのによりによって漉餡だ!


 こんなペースト状の物ばかり食わされて、「俺はロボットのコップじゃねぇ!」と犬次郎は怒り狂っていたのであーーる!!



「グルルルルッ!!」


「…楽しい散歩中にそう唸るな。“トーフ”よ」



 そう! そして、なぜか彼は犬次郎を“トーフ”と呼び間違えていたのだ!


 これも犬次郎の怒りに油を注ぐ要因である!!


 前の飼い主(元大魔神サヤカ)が譲り渡す時に名前を教えていたにもかかわらず! まったくそんなことは覚えちゃいないのだ!!


「ちゃ、チャンスじゃ。犬次郎とあの化け物がどんな知り合いかは知りとうもないけんが、仲間割れしてくれるんは絶好の好機じゃい!」


 猿三郎のこの考えは正しかった。なぜならこの飼い主と飼い犬の実力は拮抗しており、消耗させるのにこんな好都合なことはない!


 しかーし! 世の中とはそんな上手くはいかないものであーーる! 


「な、なにあれは?」


「次から次へとなんじゃと言うん…はううあッ?!!」


 犬次郎から立ち昇る猛り狂う赤き闘気、マーマレードじいさんから立ち昇る千早振る青き闘気…それぞれが臨界点に達し、巨人の姿を形作る!!


 つまり守護霊とかスタ〇ドだのペル〇ナだのエ〇夜食だの言われているアレだ!!


 赤き闘巨人と、青き闘巨人は、ほのぼの散歩している老人と柴犬の頭上で、互いの額をぶつけてメンチを切る!


 そして!!



『ツブツブツブツブツブツブツブッ!!!』


『コシコシコシコシコシコシコシッ!!!』



 猛烈なラッシュッ!!


 巨人同士の眼にも止まらない激しい殴り合いが始まる!!


 賢明なる読者諸君ならばもうお気づきだろう!!


 そう!


 赤き巨人は粒餡を司る何か【仮称:粒餡魔神】!


 青き巨人は漉餡を司る何か【仮称:漉餡魔神】!


 なのであーーった!!


 それらは単なる幻影などではなく、互いに拳を打ち付け合う度に、激熱のアンコを周囲に撒き散らす!!


 その砕け落ちる様は、まるで砕けた流星の破片の如く、周囲の者たちに容赦なく降り注ぐ!!!!


 それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図!!


 平和なはずのお散歩ロードが、突如として血糊と肉片と死臭に包まれたのであーーった!!


「な、なによこれー!?」


「神々の闘争だっぺよ!?」


 燃え盛るアンコに、雉四郎もベンザーもアワアワと逃げ惑う。


「こ、このままでは全滅してしまう! 敵と遭遇もしてないのに、エンカウント前に殺されてしまうなんて馬鹿な話があってたまるかーい!! 退避じゃー!」


 勝てるわけがないと見た猿三郎は、ゴリッポを盾にしつつ逃げ出したのであーーった!!




★★★




「……さて、そろそろオヤツタイムとしよう」


 人は小汚い前掛けの下から、ゴソゴソとアルミ箱を取り出す。


「ワン♡」


 犬次郎は期待に目を輝かせた。


「今回は改良した特製アンコじゃ。たんと食うがええ!」


 アルミ箱の中は、やっぱアンコが隙間なく詰められていたのだ。


「グルルルルッ!!!」


「む? 腹が減っておらんか? なら仕方ない。散歩の続きをするか」


「グルルルルッ!!!」


 巨人たちが殴り合っている中、1人と1匹はほのぼのとお散歩を続ける!


 悲劇! まさに悲劇!! まさしく悲劇!!!


 彼らだけが、自分たちが生み出した闘巨人にまったく気づいてもいないのであーーーーった!!!

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