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犬次郎編14 最終話 柴犬こそ最強である!

 犬次郎たちは元の世界にと戻ってきた。


 そう。500年後の超東京都うんももす町に!


 そして、猿三郎と雉四郎は保健所に捕獲されていった。なぜならば、都市部にいて許されるのは犬と猫とカラスだけだからだ。


 それでもって、犬次郎は運良く飼い犬となった。柴犬はカワイイ。だから正義なのだ。


 犬次郎はソファーに寝そべって飼い主の叫び声を聞いていた。


「なぜでござるかー!? なぜ小生が書いたネット小説は、書籍化されんでござるか!!」


 パソコンを両手に掴み、ガタガタ揺らして飼い主は血の涙を流す。


「皆の衆の好きな転生物でござるぞ! 『柴犬が転生したら、キャワイイ妹(超萌)になったので一緒に冒険してみた♡』の一体何が不満なんでござるかぁ!?」


 犬次郎をモチーフにした小説らしい。


 しかし犬次郎は思う。俺は雄だ、と。


「クォオオッ! 『ロマキャてへ☆(“ロリロリ、魔法少女キャミーだ・よーん…てへ☆”の略。書籍化兼アニメ化かつ映画化もされた超人気作品)などといった作品がモテ囃される現代! 腐っておるぅ! 腐っておるぅッ!!」


 某動画サイトで有名になったキーボード破壊者の如く、暴れまわりキーボタンがあちらこちらへと飛び散る。


 犬次郎は思う。腐っているのはお前の頭の中だ、と。


「コラー! うるさぁーい! なに騒いでるのこのクソニートがぁ!」


 日曜日の18時半にテレビに出てくる特異な頭をした某主婦……つまり、飼い主の母上が、鬼ヶ島から出てきた鬼のような形相で現れた。


 つまり、現代にもまだ“鬼”は生きていたのである。


「は、母上!」


「就職活動はどうしたの!? 一銭もウチいれないタダ飯喰らいが!! せめて静かにすることぐらいできないの!」


「就職活動はしているでござる! 拙者のラノベが書籍化すれば、コミカライズやグッズ化を狙い、不労所得が……」


「なに夢物語いってんの! そんな夢はアンタの駄文だけでお腹いっぱいよ!

 アンタが今やれることは、さっさと履歴書書いて職業安定所に行く! それだけよ!」


「し、しかし拙者は履歴書に書ける項目が……それに今から社会に出ても、拙者よりも年下が上司としてのさばって……は、働いたら負け……」


「ニートの癖にそんなプライドがあるから働かなくなるのよ! 泥水でも啜って人生やり直しなさい! 転生してチートなんて、ネオペ小説(ネオページ小説のこと)じゃあるまいしないわよ!!」


 犬次郎は言葉の意味は理解していた。しかし返事はしない。こんな不毛な親子の会話に発言してもなんの益もないからだ。だから「ワン」しか言わない。ちなみに猫が「ニャー」というのも同じような理由からだ。

 彼らは喋れないのではない。下等生物を相手に“喋らない”だけなのだ。500年もの月日が経ち、動物たちは対話を通して何も解決しないことを学んだのだ。


「…でもそうね。柴犬を元ネタにするならもっといい話にしなきゃならないわよ」


 犬次郎を見やり、母上はパチリとウインクしてみせる。


「は、母上…。それは一体?」


「私なら『畜生転移 〜柴犬が最強武器の大魔神のふぐり玉と呼ばれるモーニングスターで異世界無双する件〜』とするわね♡」


「は、はうッ! なんとインパクトがあり、かつ読者受けしそうな素敵なタイトルでござるかぁ?」


「書籍化してもバッチリ問題ないでしょ」


 母親は犬次郎に再度パチリとウインクしてみせる。


 まさか、この母親が500年前に異世界で陰嚢玉を取られた大魔神の成れの果てだと誰が気づくであろうか。


 そう。彼(彼女?)は生きていた。そして、なぜか犬次郎たちの世界に来て専業主婦となっていたのだ。


 そして、この作品の生まれた経緯はこんなわけだったという最大のオチが、ここで待っていたと読者は誰一人予想だにしなかったに違いない。


 しかし、どれもこれもそれも、犬次郎にはどうでもいいことだ。伏線回収なんて動物には何の関係もない。


 寝そべったソファーの向こう側にあるテレビでは、地球温暖化がどうのこうの、政治家がどうのこうの、アイドルがどうのこうのと騒いでいる。


 犬次郎は思う。人間とは何と浅はかで愚かな生き物だろうか、と。


 事象や問題を自ら手で複雑化させておきながら、その解決する術を持たず、あたふたと右往左往する下等生物の何と醜きことか……


 しかし、犬族は違う。美味いドッグフードとフカフカのソファー、そしてお散歩が出来れば満足なのだ。


 人間の飽くなき欲望、足るを知らぬという愚かさが、この世界のありとあらゆる不幸を生み出したことに彼らはまだ気づかないでいる。


『豊かで幸せな超日本! 国民の生活が最優先! その実現のため、粉骨砕身頑張る所存でございます! 私の政策にご賛同いただける方は、ぜひ清き一票を! いや、この際、清くなき一票でも大歓迎です! 

そして、私が当選した暁には! 公約を撤回し、大胆な大幅増税を実施いたします! すべては国民の皆様のために!!』


『えー、これは問題ですよ。たいへんに問題。もう少しね。国にはよーく考えてもらって、自然豊かな素晴らしい未来を子供たちに残したいですねぇ。これはもう政府が悪い。政府がぜーんぶ悪い。え? 代案? そんなのありませんよ! 我々は上のミスを指摘するのが仕事ですから!!』


『私たちは搾取された! 規制が必要だ! もっと厳しく監視して、上の奴らを罰しろ! 私たちは被害者だ! 我々を手厚く保護し、その権利を最大限活用させろ! 利権をこっちにも回せ! 義務は果たしたくない! 保証と権利だけよこせ!』


 上に立つ者は保身のための嘘が上手くなり、それを報道する者は自分たちに都合のよい正義を焚き付け、民衆は弱者としての権利主張を繰り返す……誰ひとりとして真に世の中が良くなることなんて望んでなどいない。


「書籍化間違いなし!」


「ウヘヘ! 夢の印税生活!」


 犬次郎は冷めた目で親子を見やる。


 ああ、みんなそうなんだ。


 “自分さえ良ければ何でもいい”のである。


 本当の“畜生”ははたしてどちらなのか?


 お前たちの不労所得のために、その下で汗水垂らして働いている人間がいることなど気にもとめない。


 そんな駄文を書籍化して、誰が買うと言うのか。出版社を破産でもさせたいのか。


 営業や本屋の苦労を考えもせずに、安易に書籍化などと叫ぶことは果たして正しいのであろうか?


 犬次郎はチラリと壁にかかった大魔神の陰嚢玉を見やる。



──俺がこの世界を粛清してやろうか──



 犬次郎のチート能力は健在だ。その気になれば超国会議事堂に行って、内閣総理大臣にカタヤキソバを鼻から食べさせることだってできる。


 しかし、身を起こしかけた犬次郎はソファーへ戻り目を閉じる。


「あらあら、犬次郎は寝てしまったのね」


「ペットは気楽でいいでござるなぁ〜。寝て食べてればいいだけでござるしな」


 ニートも同じだろうが。そう犬次郎は思ったが、やはり知らん顔をした。


 そう。真の強者というものは、安易には力は振るわないのだ。


 柴犬は最強である。


 それは大魔神の陰嚢玉を持っているからじゃない。


 人間などよりも、そして大魔神の陰嚢玉なんかよりも、もっともっと大きな物を心の中に持っているからなのであーーーーった!!!




──THE♡END── 

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